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秋の秘よ・嘘(弁慶編)
<<秋の秘よ>>

「どうしたんですか?」
 後ろに目でもあるのか。熊野からの書簡に目を通していた弁慶が、笑みを含みながら背後へと声をかけた。
「べ、べつに」
 慌てて答えたのは望美だった。下を向いている薬師を驚かせようと忍んで入ってきたのに、すんなり気づかれてしまったことが悔しくてしようがない。
「きみは皆と出かけなかったのですね」
「……うん。まあ」
 書簡を閉じ、振り返った先の少女の沈んだ表情に、弁慶の顔もまたつられて曇る。
「平家との戦も休戦状態で、確か……」
 山だか川原だかに、休息がてら散策に行くと言っていなかっただろうか。提案したのは景時だった。
 話を続けてもらいたくてわざと言葉を切ったのに、少女はなにも答えない。
 はらりと庭の植木の葉が舞い落ちた。静かな時間だけが流れていく。
「きみは」
 弁慶は立ち上がりながら話し始めた。
「いつも僕を困らせる」
 戦場では男達と変わらぬ働きをする神子の華奢な肩がふいに揺れた。
 弁慶が伸ばした指先から逃れる為に。
「甘えたいときには景時殿の下へ……楽しくありたいときにはヒノエの下へと訪れる。ですが僕の下へ来るときは……悲しみを癒して欲しいときだけ」
「……」
「ああ。気に病まないでくれませんか。気にしているのはきみが僕の下へ訪れる理由ではないのですから。きみの傷が深くなる前に……いいえ。いっそ、傷ついたりする前に……その盾となりたいのにそれを叶えることができない自分自身に腹を立てているのです」
「弁慶さんは悪くなんか……ないんです。ただ」
「言わないで」
 弁慶の指先が望美の唇を押さえ、噤ませた。
 秋風が入り込む小さな庵。
「きみが僕との時間を作ってくれた。ただ……それだけ……そういうことにしておきましょう」
 にこりと薬師が微笑む。その顔はただ一人にしか見せない秘密のもの。
「先ほど僕が言ったことは忘れてください。意地悪されたのだと……そう思っていてくださってかまいませんよ」
「忘れたりなんかしません! 弁慶さんは……弁慶さんは……!」
 泣きそうになるのを堪える少女の、噛み締めた紅葉色の唇。
 衣擦れの音共に近づく、心に響く声。
「今はまだ秘密に」
 額に寄せてくる温かな掌が、大きな安心をくれることを望美は知っている。
「その続きは僕の口から言わせてくださいね」
 固く噤んだままの少女の唇がやわやわと開いていく。
 こくんと頷いたのは……了承の証。

<<嘘>>

 薬草を摘んで戻ってきたら、駆けてくるきみの姿が見えた。
 息を切らしながら、今にも僕の胸に飛び込んでくる勢いで……。
「おかえりなさいっ」
「はい。ただいま戻りました」
 さしたる時間はかかっていないはず。それなのにきみはこんなに僕の帰りを待ちわびてくれている。
 その大きな瞳が僕を見据える。雪解け水のように清涼な光を放つきみの虹彩が、僕にはひどく眩しく感じられて……つい目を伏せてしまう。
 笑顔で……心を隠してしまう。
「それはなんの薬草ですか?」
「鎮痛の役目を果たす薬草です。先日、頭が痛いと言っていたでしょう?」
「私……の?」
「ええ、そうです。それからこちらは毒消しになるものですし、血止めにも使います。きみがあまり無茶ばかりするから……」
 心を隠しながら話すと、決まってきみは顔を覗きこむ。それはきみの癖なのでしょうか。
 辛い……。
 けれど、そんなことを口にすればきみが気に病んでしまうことでしょうから、僕は言いません。
 ただ笑って、きみの言葉に頷くだけ……。
「無茶ばかりだなんて……してません。少し……だけ……です」
 上目遣いで僕を見る。
 窺っているわけではないだろうに、穿った見方をしてしまう。
 僕の本心を探ろうとしているのではないのか、と。
 僕はただ……。
「いいえ、していますよ。だからこそ、ほかの八葉にも怪我人が多いのです。それはきみが無茶をするからですよ?」
 なんて空々しい説教だろう。
 怪我をして欲しくないと思っているのは、僕。
 傷ついて欲しくないと思っているのは、僕。
「はあい。今度から気をつけます」
「よい返事がもらえて薬師冥利に尽きますね。怪我や病気はないに越したことはないのですから……なんです?」
 袖口を摘まれて、きみの顔へ視線をやる。絡んだ視線を確かめるように、黙り込んだきみが僕の瞳をじっとみつめる。
「なんですか?」
 笑ってやり過ごそうとしたのに。
「私のことを見てくれているんですね」
「……」
 胸が高鳴って……悲しくなる。
 僕はただ。
「きみに万一のことがあったら大変ですから」
「それだけ……ですか?」
 僕はただ。
 きみの盾になりたいのです。
「弁慶さん。それだけなんですか? 私を見てくれている理由」
「それは……秘密です」
 真っ直ぐなきみの視線に晒されて、僕は今日もまた……嘘を吐く。
 僕のこの嘘もまた……真実なのだから……。



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