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1000文字小説 作者:折坂勇生
45/82

45・休息


 八年間勤めてきた会社を辞めた。町はずれの一角にあるこぢんまりした印刷会社であり、低賃金で先行きが見えない不安定な景気である他は、不満がある訳ではなかった。社長や上司とも打ち解けていたし、同僚や部下からも親しまれていて、身内のような良好の関係で働いてきた。
 私が辞表を提出したとき、全員に驚かれた。「なんで辞めるのか?」と不思議がっていたが、この会社が嫌いでなかった私は、曖昧な答えではぐらかすばかりだった。
 会社を辞めたかったのではない。辞めざる得ない状況になっていた。それは、生活の環境からではなくて、私の精神状態によるものだ。
 朝になっても起きれない。ただでさえ、不眠症で睡眠不足だ。辛かった。無理に起き上がるが、不安感でいっぱいとなり、朝飯を食べる気力がなかった。頭がくらくらする。胃に何も入れずに会社へ向おうとする。足が棒だ。行きたくない。だが仕方ない。歩くたびに不安感が積もってくる。朝日が鬱陶しい。胃が痛いような感触がある。
 これは精神的なのは分かっている。だけど、胃の痛みは変わらない。電車に乗ると便意を感じる。苦しい。電車が止まり、その駅で降りる。すると楽になる。一応、便所に向かうが、当然のように何も出ない。再び電車の中に乗る。また、便所に行きたくなる。
 その繰り返しだった。一駅ごとに降りる羽目になり、そんな私に腹が立った。
 仕事はきちんとこなしていた。会社の人たちは、みんないい人たちだ。迷惑をかけたくない気持ちがあったので、普段以上に笑顔を振りまいていたし、酒の付き合いもちゃんとやっていた。もちろん、私の状況の相談なんか、口が裂けても言わなかったし、彼らも気付いてなかっただろう。
 私は人一倍に真面目で、優等生から外れる事が出来ないでいた。それが原因だろう。自分に無理をさせすぎて、積もりに積もったストレスが限界を超えてしまったのだ。
 「死にたい」という思いが強くなった。本当に自殺しようと考え、夢遊病のようにマンションの屋上に立ってから我に返り、自分の行動に衝撃をうけてしまった。
 このままでは危険だと、会社を辞める決意をしたのだった。
 肩書きを失った私はぶらりと散歩に出た。空の太陽のまぶしさに驚かされ、足が浮きそうなほどに軽かった。いつもの光景なのに、地獄から天国に変わったかのようだ。先行きは不透明だし、復帰できるかも分からない。だけどレールから外れて、このように道草するのも悪くない。
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