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おちこぼれエルフは、名探偵をさがしてる〜方舟キーテジ号殺人事件 作者:稲葉孝太郎

事件編

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第9話 予知された事故

「何です? 手伝わないとか、後でハブにされますよ?」
 船倉に戻った霧矢が、サダコの背中に非難をぶつけた。閉鎖的な集団で団体行動を乱すのはタブーだと、霧矢の常識が告げているからだ。
「まあまあ、そう言わずに」
 霧矢の不満を無視して、サダコは船倉から廊下へと出た。後ろには公子がぴったりと張り付いており、逃げ場がない。まるで、容疑者の護送のようだと、少年は不快になる。
 現場を離れる必要があるほどの用件とは何なのか。彼には見当がつかなかった。
「ちょっと地上に出ましょう」
「はい?」
 サダコはBブロックに向かう通路を選ばず、変電所に続く上り階段に足をかけた。ますます混乱した霧矢は、背後の公子に促され、薄暗い坂道を斜めに進んで行く。
 自分が犯人と疑われているのではないか。そんな不安を抱くほどの緊張感が、霧矢を前後から覆っていく。
 変電所に辿り着き、さらに建物の外へと出る。人口太陽の眩しさに、霧矢は思わず目を細めた。無人の町並みが、単調な青空の下に、ひっそりと広がっていた。
「ふむ、ここは安全なようですね」
「安全? 何がです?」
「カンですよ。私のカンが、船内は危ないと言ってるんです」
 霧矢は、自分の耳を疑った。なんだそのオカルトは。悪い予感がするというそれだけの理由でここまで移動したという事実に、少年は怒りすら覚えた。
「ふざけないでください。僕は戻ります」
 そう言って背を向けようとした霧矢の前に、公子が立ちはだかる。
「キリヤさん、サダコさんの忠告は聞いた方がいいですわよ」
 意外な加勢に、霧矢は公子を訝しんだ。
 聡明な少女だと聞いていたが、あれはデマだったのかもしれない。自分は、社会的身分の高い令嬢というだけで、彼女を少し買いかぶっていたのではないだろうか。そう考えた霧矢の怒りの矛先は、次第に公子へも向けられつつあった。
「まあまあ、私たちはお互いのことをよく知らないんですから。もうちょっと穏やかにいきましょう。少しは年上の言うことを聞いても、バチは当たりませんよ」
「バチも何も、オカルト過ぎるでしょう? それに、危険を感じたんなら、どうして僕だけに声を掛けたんです? ちはるもトトさんも現場にいたのに」
「それは、あなたが主人公だからですよ。主人公役のアドバイザーに死なれると、捜査が格段に難しくなってしまうんです」
 サダコの身もふたもない説明に、霧矢は二の句が継げなかった。主人公だから助けたということは、要するに、脇役はどうでもいいということである。前回の事件でも見せつけられた検史官の非情さに、霧矢は同調することができない。
「訳が分からないですね。公子さん、君までサダコさんの直感とやらを信じるの?」
「ええ、これまで何度も助けられてますから」
 霧矢は、一瞬喉を詰まらせる。
 公子の言葉を字面通り受け止めるならば、サダコのカンは当たるということになる。つまり、予知能力ということだ。そんなものがあるとは霧矢には信じられなかったが、公子が嘘を吐いているようには見えなかった。それに、サダコといれば死なないという、セシャトの言葉が思い出される。
「それなら、今すぐ船内に戻って対策を……」
「申し訳ありませんが、具体的にどういう危険が迫っているのか、私にも分からないんですよ。それに、他の人が私の言うことを信じてくれますかね? 霧矢さんだって、こうして強制しないと、ついて来てくれなかったじゃないですか」
「そ、それは……そうですけど……」
 霧矢は、非現実的な感覚に囚われ始めた。サダコや公子の言うことを鵜呑みにしていいのか、少年の中でシーソーゲームのようにころころと意見が変わってしまう。
「少し状況を整理しましょう。さっきのパソコンには、何が書いてありました?」
 篤穂の遺書に話が及び、霧矢の思考が再びまとまりを帯びてくる。
「そうだ、遺書ですよ! 遺書があったんです! 篤穂さんの!」
「内容を教えてもらえますか?」
 霧矢は、文面を思い出そうと頭を絞った。一字一句完璧には再現できそうになかったが、おおまかな部分はなんとかなりそうである。
 霧矢は、ゆっくりと口を開いた。
「まず遺書だという宣言があって……それから、遊花さんを殺したのは自分だと白状してました。動機は……この船を独り占めするため。遊花さんの死体が見つかる前に、僕らを毒殺する計画だったけど、甘野の事故で断念したらしいです。だから、観念して……」
「甘野さんの件は、事故死だと書いてたんですね?」
 サダコの確認に、霧矢は頷いた。
「何かおかしな点でも?」
「いえ、別に」
 そうは言ったものの、サダコが納得していないのは、眼鏡の奥に潜む瞳の色からも明らかだった。
「正直に言ってくださいよ。何かおかしな点があるんでしょう?」
「……おかしいというわけではないんですが、ひとつだけ分からないことがあります。甘野さんは、なぜ室内で引き金を引いたんでしょうか?」
 これと同じ疑問が他の誰かから発せられたことを、霧矢はうっすらと記憶していた。
 それが誰であったかは、もはや定かではない。
「僕の想像ですけど、多分、エイリアンに対する恐怖で幻覚を見たんですよ。通気口のところに見えないはずの影を見て、そこへ向けて銃を撃ったんです。茜さんも、倉庫で一度発砲しましたからね」
「ほほお、そんなことがあったんですか」
 霧矢は、茜がエイリアンを見たと称して2度発砲したことを、簡潔に説明した。
「分かりました。では、甘野さんの死は、事故という前提で話を進めましょう。すると、目下の問題は、篤穂さんが本当に自殺したのかということになりますね」
 サダコの言葉に、霧矢は眉をひそめる。
「そりゃ……自殺に決まってるじゃないですか? あの部屋は、マザーにロックされてて、外側からも内側からも開けられないんですよ? 要するに密室です」
「ええ、それに、争ったような形跡もなければ、目立った外傷も無かったですね。いずれにせよ、タクロウさんに頼んで、後で詳しく検証してもらわなければいけませんが……」
 遠回しに言っているが、解剖するという意味なのだろう。そう察知した霧矢は、全身に鳥肌が立つのを覚えた。
「何で解剖する必要があるんです? 事件はこれで解決したんですよ?」
「それを確かめるために、解剖するんですよ、キリヤさん」
 霧矢はムッとした表情で、サダコに一歩詰め寄った。
 身長差があるせいで、サダコの体が少しばかり視界から消えてしまう。
「サダコさん、率直に話し合いましょう。何か掴んでるんですね?」
「……遺書をもう一度よく思い出してください。篤穂さんは、遊花さんを殺害した後、私たち全員を毒殺するつもりだったんですね?」
「ええ、そう書いてましたよ。間違いありません」
 霧矢は、思わずつっけんどんな態度を取ってしまった。
 それを気にも留めず、サダコは先を続ける。
「そんなことをしたら、篤穂さんは船内に一人っきりになってしまいますね?」
「船を独占するのが動機だと、さっき言ったでしょう」
「独占してどうするんですか? 誰が船をコントロールするんです?」
 サダコの指摘に、霧矢はハッとなった。
 少年の戸惑いを他所に、サダコは先を続ける。
「船長は茜さんなんです。そして、それはマザーに公式登録されています。ということは、茜さんを殺害してしまうと、この船は舵取りが効かなくなりますよね。それに、もっと根本的な問題があると思いませんか?」
 サダコは、意味深に眼鏡をずり上げた。
「根本的な問題? 食糧ですか?」
 サダコは、首を左右に振る。こうなっては、霧矢にはもはやお手上げであった。
 少年が黙っていると、サダコの方から解答を提示してくる。
「パソコンですよ」
「パソコン……? パソコンがどうしたんです?」
「いいですか、キリヤさん。この船の中にあるパソコンからマザーにアクセスできるということは、中央制御室に行かなくても、どこでも扉を開閉できるってことです」
 霧矢の脳裏を、ある少女の名前が掠めた。
「まさか……茜さんの自作自演だと……?」
「その可能性は、0ではないと思いますけどね」
 そのときだった。霧矢のポケットで、けたたましい着信音が鳴る。
 茜の注意を思い出しつつ、霧矢は端末を取り出し、画面を見た。
 トトからの電話だった。
 霧矢は、通話ボタンを押し、端末を耳に当てる。
「もしもし?」
〈もしもし!? キリヤさん、どこにいるんですか!?〉
 あまりの大声に、霧矢はHISTORIKAを耳から離す。
「声が大きいよ。今、地上にいるんだけど……」
〈大変なんです! 医務室が爆発して! みんなが怪我してるんです!〉
 霧矢は、端末を地面に落としそうになる。寸でのところで拾い上げ、霧矢はサダコの顔を直視した。感情の籠っていない緊張感が、彼女の童顔に張り付いている。
〈もしもし! キリヤさん! 訊いてますか!? もしもし!?〉

 ☆
  ☆
   ☆


  ピロロロン ピロロロン

 警報に背中を押された霧矢がAブロックにある医務室へ駆け込んでみると、あたり一面は血の惨状と化していた。機材とガラスが飛び散り、ところどころに血の水溜まりができている。中央の寝台をグラウンド・ゼロにして、全てが木の葉のように吹き飛ばされたようだ。
 右手の壁に目を向けたとき、霧矢は思わず口元を手で覆った。全身に金属片を受けた箕蔵が、後頭部を壁にぶつけ、そのまま首をあらぬ方向にねじ曲げて絶命していたのである。
「キリヤさん!」
 トトの声に振り向くと、医務室の左隅で、サクラと拓郎が怪我人の手当をしているのが見える。
 患者はドクターだった。
 ドクターに意識があることは、霧矢にも分かった。ときどき苦痛に顔を歪め、何やらぶつぶつと文句を言っているのが聞こえたからだ。
「ドクター! 大丈夫ですか!?」
「ああ……なんとかな……くっ!」
 再び傷が痛んだのか、ドクターは歯を食いしばる。
「ドクター、あまり喋らないで下さい。出血が酷いんですから」
 拓郎が努めて冷静に注意した。
「なーに……ガラスで切って、大げさに見えるだけだ……それより他の連中は?」
「箕蔵は……もう……」
 霧矢は、言葉に詰まった。
「……死んだか……無理もない、一番近くにいたんだ」
「何があったんです?」
「キリヤさん、質問は後で。事故のことなら、トトさんが知っています」
 拓郎に事情聴取を遮られた霧矢は、入り口のところでオロオロしているトトのところへと戻った。
 そばには、サダコと公子もいる。
「トトさん、何があったの?」
「い、いきなりベッドが爆発したんです」
 トトはそう言って、部屋の真ん中にある手術台を指差した。もっとも、手術台と認識できるのは、医療器具を乗せていたであろう横倒しになったキャスター付の台車と、半分ほど欠けた台座のみであったが。
「なんで手術台が爆発するの?」
「わ、わ、分かりません」
 どうやら、トトが知っていると言ったのは、少年を遠ざけるための拓郎の方便だったようだ。そのことに気付いた霧矢は、ズボンを腹立たしげにはたいた後、すっかり押し黙ってしまった。
 苦虫を噛み潰したような顔でその場に突っ立っていると、霧矢の後ろでカシャリという音がした。カメラのシャッター音に似た響き。
 霧矢が振り返ると、箕蔵の前でHISTORIKAを構える公子の姿があった。
 怪訝そうにその光景を霧矢が眺めていると、公子はもう一度シャッターボタンを押す。
「公子さんは、何をやってるんですかね?」
 トトが、視線を箕蔵の死体に向けないようにしながら、霧矢に尋ねた。
 どう答えたものか、霧矢は口ごもってしまう。
「遠坂さんは、どこですか?」
 ふいに、サダコが割り込んできた。
 霧矢は室内を見回す。何人か欠けていることに、少年は初めて気が付いた。
 遠坂だけではない。茜の姿も、そこにはなかった。
「トトさん、遠坂さんは?」
 霧矢の質問に、トトは困ったような顔をした。心当たりがないようだ。
 拓郎に訊こうかとも思ったが、依然としてドクターの手当をしている様子を見て、霧矢はそれを諦めた。
 本当にすることがなくなった霧矢は、ふとさっきの出来事を思い出した。サダコに連れられて地上へと避難したときのことだ。
 霧矢の中で、ふつふつと怒りが沸き上がる。
「サダコさん……どうして……」
「はい?」
「どうして他の人に声を掛けなかったんです……?」
「……それは、先ほども説明した通りですよ」
 霧矢は、サダコの胸ぐらを掴んだ。サダコの小柄な体が持ち上がり、つま先立ちになる。
 産まれて初めて女性に暴力を振るったことに、霧矢は自分でもショックを受けた。
「キ、キリヤさん! 何してるんですか!? 喧嘩はダメですよ!」
 喧嘩を売られたサダコ本人よりも、トトの方がはるかに慌てていた。それが職場の上下関係からきているのか、それとも純粋に暴力沙汰を嫌ったのかは、霧矢にも分からない。
「命の恩人に手を挙げるのは、感心しませんわね」
 後ろで、公子の声がした。
 霧矢はサダコを降ろし、そちらへと顔を向ける。
「公子さんこそ、なんであのとき教えてくれなかったんだい?」
「教えたところで、どうにもなりませんでしょう? 他の方に何と説明するおつもり? サダコ検史官が得体の知れぬ危険を察知しているので、みなさん地上へ避難しましょう、とでも仰るの? そのようなことをしても、誰も言うことを聞かないでしょうに」
「それを説得するのが警察の務めでしょう!?」
 霧矢の大声に、室内の全員が振り返った。だが、拓郎はすぐに医療作業に戻り、公子とサダコは平然とした顔で霧矢を見つめ返してくる。ドクターは、霧矢の発言を理解しかねたように目を細め、それから再び目を閉じた。
 慌てふためいているのは、その間にいるトトだけである。
 サダコは、霧矢の手を押しのけながら、言葉を返す。
「……そうですね。それに手落ちがあったことは認めましょう。申し訳ありません」
「謝って済む問題じゃないでしょう。人の命が掛かってるんですよ」
「しかしですね、キリヤさん、私の話も聞いてもらえませんでしょうか。アドバイザーというものは、同意した上で異世界に来ているわけです。あなたたちは、初心者ではない。そうですね?」
 サダコは、マニュアルのような反論を提出してきた。
「同意があれば危険に晒してもいいなんて、おかしいでしょう」
「その分、アドバイザー報酬というものがあるのです。トトさんから聞きましたが、報酬の話を聞いて今回の捜査に同意したのは……えーと、セシャトさんのアドバイザーであるちはるさんだったそうですね。彼女はこの場にいませんが、あなたもそれに賛成したはずです」
「報酬と今回の件は別問題だ!」
 霧矢の荒立った声に、サダコはきょとんとした顔を見せた。子供が大人の屁理屈を見破ったときに見せる、憎たらしい表情だ。
「別問題ではありません。キリヤさん、報酬と労働は、常にギブ・アンド・テイクの関係にあるのです。そして、いかなる労働にもリスクが伴う……もちろん、差はありますけどね。私たち警史庁は、それに見合った報酬を用意しています。つまり、3回捜査に協力すれば、平均年収1年分相当までの願い事を叶えて差し上げることができるのです。しかも無税で。そのメリットに手を出すのなら、リスクを取っていただかないと」
 一見正論に思えるサダコの弁解に、霧矢は違和感を覚えた。だが、どこに穴があるのか、このような問題を考えたことのない少年には、綻びが見えてこない。
 霧矢がまごついていると、ポケットで端末が震動した。この不利な討論から逃れるため、霧矢はそちらを優先する。
 それは、遠坂からのメールだった。

《キリヤ君へ。このアドレスで合ってるかしら。このメールが届いてたら、ちょっと中央制御室まで来てくれない? 遠坂より》
+注意+
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