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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜方舟キーテジ号殺人事件 作者:稲葉孝太郎

事件編

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第10話 わたしはマザー

 蛍光灯の淡い光に包まれた廊下を歩く、少年と少女。ここは、マザーコンピューターのある部屋へと続く、Aブロックの一角だ。
「なんで公子さんもついてくるの?」
「独りでは心細いかと思いまして」
 公子の返事に、霧矢は醒めた愛想笑いを浮かべた。
 本来ならば高嶺の花と二人っきりということで、喜ぶべきシチェーションなのだろうが、彼の意図は霧矢も丸っとお見通しである。要は、サダコのスパイなのだ。第9課(霧矢)と電脳課(遠坂)の先駆けは許さないという意味なのだろう。
 そう解釈した霧矢は、おしとやかに歩く公子の歩調に合わせず、さっさと中央制御室に向かおうとした。
「キリヤさん、そのような振る舞いはレディに失礼です」
「ごめんごめん、でも僕、そういう上流階級とは縁もゆかりもないから」
 そう言って、霧矢は足取りをさらに速めた。
「……キリヤさん、先ほどの写真の件ですが」
 公子の言葉に、少年は歩を止めた。
 数メートル離れていた2人の距離が、ゆるやかに詰められる。
「写真? 何のこと?」
 霧矢は、とりあえずとぼけてみる。
「私が箕蔵の死体を撮影していたところです」
「ああ……そんなこともあった……かな?」
 適当に誤摩化しておこうと、霧矢は曖昧な返事をした。
 正直なところ、霧矢はこの話題に触れたくなかった。
「別にとぼけなくてもよろしくてよ。恥じるようなことではありませんから」
 恥じるようなことではない、という公子の力強い発言に、霧矢は首を傾げた。
 確かに、恥じるようなことではないのかもしれない。率先して現場の保全に努めるのは、アドバイザーとしては理想的な心がけである。だが、公子のようなお嬢様にとっては、少しばかり常軌を逸した行動ではないか。霧矢はそう思った。
「ああいうのは、サダコさんに任せればいいじゃない。何もしないで、入口に突っ立ちゃってさ。それとも、サダコさんもトトさんみたいに、死体が苦手だとか?」
「いいえ、そのようなことはありません」
 あっさりと否定されてしまった霧矢は、訳も無く背筋に寒気を覚えた。
 公子の整った顔が、何か不気味なもののように見えてくる。
「じゃあ何で……?」
「私、死体の画像や標本を集めるのが趣味ですの」
 霧矢の中で、一瞬時間が制止した。鏡を見たら、自分はとんでもない顔をしているのだろうと、霧矢はおかしな羞恥心に駆られる。
 動揺する少年に、公子は先を継いだ。
「私は将来、検屍官になりたいんですの」
「えっ……医療に興味があるってこと? 将来、医学部志望だとか?」
 公子は、こくりと頷き返した。
 少年の彼女に対するイメージが、がらりと音を立てて崩れ去る。
「でも……君は、家が凄いお金持ちだし……後を継がないのかい? それとも、お兄さんがいるとか?」
「いいえ、私は一人っ子です。もちろん、父と母の事業は継がせていただきますわ。でも、この異世界アドバイザーという仕事を始めてから、もっと実地なことがしたいと、そう考えるようになりましたの」
「そ、それは……凄いね……でも、何で僕にそれを……」
「キリヤさんも、アドバイザーとして事件を担当されているのでしょう」
 公子の語りかけに、霧矢は黙って頷く。
「そのとき、何か面白いものをお撮りになられませんでしたか? もしよろしければ、それをコピーさせていただきたいのですが。もちろん、ただでとは申しません。出来に応じて買い取らせていただきます」
「写真って……死体の……?」
「他に何かありまして?」
 この女は少し頭がおかしい。少年は、公子の顔をまじまじと見つめた。検屍官になりたいという夢は、彼にも崇高なものに思われる。彼女の境遇を考えれば、ずいぶんと見上げた心がけだろう。しかし、そのために死体のコレクションをするというのは、目的地を間違えた地図のようなものだ。
 そう断じた霧矢は、ひとつ溜め息を吐き、首を左右に振った。
「僕には死体を撮影する趣味はないから、1枚も持ってないよ」
「あら、それは残念です。もし別の事件でお撮りになられたら、ぜひお見せ下さい」
 霧矢は、意味もなく頷き返し、震える足で先を急いだ。
 中央制御室は目の前だ。逃げるように扉を開け、中へ身を投じる。
「遅かったわね」
 マザーコンピューターに向かった遠坂が、振り向きもせずに言った。
「すみません、ちょっと公子さんと話してて……」
「遠坂さん、一体何の御用?」
 公子の声に、遠坂は椅子を90度回転させる。
 お互いに無機質な表情で、視線を交わす2人に、霧矢は一歩身を引いた。
「……まあ、いいわ。霧矢くん、ちょっと来て」
 あくまでも公子の存在を無視する遠坂。
 霧矢は、ちらりと公子を一瞥した後、コンピューターに歩み寄る。見れば、スクリーンには、例の色鮮やかな光の帯が舞っていた。
 それが意味するとことを察し、霧矢は驚きの声をあげる。
「ど、どうやって電源を!?」
「うふふ、パスワードを破ったのよ」
 不敵な笑みを浮かべる遠坂の返事を、霧矢はすぐには信じることができなかった。霧矢が記憶している限りでは、茜が設定したパスワードは相当な長さを有している。いくらそばで入力シーンを見ていたとは言え、覚えきれるものではない。霧矢は、そう疑った。
「そのパスワードというのは?」
 公子が横合いから尋ねた。
「それはナイショ」
 意地悪そうな微笑を返す遠坂。
 さすがの公子も、ムッとした顔で遠坂を睨みつけた。
「まあ、それはどうでもいいのよ。重要なのは、そこじゃないんだから」
 不機嫌そうな公子を放置して、遠坂はスクリーンに向かう。
「マザー、この子が霧矢くんよ、乗員名簿に登録してあげて」
〈了解。キャプテン・トオサカ〉
 マザーの受け答えに、霧矢は遠坂を振り返る。
「どういうことです? 船長は茜さんなんじゃ?」
「しっ! 今は登録が先よ」
〈乗員名簿にキリヤを登録しました。声紋を採りますので、お名前をどうぞ〉
 マザーの事務的な声に促され、霧矢は名前を告げる。
「霧矢です」
〈……声紋の登録完了。ありがとうございました〉
「これであなたは、正式に乗組員として認められたわけね」
 事態を把握できていない霧矢も、素直にそのことを喜んだ。これで、捜査可能な範囲が広がるかもしれない。パスワードを教えてくれないのは気にかかったが、この場に公子がいるせいだろうと、少年は楽観的な希望を抱く。
「遠坂さん、当然、私も登録していただけますわよね?」
 霧矢はドキリとした。また諍いか。
 少年の杞憂を他所に、遠坂は親切な銀行員のような態度で、公子の申出を受け入れる。
「ええ、いいわよ。マザー、公子さんも登録してあげて」
〈了解。……乗員名簿にキミコを登録しました。声紋を採りますので、お名前をどうぞ〉
「公子」
 簡潔な自己紹介が終わり、3人はマザーの反応を待つ。
〈……声紋の登録完了。ありがとうございました〉
 肩が凝ったのか、遠坂は大きく背伸びをすると、満足げに微笑んだ。
「じゃあ、もういいわ。お休み、マザー」
〈おやすみなさい。キャプテン・トオサカ〉
 それを最後に、スクリーンは暗転する。
 あまりにも多くの出来事が続いたせいで、霧矢は思考が若干麻痺しかけていた。
 だが、電源の切れる僅かな音に振り起こされ、遠坂に質問を浴びせかける。
「どうして遠坂さんがキャプテンなんです? パスワードが分かっても、茜さんの声紋が必要じゃないですか? それに、僕たちを登録して、どうしようと?」
「そんなにいっぺんに訊かれても、答えられないわよ」
 遠坂は椅子から立ち上がり、スクリーンに背を向ける。
「少し歩きましょう。デスクワークは使われるわ」
 そう言って、遠坂は出口へと歩き出した。
 先頭を歩く遠坂は、中央制御室を後にして最初の十字路を左に曲がるまで、答える素振りを見せなかった。
 焦れた霧矢がもう一度問い直そうとしたところで、ようやく遠坂は唇を動かす。
「まず、何で私がキャプテンかってことだけど……」
 遠坂は、ポケットからHISTORIKAを取り出し、人差し指で鮮やかに操作した後、振り返りもせずに、左手で霧矢たちの視界にそれをかざす。
〈私!!!〉
「!?」
 端末から漏れたのは、茜の大声だった。まさかこんな機能があるとは、霧矢はトトの説明不足を恨んだ。
「いつ録音したんです?」
「倉庫で別れる前よ。地声じゃないとダメかと思ったけど、うまくいったわ。音質がいいのもあるけど、案外この船、セキュリティが甘いみたいね。マザーにアクセスできたら、コモンユーザーの追加も簡単だったし」
 遠坂は、そう言ってくすりと笑った。自分の手際のよさと、この船を設計した人物の手際の悪さの両方に向けられたものだと、霧矢は受け取る。
「ということは、共同管理人になったんですね?」
「そういうこと。但し……」
 そこで、遠坂は歩調を緩めた。どうやら長丁場の議論になりそうだと、霧矢は覚悟を決める。
 公子の表情も、心なしか堅くなっていた。
「問題は、その先なのよ……せっかくマザーにアクセスできたのに、重要な情報はほとんどロックされてるの。目的地を尋ねてもダメ、船内マップの表示を頼んでもダメ。おまけに、地球への帰還命令も全く受け付けてくれないときてるわ。それでね……」
 遠坂は、そこで一旦息継ぎをする。
「その理由が、犯人の身元に関係するんだけど……」
「え!?」
 霧矢は、その場でぴたりと歩を止めた。遠坂と公子も、さらに2、3歩進んだところで動きを止め、後ろを振り返る。
「だ、誰が犯人なんです? やっぱり茜さんが……?」
「そうね……真の船長……とでも言えばいいのかしら……」
 遠坂の謎めいた言い回しが、あたりに静寂をもたらす。
 霧矢も公子も、遠坂の詳細な説明を待った。
「そんな顔しないの。学生はもっと溌剌としなさい」
「本当の船長って、どういう意味です?」
 霧矢は、遠坂の軽口を無視して、先を促した。
「マザーに侵入して、私をユーザー登録するとき気付いたのよ。私も茜さんも、マザーにはゲストユーザーとして認識されてるの。茜さんたちは、そのことに何の疑問も抱かなかったようだけど……」
「それって、つまり……」
 遠坂と霧矢は、その先をお互いに無言で確認し合う。
 公子だけが合点のいかぬ表情で、2人を交互に見比べていた。
「きちんと説明していただけませんでしょうか?」
「あら、ごめんなさい。要するに、マザーコンピューターを正式に管理してる人物は、別にいるってことよ」
 遠坂の解説を聞いて、公子はようやく事の重大さに気付いたようだ。顎に手を当て、うつむき加減に考え込む。
「……となると、全て辻褄が合いますわね。犯人は、全ての扉の開閉を、茜さんの意志とは無関係にすることができる……。遊花さんや篤穂さんを殺すのも、現場に偽の遺書を残しておくのも、容易なはずです」
「それじゃ、犯人の可能性があるのは、一見キャプテンではない人ってことに……」
 霧矢は、頭の中で候補者を整理する。
「ドクターとサクラ……」
「ドクターの可能性は低いですわ。2人は船倉に残っていたのですから、いくら施錠の管理が自由とはいえ、人目につかずAブロックへ移動する手段がありません」
 公子の指摘に、霧矢は疑問を抱いた。Aブロック(遊花が殺害された区域)とBブロック(篤穂が殺害された区域)との間に通路がないとなぜ言い切れるのか、分からなかったからである。もし両ブロックの間を直接移動できるなら、ラボに備え付けのトイレへ行くと見せかけて、アカリの部屋を訪問することもできたはずだ。
 霧矢の疑問を察したのか、公子はふっと笑みを漏らした。
「BブロックからAブロックへ直接移動する手段がないことは、既にサダコさんと一緒に確認済です」
「いつの間にそんなことを?」
「あなた方が、篤穂さんの救命作業を行っている間に」
 霧矢は、既に非難する気も失せていた。むしろ、霧矢は、自分の中に得体の知れない小さなしこりが生まれつつあることに気を取られてしまう。AブロックとBブロックとを結ぶ通路は存在しない。その事実が、非常に大切な何かを訴えかけている、そんな気がしたのだ。
 だが、その疑問と取り組む前に、遠坂が会話に割り込んでくる。
「ちょっといいかしら?」
「はい?」
 霧矢の意識が、左右の壁に囲まれた狭い空間へと舞い戻る。
「実はね、さっきセキュリティを破っている間に、思いついた推理があるの。ここで話してもいい?」
 何を自明なことを、と霧矢は訝しんだ。
「ぜひ聞かせてください。別に許可なんて要らないでしょう?」
「まあ、普通はそうなんだけど……」
 霧矢の率直な催促にもかかわらず、遠坂は言葉を濁す。
「自信がおありでないと?」
 公子が、無感情にそう言った。
「ええ……突飛な推理なの……10年もアドバイザーをやってるのに、こんな事態は初めてだから……」
「構いません。聞かせてください」
 霧矢の真剣な眼差しに、遠坂は踏ん切りをつけた。
「私ね……犯人は……アドバイザーだと思うの」
 霧矢と公子は、同時に顔を見合わせた。霧矢から見た少女の瞳は、遠坂の発言が予想の斜め上だったことを物語っている。
「僕たちの中の誰かが犯人だって言うんですか? ありえな……」
「私たちの中の誰か、とは言ってないわよ」
 さらなる謎かけに、霧矢は自己解決を放棄した。
 少年は、遠坂の次の言葉を待つ。
「アドバイザーは私たち以外に、もう1人いるのよ……。この事件の発端を覚えてる?」
「それは、存在しないはずの方舟が出航して……それから……」
 それから、という言葉に、霧矢の記憶回路が反応した。
 全てが、少年の中で繋がっていく。
「それから、調査に来た検史官とそのアドバイザーが……まさか……」
 遠坂は、こくりと頷いた。
 しかし、少年の疑問は、まだ氷解したわけではない。
「でも、検史官もアドバイザーも、死亡が確認されたんでしょう?」
「死体が確認されたわけじゃないわ。端末からの信号が途切れたってだけよ。そもそも、HISTORIKAがどうやって所有者を認識してるか知ってる?」
 霧矢は、首を左右に振った。
「警史庁から支給されるアドバイザー用の端末は、事件毎に初期化されてるの。そして、検史官以外で一番最初に触れた人物を、アドバイザーと認識するのよ」
「……じゃあ、アドバイザーが、端末を他人に触れさせて、そいつを殺したって言いたいんですか?」
 霧矢の畳み掛けるような口調に、遠坂の顔から再び自信の色が消えた。
 本人も、問題点が多過ぎると感じているようだ。
「あくまでも可能性があるってだけ。でもね、こう考えると、事件の中で分かり易くなることもあるの。例えば、遊花さんの件よ。遊花さんは、なぜ裸のまま正面から斬りつけられたのかしら? それに、あんな3つ爪の凶器は見つかってないのよ」
 それとアドバイザー犯行説との間にどんな繋がりがあるのか、霧矢には見えてこない。
 だが、今回はさらに問いを投げ掛ける必要もなく、遠坂が自ら注解を始める。
「こうは考えられないかしら。アカリさんはHISTORIKAの催眠弾で撃たれ、気絶した。そして、医務室にあったメスで、3本の深い傷を負わされたのよ。これなら、遊花さんが冷水を浴びたまま目を覚まさなかった理由も分かるわ」
「確かに、そのように考えれば、篤穂さんの死についても謎が解けますわね」
 公子が相槌を打った。その言わんとするところは、霧矢にも手に取るように分かる。
 もし篤穂の死が他殺であり、犯人が彼女を絞殺しようとしたのであれば、相当な抵抗を受けたはずである。ところが、室内にも篤穂の外見にも、そのような痕跡はなかった。よって自殺と考えるのが自然なわけだが、もし篤穂が催眠弾を受けて昏倒していたとなると、話は別だ。
 霧矢は内心、遠坂の説に傾き始めていた。
 後でトトと相談しよう。そんな予定を立てている霧矢に、遠坂が独り言を呟く。
「でも、仮にそうだとしたら、アドバイザーはいったいどこに……?」
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