第9話 サンタクロースと約束
『あなたの事嫌いです』
そう言われた。
その言葉を何度も頭の中で反芻し、一睡もできぬまま朝を迎えてしまった。
……やっぱり、俺は……。
答えは、今は出ている。いや、本当はずっと前から出ていた。それに気づかない振りをしていただけだ。この関係を壊したくないから……、このままでいいから……、それらを理由に気付いていない振りをしていただけだ。でも、いまやその関係も崩壊してしまった。なら何も恐れる事は無い。
俺の気持ちを伝えよう。
多分それが一番いいと思う。
今日、プレゼントを配り終えたらミナリアは帰るのだ。なら――。
「おはようございます」
「あ、ああ……おはよう」
ミナリアが起きてきた。やはり身構えてしまう自分がいる。
「昨日――」
ドキッ、とする。……かなりビビっているな……俺。
「ミナリアに何かしましたか?」
「え?」
その発言でようやく緊張が解ける。
「ああ……ミメリアか……。――別に、何も……なかったよ……」
「本当ですか?」
「ああ、本当……だよ」
本当に何もなかった。きっと何もなかった。そんな事にできたらどんなに楽になれるのだろう。
「おかしいですね……。彼女があんなに泣いているところなんて見た事ないですし、今あんなに号泣する理由はあなた以外に有り得ないのですが……」
「泣いているのか?」
「ええ、帰って来てからずーっと。『軻々良さんと話があるから』、と言って表に出て行ったのはいいのですが、帰って来たらずっと泣いていて、『あなたが幸せになって』、なんて私に向かって言い出すものですから、何かあったと思い、訊こうとしても泣いてばかりで……」
「……前みたいに俺に掴みかからないんだな」
「あ、あれは、ちょっとした間違いですっ! 過去の過ちを持って来ないでください! それにミナリアに言われたんです。『軻々良さんは何も悪くない。私が悪いから……』と」
「…………」
そうなのか? それなら俺の方も悪いんじゃないのか。いつまでもはっきりとした態度を取らないから。だから――。
「――やはり何かありましたね。教えてください」
「いや……それは」
俺が言い渋っていると、ミメリアは俺の目を覗き込むように顔を近付けてきた。
「教えてください」
「…………ああ、分かった」
昨日の経緯をすべて話した。
それを聞いたミメリアはしばらくの間黙っていたが、突然、
「あの馬鹿……」
と、声を出した。
「なんて事を……。私はそんな施しはいらない。あなたの為なら私の事なんて……。――いや、気持ちを隠しきれなかった私にも責任はあるか……。――軻々良さん、少し時間をいただけますか? ミナリアを説得します」
「どうかした?」
「いえ、これは私達の問題です。二つの意思を持ちながら一つの体であるという私達の問題。私達と同じような境遇でなければ理解し難い問題なのです。――大丈夫です、心配しないでください」
そう言い残して、ミメリアは部屋に閉じ籠った。
もう夕方だ……。もうすぐでお別れ……。
「お待たせしました」
ミメリアが部屋から出てきた。
「一応の解決は出ました」
「そう、それはよかった」
「私は少し不本意ですが……」
不満を顔に滲ませる。
「ま、いいでしょう。それくらいの譲歩はしてあげないと。――軻々良さん、話があります」
「何?」
「……今、この状況でこんな事を言われると混乱するでしょうが……私は、私は、えっと、わ、私は」
「ミメリアがどうしたの?」
「私は、私が……私も、私も――」
一向に話が先に進まない。
ミメリアはそこで、スゥー、と深呼吸をして、
「――軻々良さんの事が好きですっ!」
「…………えっと」
俺が何かを言おうとする時、ミメリアは突然飛び込んできて、俺の唇に自分の唇を重ねてきた。
――どれ程の時間が経過しただろうか。おそらく数秒だろうが、俺にとっては長く感じられた。
「…………」
「…………」
二人とも無言になる。
やがてミメリアは顔を赤くして、言い訳するように口早に言った。
「こ、これは、こうしないとミ、ミナリアが、納得しないって言うから仕方なくで、だから……。――もういいです。それではミナリアに代わるので、で、では」
あ……、逃げた……。
彼女は静かに目を閉じる。そして静かに目を開ける。
「か、軻々良さん……」
弱々しい声で彼女は呟く。
徐々に瞳には涙が溢れ出してくる。
「軻々良さーん!」
彼女は飛びついてくる。顔を俺の胸に埋める。
声を上げて泣く。
「ご、ごめんな、さい! 私、ひ、酷い、こ、事、い、言って、ご、ごめ、んなさい。わ、わた、し、私……」
「もういいよ。怒ってない」
俺はミナリアの涙を拭う。
それでも彼女の涙は止まらない。
「で、でも……」
「怒ってないって言ったろ? むしろ感謝を言いたいくらいだよ。ありがとう」
「か、感謝?」
ミナリアは泣き止んで、目を点にしてきょとんとしている。
「ああ。自分の気持ちに決心がついた」
「決心……」
「ああ、それは後で……。――それより夕食にしよう。今日はご馳走だ。ケーキも作ったぞ」
「本当ですかっ!? やったーっ! ケーキ、ケーキ♪」
相変わらず食べ物に弱い……。
「そういえば、プレゼントってどうやって配るんだ?」
まさかピッキングで侵入とか?
「煙突があればいいんですが、今の日本の家にはほとんどありませんから。普通に配ります」
普通に?
「実践あるのみですよ」
ピンポ―ン……。
「――……はーい」
「あ、どうも。サンタクロースです」
「はあ……」
「これ、お子さんへのプレゼントです」
「まぁ、わざわざありがとう」
「いえいえ、これがサンタの仕事ですから」
「ちょっと上がって行ってお茶でも……」
「ありがたいのですが、まだまだプレゼントを配らないといけないので、すみません」
「あら、そうなの? 頑張ってね」
「はい。――それでは」
…………。
「……どうかしましたか、軻々良さん?」
「ああ、色々と気になる点があってな」
「どういう点でしょう?」
「まず、何だこの訪問販売みたいな配り方は? そして、なぜプレゼントを受け取る奴らは何の疑問も抱かずに受け取っているんだ? 今の世の中は物騒なんだぞ。世界中でテロとかも起こっている。もう少し警戒するべきではないのか?」
この時期になるとサンタの格好をして犯罪を犯す輩も増えるという話を聞いた事もある。
「軻々良さんは心が汚れていますね」
「汚れ……」
「そうです。考えてください。私が犯罪を犯すわけないじゃないですか!」
「いや、お前の話じゃなくてな、世界にはそんな事をする奴もいるって事だよ」
「まさかっ! 私の仲間達を疑うのですか!?」
「いや、そうじゃなくてな……いや、もういいや。すいません、俺の心が汚れていました」
「分かればいいのです」
そう言って、ミメリアは歩いていく。
空はもう暗くなっており、満天の星が夜空を埋め尽くしている。
……綺麗な空だ。
足を止め、星空を眺める。
別れの日にはもってこいだな……。
「軻々良さ〜ん! 早くしてくださーい! まだまだあるんですからっ!」
ミナリアに呼びかけられる。
俺はプレゼントが入っている白い布袋を担ぎ直し、駆け足でミナリアの許へと行く。
「もう、ダメですよ、ぼーっとしてたら」
ミナリアは満面の笑顔でプレゼントを配っていた。
一つ、一つ、とプレゼントが減っていく毎に、俺と彼女達の別れの時間が近づいてくる。
プレゼントが人の手に渡っていくのを見ていると徐々に別れが実感できるようになっていった……。
「終わったな……」
「終わりましたね……」
今は公園にいる。二人でベンチに座って、缶コーヒーを片手に疲れた体を休ませている。傍らには、つい数時間前までは丸々と膨らんでいた白い布袋が一枚の布になって置いてある。
「千個か……。少ないなーとか最初は思ったが、それでもずいぶんと疲れたな」
「見習いはそりに乗れませんからね。でもこれで――」
「一人前というわけか……」
「そういうわけです」
もうすぐで二十五日。クリスマス。そして……彼女達との別れ。
もう時間が無い。話したい事はいっぱいある。でも、話すべき事は少しだけだ。
――もう時間が無い。
「ミナリア……いや、ミメリアにも聞いて欲しい」
彼女と向き合う。
一瞬、やめようかという考えが頭を過ぎった。しかしその考えを頭から追い出す。
このままじゃダメだから。
「最初に君が来た時になぜ俺が君を素直に迎えた入れたのかというと、実は簡単な理由なんだ。君が可哀想とかそんなのは考えていなかったんだ。実は自分勝手な理由なんだ。俺が――寂しかっただけなんだ。家族が欲しかった。ずっと家族ってのがいなかったから。だから――」
一瞬だけ口を閉ざして、決意を再度固める。
「君と離れたくない……」
公園には俺達以外には誰もいなかった。冷たい風が吹き込んでくる。
「……ダメ……ですよ……」
ミナリアが小さく答える。
「ダメです……。私達は軻々良さんの事は好きだけど、軻々良さんは私達の事を好きじゃないかもしれない」
「そんな事あるわけないだろっ!」
誰もいない公園に俺の声が響く。
「好きだよ、誰よりも、何よりも、好きに決まってる。そうじなきゃこんな事言わない」
「――……ありがとうございます。それだけで幸せです。……でも、やっぱり、帰ります……」
「どうして? 両親みたいに……」
「父は凄いサンタでしたからそのような例外が許されたのです。普通なら追放されます。もう二度とサンタには戻れません」
「そうか……」
ミメリアが言っていた。両親は特別です、と……。
「でも……」
ミナリアが続けて言う。
「家族と思っていてくれて構いません。ずっと思っていてください」
「うん……。分かった。ずっとそう思っているよ」
「また来年も……来てもいいですか?」
「当たり前だ。俺達は家族なんだろ?」
「そうでした……」
そこで言葉が詰まる。
話したい事があるのに。話さなければいけない事もあるのに。
「――ところで私達のどちらが好きなのですか?」
「え?」
「どちらが好きですか?」
「えっと……それは……」
「そうですか……。ま、それはまた来年に聞かせて貰いましょう。それまでは待ちますよ」
「ミメリア……。突然代わったら吃驚する」
「さすがですね……」
いやらしい笑みを浮かべこちらを見てくる。
「――そろそろ時間です。では、また来年」
「もう時間か……」
「泣かないでくださいね」
「泣くかよ」
「そうですか……。それでは、さようなら」
そしてミメリアが立ち去ろうとする。その背中に、
「俺も待つよ。君が凄いサンタクロースになるまで。ずっと待ってるよ」
くるりと振り返る。その目に涙は無かった。代わりに今までで一番の笑顔がそこにあった。
「永遠に待ってるがいいです。私もなるべく急ぎますけど……」
また顔を赤くし、背を向けて、
「それでは、また来年に」
そう言い残し、彼女は去って行った。
徐々に見えなくなっていく、見慣れた赤い服、赤い帽子。
やがて見えなくなった頃に俺は、
「また来年に」
と、小さく呟いた。
あれから十分。ずっと公園にいる。星空を眺めている。
不思議な事に全然悲しくはなかった。むしろ清々しいとさえ思える。
「……よしっ、帰るか」
今までは自分だけの家だった。でも今は違う。俺と彼女達の家。
そう思える事が幸せだった。
ピンポーン……。
……ったく、誰だよ、こんな時間に……。
玄関に行く。
「はーい、誰……」
「か、軻々良さーん……」
「ミ、ミナリアか?」
「電車が無かったですぅ〜」
「ああ、そっか。こんな時間に……てか、電車って。来る時はもしかして……」
「飛行機ですよ」
サンタらしさ無し。
「仕方がないじゃないですかー、そりに乗れないのですから」
「そうだったな……。ま、いいか。とりあえず中に入れ」
「はい、私の家ですから」
勝手知ったるって感じで、家の中にへと入っていく。
……さっき別れたばっかりだからこういうのは何だか違和感を感じるな。
とか思いながら、顔から笑顔を消せない俺がいたりして。
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