挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜方舟キーテジ号殺人事件 作者:稲葉孝太郎

解決編

16/18

第15話 ひとりぼっちの地球人

「トトさん……?」
 薄暗い部屋の中を、霧矢は扉越しに覗き込んだ。最初はただの暗闇に見えた空間も、目が慣れるにつれて、その全貌を現し始める。目の前に広がったのは、霧矢たちがいた船倉の倍以上はあろうという、巨大な倉庫だった。
「トト……さん……?」
 返事がない。どこを見渡せど、あの食糧が入っていた木箱とドラム缶の山が並んでいるだけで、火器らしきものも一切見当たらなかった。
「キリヤさん、気をつけてください」
 サダコが、背中越しに注意した。分かり切ってはいるのだが、霧矢は自分の焦りを抑えることができない。ゆっくりと、最初の一歩を倉庫の中へと踏み入れた。
 シュン
「!?」
 軽い空気音とともに、入り口が閉まった。霧矢は慌てて扉をこじ開けようとするが、鋼鉄製のドアはびくりともしない。
 どうやらサダコの側からも叩いているらしく、微かに震動が伝わってくる。
「ようこそ、私のキーテジ号へ」
 聞き覚えのある声が、霧矢の背後で挨拶をした。ただ、その口調だけは、彼が記憶しているものとは全く異なっていた。はっきりと透き通った女の声。
「サクラさん……?」
 霧矢が振り返ると、そこにはサクラが立っていた。以前までの彼女とは別人のような、自信に満ちあふれた表情。本当にあのサクラなのかと、霧矢は自分の眼を疑った。
「何をしてるんですか……? 他のトトさんは……?」
 閉じ込められたことも忘れて、霧矢はそっと尋ねた。
「奥で眠ってるわ」
「眠ってる……? いったい何を……」
「動かないで! これが目に入らないの?」
 サクラは、握り締めていた黒い小箱を突き出した。霧矢は、すぐさまその正体に気付く。
 HISTORIKAだ。
「……まさか……そんな」
 霧矢の頭の中で、トトの声がリフレインする。きっと犯人は、登場人物のふりをしてるんですよ……。
「君が……行方不明のアドバイザー?」
 サクラは、馬鹿にしたようにフッと溜め息を漏らした。
「他にどんな可能性があるの?」
「どうして……こんなことを……?」
「どうして? 理由は簡単よ。この船は楽園に向かってるの。それなら、乗らない手はないじゃない? 事件を解決してご褒美をもらうより、ずっと賢い選択でしょう?」
 サクラは、それが常識だと言わんばかりに、すらすらと言葉を継いだ。
「賢い……? 人を殺してまで楽園に行くことが賢いんですか……?」
 サクラは、再び溜め息を吐いた。呆れの混じった溜め息だった。
「よくいるのよね。あなたみたいな正義感ぶった人間が……。それにねえ、ここはゲームの中なのよ。人間を殺すのとはわけが違うわ。FPSか何かの要領でやっちゃえばいいのよ。それで現実のくだらない苦しみから逃れられるなら、安いもんでしょう?」
「……確かに、ここはゲームかもしれない。でも、君が殺したキャラクターは、僕たちと同じ感情と意志を持ってる存在だった……。いくらゲームだからって、そんな……」
 サクラはHISTORIKAを構えたまま、肩をすくめて見せた。
「じゃあ、あなたは勝手にそう思ってればいいわ。私は、2度と来ないこのチャンスを利用させてもらうから」
「そりゃ……2度とないでしょうね……こんなことは……。捜査に来た世界の登場人物が、偶然瓜二つだなんて……」
 霧矢の言葉に、サクラは不敵な笑みを浮かべる。
「偶然? 偶然だと思う?」
 サクラが何を暗示しているのか、霧矢には判然としなかった。アドバイザーと登場人物の容姿が完全に一致しているなど、偶然以外には考えられないではないか。霧矢がそう言おうと口を開きかけたとき、先に言葉を発したのはサクラだった。
「そうね……奇跡と言えば奇跡でしょうね。だって、自分の小説の中に入れるなんて、滅多に起こらないでしょうから」
「……自分の?」
 そう呟いた後で、霧矢はその意味を即座に理解した。
「き、君はまさか……!?」
 サクラは、ニヤリと口の端を歪める。
「そう、私がこの小説の作者……いわばこの世界の神と言ったところね」
 霧矢は、混乱を極めた。この女は、自分の小説に自分とそっくりなキャラクターを毎回登場させていたのだ。だが、何のために? よほどのナルシストなのだろうか? そんな疑問と格闘している霧矢に、サクラは嬉々として説明を始める。
「あなた、察しが悪いわね……。最初から説明してあげる……。私がアドバイザーに選ばれたのは、今から5年も前のことよ。ある有名なホラーゲームで起こった事件に巻き込まれたの……」
 サクラは、昔を懐かしむように目を細めた。
「その事件を解決してから、私は優秀なアドバイザーとして、第8課の専属になったわ。それからどんどん事件を解決して、報酬を現金で貰う生活を送った……。1年に2週間程度しか働かないで、他の人の年収分が手に入ったわ」
 そこまで言って、サクラは突如、顔を曇らせた。
「でもね……つまらないのよ……。命を賭けて事件を解決しても、大した生活ができないなんて……。そりゃ、たった3回の事件で何百万ももらえるんだから、時給になおせば相当なものよね……。でも、世の中には、もっと楽に稼いでいる人だっているじゃない……」
 霧矢は、黙ってサクラの自白を聴き続けた。
「だから、思ったのよ。物語の中で一生楽に暮らせないかって……。本庁に頼んだら、アドバイザーが物語の中に留まることは禁止されてるって言われたわ。そこで、今回の手口を思い付いたってわけ……」
「自分で小説を書いて……その中の登場人物に成り済ます……」
 霧矢とサクラの視線が交叉した。
「ようやく理解できたみたいね。そうよ、私は前回の報酬で出版社を立ち上げたの。正直、こんな短期間でうまく行くとは思ってなかったけど……。まさか、5作目でヒットしてくれるなんてね……」
「だ、だけど、自分が担当に選ばれるかどうかなんて……分からないだろう……? それも運任せだったってこと?」
 なんだそんなことかと、サクラは空いている手で前髪を払った。
「この手のジャンルで事件が発生すれば、私が毎回担当になるのよ。今の日本で、ラブコメSFなんて流行ってないじゃない。異世界ファンタジーと学園モノの全盛期なんだし……。これが80年代だったら、そうもいかなかったんでしょうけど」
 そのとき、霧矢は足下から微かな震動を感じた。
「な、何!?」
 揺れは次第に大きくなり、霧矢はバランスを取ろうと両腕を宙に挙げた。
 平衡感覚がいいのか、サクラは少しも姿勢を崩していない。
「……始まったわね」
「始まった? 何が?」
「予備区域の切り離しよ。私たちがいたところは、居住区域なんかじゃないの。ただの物置なのよ。そもそも、この船があんなに狭いわけないじゃない。あのうるさい連中とも、これでおさらばってわけ」
「!?」
 犯人との遭遇に、霧矢はつい忘れかけていた。犯人は、登場人物であり、アドバイザーであり、そして、この船のキャプテンなのだ。
 よく見れば、倉庫の片隅に、画面の明るくなったパソコンが置いてある。
「ぼ、僕らをどうする気だ!?」
「もちろん、切り離された区画の奴らは、そのまま野垂れ死によ。空調も利かなくなるし、半日も持たないでしょうね。こっちについて来た連中の処分は、後で考えるわ。但し……」
 サクラは、慈悲のない冷徹な眼差しに変わる。
「但し、霧矢君。あなたとはここでお別れよ。服従の意志なしと判断したから。もうちょっと聞き分けがよければ、同乗者にしてあげたんだけどね……。女だけの旅ってのも冴えないし……それによく見たら、オタクっぽいけど、そんなに悪い顔してないじゃない……でも残念……」
 サクラは、端末を構え直す。
 霧矢は息を呑んだ。
「さよならね」
 霧矢は死を覚悟した。この女は、自分を眠らせた後、息の根を止める気なのだろう。
 そう悟った霧矢は、居住まいを正し、サクラと向き合う。
「……ひとつだけいいかい?」
 少年自身が驚くほど落ち着いた声音に、サクラは下ろしかけた親指を止めた。
「何? 命乞い?」
「僕を殺すなら殺せばいいよ……。どうせ前回の捜査で死にかけたんだ。2回連続で奇跡が起こらないって思えば、そんなに惜しくもない……だから……」

 コトン

 ふと、霧矢は物音を聞いた。トトが目を覚ましたのだろうか?

 コトン

 いや、違う。霧矢は、その音源が遥か頭上であることに気が付く。何かが天井を這っているようだ。
 ……まさか公子たちが? その可能性に、霧矢は望みを賭けたくなった。サクラは目の前の敵に神経を集中し過ぎて、周りが見えなくなっているらしい。物音に気付いている気配がない。
「だから、何? さっさと言いなさい」
「だから……」
 時間を稼がねば。そう思った瞬間の出来事だった。
 ソレは、天井からサクラ目がけて舞い降りたのである。
「きゃあ!?」
 甲高い悲鳴をあげて、サクラは転倒した。HISTORIKAがカラカラと音を立て、床の上を滑る。うまく自分の爪先にぶつかってくれたそれを、霧矢は急いで拾い上げた。
「ありが……と……!?」
 わずか5秒足らずのアクションに、霧矢は事態を把握できていなかった。サクラを襲ったモノの正体を目にしたとき、霧矢はその場に立ち尽くしてしまう。
 甲殻類の頭部に3つ爪の鎌を備えた生き物が、少年の前で、血塗れになったサクラの顔を執拗に斬りつけていた。
「助けて! お願い! 助けて!」
 血が目に入ったのか、サクラは闇雲に手を伸ばし、救助を求めていた。急所こそ外れてはいるものの、深々と抉られた頬からは、うっすらと白いものが顔を覗かせている。
 霧矢は我を忘れて、なす術無くその惨状を見つめ続けた。
「死にたくない! 助けて! 霧矢くん!」
 名前を呼ばれ、霧矢はようやく我に返った。
 HISTORIKAの画面に触れ、攻撃モードへと切り替える。
 しかし、霧矢の行動は、あまりにも緩慢過ぎた。
「きゃあああ!」
 エイリアンはサクラの喉元に噛み付き、頸動脈を引き千切った。
 鮮やかな血飛沫が、放物線を描いて噴き上がる。
 パニックになった霧矢は、目の前の怪物目がけてメチャクチャに催眠弾を放った。だが、殻に覆われているせいなのか、それとも神経構造が人間とは違うのか、エイリアンは一向に動きを止めない。
「このポンコツ!」
 人魚に続いてエイリアンにも効かないのでは、何のための護身具なのか分からない。
 サクラはもはや悲鳴も上げず、四肢をだらりと地面に投げ出している。頭部を中心に血溜まりができており、絶命しているのが一目で理解できた。
 どうする? どこに逃げる? 霧矢の中で、もう1人の自分が尋ねた。入り口へ駆け出したいところだが、扉が開く保障はない。公子たちはこの騒動に気付いているのだろうか。
 奥へ逃げることも考えたが、そちらにはトトがいるだろう。眠っている彼女のところへエイリアンを誘導するのは、危険過ぎた。
 判断を決めかねている霧矢の前で、怪物は粘液質な音を立てて、サクラの肉を味わっている。吐き気を催しそうになりながらも、霧矢は頭をフル回転させた。
「……!」
 霧矢は、エイリアンが飛び出して来た頭上を見上げた。今まで気付かなかったが、この倉庫は吹き抜けの2階建て構造になっている。エイリアンが飛び出して来たのは、その吹き抜けにそって巡らされた柵の向こう側なのだ。
 霧矢は、倉庫の中にある大量の物資に目を走らせた。
「!」
 一ヶ所だけ、コンテナがピラミッド状に積み上げられていた。吹き抜けのギリギリ下まで達している。霧矢はサクラの死体を尻目に、その脱出口へと駆け出した。
 コンテナには1メートルほどの高さがあるため、階段のようにスムーズには上れないが、両手で全身を支えながら、ひとつひとつ這い上がって行く。こんなことなら、日頃からもっと体力をつけておくんだったと、霧矢はつまらない後悔に駆られてしまう。
「はぁ……はぁ……」
 少年は、なんとか3段目に足を乗せることができた。残るは、後ひとつ。
 生きる希望が見えかけた瞬間、背後で硬質な金属音が聞こえる。
 振り返ると、エイリアンは既に2つ目のコンテナを上り終えていた。
「くそッ! 来るなッ!」
 霧矢が投げつけた端末は、エイリアンの頭上を空しく飛び越えた。コンテナの影で、液晶の割れる音が響く。
 無駄な時間を食ってしまった霧矢は、慌てて4段目に手を掛ける。
 だが、エイリアンの敏捷な動きは、霧矢の予想を遥かに上回っていた。霧矢が体を持ち上げている間に、すぐ後ろで軽快な着地音がする。視界で捉えずとも、霧矢は背中にソレの気配を感じ取ることができた。
 もうダメだ! 霧矢は、目を閉じた。
「化け物! こっちだ!」
 老人の声と同時に、銃声が鳴り響く。
 カエルの潰れるような悲鳴とともに、エイリアンの頭部が吹き飛んだ。
 泥のような粘液が、霧矢の背中に降り掛かる。
「大丈夫か!?」
 老人の声に、霧矢は右手の方を向いた。
「……ド、ドクター!?」
 老人の横には、公子とサダコの姿もあった。
「ど、どうやってこの部屋に?」
「それより、早く降りて来てください。この揺れは何です?」
 コンテナを飛び降りながら、霧矢は現状をサダコに伝える。
「急ぎましょう。切り離し作業が終わったら、間に合わなくなります」
 サダコを先頭に、全員がパソコンへと向かう。
「マザー、動いてますか?」
〈こちらマザー。何の御用でしょうか?〉
 場に似つかわしくない無感情な返答が、かえって霧矢を落ち着かせる。
「サダコさん、どうやって止めるんです?」
「しーッ」
 サダコに質問を遮られ、霧矢は口を閉じた。
「マザー、切り離し作業を中止してください」
〈これは、正規ユーザーの命令です。中止させる場合は、正規ユーザーの許可を……〉
《はい》
 唐突なサクラの声に、霧矢は仰天した。
 生き返ったのか? そう思って声のした方を振り向くと、公子が端末をパソコンにかざしているのが見えた。
 どうやってこの部屋のロックを解除したのか、霧矢にもようやく察しがつく。
〈……了解しました。切り離し作業を中止します。キャプテン・サクラ〉
 倉庫の揺れは次第に収まり、もとの静寂が訪れる。
 霧矢は全身が萎えそうになるのを堪えながら、公子の顔を見つめていた。
「どこでサクラさんの声を……?」
「先ほどの廊下で」
 まさに命の恩人だ。一生頭が上がらないほどの。
「ドクターも、なんでここに?」
「はん! おまえさんたちがワシを老人扱いするのが癪で、こっそり部屋を抜け出して来たんじゃよ。こんな老いぼれでも、少しは役に立ったじゃろ?」
 そう言って、ドクターは笑った。
 霧矢もそれに釣られて笑い、そして、その場にへたりこんだ。
 こうして、検史官とアドバイザー、そしてエイリアンとおかしな世紀末論者たちが繰り広げた悲喜劇は、幕を閉じたのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ