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1000文字小説 作者:折坂勇生
20/82

20・あまりにも平和



 平和な世の中である。
 今や戦争という言葉は死後となり、その意味を説明することすら困難となっている。
 強盗、強姦、殺人は当然のことながら、人間同士で喧嘩し合うことなぞ考えられない。警察や軍隊などは過去の文明として衰滅してしまい、犯罪が一切存在しないユートピアが出来上がっている。
 私はアームチェアに腰掛けて20世紀に書かれたミステリー小説を読んでいた。どう考えても殺人が不可能な密室状態の中で、不可解な死体が発見されて、その謎を頭脳明晰な探偵が推理して解決を導いていくという内容だ。
 古代文明の作品だけに書かれてある情報に理解できないことも暫しあったが、作者が張り巡らせた罠に引き込まれていき、「こういうことだったのか!」と騙されていく快感は他では味わえない。殺人事件が起こり得ない現状だけに、非常に興味深く、むしろ羨ましい気分で読書を楽しんでいた。
「紅茶にしますか? コーヒーにしますか? それともお水がよろしいでしょうか?」
 私の世話をするロボットが音を立てずに登場した。私はしおりを挟んで本を閉ざした。
「そうだな。毒薬が欲しいと言ったら持ってくるかね?」
 ミステリー小説を思い出して聞いてみた。
「毒薬とはなんでしょうか?」
「私を殺すことができる飲み物だよ」
「ご冗談を。そんな物騒な物は存在しませんし、あったとしても廃棄いたします」
「キミはピストルを知ってるかね?」
「言葉の定義としては理解しております。生物の肉体を破壊して機能を停止させるのを目的に作られた極めてナンセンスなおもちゃです。実際に見たことはありません」
 予想していた通りの面白みのない返答をしてくれる。ロボットは人の言葉を理解して的確にレスポンスするとはいえ、事務的な応答しか出来ないので、会話をしても楽しくはない。
「御用件があれば承ります」
「ジョークを言ってみろ」
「ジョーク?」
 分からないと聞き返してきた。
「退屈なんだ。ロボットだろうとユーモアぐらいは出せるだろ?」
「私は人を笑わせる機能はプログラムされていません」
 相変わらずつまらない言葉しか使わない。
「もういい。メシの支度でもしてこい」
 世話以外に何もできない退屈なロボットを追い払った。
 再びミステリー小説を手に取った。書物ぐらいしか、退屈を紛らわしてくれる道具がなかった。
 全く平和な世の中だ。
 世界が崩壊してしまい、ロボットだけが住む世界になった。
 人類は、彼らに保護された私しか生きていないのだ。

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