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ソラニワ 作者:緒浜
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052 fall down(後編)

 体がばらける。細胞が変わる。
 闇の中を落下しながら、ソラは体の質量がめきめきと増殖していくのを感じていた。
 肉体の再構築にともなって、体のど真ん中に空いていた傷も塞がっていく。やはりヒトの姿より竜の姿の方が、傷の修復速度は速いようだ。
 喉をせり上がる血の塊を何度か吐き出す。体の形が竜に近づくにつれて霧が晴れるように意識が明瞭になり、感覚の輪が広がっていった。
 南の上空にいくつかのヘリコプターの気配。
 めきり、と大きな音を立てて体から剥がれた部分が、翼となって広がる。
 ヒトの拳ほどの大きさとなった眼球をぐるりと回すと、ソラはヒトの姿の時とはまるで見え方の違う世界を見上げた。
 ゴム引きの頑丈な薄布のような翼を何度か羽ばたかせてその出来を確かめる。
 よし、いける。
 完全な竜の姿になったソラは、大きく広げた翼で風を受けると、落下の勢いをそのまま利用してU字を描くように上空へ舞い上がった。暗闇の向こうに見つけた新型ヘリに向かって、力強く羽ばたいてさらにスピードを上げる。
 長い尾を、しなやかな鞭のようにぴしゃりと振る。
 あんなヘリ、すぐにたたき落としてやる。
 ぐんぐんとヘリが迫る。接触まであと少しというところで、何か見えない力に弾かれて体が横へと逸れた。そのまま横をすり抜けたヘリを追って、重心を傾けて旋回する。ヘリの背後に迫ると、ソラは息を深く吸い込み、ぷくりと喉を膨らませた。
 誰に習ったわけでもない、遺伝子に刻み込まれているやり方でソラは炎を吹いた。ヘリの機体が真っ赤な炎に包まれる。けれどまるで脱皮でもするかのようにまとわりつく炎を脱ぎ捨てて現れた機体には、傷一つついていない。
 舌打ちの代わりにグルルと唸ると、ソラはもう一度炎を喉に溜めた。
「――?!」
 突然がくんと体が揺れて、動きが鈍くなる。
 まるで無色透明なゼリーのプールにでも突っ込んだみたいだ。
 何かが体にまとわりついて、自由がきかない。
 見る間にスピードを失って、ソラは宙にぷかりと浮かんだ状態になった。
 落下はしない。見えない何かが全身を絡めとり、重くのしかかっている。
 ――魔法だ。
 バラバラと音を立てる新型へリが、いつの間にか何機も周りを取り囲んでいる。
 力の限りもがいてみても魔法の呪縛は重く絡み付くばかり。見えない力に向かって炎を吐いてみるが何の手応えもない。
 骨が軋むほどに暴れながら、ソラは焦った。
 細胞の一つ一つに、魔法がまるで吸盤のように吸い付いているのがわかる。竜の体は魔法が効きやすいとジインが言っていたが、ソラはそれを今まさに肌で感じていた。
 取り囲むヘリの中の一機が、ぐんと近づいてくる。フロントガラスの奥で淡く発光する『支柱晶』が、ひたとこちらを狙っているのが見えた。
 やばい。
 背中に何かが当たる。ソラの背を踏み台にしたジインが、獣のような雄叫びを上げながら前方へ跳んだ。ジインが『支柱晶』を薙ぎ払うと、細かな光が散って、途端にぶつりと呪縛が途切れた。
 『支柱晶』を手にそのまま落下していくジインを、ソラは急降下して下からすくい上げるように背中で受け止めた。
「ばか! 一人で勝手に突っ走るなって言っただろ! 相手は第一士団、一級の魔法士だ! おまえ一人で太刀打ちできる相手じゃない!」
 ソラの首の根元にがっちりとしがみつきながら、ジインが怒鳴る。
 群がるヘリに追われながら、ソラはジインを背に乗せて『虹ノ谷』の闇を飛んだ。
 轟々と風を切る音の向こうから、ヘリの羽音がついてくる。
「このまましばらく水平に飛んでくれ!」
 ソラの首にまたがり、翼の付け根にうまく足を引っかけて後ろ向きになったジインが、背後に向かって『支柱晶』を構える。
「……ここのピアナ濃度はそんなに高くない……コントロールだけならこっちが上手だ……おれのガードがあれば、向こうから仕掛けてくることはできない……」
 口の中でぶつぶつと呟きながら、ジインは『支柱晶』を持たないほうの手をぐっと握り込み、大きく振った。開いた手のひらから細かなガラスの破片のようなものが散り、背後のヘリに降り掛かる。けれどそれは、ソラの炎と同じく見えない壁で弾かれて闇に消えた。
「……魔法質系防御に、物理防御……でも、どちらも恒態じゃない……それなら……!」
 何かを決めたらしいジインがベチベチとソラの体を叩く。
「なあ、ソラ! おれの声、聞こえるか?! おれの言ってること、わかるんだよな?!」
 ジインの問いに、ソラは短く吠えて応えた。
「よし! じゃあ、今からおれの指示どおりに飛んでくれ!」
 ポケットから何かを取り出し、手元でごそごそと作業してから、ジインは体勢を変えて再びソラの首にしがみついた。
「できるだけ蛇行してくれ!」
 短く鳴くと、ソラは体を捻って急降下した。
 今にも崩れ落ちそうな鉄橋や、油断すれば見落としてしまいそうな電線を、くぐったり超えたりして闇を駆け抜ける。
 歯を食いしばり、必死でしがみつきながら、ジインは片手を闇に掲げた。
 その手のひらから何か細かな白いものが背後へと吹き飛ばされていく。
 風に巻かれてくるくると舞うそれは、どうやら小さな紙切れのようだ。
 小指の先ほどの紙の破片が、まるで雪のようにひらひらと闇に散らばっていく。
 おそらく見えない力で守られているのであろう、ヘリはそれらを避けもせずに突っ切ってくるが、逆巻く風にあおられて舞う紙切れのほんの何枚かが、避けきれずに機体へ張り付く。
「スピードを上げて、奴らと距離を空けろ! 合図したら、後ろへ向かってありったけの炎を吹いてくれ!」
 先ほどと同じく後ろ向きになったジインが、『支柱晶』を構える。
「――今だ!」
 ぐるんと首だけで振り返ると、ソラは飛行速度はそのままに背後に向かって炎を吹いた。闇を照らす緋色の炎は、ソラたちの背後からまるで稲妻にでも燃え移ったかのように枝分かれした。
 赤い血潮が細かな血管へと流れていくように、細い炎の線が広がっていく。
 その先端が目指すのは、ヘリの機体にへばりついたあの小さな紙切れだ。
 そして、
「――爆ぜろ!!!」
 ジインが叫ぶ。その声は振動として糸を伝わり、背後に広がっていく。
 ヒトには見えないであろう力の動き、その伝わりを、ソラは感じ取っていた。
 ジインの一声から数秒の間を置いて、紙切れに到達した炎の先端が一斉に爆発した。
 黒い煙を上げながら落ちていく機体、そのヘリを避けた拍子に別のヘリに接触する機体、直撃は免れたものの爆風でバランスを崩す機体……。
「やった……!」
 損傷を免れてまだ追ってくるヘリもあるが、その数は2、3機とだいぶ減った。
 これならどうにかまけるかもしれない。
「このまま陸島の北限まで飛んでくれ! たぶんそこでもヘリが待ち構えているだろうけど、どうにかかわして東の側壁へ――」
 風の向こうでジインが叫ぶ。
 ふと視線を感じて、ソラは『虹ノ谷』の西側を見た。
 こまごまとした家屋や細い通路、さびた配管が複雑に絡み合う『彩色飴街』。
 その中の、今にも崩れ落ちそうなベランダに、男がいた。
 灰色の髪に、フレームの細い眼鏡。ひょろりとした体躯を包む、紺色の制服。魔法士だ。
 まるでのんびりと景色を眺めるような風情でこちらを見ていた男が、ふいにニタリと嗤った。
「ッ?!」
 背筋を冷たいものが駆け抜け、ぞくりと身震いする。
 全身の細胞がざわつくような、得体の知れない不快感。
 ざらりとした存在感は、遠く離れているにも関わらず、まるで肌を撫でられたかのように意識に残った。
 その存在に、意識のすべてが持っていかれる。
 何だ、あいつは。
 まるで禍々しさを煮詰めて凝縮し、人の形に流し込んだような。
 気持ち悪い。
 あれは、いったい誰。
「――前!!」
 ジインの叫び声で我に帰る。
 すぐ目の前に鉄橋が見えた。
 どくんと心臓が跳ねる。急いで重心をずらしたが、間に合わない。
 凄まじい衝撃で脳が揺れ、上下が分からなくなる。
 骨が砕け、肉がちぎれた感触がした。
 右の耳の上から腰のあたりまでが、火がついたように熱い。
 飛んでいた勢いのまま、きりきりと回りながらソラは斜めに落下していった。
 体がうまく動かない。
 視界の端に何か映る。ジインだ。
 こめかみに血がにじんでいる。意識がないようだ。
 真っ逆さまに奈落へと落ちていくジインに、空中でもがいて必死で近づく。
 落下しながらどうにか下へと回り込んで、その体を腹の上にしっかりと抱え込んだ。
 根元が折れて役に立たなくなった片方の翼が、風になぶられて今にももげそうだ。
 体が何度も電線に引っかかり、その度に火花が散る。
 けれど、落下は止まらない。
 もげかけた片翼は蒸気を上げながら猛スピードで再生しているが、とても間に合わない。
 このまま地面にぶつかったら。
 このままじゃ、ジインが。
 りん、と脳の奥が鳴る。
 次の瞬間、ソラは自分がいま何をすべきかを、一瞬で理解した。
 頭の中に浮かび上がった“設計図”どおりに、体の一部がぼこりと膨らむ。
 細胞が薄く引き延ばされ、それは空気を含んだ巨大な膜の塊となった。
 まるで風船のような塊が、体の表面にぼこり、ぼこりと増えていく。
 とても生き物とは思えない形に変わっていく体。
 けれど、これでいい。
 “設計図”どおりだ。
 ――新造竜ニルNo.1260-1402ニ 命ズ――。
 ――速ヤカニ “候補者”ノ 生命ヲ 守レ――。
 それが、いまの自分に与えられた最優先事項。
 意識が朦朧とするなか、鳴り響く鈴の音の嵐の向こうに、ソラはただ漠然と、大いなる存在を感じていた。
 遥か彼方、遠い空の上から降り注ぐ、逆らいがたい意志。あれは……。
「……神、さま……?」
 一つ一つが家のような大きさの巨大な風船は、その数をさらに増やしていく。
 闇の向こう、落下する先に瓦礫の山が見えた。
 そして……。
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