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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜方舟キーテジ号殺人事件 作者:稲葉孝太郎

解決編

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第14話 わたしはだあれ?

 Cブロックに到着した霧矢を最初に襲ったのは、目の前に広がった空間に対する驚嘆の気持だった。AブロックやBブロックとは比べものにならないほど広く、また施設も充実しているように見えた。少なくとも、それが霧矢の第一印象だった。
「凄いですね……」
 トトも、廊下の滑らかなフォルムや、ビルほどの高さもある眩い天井の装飾に、いちいち感心しきりだ。これまでいた霧矢たちの居住区域は、同じ宇宙船の内部とは分かっているものの、ここと比べれば、どこぞの小さな研究所か何かに思えて仕方がないほどである。
 物珍しそうに辺りを見回す霧矢とトトに対して、一度ここを訪れたことのあるサダコと公子は、すたすたと他の4人を先導して行く。サクラが言った3番目の十字路を右に曲がり、50メートルほど進んだところで、霧矢たちは行き止まりにぶつかった。
「……何もないですね」
 トトが、見たままのことを口にした。
「ほんとにここなの?」
 霧矢は、後ろに控えていたサクラに話し掛ける。
 サクラは、びくりと身を引き、目に怯えた色を浮かべている。
「し、知りません……篤穂さんが……そう言ってました……」
 サクラは、辛うじて聞き取れる声でそう答えた。
「まあまあ、キリヤさん、カモフラージュされてるとのことですから、外部からは分からないようになっているのでしょう。早速、茜さんたちに連絡しましょう」
 霧矢は頷き、ポケットからHISTORIKAを取り出す。画面に軽く触れて電話帳を開き、拓郎の連絡先を押した。
 呼び出し音が2度鳴っただけで、待ち構えていたように拓郎が電話に出る。
〈もしもし?〉
「拓郎さん、こっちは準備OKです」
〈了解です。茜さんに頼んで、武器庫のドアを開けてもらいましょう〉
 そこで、会話が途切れた。異様に長い主観的な待ち時間が流れた後で、プシュンという空気の抜けたような音が壁から聞こえた。振り向くと、それまで切れ目のなかった壁に、ぽっかりと入り口が穴を空けている。
「……ほ、ほんとにあったんだ」
 霧矢が、ぽつりと呟いた。
〈もしもし? どうなりましたか? マザーは、開けたと言っていますが?〉
 端末の向こう側から、拓郎の冷静な声が聞こえた。
 霧矢は、慌てて端末に話し掛ける。
「た、拓郎さん! 開いたよ! 壁に入り口が!」
 回線越しに、中央制御室のメンバーの歓声が聞こえた。茜が大声で何やら喚いているようだが、距離があり過ぎるのか、よく聞こえない。
〈キリヤさん、聞こえますか?〉
 再び拓郎の声。
「聞こえるよ」
〈アカネさんから伝言です。トトさんとサクラさんの2人が武器庫に入り、残りの3人は廊下で待機してくださいとのことです〉
「え? どうして……?」
〈キリヤさんたちは、部屋に入った2人を見張るそうです〉
 どうやら、アカネは他のメンバーをとことん信用していないようだ。気の弱そうな5人の中でも、さらに主体性のなさそうな2人を選び、武器の調査をさせようと言うのだから。念には念を入れてということなのだろうが、ここまできては、臆病と取られても仕方がない。
 そんなことを思いながら、霧矢は仲間たちに茜の指示を伝えた。
 サダコが反対するのではないかと危惧したが、誰も指示に逆らおうとはしない。トトが率先して中へ入り、それにサクラが続いた。
 本当に武器庫なのだろうか。これが情報の伝達ミスでなければいいのだが。そんなことを考えていた霧矢の肩に、小さな手が置かれた。
「キリヤさん」
 少し顎を引いて視線を落とすと、サダコの瓶底眼鏡が視界に入る。
「何ですか?」
「私とキミコさんがこちらに来た理由、分かりますか?」
 何の前触れもない質問に、霧矢は目を細めた。
 だが、その答えは、すぐに少年の脳裏に閃く。
「ま、まさか……!?」
「しっ、静かに」
 サダコは唇に指を添え、霧矢を黙らせた。小柄な体からは、少年を沈黙させるのに十分なオーラが発せられている。
「そうです。私の勘が、コンピュータールームは危ないと言ってます」
「ってことは、あっちに犯人が!?」
 霧矢の質問に、サダコは曖昧な表情を浮かべる。
「……それは分かりません」
「でも、あっちが危険なんでしょう?」
「いえ、あちらだけではないんです。こちらもそうなんです」
 どういうことなのか、霧矢には理解することができない。
 少年が口を閉じていると、サダコが状況を説明し始めた。
「こんなことは滅多にないんですが……とにかく、コンピュータールームが一番危険なんです。でも、こちら側にも、なぜか危険を感じます」
「だったら今回の計画を中止してみんなに……」
 サダコが頭を振った。
「キリヤさん、落ち着いてください。今回の事件、私が担当してきた中でも、かなり特異なケースに入ります。その上、何の手掛かりも掴めていない。そうですね?」
 霧矢は、ゆっくりと首を縦に振ってみせる。
 犯人を示す証拠は何もない。霧矢には、そう思われた。
「私の長年の経験から言って、手掛かりがないときは、物語の根本的な点について見落としがあるんです」
 サダコの力強い口調には、確信的な意味合いが込められていた。
「根本的なんて言っても……僕たちのどこに見落としがあるのか……」
「そんなに慌てないでください。考えの筋道を立てるために、分かり切ったところから始めましょう。この小説のタイトルは?」
「れ、恋愛黙示録ラブマゲドン」
「ジャンルは?」
「ハーレム系のラノベです」
 霧矢は、誘導尋問にかかった被疑者のように、質問に答えていく。
「物語に何か特徴はありますか?」
「特徴?」
「売り文句とか、そういうのは?」
 霧矢は、数秒記憶を辿って、パッケージの謳い文句を視覚的に再現してみる。
「えーと……まず、全ヒロインの充実した個人データ」
「個人データ?」
 何か引っかかるものがあったのか、サダコの声が若干上ずった。
「し、氏名、年齢、身長、体重、血液型……それに誕生日と家族構成……他にも色々……スリーサイズとか……そうだ、視力も記録されてるんです」
 ヒロインの視力がデータ化されている小説を、霧矢は他に知らない。
「……他には何かありませんか?」
 霧矢は、さらに表紙を思い出し、頭の中で回転させてみる。
 すると帯のところに、ある単語が浮かび上がってきた。
「あっ、スターシステム」
「スターシステム? 漫画なんかで、同じキャラが複数の異なる作品に登場する、あれのこですか?」
「そ、そうです。そのスターシステムです。このレーベルの作品には、同じキャラクターが頻繁に登場するんですよ。制作会社のこだわりというか……」
 サダコは、ぴくりと眉を動かした。
 霧矢には、ただ次の質問を待つことしかできない。
「今回のメンバーに、再登場人物キャラはいますか?」
 それは、重要なことのようにも思えたし、ただの好奇心から発せられたもののようにも思えた。
 とりあえず、これまで読んだシリーズの登場人物を全て掘り返してみる。
 さすがの霧矢にも、これには時間が掛かった。
「……茜さん、篤穂さん……それにサクラさんと箕蔵は、前作かあるいは前々作で出て来たことがあります……。あっ……」
 そこで霧矢はハッとなり、言葉を区切った。
「違う……茜さんとサクラさんは、皆勤賞なんだ……」
「皆勤賞?」
 サダコが、背伸びするように顔を近付けてくる。
「え、ええ、このレーベル、一昨年設立した会社で、確か5冊出版してるんですけど、その全部にこの2人が登場してるんです。だから、皆勤賞というわけで……」
「2人は、毎回コンビなんですか?」
 霧矢は、それぞれの内容を記憶の底から引き出そうと、顔をしかめた。
「ち、違います。性格はだいたい同じなんですけど、ただのクラスメイトだったり、先輩後輩関係だったり、同じクラブだったり……」
「世紀末倶楽部ですね?」
 霧矢は、こくりと頷いた。サダコは、うつむき加減に視線を落とす。
「サダコさん、霧矢さん……」
 自分たちの名前を呼ばれた2人は、一斉に顔を逸らした。
 それまで聞き手に甘んじていた公子が、険し気な表情でこちらを見ている。
「あの2人……少し遅過ぎませんか……?」
「え?」
 霧矢は、武器庫の方に目を向ける。
「既に10分以上経過してます」

 ☆
  ☆
   ☆

 遠坂は、犯人の隙を待っていた。
 どんな不審な点も見逃すまいと、じっと息を潜めている。
 彼女のアドバイザー経験からすれば、このような奇怪な事件で犯人を捕まえるチャンスは一度しかこない。もしこちら側に犯人がいるのなら、武器庫の発見で浮き足立っているこのタイミングを狙うだろう。遠坂は、そう睨んでいた。
 しかし、犯人が動き出す気配はなかった。霧矢の側にいるのだろうか。だとすれば、サダコと公子のコンビに全てを賭けるしかないが……。
「トオサカさん」
 ふいに、遠坂の集中力を乱す者があった。隣に座っていた拓郎である。
「何?」
 遠坂は、室内を凝視しながら、無愛想に答えた。
「こちら側に犯人がいると思いますか?」
「……」
「私は、アカネさんが犯人の可能性は低いと思います。彼女が犯人なら、こんなに目立つ行動には出ないはずです。それに……」
「拓郎くん、今は場を観察する時よ。手掛かりのない憶測は止めましょう」
 憶測と言われ、拓郎は少しプライドを傷付けられたのか、それっきり黙ってしまった。
 遠坂は、そんな拓郎を意識から外して、スクリーンの前に座っている茜を見つめ続ける。もし彼女が真のキャプテンなら、マザーのそばに座らせておくのは、この上なく危険な行為であろう。だがそれでこそ、茜が何らかの行動に出てくれるかもしれない。遠坂はそう考えて、茜の仕草を事細かに観察していた。
 2人のうちのどちらかが合図すれば、すぐに飛び掛かる手筈になっているのだ。
「……」
 重苦しい空気が流れる。茜は動かない。上半身を椅子に沈めたまま、不審な所作はひとつも見せていなかった。
 拓郎の憶測が正しいのだろうか。そんな考えがよぎったとき、茜が突然立ち上がった。
「どこへ行く気?」
 遠坂も腰を上げ、早足で茜に歩み寄る。
「ちょっと席を外すだけよ。何か文句あるの?」
 茜は、訝し気に遠坂を見た。それを気にも留めず、遠坂はもう一度尋ね返す。
「どこへ?」
「……トイレよ。いちいち言わせないで」
 さすがの茜も気恥ずかしいのか、うっすらと頬を染めた。
「霧矢くんから連絡が入るまで、我慢しなさい」
 あからさまな命令口調に、茜は機嫌を損ねたらしい。
「何であんたの言うことを聞かなきゃいけないわけ?」
「あなたはリーダーなんでしょう。持ち場を離れないで」
「別にいいじゃない。変なことも起こってないみたいだし」
 茜の無頓着な返事に、遠坂はさらに一歩前へ出た。
「あなた、ちょっと無責任過ぎるわ。指揮権を握ったなら、責任も引き受けたことになるのよ。それを自覚しなさい」
 遠坂は、茜にカマをかけたつもりだった。少し挑発して、どんな反応を見せるのか確かめてみたくなったのだ。ところが、遠坂の声は、彼女自身が予期していたよりも、ずっと熱のこもったものになっていた。
 一方、茜は、無責任扱いされたのが癪に障ったのか、椅子に座り直すと、手足を組んでふんぞり返ってしまった。とりあえず、従うという意思表示なのだろうか。
 遠坂は、自分がミスを犯してしまったのではないかと危ぶんだ。素直に部屋から出して、泳がせていた方が良かっただろうか。
 ……いや、それは危険過ぎる。遠坂は、その捜査方法を自分で否定した。船内の廊下はほぼ直線状になっており、尾行は不可能に近い。だからと言って、茜を完全に一人っきりにしては、あまりにもリスクが高過ぎる。外からこの部屋をロックされてしまえば、勝機は完全に潰えてしまう。
 遠坂は、棒立ちになったまま、茜の顔を見つめていた。
「……何よ?」
 あけすけに覗き込んでくる遠坂に、茜は苛立ちを募らせているようだ。
「……なんでもないわ。ただ、あなた、頭は悪くないんだから、もう少し協調性を持った方がいいわよ。そうすれば、リーダーに相応しい存在になれるわ」
 遠坂は、自分がこの状況で説教じみたことを言っているのが、妙におかしく思えてならなかった。職業病なのだろうか。日頃から学生の生活や進路に携わっている身として、茜のことを放っておけなくなっているのだろう。遠坂は、そう解釈した。
 霧矢たちには言わなかったが、彼女は教師なのである。
「……うるさいわね。担任みたいなこと言わないで」
「でも、それが正しいアドバイスだと、自分でも薄々感じてるんでしょう?」
「……」
 茜は何も言わない。遠坂は、それ以上の追及を止めて、持ち場へ戻ろうとした。
「……気に入らないわね」
 背後から聞こえた茜の声に、遠坂は振り返る。
「何か言った?」
「気に入らないって言ってるのよ! どいつもこいつも、私の邪魔ばかりして! 私は別に権力が欲しいとか、そんなんじゃないわ! ただ……ただ私が最善だと思ってることを、実際に追い求めてるだけなのよ! それなのに、みんな邪魔ばかりして……ふざけないで!」
 遠坂は、再び体を茜へと反転させる。
「ふざけてるのは、あなたでしょう? どんなことでも、それを実現させるときは、利害の対立が起こるのよ。あなたにとっては理想郷でも、他の人にとっては地獄かもしれない。あなたの考えは、独善的過ぎるわ」
「独善的?」
 茜は椅子から立ち上がると、遠坂に詰め寄った。
「独善的なのはあなたたちでしょう! 世の中の問題は放置して、だらだらと生きてるだけじゃない! そのくせ、それが自分に関係してきたら、全部他人のせいにしてる。それだって立派な独善でしょう!?」
「どんな集団だって、必ず自生的なシステムを持ってるのよ。だから、あなたが日常生活を自堕落だと批判したところで、世の中は変わらないわ」
「それじゃただの現状追認じゃない!?」
 そのときだった。室内に、強烈なサイレンが鳴り響いた。ライトが消え、緊急事態を示す赤い光が、茜の顔を朱に染めた。この場にいる全員がパニックになりかけるほどの轟音とともに、室内が激しく揺れ始める。
「じ、地震!?」
 茜が大声で尋ねた。
「ここは宇宙よ! ありえないわ!」
 そう叫んで、遠坂はスクリーンに駆け寄る。
「マザー、何があったの!?」
 光の帯は、緩やかなカーブを描いて、静かに答えを返す。
〈予備区画を本船より切り離します。準備が始まりましたので、30分以内に、予備区画から居住区域へ避難してください〉
 遠坂には、マザーの言葉が理解できなかった。
「予備区画? 何を言ってるの?」
〈繰り返します。30分以内に、居住区域へ避難してください〉
 要領を得ないマザーの受け答えに、遠坂はうろたえた。
 そこへ、茜が飛び込んで来る。
「居住区域ってのはどこなのよ!? ここは中央制御室だから安全なはずでしょ!?」
〈中央制御室はFブロックです〉
 予想外の返答に、全員が凍り付く。
〈あなた方がいるのは、予備区域の端末ルームです。居住区域は、Cブロックからとなっています。至急、このブロックから移動願います〉
「切り離しを止めなさい! そんな命令出してないわよ!」
 茜が腹の底から叫んだ。
 だが、マザーは冷淡に反応する。
〈この切り離し作業は、正規ユーザーの指示に従っています。異議がある場合は、準備完了の5分前以内に、正規ユーザーから中止命令を取り付けるようお願い致します。それ以降の変更は、何人たりともできません〉
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