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ザーリア州へ
「おまえが戻って来てくれてうれしいよ、ラドビアス」
「ありがとうございます。ですが今はガリオールが宰相を務めております。わたしは何をいたしましょう」
「そうだな」
 ヴァイロンは暫く考えこんでいたがにこりと口元を緩めてラドビアスを悪戯っぽく見た。
「国内の様子を身に行きたいな。竜道を使えば移動も楽だし、剣を携えていればわたしでもまだ竜道は通れるのだろう?」
 そうですね、とラドビアスも笑い顔になる。
「ではガリオールにしっかり宰相の仕事をがんばってもらおう」
 ヴァイロンの言葉に二人は声を出して笑った。
 揃って執務室に入って来た二人にガリオールの眉が上がる。
「お揃いで何でしょうか」
「陛下とわたしは国内を視察することにしたので、引き継ぐことがあれば早急にしておいてくれ。王の裁可がいるものはまとめて竜門を通して届けなさい。陛下は明日にでもと仰られておられるが、それは無理だと思うから明後日にして頂いた」
「明後日ですと?」
 ガリオールは絶句してつかの間立ち尽くしたがすぐに立ち直りラドビアスに猛然と抗議をする。
「そのような事をわたしに黙って計画されても承認できかねます。陛下のご予定はこの先ずっと決まっております」
「別におまえに相談しているのでは無い、ガリオール。予定は変更しなさい」
 自分には向けられたことの無い冷たいラドビアスの言い方にヴァイロンはラドビアスの別の一面を見たような気がした。
「何を勝手なっ」
「陛下がお決めになられた事に反駁はんぱくするとは偉くなったものだな、ガリオール」
 ラドビアスの言葉にガリオールは肩をびくりとさせて口を閉じる。
「ガリオール、おまえがいるからわたしは安心して我侭が言えるのだ。そんなに長くはかからないから――頼む」
「――畏まりました。ではその用意にかかりますので今日は魔道師庁に下がらせていただきます。陛下、失礼いたします」
 頭を下げてそれだけ言うとガリオールはそそくさと退室して行った。
「おまえ、案外人が悪いな、もう少し言い方があるだろうに」
 ヴァイロンがやれやれとラドビアスを見やるとそうですか、とラドビアスはにやりと笑った。



 旅立ちの朝までの時間、ヴァイロンは后妃ルシーダをなだめるのに費やされていた。
「この歳になって自分の国が今、どうなっているか見てみたくなったのだ。竜門があるから何かあれば直ぐ帰れるし、顔も見にちょくちょく帰って来るよ」
 ルシーダのこのところふっくらとしてきた手を包むように持ってヴァイロンは優しく言う。
「お約束ですよ、陛下。本当に度々お帰り下さいましね」
 ルシーダはそう言うとまた涙を落とす。 ルシーダは三十台も後半になり、夫であるヴァイロンの見かけの年齢を追い越していくことに寂しさと心が離れてしまったらという不安を感じている。
 ヴァイロンは妾妃を持つこともなくルシーダを愛しんでいたのだが、ルシーダにしてみればいつまでも若く美しい夫に不安を覚えるのだ。
 ――それに、陛下がわたしに寄せてくださる感情は何なのか?  愛、ではあるのだと思うがそれが男女のそれなのか、ヴァイロン以外を知らないルシーダにはわからない。 だが、自分が抱いているものとは違うのではないか。 ずっとそう思っていた。 だから不安なのだ。
 他に誰かいるのかしら。 それとも最初の妃であるアステベート様のことを忘れられないのか。
「母上、それでは父上はここから出発できないではありませんか。すぐにお帰りになると仰っているのだから、気持ち良く出発出来るように笑顔でお送りしましょう」
 赤毛のくせのある髪の母親にそっくりな明るい顔の王子、リチャードがそっとヴァイロンから母親を離す。 今年、二十歳になり少し厳しさが足りないと口さが無い者が言うが、なかなか王を継ぐ器量はあるのではないかとヴァイロンは思っている。
 国の創成期には物足りないかもしれないが、基板がしっかりして来た今なら大丈夫なのではないか。 ガリオールがその辺はうまく補佐するだろう。
 ――不思議なものだ。 リチャードが成人するのを待っていたように自分の死期が近づく。 ルシーダとの間に子どもが出来なかったら一体どうなっていたろう。 これが契約した、ということなのか。 あの六十年前、自分の体はすでに自分の物では無くなっていたのかもしれない。


「よろしいですか」
「では、行ってくる」
「お体を大事になさって一刻も早いお帰りをお待ちしております」
 后妃の言葉にヴァイロンとリチャードは顔を見合わせて笑う。
「父上、行ってらっしゃい」
「わたしの留守を頼むよ」
 挨拶を交わす父子は見かけではどちらが親なのかもわからない、同い年の友人のようだ。
「ガリオール、迷惑をかけるが政務をよろしく頼む。いい機会だからリチャードにも手伝わせて勉強させてくれ、頼みにしている」
「お任せください、万事心得ております」
 ガリオールはいつもの笑顔を見せて言った。
『アルベルト、ルーファス、サイロス、解せよ』
 ラドビアスが印を組んで呪文を唱える。
「どちらになさいます? ――冬が来る前に北に行きますか」
「いや、南にしよう、ルシーダの郷里のザーリア州を見てみたいな」
「――ザーリア州、ですか」
 歯切れの悪いラドビアスにヴァイロンは何かあるのかと顔を伺うが、ラドビアスは顔を見せないように竜門に向かって言を続けた。
『ザーリア州、州都ギリアン近郊へ解せ』
 竜道に足を踏み入れてヴァイロンはここでも時の流れを感じる。 地面は石畳になり、薄暗い中にも壁に何の明かりなのか等間隔でぼうっと光って足元を照らしている。
「立派になってるんだな」
「はい、サイトスから主要な場所へは頻繁に通りますので道が固定され、竜印の無い者も主が呪を封じ込んだ竜印を模ったペンダントを首から提げていれば通ることが出来るようになっております」


 実際の距離と竜道の距離は関係ない。 知ってはいてもいくらも行かないうちにラドビアスが立ち止まり、着きましたよと言うのを聞くと釈然としない。


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