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名も無き者達の幸福

新しい王様と新しい彼女

作者:くる ひなた



 それはとある王国に伝わる、いにしえよりの習わし。
 戴冠を済ませた最初の夜、新しく国王となった者は城の外れにある塔に一人上り、頂上に設けられた部屋で一夜を過ごさねばならない。
 それは、天におわす先人達の霊より叡智を賜り、正しき君主の心得を知るため。
 あるいは、王国のために尽くす身を清める禊の儀式とも言われている。

 今宵もまた、新たな君主がその塔の前に立った。
 この日、二十数年君主を務めた父から玉座を譲られたのは、若いながらも文武に優れた青年だった。
 彼は十六の年までは隣国の王立学校で帝王学を修め、その傍ら騎士に混じって武芸の鍛錬に励んだ。
 卒業後は幼馴染みである公爵家の嫡男と二人だけで辺境を旅し、すっかり逞しくなって祖国に戻って来たのが二十歳の時。
 本人としてはまだまだ諸外国を渡り歩いて見聞を広めたかったのだが、急遽父に呼び戻されたのだ。

 王国ができる前からこの場所にあったと言い伝えられている塔は、繋ぎ目のない石の壁に幾重にも蔓が巻き付いた古めかしい外観で、国王とごく一部の管理人以外は近づくことができない場所のため、いつもしんと静まりかえっている。
 新しく国王となったこの男も、習わしがなければわざわざこんな寂れた場所になど足を運びたくはなかった。
 しかしながら、よほどの悪弊でもない限りは先人の習わしを守るのも、歴史を継承する者の務めである。
 この日新国王は、玉座とともに二連の鉄の鍵を受継いだ。
 その大きい方の鍵で塔の扉を開いて中に入った彼は、頂上へと続く長い長い石の螺旋階段をただひたすら上って行った。
 やがて、最後の段を上りきると、目の前に扉が現れた。
 この扉に向こうが、新国王の今宵の寝床だ。
 彼は小さい方の鍵を鍵穴に差し込み、それを開いた。

「……ふうん」

 塔の頂上は、まるで屋根裏部屋のような質素な部屋だった。
 調度といえば、シンプルな木のテーブルと椅子が二脚、その奥に簡素なベッドがあるだけ。
 一国の長が過ごすには粗末な場所ではあったが、放浪の時代には野宿も厭わなかった新国王には別段問題はなかった。
 彼は扉を閉めて鍵をかけると、テーブルの上に用意されていたワインを一口呑んだ。
 それから、儀礼用の華美な上着と靴だけを脱いで、ぼすんと勢い良くベッドの上に横たわった。
 とたんに、日干ししたばかりのようないい香りがふわりと鼻腔を掠める。
 塔自体は決められた管理人が掃除や修繕を行うが、この頂上の部屋に入ることが許されるのは国王のみ。
 ということは、テーブルにワインを用意してくれたのも布団を日干ししてくれたのも、おそらく前国王である父なのだろう。

「ぶっ……」

 あのいつも厳めしい顔をしていた父が、窓から布団を出してパンパン埃を叩いている姿を想像し、あまりにおかしな光景に新国王は思わず一人噴き出した。
 厳格な父王が守ってきたこの国を、これからは彼がしっかりと受継いでいかなければいけない。
 自身の肩にのしかかる責任の重さに押し潰されぬよう、一国の長となる者は幼い時から心も身体も鍛えられるのだ。
 この新国王も、重責をストレスと感じるよりも、これまで自らの足で歩き回って得た見聞や経験を活かし、祖国をこれからどのように発展させていこうかという希望に満ち満ちていた。
 しかしながら、早朝より始まった戴冠式やその他諸々の儀式に丸一日を費やし、若い彼でもいささか疲れていた。
 せっかく一人になれたのだから、今宵は何者にも煩わされずゆっくり休もう。
 願わくば、女の柔らかな身体を抱き枕にしたいものだが、残念ながらこの時彼の脳裏には特定の相手の顔も名前も浮かんではこなかった。 





「――っ!?」

 どれくらい眠っていたのだろう。
 くっと、首筋に何か硬いものが当った感触に、新国王ははっと目を覚まして飛び起きた。

「んぎゃっ」
「……あ?」

 すると短い悲鳴が聞こえ、ベッドの上に半身を起こした新国王の膝の上に何かがころんと転がった。
 その何かは、どうやらそれまで仰向けに寝そべっていた彼の胸の上に乗っていたらしい。
 状況が飲み込めない彼が呆然と見下ろす前で、それは慌てて身を起こして猛然と抗議の声を上げた。

「急に起き上がるな、馬鹿者! びっくりしたじゃろうがっ!」

 さらに、新国王の白いシャツの襟ぐりをガッと乱暴に掴んだ。
 だが、彼がそういう仕打ちを受けるのは、身分を隠して旅をしていた頃には珍しくなかった。
 酒場で難癖をつけてきた酔っぱらいの腕を捻り上げ、薄汚い手を襟から引き剥がしたのも記憶に新しい。
 しかし今彼の襟を握っているのは、あの大男の熊のような手とはほど遠い、小さくふくふくしい幼子の両手だった。
 当然、襟首を締め上げる力もたかが知れている。
 ベッドに座り込んだ新国王の膝を跨いで立ち、彼を不機嫌な顔で睨みつけているのは、小さな小さな女の子だったのだ。

「……」

 何故、こんな場所にこんな時間にこんな幼子がいるのか。
 困惑を深める新国王の眉間を、ようやく襟を離した小さな手がベチンと叩いた。

「これっ、お主。寝惚けておらんで、うんとかすんとか申してみよ」

 舌足らずなくせに、いやに年寄りくさい話し方をする幼子だ。
 新国王は容赦なく叩かれた眉間を片手で押さえつつ、いささかムッとした顔で問うた。

「お前、なんなんだ」
「わらわは、わらわじゃ」

 もちろん、それでは答えにならない。
 あまり気の長い方ではない新国王がイライラを我慢しながら、何故ここにいるのかと問いを重ねると、幼子は何を馬鹿なことを聞くのだとでも言いたげな顔をした。

「わらわの土地にわらわがいて、何が悪い」
「お前の土地……?」

 新国王は訝しい顔をして問い返しつつも、ふとその幼子の顔に見覚えがあることに気づいた。

「待てよ。お前……確か、公爵家の……」
「いかにも。わらわは、今は公爵家の孫娘として器を得ている」

 かの公爵家の当主は現在王国の宰相を担っており、その息子こそが新国王と一緒に辺境を旅して回った幼馴染みだ。
 彼も新国王とともに三年前に祖国に戻り、今は家督を継ぐために父公爵の仕事を手伝っている。
 そんな彼は王立学校在校中に隣国の令嬢と恋をして、公爵家は三年前に既にお腹の膨らんだ花嫁を迎えていた。
 そうして生まれたのが、今新国王の目の前でふんぞり返っている幼子だ。
 ブロンドの髪と緑の瞳はこの王国の貴族に多い色で、その身を包む衣服も上質のもの。
 そんな貴族の幼い娘が夜遅く、こんな城の外れの立ち入り禁止区域に一人きりでやってきたというのだろうか。
 ますます困惑を深める新国王に向かい、幼子は淡々と続けた。

「本当は、お主が塔に上って来る前にここに来て、迎えてやるつもりでおったのだがな。何ぶんこの通り幼子の器ゆえ、寝付くまで乳母が側を離れなかったのじゃ」
「……」
「わらわの迫真の狸寝入りでようやく寝室を出て行ってくれたが、また様子を見に戻ってくるやもしれぬ。さっさと済ませるぞ」

 幼子はそう言うと、新国王の上半身にタックルをかます勢いで突き飛ばし、再びベッドの上に仰向けに寝転ばさせた。

「……なっ!?」

 女に、それもこんな幼い子供に押し倒されたのは、彼だって初めての経験だ。
 呆然とする新国王を尻目に、幼子は小さな口をぱかりと開いて覆いかぶさってきた。
 とたんに首筋に感じたのは、さきほどと同じく何か硬いものが皮膚に食い込むような感触。
 それがこの幼子の歯である――つまり、自分は今この幼子に首筋を噛まれようとしていると気づいた新国王は、慌てて小さな両肩を掴んで引き剥がした。

「待て! ちょっと待て!」
「なんだ。男のくせに姦しいな」
「なにゆえ、俺の首を噛もうとしているのか。そもそもこれはどういう状況であるのか、説明しろ!」

 幼子相手に説明しろも何もと思いつつ、さすがに新国王も彼女がただの小さな女の子ではないとうすうす勘付いていた。





「ここは元々、この世の天主たる父上からわらわが賜った、わらわの土地じゃ」

 説明を求められた幼子は、ベッドに胡座をかいた新国王の正面に仁王立ちし、またも偉そうに胸を張った。

「この塔だけではないぞ。王国の全てがわらわの土地なのじゃ。そこに昔々お主たち王族の始祖がやってきて、どうぞ住まわせてくださいと頭を下げたものだから、心優しいわらわはその願いを聞き届けてやったのじゃ」
「始祖……? では、お前は王国の守り神か何かか?」
「守り神などではない。住まわせてやるとは言ったが、わらわが人間達を守ってやるような義理はない。わらわは、いわば王国の土地の家主じゃ」
「家主……」
「家主とは賃料を要求するものじゃろう?」
「たしかに」
「その賃料が、お主ら歴代の国王の血じゃ」

 摩訶不思議なことを幼子の小さな口が流暢に語る。
 角があるわけでも羽根があるわけでもない、どこからどう見ても幼く可愛らしい人間の子供だ。
 爪だって桜貝のように薄く繊細なもので、そもそも血を吸うなどと言いながらも牙さえないのだから。
 さきほど新国王の首筋を噛もうとしていたのは、まだ永久歯にも生え変わっていない小さな犬歯だった。

「お前は、吸血鬼なのか?」
「そんな非現実的な化け物と一緒にするな。わらわはわらわじゃと言うとろうが」
「しかし、血を糧とするならば、やはり吸血鬼なのではないのか?」
「馬鹿もの。誰が、血を糧とすると言った。血なんぞちょびっと吸ったところで腹が満たされるわけがなかろうが」
「では、何故吸うんだ」
「人の血は嗜好品のようなものじゃ。紅茶やワインも原材料の品種、産地や熟成の具合が違えば味が違うじゃろう? それと一緒で、血も人それぞれに味が違って奥深いのじゃ」

 新国王は短く切り揃えた金髪をぐしゃぐしゃに乱しつつ、幼子の話を理解すべく問いを重ねた。

「では、器とは何だ」
「わらわが地上の者と関わるために必要な、借り物の身体のことじゃ。生まれる前に魂が天に召されて空っぽになった身体が、わらわの器になる」
「死産となるはずだった者を器にするということか? では、もしやその公爵家の孫娘は……」
「ちょうどあの時、わらわの器に一番ふさわしかったのが、まだ母親の胎に留まっていたこの身体だったのだな」
「……」

 もしも、この娘が土地主と名乗る“彼女”の器となっていなければ、公爵家は大きな悲しみに見舞われていたのだろう。
 それを知ると、新国王は幼馴染みの不幸が一時回避できたことに、単純に安堵を覚えた。
 しかし、“彼女”はあどけない顔で腕を組んで続けた。

「ただし、本来は人間を器にすることはないのじゃ。大体は猫や犬や小鳥のように、国王の側にいても誰も気に留めないような愛玩動物を器にする。今回ばかりは少々ズルをしてしまったのでな。ちょうどいい具合の器がこの者以外に調達できなかった」
「ズル? 人間が器だと、何か不都合があるのか?」
「あるとも。見よ、この頼りない牙」

 “彼女”はそう言って、小さな口をああんと命一杯開いて新国王に犬歯を見せ付けた。

「お前達人間ときたら、いつのまにやらすっかりと軟弱になってしもうて。こんな牙では獲物の喉笛を食い千切れまい」
「まあ、そうだな。しかし、人間はそのために刃物を使うのだが」
「刃物は、加減が分からぬから嫌いじゃ」

 幼子の姿をした“彼女”はそう言うと、再び新国王の首筋に噛み付いた。

「おい」
「なんじゃ」
「痛いんだが」
「我慢せい」

 王国に“彼女”という家主がいること、そして代々の国王がそれに賃料を支払うということは、誰にも知られてはいけないことだった。
 血で家主を買収して王国を乗っ取ろうとする者が現れることを恐れ、王族の始祖は盟約にその旨を盛り込み、“彼女”もそれを了承していた。
 先の国王から次の国王に対し、“彼女”の存在と盟約が言葉として伝えられることもない。
 新しい君主は、今夜の新国王のように塔の部屋で“彼女”の器と初顔合わせをし、最初の家賃を支払う。
 つまり、土地の賃貸契約の更新をするようなものだ。
 それが、新君主が塔で一晩を過ごすという習わしの真の目的であった。

「ええい、歯痒いのう。チビゆえ、顎の力も足りぬわ」

 ところが、やはり小さな犬歯では威力が足りず、うまく血が滲むほどに噛めないらしい。
 幼子の話にまだ半信半疑の新国王だが、思うようにいかない悔しさに彼女がベソをかき始めると、大きく一つため息をついて口を開いた。

「……仕方ないな。なら」

 彼は片手を腰にやると、ベルトに挟んでいたナイフを鞘から引き抜いた。
 そして――

「ぎゃっ! お主、何をする。早まるでない!」
「早まるも何も……埒が明かぬから、これで妥協しろ」

 新国王はぴっとナイフの切っ先で自分の左手薬指の腹を傷付け、じわりと赤い血のしみ出したそれを幼子の口元に突き出した。
 剣を握るにもペンを握るにもまったく支障のない場所だからと、結構遠慮なく刃を突き立てたので、血の珠はみるみるうちに大きくなって、すぐに崩れて指先から零れおちそうになった。
 それに慌て、“彼女”ははむっと新国王の指先を口に含んだ。
 そのままちゅうと吸われれば、少しだけおかしな気分になったので、新国王は慌てて気を逸らそうと口を開いた。

「……うまいのか?」
「いや、まずい。肉ばっかり食っているヤツの味じゃ」
「……」
「お主、食事はバランスよく食わんといかんぞ。野菜と果物をもっと食え。そうすると、血ももう少しましな味になろう」

 乳離れしたてのような幼子が、血の旨味と善し悪しを語るというシュールは光景に、新国王はナイフを鞘に戻しつつ口を噤んだ。
 幼子の前の器は、前国王の可愛がっていた猫であった。
 “彼女”は賃料を支払う国王が代替わりする度に自身も器を更新するのだという。
 だが猫が死んだのは、確か今から三年前のこと。
 国王が交代したのは今日であるから、その更新に三年のズレがあるではないか。
 新国王がそんな疑問を打つけると、幼い姿をした“彼女”は少し憂いを帯びた表情をした。

「お主の父は、本当はもっと前に死ぬはずだった」
「なんだと……?」

 突然の告白に、新国王は驚きをあらわにした。
 そんな彼の向かいにちょこんと座ると、“彼女”は幼子に不釣り合いな神妙な面持ちで続けた。

「わらわがお主の父の死期を知ったのがちょうど三年前。それを告げると、あやつは息子を呼び戻して国王の仕事の引き継ぎをし、その後の少しの間だけでも奥方とともに静かに過ごしたいと望んだ。だから足りぬ分の時間を、わらわの器の寿命を削ることで譲ってやったのだ。ゆえに、猫が先に死んだ」

 そんな馬鹿な話が……と思いつつ、新国王は愕然とした表情を隠しきれなかった。

「……父上は、死ぬのか?」
「生きているものは皆死ぬぞ。遅いか早いかだけの違いじゃ」
「お前には、それがいつなのか分かるのか」
「血は情報の宝庫じゃ。飲めば大体のことは分かる。そうして、わらわも器の期限を計るのだからな」

 “彼女”は前国王をとても気に入っていたらしい。
 そんなお気に入り店子が望みを叶えるための時間の猶予を与えてやりたくて、家主は契約を越えるサービスをしてしまった。
 そのため“彼女”には、次の国王に寄り添わせる新たな器を計画的に用意する余裕がなかったのだという。
 幼子は、新国王の指先の傷をペロリと舐めてそう打ち明けた。
 傷口には、それ以上もう血は滲んではこなかった。

「父上……」

 新国王と前国王は、それほど仲の良い親子だったわけではない。
 隣国で様々な国の王侯貴族の子息と交流を深め、辺境を回って見聞を広めた新国王には、父の考えはどれもこれも古臭く頭が固いものだという印象が強かった。
 厳格な父王は息子に対して優しい言葉をかけたこともなく、いつも仕事に掛かりっきりで、たった一人の妃である彼の母にも寂しい想いをさせていた。
 だから新国王は、父のように冷たい男にはなるまい、国民を思い遣りながらも自分の妻や子供も大切にしようと、幼い頃から心に決めていた。
 だが、それでも父は父である。
 隠居した前国王は、今後妻とともに郊外の屋敷に移り住む予定になっていた。
 そこは彼女の故郷であり、緑豊かで静かな土地だ。
 前国王は自分の命の灯火が残り少ないと知り、妻が穏やかに余生を暮らせるように環境を整えた上で、その側に骨を埋めるつもりなのだ。
 それを聞かされて、新国王は口を噤んで俯いた。
 そんな彼の頭を、子供らしくふくふくしい手がぽむぽむと優しく叩いた。

「泣いてもよいぞ。誰だって、親が近々亡くなると知れば悲しいものだ。お主が泣いてもわらわは決して笑わぬぞ?」
「……泣かん」
「ふん、強がりを言いおって。仕方ないから、お主が生きて国王である間は、わらわが側にいてやるでの」
「……」

 幼子は偉そうにそう言い放ち、腰に手を当ててふんぞり返った。
 そうして、憂い顔の新国王が一瞬ポカンとするほどの、驚くべき言葉を続けたのだった。

「そういうわけで、お主。わらわを妃にせよ」
「――は?」
「わらわを妃として側に置けと申しておるのじゃ。さすれば、わらわはいつでも気兼ねなくお主から賃料を回収できるであろう?」

 器が人間だと、国王に近づくにはいろいろと制約がある。
 しかも、今のような幼子の姿では、乳母をまいて家を抜け出すのもひと苦労。
 いしにえの盟約に則って正当なる対価を求めているだけなのに、煩わしいのは嫌だ――そう“彼女”は主張した。
 幸いというべきか否か、“彼女”の器は王国で最も有力な公爵家の孫娘。
 王妃に迎えても申し分のない身分ではある。
 ただし、身分以外には大きな問題があった。

「妃と言っても……お前、年は幾つだ? いや、中身じゃなくて、器の話だぞ?」
「わらわの器は、現在三歳じゃ」
「……そうか。俺は、今年で二十三になったんだが……」
「だからどうした? 王族の結婚に年の差など大した問題ではなかろう。むしろ、若い嫁さんバンザイと喜べ」
「若すぎるだろうが」

 何より、器の父親がそれを許すとは思えない。
 “彼女”は普段は見た目通りの愛らしい幼女を演じ、蝶よ花よのお姫様ライフを楽しんでいるようだ。

 ——うちの娘ってば、すんごくかわいいんだよね~
 ――どこの王様に求婚されたって、絶対お嫁になんか出さないっ!

 会う度にそう繰り返していた幼馴染みの緩んだ顔を思い出し、新国王は“彼女”の提案を「ありえない」と一蹴しようとした。
 ところが、“彼女”が目を細めて続けた言葉に、おおいに慌てふためく羽目になった。

「お主がどうしてもこの器が不服と言うのならば、機会を見て別のものに取り替えてもよいが……その場合、この身体は器の役目を終えた時点で腐り落ちることに――」
「ま、待てっ……!」





 その後、新国王は公爵家の孫娘を城へと召し上げた。
 何もかも知っていたらしい前国王は、それまで息子が見たこともないほどの柔らかい笑みを浮かべ、一つ頷いただけだった。
 ただし、突然の国王の結婚と妃の幼さに臣下達は吃驚仰天し、案の定新国王の幼馴染みは娘の嫁入りに大反対した。
 ところが、彼よりも権力のある人物――王国の宰相であり公爵家当主である父親がそれを抑え、孫娘が国王に嫁ぐ許可を出してしまったのだ。
 ただでさえ王国内で大きな権力を握っている公爵家は、王家との婚姻でこの後ますます栄えることだろう。
 こうして、新国王と公爵家の孫娘の、ままごとのようでいて時々血腥い新婚生活が始まった。

「うちの娘が成人するまで、絶対手ぇ出さないでよ。ロリコン陛下」
「……」
「でも、あの子を袖にして愛人なんか作ったら――刺しますから」
「……」

 あどけない王妃の父親に、会う度にそう言って首筋に尖ったペン先を突き付けられる新国王は、定期的に首をかじってくる可愛い幼妻には慣れたものの、健康的な男子としては辛い辛い禁欲の日々を強いられることとなった。
 だというのに、世間からは幼女趣味との不名誉なレッテルが貼られるし、国王としても散々なスタートだった。
 しかしながら、持て余す性欲を仕事への意欲にすり替えて打ち込んだ結果、やがて彼は父王にも負けぬ賢王として国民から支持されるようになった。
 また、愛くるしい王妃の人気も絶大で、彼女が雄々しい国王相手に「好き嫌いするな」だの「小骨を取ってやるから魚も食え」だの、甲斐甲斐しく世話を焼く様は微笑ましく、いつしか世間はこの年の差夫婦を温かく受け入れるようになっていった。
 ついでにいうと、美味い血の醸造に励む王妃によって食事管理を徹底された新国王は、すこぶる健康であった。






 新国王誕生の一年後。
 彼の父親である前国王が、隠居先で愛妻に看取られて静かに息を引き取った。
 最後の一年間、穏やかに愛を確かめ合った夫婦の別れは、お互いに思い残すことのない潔いものだった。

「ありがとうな」

 父と母に最高の一年間を与えてくれたのが誰なのか知っていた国王は、一緒に葬儀に参列した幼い王妃を抱き上げてそう礼を言った。
 “彼女”は黒いベールの奥で小さく頷いて、いまだまともな噛み痕も残せていない彼の首筋にしがみつき、必死に嗚咽をこらえた。




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