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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜方舟キーテジ号殺人事件 作者:稲葉孝太郎

事件編

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第6話 勇気あるヒロイン

 船倉に戻った霧矢を出迎えたのは、ピリピリとした重苦しい空気だった。
 扉を開けた瞬間、茜に銃口を突きつけられ、慌てて両手を上げさせられる。
「入るときは名前を言いなさい! 撃ち殺されたいの!?」
「ご、ごめん……」
 人が殺された後でノックもせずに扉を開けたのは不味かったかと、霧矢は自分の不用心さを反省した。
「あっちはどうなってるの?」
「ドクターが診てるよ」
 解剖の件については黙っていた方が良さそうだ。そう判断した霧矢は、室内にトトの姿を求める。
 ……どこにも見当たらない。
「あの……トトさんはどこに……?」
「トト……? ああ、あの間抜けそうな女なら、ラボにいるわよ」
「もしかして公子さんも?」
 茜は面倒くさそうに相槌を打つと、霧矢に背を向けた。
「あんたが慰めてやれば? 何だか落ち込んでたわよ」
「公子さんが?」
「トトの方」
 無理もないかと、霧矢はラボに足を向ける。その際、ちらりと船倉の中を見渡し、他のメンバーの顔色を伺った。銃を持ってうろうろする茜と、部屋の隅で木箱の上に腰を下ろし、平常運転の静けさを保っている箕蔵。
 公子の姿が見当たらない。彼女もラボにいるのだろうと見当をつけ、霧矢は扉の前に立った。
「トトさん、公子さん、入るよ」
 今度はきちんと自己紹介をし、扉の開閉スイッチを押す。
 プシュンという音を立てて、目の前の視界が開けた。
「トトさん? 公子さん?」
 扉の外からでは、中の様子を一望できない。
 霧矢は、中へと足を踏み入れる。
 すると、左手にある研究机の横に、2つの人影が見えた。手前にいる背を向けた少女が公子、奥でこちらに顔を向けているのがトトだ。ピンと背筋を伸ばして椅子に座る公子と、うなだれているトトの構図は、まるで精神カウンセリングにきた患者と医師のようである。
 霧矢が近付くと、公子が椅子をくるりと回して振り向いた。
「あら、霧矢さん、いかがでした?」
「結局、遊花さんは解剖することになったよ」
「もう少し詳しく話していただけませんこと?」
 人手任せなお嬢様の態度に憤りつつ、少年は事情を説明した。
「……というわけで、甘野は銃の暴発で即死ってことになりそうなんだけど」
「サダコさんは、事故死と判断しましたか?」
 急に口を開いた公子に、霧矢は首を振ってみせる。
「いや、それについては何も」
「相変わらず慎重な人ですわね……」
 公子は、やや不満そうにそう呟いた。
 それに合わせて、霧矢はこれまで疑問に思っていたことを口にする。
「ところで、公子さんはどうして来なかったの?」
 やはり死体が怖いのだろうか。そう推測した少年に、公子は別の答えを返す。
「私は、足で証拠を探しまわるタイプではありませんの」
「安楽椅子探偵ってこと?」
 霧矢の分類に、公子は肯定も否定もしなかった。
 意味深にくすりと笑い、席を立つ。
「トトさんが落ち込んでいるようなので、あなたがお相手をしていただけません?」
 公子は、少年の肩に軽く振れ、その横をさらりと通り過ぎた。
 お願いというよりは命令のようだ。少年はそう感じざるをえない。
「ううっ……キミコさんまで私を見捨てるんですね……いいですよ、どうせ私はダメな女ですから……」
 トトの愚痴に、キミコは肩をすくめてみせた。
「ずっとこの調子ですの。後はお任せします」
「え、あの……任せるって……どこへ行くんですか?」
「ちょっと用を思い出しましたの。では」
 公子はそう言って、あっけに取られた霧矢を残しラボを出て行った。
 霧矢は、黙ってその後ろ姿を見送ることしかできない。
「……2人だけになっちゃいましたね」
 トトが、ぼそりと呟いた。霧矢は、その声に引かれるように、顔を斜め45度下げる。
 霧矢の立ち位置からは、黒い髪の流れしか目に入らない。それでも声の調子で、トトの落ち込み具合がはっきりと感じ取れた。
「あのさ、僕みたいなのが言うのもなんだけど、検史官が現場に立ち会えないって不味いよね? しかも、死体が怖いからだなんてさ?」
 霧矢は公子が座っていた椅子を引き、そこに腰を下ろす。
 先ほどまでの少女の温もりがまだ残っており、少年は妙な戸惑いを覚えてしまった。女慣れしていなさ過ぎだと自分でも呆れ返りながら、霧矢はトトのリアクションを待つ。
「だって、死体は気持ち悪いですし……」
 当然だ。霧矢も、それには同意せざるをえない。
 しかし、それはあくまでも一般人にのみ許される反応である。
「でもさあ、君は検史官なんだろう? 殺人事件を扱うのに、死体が見られないじゃ、話が始まらないと思うんだけど?」
「……分かってます」
「じゃあ、ちょっとは頑張らないとね」
 率直に言ってしまうと、霧矢はこの手のお説教があまり好きではない。「最近、成績が芳しくないじゃないか。そんなことじゃ志望校には受からんぞ」「はい、分かってます」「ならもっと頑張らないとな」。聞き飽きたサイクル。勉強であれスポーツであれ、とにかく誰でも経験したことのあるやり取りだ。
 しかし、それが根本的な解決に繋がった事例を、霧矢はつとにして知らない。
「そもそもさ、なんで検史官になったの?」
 霧矢は、前々から疑問に思っていたことを尋ねた。そして、軽い自己嫌悪に陥る。
 他人のプライバシーに踏み込んだ質問だ。答えられなかったらそっとして置こうと、霧矢は唇を固く結んだ。
「……すみません、それは言えないです」
「い、いいんだよ別に。こっちこそごめん。変なこと訊いちゃって……」
 変なこと、という言葉がまた余計だったか。少年は、どうにも調子が狂ってしまう。
 初めて人間の死体を見たせいで、気が動転しているのだろうか。霧矢は、とりあえず自分を落ち着かせることにした。
「えーと……話は変わるけど、こっちで何か変わったことはなかった?」
「変わったことですか……?」
 トトは唇に指を添え、首をねじった。
 まだ不安定な顔をしているものの、先ほどまでの鬱っぽい表情は消えている。
 大方、脳が記憶を整理中で、悩みになど構ってはいられないのだろう。霧矢は、勝手な心理分析を行う。
「そう言えば茜さんが、アリバイを調べてましたね」
「アリバイ? 誰の?」
「みんなのです」
 どうやら、霧矢たちが死体の検分をしている間、こちらの方では茜が探偵役を引き受けてくれたらしい。霧矢はそれを心強く思いつつも、同時に微かな不安を覚えた。こんなに探偵役がいて、大丈夫なのだろうか、と。
 検史官とアドバイザーだけで、6人もいるのだ。自分とトトが戦力外だとしても、十分過ぎるように思われた。
「で、どうなったの?」
「えーとですねえ……結局、あのとき倉庫にいた人は全員アリバイがあって、いなかった人はないってことになりました」
 あまりにも当たり前な情報に、霧矢はずっこけそうになった。
 そんなことは、誰にだって分かっているのだ。
 ところが、少し時間が経ったところで、少年はその情報の重要性に気が付く。
「ってことはだよ……犯人の可能性があるのは……」
「篤穂さんかサクラさん、ということになりますね」
 容疑者がいきなり2人に絞られてしまった。それに対して、霧矢は喜ぶどころか、逆に警戒心を抱いてしまう。
 こんな簡単な事件であっていいのだろうか。……いや、全ての殺人事件が推理小説じみているわけでもあるまい。霧矢は、自分をそう納得させようとする。
「あ、でも、カニさんもいますよ」
 トトの言葉に、霧矢はハッと我に返った。人間が犯人であると決めつけるのはまだ早い。霧矢は解剖が終わるまで、この問題を棚上げすることに決めた。
「そう言えば、篤穂さんとサクラさんは、どこにいるの? 客室からこっちに戻ったんじゃなかったの?」
 霧矢は、船倉の内部をもう一度思い起こしてみる。
 どこを探しても、2人の姿はなかった。
「それがですね……」
 トトは、禁じられた話題に触れるかのように、声を落とした。
 必要以上にボリュームの下がった会話を聞き取ろうと、霧矢は前屈みになる。
「容疑者ということで監禁されてます」
 霧矢は、ガバッと顔を上げる。髪の毛がトトの鼻先を掠めた。
「どこに!?」
 トトは、ラボの奥に目をやる。最初来たときには気付かなかったが、そこにはもうひとつ別の扉が設けられていた。よくよく考えてみれば、倉庫としか繋がっていない研究室など聞いたことがない。
「あの先にあるコンパートメントです」
「え、あの先にも居住区があるの?」
「よく分からないんですけど、私たち、まだこの船を全然案内されてないみたいです」
 トトから得た情報に、霧矢は甲板の町並みを思い出した。あれはどう見ても、大きな街の一区画以上の広さがあった。機関部や電気系統がどうなっているのかは分からないが、船内の居住部分は、これまで見てきた面積よりも遥かに広いはずである。
「ねえ、どうにかしてこの船の見取り図を……」
 そのとき、耳をつんざくような銃声が鳴り響いた。
 霧矢は椅子から飛び上がり、音源を確かめる。
 船倉だ。
 2発目の銃声。
 霧矢はトトと一緒に、船倉へと駆け出した。
 ラボを飛び出した霧矢たちが目撃したのは、硝煙をくゆらせる銃を天井に向けた茜と、それを見守る乗組員たちの姿だった。
「茜さん! 何があったんです!?」
「キリヤ! 気をつけて! アイツが出たわ!」
 アイツ? 少年の頭に、クエスチョンマークが跳ね上がる。
 しかし、その指示対象はすぐに明らかになった。
「エ、エイリアン!?」
 霧矢はポケットから端末を取り出し、トトと背中を合わせる。アクション映画のコンビみたいだと、まんざらでもない緊張感が霧矢の中に込み上げてくる。
「どこ!? どこにいるんだ!?」
 霧矢の叫ぶような問いかけに、答える者はいない。それどころか、茜以外の面子は、若干しらけた顔をしているのが見えた。
 少しだけ冷静さを取戻した霧矢は、公子の視線を右手の方向から電波のごとく感受する。
 振り向くと、同じく端末を構えた公子が、例の落ち着いた目で少年を眼差していた。
「公子さん! エイリアンはどこ!?」
 公子は、獲物を見失った猫のように、ちらちらと不規則な眼光を走らせ、そして最後に茜にそれを固定した。
 茜に訊けということだろうか。霧矢は、茜の方に向き直る。
「茜さん! エイリアンはどこにいるの!?」
「通気口よ! あそこ!」
 霧矢は、茜が指差した天井の一角を見上げる。格子状の鉄棒を嵌めた正方形の穴が、人間一人入れそうなほどの口を開けていた。
 照明の角度のせいで、通気口の中がどうなっているのかを伺い知ることはできない。ネズミが顔を出したとしても、注意深い人間だけが気付くであろう、そんな暗さである。
「……逃げたの?」
 霧矢の声は、とうに興奮から醒め切っていた。
「そうよ、私が撃ったら、怯えて逃げてったわ」
 茜の誇らし気な解説は、霧矢の心に何ら響くことはなかった。
 見間違えではないのか。少なくとも、他のメンバーは内心そう疑っているように見える。
「姿を見たの?」
「え、ええ、頭部のでっぱりを、ちょっとね」
「他に見た人は?」
 霧矢は一同を見回す。誰も答えない。
「……何よ? 疑ってるわけ?」
「そ、そうじゃないけど……」
 自分の台詞の白々しさに、少年はどぎまぎしてしまう。
「私がすぐに追っ払ったんだから、他の連中が見てないのは当然でしょ?」
「じゃあ物音は? 鳴き声とか?」
 これにも答えがない。
「銃声がしたんだから、そんなの聞こえるわけないでしょ! それに、アイツが鳴くかどうかなんて、誰も知らないじゃない! カニが鳴いたりするわけ!?」
 茜の弁明は、その感情的な荒々しさを除けば、周りを沈黙させる程度の説得力を持っていた。
 天井までは10メートル近くあり、この距離で物音が聞こえるかどうかは、あまり定かではない。それに肝心の通気口は、壁から30センチと離れていないのだ。これはつまり、通気口を形成するパイプが、壁沿いに設置されていることを意味している。天井を我が物顔で歩き回らない限り、誰もその存在に気付かないような仕組みだ。
 それにもかかわらず、霧矢の中では、信頼よりも不信の方が優勢になりつつあった。
「分かった……お互いに気をつけよう……」
「何が気をつけよう、よ! 写メ撮ろうとしてたくせに!」
 少年は一瞬、茜の怒りの矛先を理解しかねた。しかしすぐさま、自分の手の中にある端末の重みを思い出し、気まずさを感じてしまう。
 なるほど、エイリアンが現れて携帯を取り出したのでは、暢気な野次馬と取られても仕方がない。少年は、慌ててそれをポケットに押し込んだ。
「そ、それより、みんなをここに集めない?」
 霧矢はその場を誤摩化すため、咄嗟の思いつきを口走った。
「……ふん、私は最初からそう言ってたわよ。あの馬鹿女が変な真似しなけりゃ、遊花も甘野も、まだこの世にいられたでしょうにね」
 あの馬鹿女という罵言に、霧矢のアンテナが敏感に反応する。
「そう言えば、篤穂さんとサクラさんを閉じ込めたって本当?」
「ええ、本当よ」
「なんでそんなことを? 犯人かどうかなんて、分からないじゃない?」
「あの2人は、アリバイがないのよ」
 そうだったと、霧矢はトトのたれ込みを思い出す。
 ところが、その茜の反論は、霧矢に大きな疑念を抱かせた。
「ちょっと待って。君はエイリアンの存在を信じてるんだろう? なんで篤穂さんたちを犯人だと決めつけるの?」
 矛盾している。そう思った霧矢は、茜に一歩にじり寄った。
 一方、茜は少しも怯んでいない。嘲りの笑みを浮かべて、霧矢に詰め寄り返す。
「あんた、私のことバカだと思ってるんでしょ? 別に否定しなくてもいいわ。顔にそう書いてあるから。でもね、私は保険をかけ忘れるほどバカじゃないのよ。残念ながら。証拠もないのにエイリアンが犯人だと決めつけて、どこかでほくそ笑んでるかもしれない真犯人を泳がしてやるほど、お人好しじゃないの」
 どうやら、遠坂の洞察が正しかったようだ。霧矢は、茜に対する過小評価を痛感する。全く捜査に関係していないにもかかわらず、茜はエイリアン説と篤穂orサクラ説の両天秤に辿り着いていたのだから。
 もっと分かり易い性格設定にしてくれればよかったのに。少年は、作者を恨んだ。
「で、でも、別室に閉じ込めたら……逃げられるかも……」
「その心配は不要よ。マザーに頼んで、完全にロックしてあるから。私が許可しない限り、中からも外からも開けられないの」
「……2人は別々の部屋に?」
 訊くまでもない質問。茜がそんなヘマを打つはずがない。
「もちろん」
 少女は、勝ち誇ったように左の犬歯を見せて笑った。
「ところで、あの連中はこれからどうする気なの? あんたの知り合いでしょ?」
 茜は、急に話題を転じた。
 霧矢が口をぱくぱくさせていると、少女は勝手に先を続ける。
「まあ、あんな馬鹿げたことを言って出て行ったんじゃ、恥ずかしくて戻れないでしょうけどね。それに、あいつらだって容疑者なんだから、のこのこ帰って来たら、篤穂たちみたいに閉じ込めてあげる」
 またひとつ難題が発生した。茜は、遠坂たちと和解してくれるだろうか。今の発言を考慮に入れる限り無理だろう。
 そんなことを考えていたとき、霧矢の端末が突然震動を始めた。
「……何それ? どこからかかってるの?」
「ち、違うよ。昼寝しようと思って、タイマーを入れてたんだ。君の言う通りだね。篤穂さんとサクラさんは、あのまま監禁しておこう。ね、寝ぼけて変なこと言っちゃったよ。トイレ行って来る」
 霧矢は適当にまくし立て、ラボへと引っ込んだ。
 端末は依然として霧矢の応答を求めている。誰からだろうか。
 霧矢は、通話ボタンを押して、声をひそめた。
「もしもし?」
〈もしもし? 霧矢くん?〉
 声の主は遠坂だった。
「と、遠坂さん? いきなり何の用ですか?」
 うふふ、ととらえどころのない笑い声が、霧矢の耳に届く。
〈ちょうど解剖が終わったところ〉
 解剖という言葉に、少年は一瞬顔を曇らせた。
「……何か分かりました?」
 霧矢は、話を核心部分へと持って行く。
 全ての疑問が、遊花の解剖結果にかかっているのだ。
 ところが遠坂は、少年に肩透かしを喰らわせた。
〈ごめんなさい。私もまだ報告を受けてないの。サダコさんと一緒に、医務室の入り口を見張ってただけ。一応、エイリアン対策はしておかないとね。そっちはどう?〉
 霧矢は、船倉での出来事を事細かに説明した。
〈……やっぱりあの子、かなりの切れ者のようね。どう、こっちに来れない?〉
「何か口実がないと……遠坂さんたちのことも怪しんでるみたいですし……」
〈私にいい考えがあるわ。あのね……〉
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