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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜方舟キーテジ号殺人事件 作者:稲葉孝太郎

事件編

12/18

第11話 消えたアドバイザー

 遠坂たちと別れた霧矢は、トトにメールで連絡し、秘密の作戦会議を開くことにした。
 A9号室。前回拓郎に紹介された部屋だ。ベッドの上に並んで座った霧矢は、早速遠坂たちとの討論をまとめ、トトと情報を共有する。
 霧矢が説明している間中、トトは「はぁ」とか「へぇ」とか「すごいですねー」とか、とにかく中身のない合いの手を打っていた。
「……というわけなんだ。どう思う?」
 トトは、じっと考えに耽った後、そっと白い歯を見せる。
「うーん、ありえなくはないと思います……」
 なんとも曖昧な返事に、霧矢は、もう少し根掘り葉掘り聞いてみたくなった。
「そもそも、アドバイザーが犯人だって前例はあるの?」
「アドバイザーの計画殺人ですか……。聞いたことないですね。あ、私が授業中に起きていた限りでは、ですよ」
 しょうもない留保に、霧矢は溜め息を吐かざるをえない。
 だが、すぐに気を取り直すと、別の質問をぶつけてみる。
「じゃあ、計画的じゃない殺人は?」
 トトは、慎重に頷き返した。
「え、あるの?」
「はい。正確に言うと、アドバイザーが異世界で犯罪を犯すのは、だいたい捜査中の精神的プレッシャーに起因するんです。つまり、異世界に飛ばされて危険な目にあったり、頭がおかしくなっちゃうんですね」
 こんな理不尽な目に遭えば頭もおかしくなるだろうと、霧矢は妙に納得してしまった。
「すると、今回のケースも、アドバイザーの錯乱ってことかい?」
 霧矢の確認に、トトはうーんと唸った。何か引っかかるところがあるようだ。
 しかし、その唸り声に何か深い意味があるとは思えない。単純に、混乱しているようだ。
 霧矢は返答を待たず、今度は自分の推理を披露し始める。
「……今回のケースは、最初から計画的なものだったように見えるんだよね。仮に犯人が真の船長だとすると、茜さんたちがマザーに登録する前に、手を打ったってことだろ? 彼女たちが船内をどれくらい歩き回ったのかは知らないけど……長くて半日、短ければ2、3時間ってとこだと思う。その間に先回りして情報をロックするなんて、最初から狙ってなきゃできない芸当なんじゃないかな」
 霧矢は、トトの反応を待つ。彼女は、ますます混乱してしまったらしい。
 腕組みをして体を左右に揺さぶりながら、曖昧に口を開く。
「つまり、犯人は、最初からこの船に乗るつもりだったと?」
「僕はそう思うよ」
 霧矢は、比較的自信を持ってそう答えた。
 一方のトトは、あいかわらずよく分からないような顔をしている。
「だとすると、どういうことになります?」
 トトの質問に、霧矢は道中で考えておいた結論を提示する。
「だとすると、精神に異常をきたしたアドバイザーの犯行じゃないってことさ」
 トトはしばらくの間、少年の推理に感心していた。
 ところが、突然何か思いついたように背筋を伸ばし、ポンと手を叩く。
「あ、いいこと思いつきました! きっとアドバイザーは、登場人物のふりをしてるんですよ!」
 霧矢は、トトの顔を穴が空くほど見つめ返す。
 恥ずかしくなったのか、トトは頬を軽く染めた。
「えっと……何か変なこと言いましたか?」
「い、いや、変じゃないよ。考えても見なかったから、ちょっと驚いただけ。でも、アドバイザーが登場人物の誰かに成り済ますなんて……そんなこと可能なの?」
 霧矢は、自分の立場を思い返した。自分は、このゲームの主人公だ。だが、それはあくまでも建前で、実際は地球という星の日本という国に住むただの高校生である。それと同じ理屈が、他の登場人物にも当てはまらないのだろうか。霧矢は、そう疑問に思った。
「それに、女性キャラクターの中に、僕の知らない顔は見当たらないんだけど。ラノベだから登場人物のイラストは付いてるわけだし……。篤穂さんの発言からして、先に来たアドバイザーは女性だったんだよね?」
 霧矢は、出会った登場人物の顔を思い出す。どれも、イラストと瓜二つだ。不審な人物は見当たらなかった。
「ダメだ。やっぱり全員物語のキャラクターだよ」
「えー、たまたま顔が似てるんじゃないですか?」
 トトがそう言って食い下がった。拗ねているようにも見える。
「偶然容姿が似ている可能性なんて、ほぼゼロだよね?」
「だから、そのゼロっぽい奇跡が起こったんですよ」
 確率の話になっては、もはや水の掛け合いに等しい。霧矢は、この議論を打ち切った。
 少年は、ここまでの議論をもう一度整理してみる。普通に登場人物の誰かが犯人だとしたら、マザーに登録された真の船長なる人物について説明がつかない。アドバイザーが犯人だとすると、居場所が分からない上に動機も不明である。トトの説は、この両方の問題を解決しているものの、人相が偶然一致するという奇跡を前提にしていた。
 これではお手上げ状態だ。霧矢は堂々巡りのトライアングルを断ち切ろうとしたが、いいアイデアが浮かばない。
 そんな五里霧中の中で、ドアをノックする音が聞こえた。
「誰?」
 霧矢の声と同時に、インターホンから雑音が鳴った。
 そして、人の声が入る。
〈すみません……話があるんですけど……〉
 サクラの声だった。
 霧矢は、トトの了承も取らず、扉を開けた。
 金属製のドアがスライドし、サクラの姿が至近距離に現れる。
「サクラさん、何の用ですか?」
「茜さんから言づてで……」
 サクラは、室内にいるトトに視線を走らせた。怯えているのか、それとも生来の気弱さが祟っているのか、サクラは四肢を丸め、震え声で先を続ける。
「わ、和解しませんか……だそうです」
「和解?」
 霧矢は、普段使い慣れぬ言葉を口にした後、さらにトトの顔を見た。
 彼女も、茜のメッセージがよく理解できていないようだ。
 霧矢はこの場を代表して、サクラとの交渉を始める。
「和解なんて言われても……別に、僕たちは諍いあってないよね?」
「茜さんは、地球へ帰ってもいいと言ってるんです」
「!?」
 室内の空気が一瞬にして変わった。それは、地球へ帰れるということへの安堵とも、捜査状況が一変したことへの戸惑いとも感じられる。少なくとも、霧矢は前者だった。
 これで、食糧問題は解決されそうだ。死んだ箕蔵から聞いた餓死という言葉が、遠い過去のことのように思われてくる。
「でも、どうやって帰るんですか?」
 一抹の不安が、霧矢の胸をよぎった。遠坂は、マザーが地球への帰還を拒否したと言っていたからである。
 茜は、そのことに気付いていないだけなのかもしれない。
「それを話し合うそうです……」
 話し合うという曖昧な表現が、霧矢の希望を一層曇らせた。誰かがいいアイデアを出してくれると期待しているのだろうか。それは、仲間が多いときに陥りがちな油断だと、霧矢は思った。
「他の人も集まってますか?」
「は、はい。あ、ドクターは安静に、とのことで、別の部屋に……」
 霧矢は、トトと目を合わせる。ここで議論しても意味はない。サクラは、茜の命令を伝える使者であり、交渉を通じてそれを変更する立場にないのだ。いたずらに時間を消費するだけだろう。
 そう考えた霧矢は、セシャトたちと手短に相談し、茜の提案を受け入れることに決めた。集合場所はいつもの船倉ということで、早速A9号室を後にする。
 途中で、遠坂たちとも合流した。拓郎もいる。
 遠坂は、挨拶代わりにひらひらと手を振った。霧矢は、何とも言えぬ表情で会釈を返す。10歳は離れているであろう年上の女性が、ここまでフレンドリーに接してくれることが、少年に戸惑いを覚えさせたのだ。
 そう言えば、公子の姿が見えない。先頭のサクラに尋ねようと一歩前へ出たとき、ふいに後ろで遠坂の囁き声が聞こえた。
「事故の原因は分かったの?」
「手術台のそばにあった酸素ボンベの破裂です。調べてみたところ、バルブのところに細工がしてありました。手術台の上に人を乗せると、ナトリウム片が空気に反応して爆発、連鎖的にボンベが吹き飛ぶ仕掛けです」
「ってことは事故じゃないのね……」
 霧矢は、その会話に耳を澄ませながら、サクラの様子を目で伺っていた。彼女は数メートルほど前をすたすたと歩いており、既に遠坂たちの会話が聞こえる距離にはいない。
 事故ではなかったという拓郎の報告は、霧矢をそれほど驚かせなかった。この状況下で、あれほど都合良く事故が起こってはたまらない。霧矢はそう思っていたし、他のメンバーも同じような感想を抱いているように見えた。
 現に遠坂も拓郎も、当たり前のことを話しているかのような素振りを見せている。
「サクラです。入っていいですか?」
 前方で、サクラの声がした。霧矢たちは、いつの前にか船倉の前まで来ていた。
 船倉のドアが開くと、サクラが中へ姿を消す。霧矢たちもそれに続いた。
「遅かったわね」
 倉庫の中には、茜以外に、公子とサダコも収まっていた。どうやら公子は、霧矢たちと別れた後、ここへ直行したようだ。ということは、彼女たちも、あのアドバイザー犯行説について議論を交わしたに違いない。
 霧矢は、2人がどのような結論に至ったのかを知りたいと思った。
 だが、茜の第一声が、少年の好奇心を阻んだ。
「私の和解案は、飲んでくれたかしら?」
 相変わらずの高飛車な態度。とても和平を望む人間とは思えない口ぶりに、霧矢は思わず苦笑してしまった。こうなっては、もはや茜の人格をそのまま受け入れるしかない。
 諦めた霧矢は、早速本題に入る。
「まず最初に確認したいんだけど、地球へ帰りたいって本当?」
 何が不味かったのか、茜はムッと口元を歪めた。
「帰りたいとは言ってないわ。ただ、状況を踏まえて、一時的に避難した方がいいと判断しただけよ。サクラ、あんたちゃんと説明したの?」
「す、すみません」
 茜の苛立った詰問に、サクラは泣きそうな顔で平謝りした。
 霧矢は、自分の言葉の選び間違いに、何となく罪悪感を感じてしまう。
「とにかく、地球へ戻るって言うのは、本当なんだね?」
「それは本当よ」
「じゃあ、その手段を教えてくれない?」
「マザーに頼むに決まってるでしょ」
 最悪の回答だった。茜は、自分が単なるゲストユーザーだということを知らないのである。そのことを指摘したものかどうか、霧矢は迷った。
 そんな少年の躊躇を他所に、場の硬直を破ったのは遠坂だった。
「それはできないわ。マザーは帰還命令を受け付けてくれないのよ」
 突然の乱入者に、茜は不快そうな顔を向けた。だが、単に不機嫌になっただけではない。茜は、遠坂の発言を理解できていないのだ。そのことは、霧矢にもすぐ分かった。
「あんた、何言ってるの?」
「ここまできたら、お互い全てを話しましょう。茜さん、あなたは、この船の本当のキャプテンじゃないの。ただのゲストユーザーよ」
「ふざけ……」
「黙って話を聞きなさい。あなたたちは、マザーに登録するとき気付かなかったみたいだけど、この中央コンピューターをコントロールしている人物は他にいるの。私がハッキングして確かめたから、間違いないわ」
 ハッキングしたという遠坂の言葉に、茜の顔が青ざめる。
「あ、あんたまさか……!?」
「そうよ、あなたがアカリさんの部屋のロックを解除したとき、パスワードを暗記させてもらったの」
「嘘よ……32文字もあるのよ!」
 遠坂は、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ごめんなさい。記憶力には、ちょっとばかり自信があるのよ」
 ちょっとばかり、という謙遜に、霧矢は微塵も説得力を感じなかった。薄々勘付いてはいたのだが、遠坂は異常記憶の持ち主なのだ。小説やゲームの台詞を一字一句違えずに覚えているなど、常人ではありえない能力である。
 彼女がベテランアドバイザーだということも、それで説明がつくように思われた。
「このペテン師! 泥棒女!」
 茜の喚き声が、四方の壁に木霊する。サクラが身を縮め、耳を塞いだ。
 他の面子は、醒めた目で茜と遠坂のやり取りを見守っている。
「落ち着いてちょうだい。別に、あなたの権限をどうこうする気はないわ。私もあなたもただのゲストユーザーで、真のキャプテンは他にいる、この事実だけが重要なの。そして、船の帰還命令を出せるのは、その正体不明の人物だけなのよ」
 茜は持っていた銃を床に叩き付けた。怒りのこもった金属音に、さすがの霧矢もびくりと肩をすくめる。
「どうしてどいつもこいつも私を馬鹿にするのよ!?」
「馬鹿にはしてないわ。ただ、あなたのやり方は、ちょっと独善的過ぎ……」
「うるさい!黙れ!」
 茜は遠坂の弁明を遮り、ラボへと駆け出した。霧矢もそれを追おうとしたが、何者かに肩を掴まれ引き戻される。
 振り返ると、セシャトの顔があった。
「今は何を言っても無駄よ。それに、彼女は地球へ戻る方法を知らないんだから、私たちで解決するしかないわ」
 セシャトの冷静な状況分析も、霧矢には酷く冷淡なものに思われた。
 そこへ、遠坂が最後の一撃を加える。
「さてと、これでまた振り出しね。どうしましょうか?」
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