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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜方舟キーテジ号殺人事件 作者:稲葉孝太郎

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「で、次の日にまた来ると……どういうことなの?」
 電車の中で吊り革に揺られながら、霧矢はトトに尋ねた。
「えー、実はですね、今回の事件を解決したら、上の方が大喜びで、特別休暇をもらえることになったんですよ。交信が途絶えた時点で、全員死亡扱いされてたみたいで、みんなびっくりしてました」
 物騒な会話に、乗客たちの視線が集中した。
 これはまずいと思い、霧矢は話題を変える。
「それにしても、その服どこで買ったの?」
 トトは、いつもの暑苦しい制服姿ではなかった。涼し気な白と水色に彩られたギンガムチェックのワンピースを着て、ゼブラ模様のつば広帽子を被っている。
 確かに、休暇を制服で過ごすというのはありえない選択だとしても、いったいどこで手に入れたのか、霧矢はなぜか気になった。ファッション感覚は、こちらの世界でもあちらの世界でもそれほど変わらないということなのだろうか。
「これですか? これは、自分で作りました」
「作った? 自分で?」
 霧矢は、念入りにトトの服装を観察し直した。ファッションセンスに自信があるわけではなかったが、霧矢の目には、どう見ても市販品と同じクオリティに映ってしまう。
「……凄いね。服飾の才能があるんじゃない?」
「え、そうですか? まあ、セシャトさんよりはありますけどね!」
「セシャトさんが、どうかしたの?」
「ええ、セシャトさんは、自分でボタンもつけられないんですよ。ですから、アカデミーでセシャトさんの制服の世話をしていたのは、この私なんです。ルームメイトでしたからね」
「へー」
 完璧超人に見えたセシャトの意外な一面に、霧矢は何だか愉快な気分になった。
《次は秋葉原、秋葉原です》
 車内アナウンスが流れ、トトが顔をパッと輝かせる。
「ささ、降りましょう」
「ちょっと、まだ着いてないんだけど!」

 ◆

「へーくし!」
 スプーンを握り締めたまま、大きなくしゃみをする少女。
 ぐすりと鼻を鳴らし、シチューが飛び散っていないかを確認する。
「セシャト、風邪でも引いたのかい?」
 台所から、中年女性の声がした。
「何でもないわよ、母さん」
 セシャトはスプーンを持ち直し、母親手作りのシチューを頬張る。家庭の温もりが、口の中一杯に広がった。
 そこで、ふとセシャトは疑問に思う。なぜくしゃみが出たのだろうか? 過度の緊張感から開放されると、いきなり風邪を引いてしまうのはよくあることだが、別に体調不良を起こしている気配はない。
 しばらく考えた後で、セシャトは、ある結論に達した。
「……さては、誰かが私のこと噂してるのね」
 おそらく、本庁の上官たちが、「やっぱりセシャト君は優秀だ。将来の課長は彼女で間違いなしだね」とでも言っているのだろう。そんな妄想に耽るセシャトの顔は、だらしなく緩み切ってた。
「あんた、なにニヤニヤしてるの? 気持ち悪い……」
 母親に気味悪がられながら、食事中ずっと顔を綻ばせ続けるセシャトだった。

 ◆

「九鬼先輩」
「ん?」
 気合いの入った掛け声が響く剣道場で、ちはるは祝日の自主練に参加していた。
 今は面を外し、隅っこで休憩している最中だ。
「今日は何か顔色が冴えませんけど、どうかしたんですか?」
 後輩の少女に指摘され、ちはるは額に手をやる。
「ん、ちょっとねえ……デートの邪魔されちゃって……」
「デート……? ああ、霧矢先輩とのですか?」
「それ以外、誰だって言うのよ?」
 睨みを利かせたちはるに、少女は震え上がって首を左右に振る。
「喧嘩は止めてくださいよ、大会前なんですし。先輩がいないと、うちは戦力ガタ落ちなんですから」
 ハハッと、ちはるは自嘲気味に笑った。
「私抜きでも勝てるようになればいいのよ。それにしても……」
 ちはるは言葉を区切る。
「それにしても?」
「あの一条橋公子って女……イザムとでれでれしちゃって……。今度会ったら、正々堂々勝負をつけてやるわ!」
 意味が分からなかったのか、後輩はぽかんと口を開け、しばらくちはるの顔を見ていた。
「一条橋って……あのお嬢様の……」
「そうよ。他に誰がいるの?」
 無愛想に返事をするちはる。後輩は、そこでうっかりと本音を漏らしてしまう。
「それだと勝ち目がないんじゃ……」
 少女は慌てて口元を押さえた。
 だが、全ては後の祭りである。恐る恐るちはるの顔を見上げ、目が点になった。
「……今から稽古つけてあげるわ。さあ来なさい!」
「嘘ですッ! 嘘ッ! 誰か助けてッ! 死にたくないーッ!」

 ◆

 幾何学的に敷き詰められた事務机のあちこちから、ペン先を走らせる音が聞こえる。
 誰もが書類と睨めっこしている中で、ふいに子供っぽい声がした。
「あのー、ホウセン課長」
 声の主はサダコだった。書類の山で埋め尽くされた彼女の姿は、ホウセンの位置からでは確認できない。だから、サダコは、小学生のように右手を高々と挙げ、自己の存在をアピールする。
「何かしら、サダコさん」
 ホウセンは、顔も上げずに返事をした。
「どうして私だけ、休暇が取れないんでしょうか?」
「所員が1名死亡。別件でも負傷者続出。エイリアンの手も借りたいくらいよね」
 空気を読めというオーラが、ホウセンの方から漂って来る。
「ちょっと労働基準局に行って来てもいいですか?」
 授業中トイレに行くときのような調子で、サダコが尋ねた。
「明日出庁したとき、席がなくてもいいならどうぞ」
 会話は、そこで終わった。部屋の中は、再びインクを走らせる音に支配される。
 サダコはポリポリと頭を掻き、再び書類の海に沈んで行った。

 ◆

「だーかーらー、お見合いはしないって、何度言ったら分かるの?」
 陽の光が差し込むマンションの一室に、遠坂の声が木霊した。
 遠坂はイライラと座椅子を回転させながら、赤いボールペンを放り投げる。
《だって、あんたもいい歳なんだし、私も孫の顔をそろそろ……》
 電話越しに、我が侭な娘を宥める母親の声が聞こえてきた。
「結婚相手は自分で探すって言ってるでしょ」
《そう言ってもう何年になるのやらねえ……彼氏くらいはいるのかい?》
 チッと舌打ちして、遠坂は机に向き直る。
「母さん、今はテストの採点で忙しいの。後にしてくれない?」
《後って、今夜でもいいのかい?》
「お見合いの話じゃなきゃね」
 ハァという溜め息が、受話器越しに聞こえた。
《いったい何でこんなに男嫌いなのかね……それに、学校の教師だなんて……あんたの大学なら、もっといい仕事いっぱいあっただろうに……まさか、年下の男が好きだとか……》
 母親の詮索に、遠坂は顔を赤らめた。
「そんなわけないでしょ!」

 ◆

 午後の爽やかな風に包まれて、公子は読書を嗜んでいた。
 白いパラソルに覆われた純白のテーブルと椅子、それに食器類。その空間だけが、芝生の海に浮かんだ地中海の島々のように、眩く輝いている。
 しなやかな指で次のページを捲ろうとしたとき、公子は人の気配に気が付いた。振り返ると、燕尾服に身を包んだ初老の紳士が、礼節のある距離を保ったまま控えている。
 老人は、左手に包み紙を携えていた。
「お嬢様、ご依頼の品が届きました」
「早かったわね。開けてくださらない?」
 執事は恭しく頭を下げると、包装紙を切れ目なく丁寧に開いた。
 中から、深紅の革表紙に包まれたアルバムが姿を現す。
「どうぞ、ご確認を」
 本をテーブルの上に置き、アルバムを受け取った公子は、最初のページを捲った。
 少女の顔に、うっとりとした至福の表情が浮かび上がる。
「お嬢様、ひとつお伺いしたいのですが……」
「遠慮せずになさい」
「はい、では失礼致します。そのページの写真なのですが……」
 執事は、控えめに体を屈め、目当ての写真を指差した。
「このご婦人を殺めたのは、野犬かなにかですかな?」
 執事の質問に、公子は自慢げな笑みを浮かべる。
「虎などではありません……もっと珍しい生き物です……」
「珍しい……? アムール虎などで?」
「いええ」
 公子は、淑女の笑みを崩し、執事に向き合う。
「エイリアンですわ」

 ◆

「ナイスショット!」
 青空に消えていく小さなボールを目で追いながら、小柄な金髪碧眼の青年が叫んだ。
「いやー、タクロウさん、うまいじゃないですか」
「それほどでも……。ロキ先輩には適いませんよ」
 ロキと呼ばれた青年は、顔色も変えずに、自分のバッグを背負って歩き始めた。
 拓郎もそれに続き、刈り込まれた芝生の上に体重を乗せて行く。
「うちの課長から聞きましたよ。ずいぶんと大きな山を解決したそうじゃないですか。何か新しい捜査方法でも導入したんですか?」
 ロキは、何かを探るような調子で尋ねた。
「……運が良かった……それに尽きますね」
「またまたご謙遜を」
 ロキの愛想笑いに、拓郎は内心でノーを突きつけていた。もしあの事件を自分一人で担当していたら、間違いなく死んでいただろう。拓郎は、そう信じているからだ。
「そうそう、今度はアキさんにも声をかけましょう。彼女も結構うまいんですよ」
「アキさん? 同僚の方ですか?」
「いえいえ、あの眼鏡を掛けた日本人ですよ」
 拓郎は、水の都で一度だけ会った女の顔を思い出す。
「それは楽しみですね」
 拓郎は、何気なく空を見上げた。
 どこまでも澄み切った青空に太陽が燦々と輝く、昼下がりのことだった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました^^
感想などいただけると大変嬉しいです。
本作を含め、超常ミステリーシリーズとして、これからも少し不思議な推理モノを書いていきたいと思っていますので、また機会がありましたら、よろしくお願い致します。

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