挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
1000文字小説 作者:折坂勇生
55/82

55・キャッチボール


 斜陽で赤くなった公園は、人もいなく静かなものだった。この時間に普段ならいるはずの、顔なじみの犬やその飼い主の姿もない。
 僕と、僕が連れた白い雑種犬だけが、公園を貸し切ったようにそこにいた。
 体重は20キロほどの大型と中型の間の背丈である犬は、立木の周りにある雑草の草を懸命に食べていた。犬はそうやって、胃の消化を良くしているんだと、人から聞いたことがある。
 だから、紐を引っ張ることをせず、そのままにしていた。
 5メートルほどある紐の範囲内で、僕は行ったり来たり、軽くジャンプしたり、両手をぶらぶら動かしたりして、鈍った身体を動かしていく。
 仕事が〆切間近の状態なので、一日中机に向かっていたから、肩のこりが酷くなっている。犬の散歩が唯一の運動になっているけど、一日中家に閉じこもっているよりはマシだろう。これだけでも、多少は体の調子を良くしてくれる。
 本当なら十分に運動をするべきだけど、忙しい今の状況では、それだけの時間の余裕を与えてはくれなかった。
 草むらを踏んだら、丸くて固い感触があった。足をどけてみると、ボールが転がっていた。
 軟式の野球ボールだ。
 明るい時間帯に子供が遊んでいて、無くしてしまったものだろう。それを手に取った。小学生の時に野球をやっていたけど、当時使っていたボールはこんなに固かったのかと軽く驚いてしまった。
 昔は良く犬とキャッチボールをしていたものだ。
 ゴム製のカラーボールを投げると、犬は喜んで追いかけていって、それを拾って戻ってきてくれる。ボールを持ってきた犬を、いつも誉めてやっていたっけ。
 懐かしかった。
 犬は草を食べ続けている。
 名前を呼ぶも、うんともすんとも反応しない。
 相手にしないのではない。耳が悪くて聞こえないのだ。
 14年以上も生きている犬だ。黒かった髭は、白くなってしまっている。
 若い頃のように、公園を駆け回ることも、いつの間にかなくなっていた。
 草を食べるのを満足したようで、顔があがった。
 僕は手に持っていたボールを犬の濡れた鼻に持っていった。良かった。匂いを嗅いでくれた。
 興味を引かせたまま、ボールを遠くに投げていった。
 犬は追いかけようとはしなかった。
 視線は別の方を向いている。何も起こらなかったように、公園の出入り口へとよたよたと歩いていった。
 真っ直ぐでない不安定な動きなので、少し押しただけでも転んでしまいそうだった。
 僕たちは公園を出た。
 落ちたボールは独りぼっちになった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ