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1000文字小説 作者:折坂勇生
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57・殺し屋を待つ

 殺し屋がやってくる。
 長い逃亡生活だった。いつ殺されるのかと怯える毎日に心底疲れ果てていた。生きていることに、うんざりしている。
 むしろ死が、私にとっての救済だ。だから奴を歓迎しようと覚悟を決めた。
 アパートの一室。この部屋が私の最後の場所で、殺人現場となるのだろう。
 奴はプロだ。手抜かりはない。死体は綺麗に片付けられ、殺人が起きた証拠すら残らない。私は行方不明者になって、世間から忘れ去られることとなる。
 私は最後の晩餐をしていた。といっても一人だ。明かりを点けず、暗闇の中で、500グラムのサーロインステーキを頬張っている。久しぶりの肉だ。最高に美味かった。肉厚のあるステーキをじっくりと噛んでいった。
 デザートは大好物のバナナだ。一房のバナナを、一本、一本、食べていった。全てのバナナを胃の中に入れる。
 皮は、ゴミ箱を捨てようとして、考え直して、床に放り投げた。どうせ、死ぬのだ。丁重に片付ける必要もあるまい。空になったステーキの皿も、テーブルの上にほったらかしにしてある。
 満腹感で満ち足りたが、やりきれなさが残った。もはや死を待つしか、やることがない。
 怖くなってきた。だから、ラジオをつけた。ジャズが流れてきた。誰の曲かは分からないが、いい曲と思った。聞いていると、少しぐらいは笑えた。
 私はドアの正面に置いた椅子に座っている。ドアが開くのをじっと待った状態だ。
 鍵は掛っていない。罠を仕掛けた所で、殺し屋は難なく侵入してくる。余計な小細工はしたくなかった。
 もうそろそろだ。殺し屋がやってくる。
 私が送ってきた人生を回想する。ろくな人生じゃなかった、という結論に達した。悪い人生ではなかった。選択を踏み外してばかりだったが、私なりに、精一杯に生きようとしていた。それが思うように、いかなかっただけだ。
 ドアが、音もなく開かれた。
 真っ黒い服の男が忍び込んできた。
 殺し屋だ。
 とうとうやってきた。
「覚悟はできてるようだな」
 椅子に腰掛ける私を一瞥して、殺し屋は言った。
「ああ」
 私は答えた。もうすぐ死ぬのに、気持ちはとても落ち着いていた。
「おとなしくしてろよ。せめてもの温情に、楽に死なせてやろう」
 殺し屋は手袋をはめた手で、拳銃を撃つ用意をしながら歩いてきた。
 そして突然に、転倒した。
 動かなくなった。
 私は彼に近づいた。ぴくりともしない。どうやら頭を打って死んだらしい。
 殺し屋の傍には、奴が踏んづけたバナナの皮が落ちていた。
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