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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜方舟キーテジ号殺人事件 作者:稲葉孝太郎

事件編

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第12話 アカネ対トオサカ

 アドバイザーと検史官たちは、ラボで小一時間ほど討論した末、犯人の追及を後回しにして、地球への帰還を優先させるという結論に達した。一見、本末転倒にも見えるが、サダコたちから目下の状況を説明されては、霧矢も納得せざるをえない事情があった。
 第一に、犯人が見つかった場合、検史官は本庁に連絡し、物語の本格的な修復を依頼しなければならない。ところが、キーテジ号は既に、本庁が把握しているマップの範囲を越え、通信不可能な地点に到達しているのだと言う。とすれば、犯人が見つかったところで、手の施しようがないわけだ。
 第二に、そしてこれが決定的に理由なのだが、霧矢たちが地球への帰還を強行した場合、犯人の妨害が当然に予想される。犯人は地球への帰還を禁止しているのだから、戻られると不味い事情でもあるのだろう。これは、サダコが指摘したことで、最後まで犯人確保を優先したがっていた遠坂と拓郎のコンビを封じ込めるのに十分な威力を持っていた。
 要するに、自分たちを囮にして、犯人を誘い出そうというわけだ。
「危険だと思うけどね」
 霧矢は、念を押すようにそう呟いた。
「確かに、危険かもしれません。しかし、このままでは本庁と連絡が取れず、餓死してしまう虞もあります。多少のリスクは取る必要があるかと」
 サダコが、言い含めるように言った。
 リスク。霧矢は、医務室での言い争いを思い出す。彼自身は、この言葉があまり好きではない。理由は分からないが、騙されているような気がしてならないのだ。
「……分かりました……でも、なるべく団体行動にしませんか?」
「もちろん、その点は考えてあります。役割分担を決めましょう。私とキミコさんは、2人で船内を捜索します。目的は、マザーから入手できない船内地図の作成です」
「私たちはどうするんですか?」
 トトが、誰にともなく尋ねた。
「トトさん、キリヤさん、タクロウさん、トオサカさんは、マザーコンピューターの攻略をお願いします」
「マザーの攻略?」
 霧矢は、サダコの意図が掴めなかった。マザーコンピューターは、犯人の手でブロックされ、帰還命令は受け付けないはずだ。それを攻略するとは、どういう意味なのだろうか。トトもしきりに首をかしげている。
 一方、遠坂と拓郎は、既にサダコの意を汲んでいるらしく、軽く頷き合っただけで、それ以上の相談をする気配がない。やはり自分たちのコンビが一番ダメダメなのではないかと、霧矢は何となくしょぼくれてしまった。
 いずれにせよ、訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥と思い、霧矢は、サダコに質問する。
「あの……攻略って、どういう意味?」
 霧矢の声に、サダコが振り向く。
「皆さんご存知の通り、マザーは帰還命令を受け付けてくれません。しかし、どの領域にまでゲストユーザーが関与できるのかは、まだつまびらかになっていないのです。そこで、遠坂さんの立場を利用して、その範囲を探ります」
 サダコは、いたって真面目に答えを返す。霧矢を馬鹿にしている様子はない。
「運が良ければ、抜け道が見つかるかもしれないわ」
 遠坂が、遠くから声をかけた。
 そんなにうまく行くだろうかと、霧矢は疑問に思う。
「では、各人持ち場につきましょう。何かあったら、端末で連絡を」
 船内調査班の面々は、その言葉を合図に、Bブロックへと消えて行った。Aブロックにもはや調査可能な領域がないことは、霧矢たちにも明らかになっている。思っていたよりも、ずっと狭かったのだ。中央制御室を一番奥にして、それ以上はどこにも繋がっていない。
 その中央制御室へ向かうため、霧矢たちもラボを出た。怪訝そうな顔で見つめてくるサクラを尻目に、船倉を横切って廊下を渡った。本来ならば、登場人物を見張る必要があるのだが、それでは犯人が行動に移らないだろう。敢えて、徹底的に泳がせる作戦である。
 中央制御室に向かう間、霧矢たちは一言も喋らなかった。めいめい、どうすればマザーを出し抜けるのか考えているようだ。あのトトですら、真剣に腕を組み、眉間に皺を寄せている。
「さてと、誰かいいアイデアは?」
 スクリーンに向かった遠坂が、パスワードを入力しながら尋ねた。
 誰も返事をしない。どうやら、名案らしきものは浮かばなかったようだ。
「まあ、気長にやりましょう。マザー」
 遠坂の声に、光の帯がゆらめく。
〈キャプテン・トオサカ、何の御用でしょうか?〉
「この船の針路をちょっと変えてくれない? 地球までとは言わないから」
〈進路変更は、正規ユーザーによって禁じられています。申し訳ありません〉
「脱出用ポッドみたいなものはないの?」
〈その利用も、正規ユーザーによって禁じられています。申し訳ありません〉
「どこにあるかくらいは、教えてくれない?」
〈正規ユーザーによって禁じられています。申し訳ありません〉
 遠坂は、他の3人を振り向き、大げさに肩をすくめてみせた。
 そこへ、拓郎が一歩進み出る。
「その正規ユーザーと連絡を取る方法はありませんか?」
〈……〉
 なるほど、と霧矢は感心した。正面攻撃がダメなら、搦め手からというわけだ。
「マザー、彼の質問に答えて」
〈正規ユーザーと連絡を取るには、正規ユーザー側からのコンタクトが必要です〉
「正規ユーザーに伝言を残すことは? それも駄目なのですか?」
 霧矢は、拓郎の質問に眉をひそめた。犯人にメッセージを残して、どうしようと言うのだろうか。
 霧矢が拓郎の意図を量りかねているうちに、マザーが答えた。
〈それは可能です。但し、宛先はお教えできません〉
 遠坂と拓郎が、視線を交叉させる。霧矢は、自分がまた置いてきぼりなのを感じた。
「どういう文面にする?」
「こちらが既に証拠を握っていると匂わせてみましょう」
「おびき出す場所は?」
「そうですね……犯行現場が心理的に……」
 霧矢は、そこでハッとなった。
 この2人、犯人を偽の脅迫メッセージで呼び出すつもりなのだ。
「ちょっと待って! 犯人逮捕は後回しにするんでしょう!?」
 少年の大声に、遠坂と拓郎が振り向く。
「……それはそうだけど、臨機応変に動かなきゃ」
「臨機応変と言ったって……これは越権ですよ! サダコさんと相談しなきゃ!」
「どうしてサダコさんの同意が要るの?」
 遠坂は、椅子を半回転させる。そして、だだをこねる子供に問い掛けるような、鋭い目付きで霧矢の視線を捉えた。
「霧矢くん、私たちは共同捜査としてここへ来てるのよ。もちろん、検史官の方がアドバイザーよりも偉いかもしれないし、その中でもサダコさんが一番年長だわ。でもね、それは社会的序列であって、共同捜査官は規則上対等な立場なの。協力義務はあるけど、各人が最善と思う方法で捜査を進めればいいのよ」
「じゃあ、僕は対等な立場として、あなたたちの案に反対します! どうして、もっとお互いに協力し合わないんですか!? これじゃ、ライバルを出し抜こうとして、足を引っ張り合ってるだけだと思いますよ! 今はマザーの攻略に専念して、後で相談し直せばいいじゃないですか!?」
 霧矢は、本心から自分が最善だと思う案を言い放った。普段大人しい少年の、いきり立った語気に押され、さすがの遠坂も動揺の色を隠せない。
「霧矢くん、あなたは……」
 遠坂が何かを言いかけた、そのときだった。
「あのう……」
 緊迫した場の空気に似合わぬ気の抜けた声が、3人の意識を現実に引き戻す。
 見れば、トトが申し訳なさそうに上目遣いでこちらを伺っていた。
「ど、どうしたの?」
「いいアイデアが浮かんだんですけど……」
「ほ、ほんと!?」
 意外なところから救世主が現れたものだと、霧矢は驚きを隠せない。
「ど、どういうアイデア!?」
「あのですね……」
 3人の視線が、トトに注がれる。
「……マザーをぶっ壊しちゃえばいいんじゃないですかね?」
 霧矢は、後ろの2人が天を仰いだ気配を感じ取った。いくらなんでも無思慮過ぎるアイデアだ。霧矢の思考は、どうやってトトの好意を無下にしないで済むかという、奇妙な方向へと働き始めていた。
 そのとき、霧矢の脳裏に、強烈な光が差し込んだ。
「すごいよ……トトさん、君は天才だ!」
「はい?」
 頭に?マークを浮かべたトトを放置して、霧矢はスクリーンに向かう。
「マザー! この船が故障して目的地につけなくなったら、どうなる!?」
〈……〉
 霧矢の質問に、遠坂と拓郎の顔が凍り付いた。
「マザー、答えなさい!」
〈……そのような事態に陥った場合、本船は、自動的に地球へ帰還、修理ドッグへと収容されます〉
 4人の興奮が、最高潮に達する。
「それはどんな場合? 正規ユーザーはそれを阻止できるの?」
 遠坂が、矢継ぎ早に質問を浴びせかける。
〈該当事項としては、伝染病の蔓延、燃料不足、本船では修理不能な損壊などが挙げられます。この緊急プログラムは、何人たりとも変更することができません〉
 霧矢がガッツポーズを決め、トトがその肩にすがりつく。
 正規ユーザーですら妨害できない帰郷の可能性に、場は沸き立った。
 しかし、これが問題解決の第一段階に過ぎないと最初に気付いたのは、拓郎だった。
「どうやって緊急事態を発生させるのですか?」
 他の3人のお祭り気分を消し飛ばすには、その一言で十分だった。
「そうね……ちょっと喜ぶのが早かったかしら……」
 遠坂は、そう言って再びスクリーンに向き直る。
「マザー、緊急事態と認識されるケースを、もう少し詳しく教えて」
〈目的地へ到着することが不可能になった場合、一律に緊急事態と判断されます〉
「それじゃ分からないわ。具体的に」
〈メインエンジンの故障などがそれに当たります〉
 霧矢は、マザーが提示した例にこくこくと頷いた。メインエンジンが破損すれば、目的に到着できないのは自明である。
 ところが、そこからふと別の疑問が生じた。少年がそれを口にしようとしたとき、拓郎が先に同じ問いを放つ。
「メインエンジンが壊れているのに、どうやって地球へ帰るのです?」
〈本船には、緊急用の予備エンジンが搭載されています。速度は半減されますが、地球への帰還は可能です〉
「メインエンジンはどこにあるの?」
〈それはお教えできません〉
 チッと遠坂が舌打ちする。再び正規ユーザーのテリトリーに入ってしまったのだ。
 暗礁に乗り上げてしまったのか。出口と思えば新たな迷路の入り口だったような、そんな焦燥感が霧矢の中に広がっていく。
「メインエンジンの在り処なら、私が知ってるわよ」
 入り口から聞こえた声に、4人は視線を集中させた。
 廊下から入り込む光を背に受けて立っていた少女、それは茜だった。
 もう1人のゲストユーザーの登場に、霧矢たちは声も出ない。
「また勝手なことしてるのね。怒る気も失せるわ」
 茜はそう言って、あっけに取られている4人の顔を見比べた。
「ど、どうしてここに?」
 霧矢が、イタズラを見咎められた子供のように、恐る恐る尋ねた。
「ドクターの様子を視て、ついでに立ち寄ったのよ。あんたたちがほんとにマザーをハッキングできたのか調べようと思ったんだけど、まさか、こんなことしてるとはね……」
 茜は、スクリーンに映った光を帯を眺める。
 霧矢たちは、黙って茜の出方を伺っていた。
 そんな中、最初に沈黙を破ったのは遠坂だった。
「あなた、メインエンジンの在り処を知ってるのね?」
 茜は、不機嫌そうに遠坂と顔を合わせる。
「ええ、知ってるわよ」
 茜は、ふんと鼻を鳴らし、そう言ってのけた。情報の価値において、茜と霧矢たちとの立場が、完全に逆転してしまっている。数では4対1だが、今は茜の方が優位なのだ。
 はたして、茜は教えてくれるだろうか。霧矢の背に、緊張が走る。
「それは、どこにあるのですか?」
 拓郎が、小声で尋ねた。
「教えて欲しい?」
 茜は、余裕に満ちた表情で4人を見回す。
 やはり教えないつもりだろうか。霧矢が策を練り始めたとき、すっと茜は目を閉じて腕組みをする。
「教えてあげなくもないわよ」
「ほ、本当!?」
「但し!」
 茜の人差し指が、霧矢の鼻先に突きつけられた。
 霧矢は、一関節分ほど背を反らし、尖った爪をぎりぎり回避する。
「私に指揮権を戻しなさい。それが条件よ」
 それは、自分にではなく遠坂に言って欲しい。それが、霧矢の率直な感想だった。
 霧矢が遠坂に目配せすると、遠坂は驚くほど落ち着き払っているのが見えた。
 フェイクなのか、それとも本当に何も感じていないのか。
「分かったわ。キャプテン茜、あなたに全権を委譲するわ」
 茜は、心の底から噴き上がる喜びを露にする。
「よろしい。じゃあ、教えてあげる。メインエンジンは、Cブロックの左右に備え付けられてるの」
「Cブロック?」
「Bブロックの先にある区画よ」
 ということは、サダコたちが調査している区域なのではないだろうか。もしかすると、全権委任などしなくても、メインエンジンを突き止められたのかもしれない。
 遠坂の顔にも、僅かに後悔の念が浮かんでいる。
「で、キャプテン茜、それをどうやって破壊すればいいのかしら?」
 遠坂の問い掛けに、茜は高飛車な態度を崩した。
 目は口ほどに何とやらを地でいく戸惑いの色が、茜の瞳に灯る。
「そ、それは……考え中よ」
 茜の回答に、霧矢は2つのことを見て取った。ひとつは、茜がどうやら自分たちの作戦に参加してくれていること、もうひとつは、その目標達成に役立ってくれそうにないことである。
 こうなったら、サダコたちの帰りを待って、もう一度作戦会議をやり直した方がいいのではないか。そんな思いが、霧矢を捉え始めていた。
「ねえ茜さん、その情報は、どこから仕入れたの?」
 余裕を取戻した遠坂が、反撃に出た。
 茜は、顔を曇らせた後、ぶつぶつと何かを呟き、それっきり黙りこくってしまう。
「キャプテン茜、もう一度訊くわ。なぜエンジンがCブロックにあると知ってるの?」
 遠坂がどこを攻めているのか、それは霧矢にも理解できた。船内マップの表示が正規ユーザーによって禁じられている以上、マザーを通じてメインエンジンの場所を探ることはできない。
 ここから推測される事態に、霧矢は、無意識のうちに端末へと手を伸ばしていた。
「あ、篤穂からそう聞いたのよ」
「篤穂さんから?」
 霧矢は、茜の答えを信じなかった。篤穂の立場と性格からして、エンジンの場所を知っていたとは思えないし、それを茜に話すなどということは、もっと考えられないことだったからだ。
「本当に篤穂さんからなの?」
 霧矢が、心の中の疑念をそのまま口にした。
「そ、そうよ……。あいつ、いきなり私にメインエンジンを見つけたとか言ってきて……それに他にもいろいろと船内の様子を知ってる風な口ぶりだったわ……。それで、私よりも自分の方がキャプテンに相応しいとか言うから……ちょっと喧嘩になって……」
 茜は動揺こそしていたものの、嘘を吐いているようには見えなかった。むしろ、自分が知識の点で篤穂よりも劣っていたことを、恥じているようだった。
「それはいつのこと?」
「マザーに登録した後、あんたたちが来る前よ」
 霧矢は、今手元にある情報を整理しようとした。しかし、どこから手を付けていいのか、皆目見当がつかない。
 それに、先ほどの茜の情報には、まだ解明されていない点があるのだ。
「でも、なんで死んだ篤穂さんが……」
 そのとき霧矢のポケットの中で、HISTORIKAが震動した。
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