第8話 サンタクロースとお別れ会
「えーっ、今宵の集まりに集まっていただき……」
「なげーよ、イノ」
「最早渾名に俺の名前が入らなくなったな」
『い』も『の』も名前にはございません。
「かんぱーいっ!」
乾杯の音頭取るのは俺じゃ……。
「ちょ、あ、か、かんぱ……」
あ……、の、乗り遅れた……。
俺一人だけが中途半端にグラスを上げた格好になる。
寂しい……。
その時、グラスが、チンッ、と高い音を出す。いつの間にか、隣りにミメリアがいて、自分のグラスを俺のグラスに軽く当てていた。
「乾杯。――……どうかしましたか?」
「……いや……乾杯」
……嬉しい。
「……変な人ですね」
ミメリアは首を傾げ、俺の顔を見てくる。
状況説明。と言うほど説明する事も無いけど。
今は、この間話題に上がっていた、文化祭の打ち上げ兼ミナリアのお別れ会の真っ最中というわけだ。とは言っても、今は二次会で人は、俺とミメリア(ミナリアはあれ以来表に出てこない。俺のいないところでは出てきているらしいが)、それと、怜那とユウ、それになぜか、十夜(一次会会場を出たところでばったりと出会った)。それと、別にいいのだが、構わないのだが、
「何故俺の家なのだ?」
「別にいいじゃ〜ん」
「いいけどよ」
テーブルの上には早くもアルコール類の空缶が転がっている。
「怜那……飲むの速過ぎ」
「だって一次会の時は委員長にきつーく言われたから我慢してたんだよ。その反動」
そう言いながら怜那は、ポケットから煙草を取り出す。それをすかさずユウが取り上げる。
「煙草はダメだ」
「いいじゃん、ちょっとだけ……」
「ダメだ。健康の事も考えろ。それにお前は未成年」
うー、と唸りながらも渋々従う怜那。
……こいつを慕っている不良共にこの怜那の姿を見せてやりたい。
「アルコールはいいんですかね?」
チューハイの空缶を片手に十夜が尋ねてくる。
「多少ならいいだろ。それにお前ももう飲んでいるじゃねーか」
「えへへ……」
笑みを浮かべグラスに入っている日本酒を飲み始める。
何気に結構好きらしい。家に来る途中で買った日本酒の一升瓶が半分まで一人で減らしている。……結構意外。
「おいっ、十夜! あたしにもよこせっ!」
「ええ、いいですよ」
と、怜那に瓶を渡す。
……怜那は十夜に対して少なからず苦手意識を持っていたのに……恐るべきアルコールパワー!
「だから一気飲みはやめろ」
「うるせー! 飲まなきゃやってられるか!」
怜那とユウがまた何かを言い合っている。十夜はぐびぐびと酒を口の中にへと運んでいる。そんな中で一人だけ俯いている奴がいた。ミメリアだ。
「どうしたミメリア?」
「いえ……何でもありません……」
そう言うと、また下を向きグラスをじっと見つめている。
「あ……、もしかして飲めないとか?」
「分かりません。飲んだ事がありませんので」
「無理するなよ。冷蔵庫にジュースもあるし」
「いえ…………いきます」
そう言い、一気にグラスに入った酒を飲み干す。
「無茶すんなって」
「おおー、いい飲みっぷりだぞ、ミナリア」
と、怜那が拍手をする。それと同時にどんどん顔が赤くなり、目には涙が溜まってくる。
「ミ、ミメリア?」
「……ひっ……ひくっ……か、軻々良さーん!」
ミメリアが泣きながら飛びついてくる。
「あーあ、泣ーかした」
「女の子を泣かすとは……ね」
「嘉良雀さん……」
「批判的な目でこっちを見んな!」
「うぇーん! 軻々良さーん!」
え、ちょ、え……、まさかの泣き上戸!? え、どうしよ?
「お、おい、ミメリア?」
「くー……」
ね、寝てる……。
「寝てるな……」
「寝ていますね……」
「いやーん、可愛いー。ほっぺプニプニ〜」
「やめろ、怜那。――部屋に運んでくるよ」
「了解」
ミメリアを起こさないようにそっと抱える。
……軽い。
以前保健室に行く時も抱えたが、あの時はそんな事を考えている余裕が無かったからな。再度持ち上げると、こんなに軽かったんだ、と思う。
「何もすんなよ」
「家から追い出されてーのか、ユウ……」
「そう怒るなって」
まだまだ飲み続きそうな雰囲気があったので、二階にある俺の部屋へと運ぶ事にした。
それから小一時間は飲み続けられた。
俺とユウは酔っ払いとなった怜那と十夜を宥めたり時には力で抑えつけたりしていた。
いや、本当に凄かった。酔っ払い共による馬鹿騒ぎ。……ま、誰だって酔っ払った時の事なんて話して欲しくないだろうから、少しだけ紹介しておく。
「何でサンタの服は赤いんだろうな?」
「きっと悪い子を殺しているんですよ。その返り血です」
「なんだとっ! サンタめ、返り討ちにしてやるわ! おりゃー!」
「俺、サンタじゃねー! ――ぐふっ」
「やったぜ、サンタを倒した!」
「やりましたね、怜那さん! これで経験値が入りますよ」
「何っ!? レベルが上がるのか!?」
……こんな感じです。今は静かに眠っております。
「ただいまー」
お、ユウが帰ってきた。
手にはコンビニの袋をぶら下げている。
「おら、酔っ払い共! ジュースだ! 飲め! そして酔いを醒ませ!」
「ううー」
と、二人同時に起きる。
「お前等帰るぞ! ――じゃあな、邪魔したな」
「ああ、またな」
ユウについて行こうと二人も立とうとするがフラフラだった。
「お、おい、大丈夫かよ? ――仕様がねーな。俺、十夜を家まで送るよ」
「嘉良雀さんの方が……」
「うるせー。ほら、肩貸してやるから」
「ああ、どうも……。――嘉良雀さん。それではまた」
「ああ、またな」
――さて、問題は一番飲んでた怜那だな。
「ううー、頭痛いー」
「飲み過ぎだ。――どうする? 泊まっていくか?」
「ううん、……帰る」
「それじゃあ送っていくよ」
「ミメリアは?」
「あんなに騒がしかったのにまだ寝てるよ」
「そっか……。じゃあ、肩貸してくれ」
「了解」
怜那を肩に担いだまま外に出る。夜風が少し冷たい……。
「うー、寒い……」
「大丈夫かよ? ほら、俺のダウン貸してやるから」
「サンキュー」
そうこうしている内に怜那の家の前にまで来ていた。――当たり前だ。俺の家と怜那の家は十メートルも離れていないのだ。
「着いたけどどうする? 部屋まで送ろうか?」
「いや……少し話をしよう。このまま夜風に当たりながら話をしていれば酔いも醒める」
「そっか」
そう言って、玄関前に二人とも座る。
「――いやー、楽しかったな」
「まあな」
正直、騒がしいのは嫌いだけど。こういうのは、悪くない……かもしれない。
「――そういえば、十夜の事嫌いじゃなかったのか? えらく意気投合していたけど」
「別に嫌いじゃねーよ。苦手なだけだ。なんかさ、あいつ、兄貴に似ている気がするんだよ」
「そうか?」
「なんとなくな。外見も似ているし、ちょっとした仕草も似ているんだよ」
「ふーん」
俺は怜那の兄貴についてはよく知らない。小さい頃はよく遊んで貰った記憶がおぼろげながらあるが、その兄貴が中学生になった辺りからそういう事もめっきりと無くなった。そして、今はもうこの町にはいない。一人暮らしをする事になったのだ。それ以来俺は見た事がない。……そうか、もう八年も会っていないのか。
「――今はどこに住んでるんだっけ?」
「アメリカ」
「そっかー、アメリカかー……って、アメリカ!?」
「ああ。――あれ、軻々良には言ってなかったか? あいつ、仕事の赴任先がアメリカになったんだよ」
そうか……あの人も今やアメリカにいるのか……。記憶の中では顔にモザイクかかっているけど。
「それにしても意外だな。お前にも苦手な物があるとはね」
「女の子だからね」
「一応そうだったね」
「一応……って? ああっ?」
「痛いっ! 頭が割れるっ!」
本当に酔ってんのかよ? 凄い力だったぞ。頭の形が変わるかと思った。
「でも……一番苦手な物ではないんだよな〜」
「何? お前が苦手な物って? 俺はチーズだけど」
「それは知ってる。あたしが一番苦手なのは――あんた」
「は?」
「あんたが苦手なんだよ」
「何で?」
「あんたの事が好きだから」
木々が揺れる音がする。どこからか落ち葉が飛んでくる。
「――どう接していいか分からなかった。このまま馬鹿やりながら楽しく過ごせればそれでいいと思う反面、これ以上の関係になりたいと思う気持ちもあった。だから、どうしたらいいのか分からなかった」
「そんな雰囲気なかったぞ」
「当たり前だ。隠していたからな。それに鈍感のあんたが気付くとは思っちゃいなかったよ」
確かに……。
「それはそれでよかった。でも……もう無理だ。我慢できない。この気持ちを抑えられなくなった。だから言う。あたしは、嘉良雀軻々良の事が――好きだ」
「…………」
「…………」
辺りを沈黙が覆う。静かな風音だけが聞こえる。
怜那は俺の答えを待っている。だから言わなきゃいけない。
「――……俺のさ、初恋の女の子はお前だったんだよ。ずっと、多分、お前に出会ってから、ずっと、好きだったんだ。今も変わらないくらい好きだ。でも……今は……」
「もっと好きな人が出来た」
「分からない。でも……多分そう……」
「そっか」
「ごめん」
「謝る必要はないさ。好きだったって言ってくれたし。それに、これは嘘だし」
「う……そ?」
「おう、嘘だ。このあたしがあんたなんかに恋心を抱くかよ。男としては好きじゃねーよ」
一気に体温が上がっていくのが感じられた。
「てめぇ……」
「そうかそうか。イノカラはこのあたしが初恋の相手だったのか」
「殺す! 今すぐ殺す!」
「いやいや、でもお姐さんは安心したよ。そっかそっか」
怜那は何かに納得したように、うんうん、と頷く。
「あ、そうだ。イノカラ……お前の好きな相手は――ミナリアか? ミメリアか?」
その質問は……彼女達の父親と同じ。
「…………」
「あー、言いたくなきゃいいよ。言わなくて。――どっちにしろ、お前はこんな所で油を売ってていいのか?」
「あ……。で、でも、お前が……」
「あたしはもう大丈夫だよ。もうちょい夜風に当たっていたら醒めると思うから。――ほら、早く行け。そばにいてやれ。どっちだったとしても、彼女達はそれを望んでいるから」
「あ、ああ……。分かった」
俺は家にへと踵を返し、駆けだす。
ふう、やっとか……。
いやー、妹分の恋を応援するのも大変だね。
それにしても……、
「好きじゃない……か……」
思わず声に出してしまう。
後悔はしていない。するはずがない。それでも何だろうか? この胸にポッカリと穴があいた喪失感は。
目から雫が流れてくる……。絶え間なく流れてくる。
「あー、ちくしょうー! 夜風が目に沁みるぜ!」
夜空に叫んで、家の中にへと入る事にした。
急いで家に帰ると、玄関先に人が立っていた。
「ミ……ミメリアか?」
「いえ、ミナリアです」
「ミナリアか……。――どうしたこんな所で? 寒いだろ、そんな格好じゃ……。体は大丈夫か? 気分が悪いとかないか?」
「大丈夫です」
「そっか……。じゃあ、早く寝ろ。風邪引くぞ」
「軻々良さん。お話が……あります」
「話は聞くからさ、とりあえずリビングに……」
「ここで……いい……です……」
体は小刻みに震えていた。寒いのかもしれない。
「あ……」
そこで俺は、怜那に服を貸したままだった事に気付く。
……ま、いいか。明日にしよう。
「お、おい、大丈夫か? 体が震えているぞ」
ミナリアの両肩を掴む。その時ミナリアと視線が合う。
……泣いている?
「すぐすみますから……。――……単刀直入に言います。私、あなたの事――嫌いです」
「え?」
嫌い? 俺の事が?
ミナリアは涙を流しながら続ける。
「私、あなたの事嫌いです。大っ嫌いです。嫌いなんです……嫌いだから……嫌い……」
最後の方は嗚咽が混じり、何を言っているか分からなかった。それでも……、
「どういう事、だよ?」
肩を掴んだ手に力がこもる。
「離してください!」
俺は反射的に手を離す。
「なんで……どうしてだよ?」
「嫌いだからです。嫌いなんです」
彼女は笑っていた。
「明日深夜、プレゼントを配ります。それが終わったら、私とはお別れです。だから……最後のおやすみを……」
涙を流しながら、彼女は笑っていた。
「おやすみなさい……」
痛々しい笑みを浮かべていた。
彼女はそう言い残すと部屋へと入っていった。俺は部屋の前ににずっと佇んでいた。
「なんで……だよ……」
思わず呟いてしまう。
そして、ドアの向こうにいるミナリアに話しかける。
「なんでだよ……なんで、そんな事言うんだよ……」
返答は帰って来ない。
ずっと、沈黙だけがそこにあった。
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