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1000文字小説 作者:折坂勇生
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22・ひとだま


 月が雲隠れをする闇夜。
 坂道を下った先に小さな光が見えた。
 屋台のおでん屋だ。駅と住宅街から外れ、車が通っていくのも希な、閑静な場所でひっそりと商売をしていた。
 おでん屋のおやじは、屋台の照明を頼りに新聞を読んでいた。
「いらっしゃい」
 私が座ると新聞を折りたたみの丸いすに置いて、いそいそと支度を始める。
「だんな、なんになさいます?」
 馴染みになってきたので、おやじは好意的な顔を浮かべていた。
「それと、それ。これもいいな。あと酒をくれ」
「焼酎でいいですかい?」
 それでいいと伝えると、おやじは酒を入れたコップを二つ持ってきた。
 一つは私の、もう一つはおやじのだった。
「喉が渇きますからな。私もちょびっと、へへっ」
 照れ笑いしながら一口飲んでいく。仕事中なのを弁えているのか、コップの酒は三分の一ほどだ。ほんの少しの酒を、大事そうに飲んでいた。
「お客さん、お客さん」
 そう言うと、おやじが明かりを消した。
「ほら見えます。そこをごらんなさい」
 後ろの方を指差した。振り向いてみても、何かがあるわけがない。
 公園の森がひっそりと眠っているだけだ。
「消えましたな」
 がっかりしながら電気をつけた。
「何が消えたんだい?」
「いえね。光ったのが宙を浮いてたんですよ。たまにですけど見えるんです」
「懐中電灯じゃないのか?」
「違いますよ、そういうんじゃないです。人じゃないですよ、あれは。言ってしまえば」
「なんだい?」
「ひとだまではないかと」
「そんなわけないだろ」
 笑いながら酒をくいと飲んだ。美味しかった。カウンターに置いたときは、3分の2ほどになっていた。
「私も信じたくないんですけどね。こう、ちょくちょく見てしまうと、そうかもしれない、なんて思えてきちゃって」
「もしひとだまだったら、気味が悪いな」
「悪いですよ。ほらね、向こうのほうは、墓地があるでしょ」坂道の方を指差す。「だからありえる話じゃないですか」
「店を他に移したらどうだ。そしたらこんなこともなくなる」
「そうですけどね。気味の悪いのは慣れましたからさ。こんな寂れたとこですけど、お客さんもほどほど来るんですよ。ライバルもいませんし。場所を変えるより、ここで商売した方がいいんですわ」
 私は、皿にあったおでんを平らげて、ぐいっとコップの焼酎を空にする。
「うまかった。また来るわ」
「へい、おおきに」
 私は元来た坂道を上がっていった。
 墓場に入って、私の墓の前で止まると、するりと消えた。

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