第5話 サンタクロースと嘉良雀軻々良
……あー、なんとも目覚めの悪い朝だ。全くスッキリしていない。
というか、寝れてないんだけどね。
さて、どうしたものか……。
昨日、ミメリアが怒っていた理由。ミナリアが謝っていた理由――は、あれだろう。あれしか無いだろう。ついてくんな! と、叫んでしまった事だろう。全く……過去の自分を殴りたくなる。あんなに強く言う必要は無かった……。
とにもかくにも、俺が悪いと言う事には間違いなさそうだし、朝一で謝るとしよう。なんなら土下座をしても構わない。
……でも、出来るなら土下座はちょっと……。
というわけで、ミナリアの部屋のドアの前まで来ていた。
ドアにはピンク色に塗られ白いペンキで『Santa Claus's room』と書かれている、可愛らしいハート型の表札が掛けられていた。
……いつの間にこんなの作ったんだか。
ふぅー、と一息吐き、ドアをノックする。
「ミナリアー。もしくはミメリアー。俺だ。話がある」
返事は返って来なかった。
「……? ミナリア、またはミメリア、いるんだろ」
返事は返って来なかった。
「……入るよ」
そういえば、この部屋に入るのは久々だな。ミナリアが初めて家に訪れて、それから大量の荷物を運んだ時以来か。
あの時はマジで凄い量の荷物があって……、
ドアを開ける。
その部屋は見事なまでに変わっていた。
ベッドとクローゼットしかなかった部屋だったのに――
ベッドの端には、雪だるまとサンタクロースの人形がちょこんと置いてあり、どこから持って来たのか、部屋の中央には小さい机が置いてあった。
……というか、あの大量の荷物は何処へ?
その机には可愛らしいロウソク型のランプがあり、写真立てが二つあった。
一つには、この間文化祭前日に撮ったクラスの集合写真だった。女子はミナリア以外全員メイド服でミナリアもサンタ服なのでかなり異様な写真だった。それでも皆いい顔だ。ミナリアの隣りにいる俺も笑っていた。
もう一つには、おそらく家族の写真だろう。聡明で優しそうな男の人と美人で優しそうな女の人、その間にミナリア。多分、父親と母親。良く似ている。どちらかと言えば母親似だが、髪の色、目の色は父親だ。ミナリアは二人の腕を組んで笑っている。
家族。
この家には家族の写った写真は無い。全部俺が燃やした。
弟と一緒に……。
今から十年前。
嘉良雀軻々良――六歳。
両親が死んだ。
仕事でパリに行く途中で飛行機が墜落したのだ。
未だに遺体は発見されていない。それでも俺は幼いなりにも、もう帰って来ないと、悟っていた。
弟は当時三歳で何も理解していない様に見えていた。――でも、きっかけはそれだったのだと今なら断言出来る。
その内、叔父叔母夫婦が俺達を引き取りたいと言って来た。
その当時は分からなかったが、今思えばやはりそうなのだろうと理解出来る。要するに俺達の保護者になって父の遺産と父の会社の経営権が欲しかっただけなのだろう。
そして、叔父に才能があったのだろう。やがて会社は大きくなっていった。
その頃だったと思う。
弟が狂い始めた。
始めはカッターナイフだった。自分の腕を目茶苦茶に斬りつけ、出血多量で病院に担ぎ込まれた。
そして、叔父叔母が医者と話をしている時に弟は目を覚ました。
次の瞬間の一言に心底驚かされた。
「僕、どうしてここにいるの?」
何も憶ていなかったのだった。
俺が十二歳の時だった。
それからも収まる様子もなく、むしろエスカレートしていった。
可能な限り、ありとあらゆる方法で弟は自分を傷付けていった。
そして、包丁で自分の腹を刺した時、漸く叔父も世間体を気にしていられなくなったのか、弟を精神病院で診て貰う事となった。
会社の社長ともなると世間体を気にしなければならなくなる。ましてや、身内から精神的に異常がある可能性のある者が出てきた、などと言えるわけがないし、悟られるわけにもいかない。叔父は、今の世間はにおいて精神科の病院に通うという事は『恥ずかしい』事だと思い込んでいたのだった。だから、先延ばしされ、先延ばしされ……。
そして、医者は色々と言っていたと思うが、子供の知識で理解できるわけも無く、ただの二重人格と理解した。自分の弟の中にはもう一人の人間がいるのだと。そう理解した。
窓の無い個室へと入れられた弟は、日に日にやつれていった。
そして二人っきりになれた時。
俺は、もう一人の弟と会話を交わした。
よう、兄ちゃん……。初めてだな、俺と言葉を交わすのは。まあ、仲良くしようぜ。――おいおい、そう警戒するなよ。何も取って食いやしねーよ。ただ真実を話しておこうと思ってな。
――俺はな、別に狂っちゃいないんだよ。そう言っても信じて貰えるわけないのは分かっているが、一応こいつの……ああ、こいつって言うのはお前の弟の事な……こいつの名誉のために言っておこうと思ってな。こいつはそんなに悪くはない。本当に悪いのは俺とあんたぐらいだろう、なあ、お兄ちゃん? ――こいつはあんたほどは強く無かったんだよ。弱いんだよ。そう簡単に事実を受け入れるような精神力を持っていなかったんだよ。いつの間にかいなくなっていた両親。両親面をする知らない人達。徐々に乗っ取られていく家庭。それに対して、あんたは柔軟にすべてを受け入れていった。だがこいつはそう簡単にはいかなかった。それをあんたに相談しようと思っていてもあんたは冷たくした。……孤独だったんだろうよ。故に俺が創りだされた。――俺も色々考えていたよ。でも……俺、馬鹿だからよ、解決策がこれしか見当たらなかった。――自傷行為。するとこういう病院に入れられる。おあつらえ向きだ。俺の計画を達するには。――……その前にあんたには言っておこうと思ったんだ。
こいつだけの責任じゃないぜ。あんたの責任でもあるんだ。俺が創られたのには。いいか、それを忘れるんじゃないぜ? こいつは、あんたに、そばにいて貰いたかったんだからな。
もう一人の弟にそう言われた。
でも、それは、冷たくしたわけじゃない。兄として、弱気になってはいけないと思って、お前の手本になろうと思って。……俺だって本当なら泣きたかった。でも、俺が泣いてしまったらお前までも泣くだろうと思っていたから。だから弱みを見せないようにと……。
それからも二人だけの時は度々話を交わした。
二人は徐々にお互いの事を理解し始めていた。
そして月日が経ったある日、見舞いに行った叔父叔母が病院内で殺された。
犯人は弟。しかし、その弟も直後に自殺。責任能力は無かったと判断され、罪には問われなかった。しかし、遺書が無く、自殺したのはどちらだったのか分からない、というのが俺にとっては心残りだった。そして、弟が死んだのは俺のせいだという後悔が残った……。
その後、身寄りも血縁者も全くいなかった俺には、大きな家と莫大な額の遺産が手に入った。会社の権利は別の人に渡ったと聞いていた。
それが中学最後の春休みだった。
「――なんて事があったのさ」
と、怜那姐さんが話し終える。
あれから私は、寝た振りをして、頃合いを見計らって家を飛び出してきた。
夜道を歩いていると、不良らしき人物に声をかけられた所を丁度通りかかった怜那姐さんに助けて貰った。
そしてここは怜那姐さんの家である。
「あっはっは。イノカラの家とは違って狭いけどね」
そう言って快く迎え入れてくれた。
「心配だったんだよ。文化祭途中、ずっと泣いていたと思ったら、急に走っていっちゃうんだもんねー」
「す、すいません……」
「ま、あたしは全然構わないんだけどさ、クラスの連中には謝った方がいいよ」
「は、はい……」
「で、さっきの話聞いてどう思った?」
「えっ?」
「イノカラの話。――あいつはね、そういう事があって、あんた達を受け入れられたんだよ。それで……まだ自分を傷付けている。責め続けている。全く、あいつは……馬鹿なんだよ。今でも自分に非があると思っているよ。――あいつは寂しかったんだろうな。……人間てのはな、時々思っている事と反対の事を言ってしまう事があるんだよ。だから今頃あいつも後悔しているんじゃないかな。だから、ミメリアもミナリアも謝らないとダメだぞ。――よし、それじゃ明日学校に行く前に謝りに行くか。あたしもついていくし、一夜明けたらミナリアも落ち着くだろう……な?」
「は、はい……」
「それじゃ、寝るか。明日は早いぞ!」
「は、はい!」
「とは言っても、なんか眠れないからイノカラの昔話でもしてやろうか? ――あいつな、実は結構警察のお世話になっているんだよ。その中で一番面白かったのが――」
……思わず昔の事を思い出してしまった。そんな事してる場合じゃないってのに。
ミナリアの写真を机の上に置く。
って、もう学校に行く時間だ。……いや、今日はサボりだ。先にミナリアを捜さないと。
ピンポ〜ン……。
インターホンが鳴る。
ったく、誰だ? この糞忙しい時に……。
「はーい。今ちょっと立て込んでまして……」
「よっ」
「…………」
「ちょ、閉めるな閉めるな! お届けものを届けに来たんだって!」
「何? お届けものって?」
「ほら、早くしなって」
そう言うと、怜那の後ろから現れたのはミメリアだった。
「…………」
「ほれ、早く言いなって」
「ご……ごめん……なさい……」
そっぽを向いて、顔には不満が浮き上がっていて、それでいて少し照れくさそうに顔を赤らめながら――彼女は俺に言った。
「ちょっとダメだが……ま、いいか……。ほら、次はミナリアだ」
「…………」
彼女は静かに目を閉じ、また目を開ける。その目が俺を見た瞬間、涙が溢れて来て……俺に抱きついてきた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 私、私、……」
「いや、俺の方こそごめん。きつい事言って……」
「軻々良さんっ!」
彼女はより一層腕に力を込めた。
声をあげて彼女は泣いた……。
「――んじゃ、あたしは学校に行くわ。あんた達二人は休むって言っとくから」
「なんで? 行くよ」
「ダメ。――これをいい機会に二人で話し合ったらどうよ? あんた達一緒に暮らしているのにそういう事話し合った事無いでしょ?」
「…………まあ」
「じゃあ、話し合いな。何でもいいから。昨日お互いに何をやってて、どう思っていたとかさ」
「……わかった」
「うん。――じゃ、あたし行ってくるね。じゃーねー!」
「……玄関閉めていけ。――ったく。……うーん、どうしたらいいかよく分かんねーけどさ、とりあえず朝食でも食うか?」
「は、はいっ!」
さっきまで泣いていたのに笑顔になってる。……いや、俺も嬉しいけどね。
「ハンバーグ、ハンバーグ〜♪」
「いや、朝からそれじゃあ重いから……」
……ま、機嫌良さそうでよかった。
「……そういえばさ、昨日は怜那の所にいたのか?」
「ええ、そうですよ。色々興味深いお話を聞きました」
「どんな事?」
「軻々良さんの家族の事も聞きましたし、軻々良さん本人の事も聞きました」
「どんな事?」
「中学二年生の時に、女子トイレに入って警察のお世話になった事とか……」
「違うっ! それはあの菓子入れが男子トイレと女子トイレの表札を入れ替えて、たまたま俺が間違って利用したところをたまたま警察官が通り過ぎてしまったというだけだ! どっちかって言うと俺は被害者だ!」
あの馬鹿がっ! 下らん事を吹き込みやがって!
それからいろんな事を話し合った。
お互いの事を。
どうやらミナリアの二重人格は俺の弟とは違い、生まれた時からの先天的なものらしい。
他にも、何故こんなにも流暢に日本語が喋れるのかと訊いたら、昔は日本に住んでいたらしい。父親はグリーンランド出身のサンタクロースだが日本にプレゼントを配りに来た時トナカイとして選んだのが母親という事らしく、そしてそのまま見事にゴールインという事らしい。それで当分の間ずっと日本に住んでいて、ミナリアが十歳になった時、グリーンランドに家族全員で引っ越したらしい。
「――……寂しくない?」
「寂しくないって言ったら嘘になりますけど、今は軻々良さんがいますから大丈夫です」
彼女は笑顔でそう答える。
「軻々良さんは――寂しくないのですか?」
「……俺はずっと一人で暮らしてきたから。もう慣れたって言った方がいいかな。でも……なんでだろうな、今は凄く楽しいよ」
「そうですか。それは何より――重畳です」
うん、今は――幸せだ。
そう思う。
|