挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
1000文字小説 作者:折坂勇生
71/82

71・理想の彼女

「あの子、かわいいね」
 ヴァイオリンのケースを背負った赤いドレス姿の女の子が廊下を歩いてきて、僕は遠ざかっていくその子の後ろ姿を眺めていた。
 そんな時、志穂が僕の思いを口にするようにして言った。
「ねぇ祐喜。追いかけて、声かけちゃわない?」
「なんでだよ」
「彼女は仲間だから、話題が沢山あって話が尽きないじゃない。祐喜の彼女作りのチャンスなんだよ」
「僕には志穂がいる。だからいらないよ」
「いつまでも、私に一途ってのは良くないと思うけどな」
「別れろっていうの?」
「そうは言わないけどね。そろそろ、作った方がいいよ。私じゃない女の子を」
「今はいらない。そういうの興味ないんだ」
「勿体ないよ。祐喜ってモテるんだよ。ちょっとぐらい、他の女の子を見なさいよ」
「余計なお世話だよ」
 僕は軽く笑った。
 緊張が少しは安らいだ気がした。
 ヴァイオリンのコンクール。会場のロビーの前の椅子に座って、出番が近づくのを待っていた。そろそろ、先生が呼びにくる時間だろう。
 僕は手を組んで、足をそわそわと動かして落ち着きなくしていた。トイレに行きたいような、行きたくないような、という不思議な尿意を感じる。立ち上がろうとして、思いとどまって、再び座り直す。そんな動作を何度も繰り返していた。
「不安?」
「そりゃあね。心臓がばくばくしているよ」
「私がついているから平気だよ」
 安心させるように肩を揉んでくれる。
 もうすぐ本番が始まる。優勝出来る自信はないけど、自分の実力を100パーセント出し切って、後悔のないようにしたい。
「志穂。見守ってくれるよね」
「当然よ、いつもいるでしょ。私は祐喜から離れたりしない」
「助かるよ」
「どういたしまして。プロってわけでもないんだし、失敗したっていいんだよ。それもまた経験になる。たくさん練習したから大丈夫。絶対にうまくいくよ」
「うん、分かっている」
 志穂は抱きしめてくれた。心が温かくなって、守ってくれる感じがした。
 これら全ては、僕の架空のやりとりだ。
 志穂は現実には存在しない。僕が作り出した脳内の彼女だった。悩みがあればアドバイスしてくれて、不安になれば勇気付けてくれる。
 そんな理想の恋人だ。
「ほら、迎えが来たよ」
 笑って志穂が背中を押してくれた。
 立ち上がった。
 想像上だろうが、志穂がいるからこそ、ここまで這い上れてこれたんだ。僕にとって、無くてはならない大切な存在になっている。
 大丈夫。
 志穂がいるかぎり僕は頑張れる。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ