雲に隠れていた月がゆっくりと姿を現す。
不敵に笑い、向き合う二人。
表面上の表情だけ変えないまま、探偵がすっと瞳を細めた。
「相変わらず鮮やかなショーだったな?」
「それはどうも。名探偵こそ、終わってからは随分と派手に活動してるみたいだな?」
「ああ。残る高校生活も一年弱なんでな。」
胸を張り、僅かに俯き気味の怪盗を見下ろすように立つ探偵は、月をバックに立つ怪盗の表情を窺うように一瞥すると、ゆっくり口を開いた。
「…それはお前も同じだろ?黒羽快斗……」
「………何を、根拠に仰ってるんです?」
その言葉を聞いた途端、笑っていた口元が、ふっと笑みを失う。
さらに、漂わせていた空気までもががらりと変わった。
警戒心とかいうものじゃない。
明らかに殺気と呼ばれるもの。
変わった口調と気配。
表情は変わらないものの、今までとは違い、その警戒を露わにして怪盗は探偵の青い瞳を見据えた。
「…アリバイと身長、体重、出身地…その他色んなものと照らし合わせた結果だ。『黒羽快斗』だけ、その条件全てを備えているんでね。」
「……その様子だと他にも色々御存知のようですね。お父様の協力もあっての結果ですか?」
「ああ。どうやら初代とは友人関係にあったらしいからな。」
怒りにも似た荒い口調。
微妙に棘のある言葉に動じることなく、探偵は言葉を続ける。
「お前の正体には自力でたどり着きはした。ま、証拠なんぞは見つからなかったが。」
「当たり前でしょう。先代の名を汚すようなことはしませんよ。」
「そりゃ大層なこった。」
そう言い、探偵はすっと足を出す。
カッ!
間合いを詰めようと身をずらした探偵は、足下に撃ち込まれたそれに眉を顰めた。
「それ以上近づかないで下さい。」
「……随分とご機嫌斜めなんだな。」
「誰のせいだと思っているんです?……これで終わりですね。あなたは私を警察に売るおつもりで?」
足下に向けていた銃口を探偵の胸にずらしながら、怪盗は自棄に落ち着き払った声色で言った。
その言葉に、足下に突き刺さっているトランプを引き抜きながら、探偵は笑いの入り混じったように言う。
「窃盗犯は現行犯逮捕だ。第一証拠もないのに捕まえられるわけないだろ?」
「あなたが言えば世界中の人間皆信じますよ。」
聞き返すような探偵の台詞に間髪入れずに返すと、怪盗はすっと銃を下ろし、一歩後ろに下がった。
そして、その紫紺の瞳を閉じ、深々と頭を下げ言う。
「ですが、これだけは覚えておいて下さい。」
「………」
「これであなたと私の今までの関係は終わりです。あなたが私を警察に売るならば、私もあなたが江戸川コナンだったことをバラしましょう。」
頭を下げたまま言われる言葉に、探偵は何も言わずに瞳に黒い影を宿らせる。
相変わらず月は鮮やかに輝き、まるで、このビルの屋上のみに真っ黒い影が立ちこめているようだった。
「…あんな夢物語、誰も信じねーぜ?」
「ええ。でも…APTX4869のデータと試薬を一緒に入れたらどうです?私が作ったそれを同封して、科学者に送りつけたら?……ついでにあなたの大切な幼なじみにも色々教えて差し上げますよ。あなたの正体を知っていたのは、服部平次、阿笠博士、工藤夫妻、シャロン・ヴィンヤード……そして、宮野志保だとね。」
「…蘭はそれで俺と灰原の関係を疑う程……」
「決め手はそれじゃありませんよ。」
探偵が言葉を続けようとするのを遮り、ゆっくりと頭を上げると口元に冷たい笑みを浮かべた。
「あなたがコナンとなり、麻酔銃で毛利小五郎を眠らせ、変声機で代わりに推理していたとね。鈴木園子さんも同じだと。あれは全て、彼らの推理ではなく、工藤新一の推理なんだとも教えて差し上げましょう。あなたが自分が元に戻ることだけを考え、彼らの体を心配するわけでもなく、ただの操り人形程度にしか考えていなかったと。」
「操り人形程度にしか考えていなかったってのは言い過ぎだ!そんなことない!!」
「じゃあ麻酔薬の使いすぎからくる後遺症等のことは考えていらっしゃらなかったんですか?あなたも馬鹿ではありません。考えはしたけれど止めなかったのでしょう?自分のために。」
口から紡がれるそれに、今までの彼の優しげな声色や、相手を思いやるようなものは含まれていなかった。
寧ろ脅迫じみた口調で冷たく淡々と言葉を発する。
「そうそう…あなたも罪に問われるでしょうね。麻酔銃を使用していましたし、不可抗力と言えども発砲したことに変わりはありませんから。それを言えばFBIの方々にも被害が及ぶでしょうね。ジョディ・スターイングさんや、赤井秀一氏にジェイムズ・ブラック氏…無許可で国内で極秘捜査をしていただけでなく、発砲…言い逃れできない証拠もありますよ。」
怪盗はひらりと一枚の写真を取りだした。
それには、銃を取り出すジョディが写っていた。
ちらりと見せると、再びどこかにしまい、もう一度探偵と向き合う。
「……」
すっかり黙り込んでしまった探偵を前に、怪盗は口の端に笑みを浮かべ、追い打ちをかけるようにきつく言い放った。
「江戸川コナンに成りすますために国籍まで偽造したあなたに、私の罪を暴き、裁く資格はありませんよ。」
「それ以上言うなっ!それに誰もお前を警察に売るなんて言ってねーよ!!」
「人を捕まえるためにレコーダーまで回しているあなたに言われたくありません。」
更にきつい口調で言い放つと、怪盗は悲しげに微笑んだ。
「…ただ、私は自分が二代目であることは認めましたが、『黒羽快斗』であることは認めていません。寧ろ、あなたにとって不利な情報ばかり録音されているんでしょう?」
「…俺はそこまで馬鹿じゃない。余計な情報は削ってあるぜ。」
「……どちらにしろ、もう、一緒に話すことはないでしょうね。月と太陽から、闇と闇の仲間割れになってしまった。永遠に途切れることのないこの運命の殺戮を始めたのはあなたです。鏡は割れて、螺旋の中の戦いになってしまったようですね。………何も知らないまま…ただのライバルでいたかったです。」
「後悔はしていない。俺は、分からせてやっただけだ。影から手回ししたお前に俺たちの関係はそんなに生ぬるいもんじゃないってな。……俺はそこまで甘くない。所詮敵同士なんだよ、俺たちはな………」
同じく冷たく返す探偵の瞳は、氷のように凍てついていた。
それに怖じ気ることなく、手元のボタンを押し翼を広げると、怪盗は今までに無いほど優しく、切なげに、そして、何よりも冷たい月のように微笑んだ。
「…あれは、私のためですよ。」
トンッと軽く地を突き飛び立った怪盗の頬を伝ったものの正体を知るものは、
誰一人、いないのだろう―――…。
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