友雅1点・景時1点
<友雅×茜>
庭一面が夕焼けに染まる。黄金色にも似た濃いオレンジ色に、ツツジの花も葉もその色の勢いに負けたように染まる。豪奢な風景を斜に見ながら大きな溜息を吐いた。
「物憂げな溜息は、どこかの殿方を思ってなのかな?」
足音も立てずに友雅さんが顔を覗かせた。
今日は藤姫ちゃんに用があるらしくて、一日屋敷にいたっていうのに私のところへは顔を出さずじまい。
つまるところヤキモチを妬いているというわけで。
「早く帰らないと道中、怨霊に襲われるかもしれませんよ」
つい憎まれ口を叩いてしまう。可愛くないなと自分でも思うけど、止められない。
「そうなれば君が“すーぱーひーろー”とやらになって助けに来てくれるのだろう?」
小さくこみ上げる笑いを隠そうともしないで、友雅さんが言う。
スーパーヒーローのことを知っているってことは、詩紋くんや天真くんと昼間に話していたことを盗み聞きしていたみたい。それなら顔を出してくれてもいいのに、とそこでまた気持ちがグルグルと回る。
「もう日が暮れるというのに、なんの用ですか?」
私の口からは憎まれ口しか出てこない。まともに友雅さんの顔を見ることができないのは、私の方にやましい気持ちがあるから。
「おやおや……今日の神子殿はなにやらご機嫌がお悪いようだ。さしもの私も退散せねばなるまいね」
え、と小さく息を飲んだ。
顔を上げたら、友雅さんは庭に立っていた。傍に控えている頼久さんに、履物を持ってきてもらったことへのお礼を言っていた。
「もう帰るんですか!?」
ずっと私のところへ来てくれることを期待していた一日の終わりに、ようやく顔を見せてくれた友雅さん。忙しいひとなのはわかってる。そんな人がわざわざ時間を作って来てくれたっていうのに、私は憎まれ口ばかり叩く。
呆れられてしまっても仕方がない。
だけどせっかく会えたのに、この距離のまま別れてしまうのはイヤだ。
「友雅さん!」
すくっと立ち上がる。
日も落ちて暗くなった庭に灯が灯された。
揺らめく明かりの中で友雅さんが笑う。そこで諮れたことに気づいた。この人は私が“追う”人間だと知っている。
「神子殿の腰は重くてなかなか手ごわいね。しかも天邪鬼だ」
くつくつと笑ってる。
「最初から私をからかうつもりだったんですか!?」
「そんな気持ちなどないよ。君がそこから動かなければ私はこのまま帰るつもりでいたしねえ」
「いきなり帰ると言われたら追いかけたくなるじゃないですか」
「私はそこまで自信過剰な男ではないよ。必ずしも君が私を追ってくるとは思えないからね」
声が少し沈む。なにかあったのかと心配になる。
「でも君は立ち上がり、私を引き留めた。……嬉しいね。では神子殿」
宵闇の中から長い指先が差し出された。橙色の明かりの中で、なんだかとても艶かしく見えた。
「おいで」
と一言。
瞬間、その声に抗えない自分の中の思いが突き動かされた。
もう夜なのにとか、藤姫ちゃんになにも言ってないのにとか、あれこれ思考が巡った気もするけど、私はその場を駆け出していた。
廊下へ飛び出し、迷うことなく目の前に広げられた腕の中へダイブする。
頭上から友雅さんの声が降ってくる。策略にまんまとかかった子供を笑う声じゃなくて、もっと艶めいた、吐息に似た呟き。
「ここが左大臣家ではなければすぐにでも……」
ドキリと胸を高鳴らせ、抱きかかえられたまま友雅さんを見上げた。
ゆっくりと細められていく瞳。虹彩が四方に置かれた松明の明かりを受けて揺らめいている。その中に私が映っている。
この瞳に。
「神子殿」
この声に。
「焦る君も笑う君も好きだけれど」
私は逆らえない。
わずかに残っていた理性は、
「私の腕の中で乱れる君がなにより好きだよ」
この瞬間に粉砕した。
茹でたタコのように赤くなった顔でぼんやりしていると、足元から咳払いが聞こえた。
「友雅殿。ここは左大臣家ですので、お戯れはそこまでにしていただきたく」
宵闇の甘さを味わうこともなく現実へ引き戻され、私を抱き上げている友雅さんは少しも悪びれた様子もなく笑っていた。
あとで知ったことだけど、藤姫ちゃんには私の外泊は伝えていたみたい。それならそうともっと直球で伝えて欲しいと思った。
わざわざわかりにくくする必要を感じないけど。
「意外にそういうのが好きな自分に驚いています」
横で眠る友雅さんの長い睫毛を人差し指で構いながら、小さく呟いた。
<景時×望美>
目が醒めたとき、彼は私を見てなんて言うだろう。
起こしてくれればよかったのに、とか?
望美ちゃんも人が悪いな〜とか?
勝手知ったる将臣くんと譲くん家。応対に誰も出なくてもずかずか上がり込み、お茶もらうねーと居もしない家人へ声をかけてコーヒーを淹れた私は縁側へと向かった。
するとそこでは熟睡している景時さんがいた。
清盛と闘っていたときにはけして見せなかった無防備な寝顔。見せなかったというよりも、私は彼が眠っているところなんて見たことがない。
ピンと神経をいつも張り詰めさせていて痛々しいくらいだった。
枕代わりににしているのは厚手のブランケット。見覚えのあるチェック柄は将臣くんのものだ。
脇には畳まれた洗濯物がそれぞれに分けられて積んである。つくづく小まめな人だなと感心した。
カップを景時さんから少し離れた位置に置き、顔を覗こうと移動する。
筋の通った鼻梁。午後の陽にあたって影を落とす睫毛。ときどき眉がひくついているのは何か夢を見ているからかな。
見とれていたせいか、気づくとその骨ばった頬を撫でていた。端麗な造りをしていても、触れればやはり男性的。当たり前のことなのに感心していたりする。
「……あの」
小さな呟きが聞こえたものだから、すぐに指を離した。
景時さんは目を瞑ったままで続けた。
「くすぐったいんだけど」
さっきまで私が撫でていた頬が、俄かに色づいた。午後の日差しのせいだけじゃないことは承知している。
私が赤くさせた。
「いつ頃から目が醒めてたの?」
自分のしでかした恥ずかしい行為のために、今度は私が赤くなる番だ。
「ほんのさっきだよ。なにか柔らかいものが触れてるって思ったら、意識が戻ってきて」
寝転がったまま景時さんが話す。
「きみの香りがしたから……すごくドキドキしたよ」
「私の香り?」
出かける予定のない日にコロンは付けない。だから今日はなんの匂いもしないはずなのに。
「どんな匂い?」
体臭? なんて言葉が出そうになって慌てて噤む。さすがに景時さんにこれは訊けない。
「お日様の匂いだよー」
薄目を開けて笑う。
「それは景時さんじゃないのー? ここでずっと干されていたわけだもん」
「干されて……って。ひどいなあ。ちょっと昼寝していただけじゃないか」
「だから、お日様の匂いは景時さんの方です」
そう言い張る私の言葉を受けて、ゆっくりと上体を起こした景時さんは自分の意見を訂正した。
「きみの匂いはそうだね。僕のすべてを包んでくれる温かな毛布の匂いだ」
ぺたりと座り込んでいる私の膝に軽く指を這わせる。
「洗いたてでいつもまっさらなきみ……」
「……あの……くすぐったい……」
「じゃあ払ってよ」
人差し指の腹と爪を使って膝をくすぐる景時さんの手を、私が払えるわけないことを知っていての意地悪を言う。
いつもと違う大人の匂いを誇示しているみたい。
「望美ちゃんから誘ってきたんだからね? それは忘れないで」
「え……!?」
するりと掠めるように触れた柔らかい箇所。
そして悪戯っ子のような笑みで額を寄せられると、ふわりと景時さんの匂いがした。
少しの汗と午後の日差し。私の心を和ませるそれは大好きな匂いだったりする。
新緑の風になぶられながら、私と景時さんは家人のいない家で図々しくも寛がせてもらったのでした。
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