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ソラニワ 作者:緒浜
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005 招かれざる

 間違いないか。
 ああ、確かだ。
 連れは。
 ガキが一人。金髪だ。顔は見てない。
 当たりだな。ボスに連絡を。
 部屋は。
 714号室。
「……――っ!」
 驚いて飛び起きると、ソラはサイドテーブルに置かれたカードキーに目をやった。
 “714号室”。
「ジイン!」
 となりで眠るジインを揺さぶる。
「ジイン、起きてよ! 誰か来るみたいだ」
 毛布を払いのけると、ソラは急いで靴を履き、上着を羽織って荷物を手に取った。
 ばくばくと心臓が鳴る。
 聞こえた。確かに、聞こえた。
 どこの誰かはわからないけど、剣呑さを含んだ男の声だ。
 ここに追っ手が迫っている。
 低く呻いたきり起き上がろうとしないジインを振り返ると、ソラは細い肩をもう一度揺さぶった。
「ちょっとジイン……!」
 毛布を剥ぐ。ベッドにしがみつくように横たわるジインを、ソラは無理やり抱き起こした。
 ジインの頭がかくんと傾ぐ。
「ジイン……?」
 いくら呼んでも、ジインは呻くだけでまぶたを開けようとしない。
「ジイン?! どうしたの? 具合が悪いの?」
 頬に手を当てる。体温がかなり低い。かすかに開いた口から、弱々しい吐息が漏れる。
 どうしよう。どうしたらいいんだ。
 ぐったりしたジインを抱えて、ソラは部屋の中をおろおろと歩き回った。
 とにかく、ジインを連れて逃げなくちゃ。
 追っ手と鉢合わせになるかもしれないから、廊下はダメだ。
 どこか他の出口……窓か何かを探さないと。
 悪趣味な壁を見回す。窓らしきものは見当たらなかったが、てらてらと光るカーテンの陰に小さなドアを見つけた。壁をそのまま切り抜いたようなドアには、“非常用開閉口”と書かれた小さなプレートがかかっている。廊下を通らずに外へ出るには、これを使うしかないようだ。
 急いで歩みより、取っ手に手をかける。
「――ダメだ」
 胸元で掠れた声がした。薄いまぶたが億劫そうに開かれる。
 安堵が胸に広がった。
「ジイン……!」
「ここの非常口は、表の通りから丸見えなんだ……」
 絞り出すようにジインが呟く。ずるりとソラの腕から滑り降りると、そのまま力なくしゃがみ込み蒼白の顔を両手で覆った。
「眠い……吐きそう……」
「大丈夫?」
「大丈夫なもんか、くそ……っ! フロントの奴、二重取りしやがって……」
 毒づきながらおぼつかない足取りでベッドへ戻ると、ジインはその上に手をかざした。
 シーツの上を見えない何かがかすめる。
「なにをしたの?」
「熱を取ったんだ……で、何人?」
 緩慢な、けれど無駄のない動きで身支度を整えながら、ジインが立ち上がる。
「“聞こえた”んだろう? 何人来たんだ」
「わからない。たぶん、五、六人だと思う」
「いまどの辺りにいる?」
「ええと……」
 耳を澄まし、感覚の輪を広げる。
 空調、配管、機械音、となりの部屋の喘ぎ声。ありとあらゆる振動の波が、ソラの感覚を震わせた。
 その中から、これはと思うものを拾い上げる。
 数階下の階段に、数人の硬い靴音。
「階段を上ってる。あとエレベーターも動いてるみたいだ」
「魔法士か?」
「そんなのわかんないよ」
「何か言ってた?」
「ええと、“間違いないか”とか、“連れは”とか、“ボスに連絡を”とか」
「ボス、ね。てことは、賞金稼ぎか。『裏懸賞金』はまだかかってないはずだけど……」
「ねえ、逃げなくていいの?」
 悠長に上着を羽織るジインの横で、ソラはハラハラしながらドアを見つめた。
「逃げるなら一刻も早いほうが――」
「逃げない」
「え?」
 驚いて、ソラはジインの顔を見上げた。
 具合は悪そうだが、寝ぼけているようには見えない。
「逃げないって……じゃあ、戦うの?」
「戦わない」
「じゃあ、どうするんだよ」
 思わず情けない声を上げると、この上なく眠そうな夜色の瞳が振り返った。
「かくれんぼだ」



 入口のドアがそっと開く。その隙間から足音を忍ばせた数人の気配が滑り込んできた。
 壁伝いに身を隠しながら、侵入者たちがじりじりとベッドへと近づいていく。
 すぐ足の下を過ぎていく気配に、ソラはごくりと唾を呑んだ。
 数分の静寂。苛立ったような男の声が聞こえた。
「おい、誰もいないぞ」
 急に濃厚になった気配たちが、次々と声を上げる。
「くそ、どこへ行った」
「逃げたのか?」
 重い靴音があちらこちらへ移動する。ベッドの下、浴室、非常開閉口の外。部屋中を引っかき回して、侵入者たちが獲物の痕跡を探す。
 その様子を、ソラはジインと身を寄せ合いながら天井裏で聞いていた。
 クローゼットの天井に、人ひとりがぎりぎり通れるくらいの開閉口があることをジインは知っていた。そして配管業者しか知らないというその開閉口の解錠の仕方も、ジインはしっかり把握していた。
 ほこりっぽい闇の中で、じっと息を殺す。
 クローゼットの扉が乱暴に開けられ、ソラは体をこわばらせた。
 何か硬いもので開閉口が叩かれる。
「おい、ここは?」
「そんなところ、業者しか入れないだろ」
 体のすぐ下から舌打ちが聞こえてくる。
 息を止め、瞬きもやめて、ソラは追っ手が遠ざかるのを待った。
「おい、ベッドが冷たいぞ。かなり時間が経ってる」
「ちっ、無駄骨かよ。フロントの奴、空売りしやがって」
「どこかに先越されたんじゃないのか」
「何にせよ、フロントはドボンだな」
 酷薄な笑いが足元を過ぎる。荒々しい靴音を立てて、男たちは部屋を出て行った。
 気配が廊下の先に消えるのを待って、ソラは安堵の息を吐いた。
 “かくれんぼ”は成功だ。
「もう大丈夫みたいだよ」
 肩に寄りかかっているジインの耳元に囁く。反応がない。まさかと思いつつ顔をのぞき込むと、そのまさかで、ジインは寝ていた。
「うそだろ……」
 呆れを通り越して感心してしまう。
 こんな状況で寝るなんて、一体どういう神経をしているのだろう。
 魔法の使い過ぎで疲れたと言っていたが、そのせいなのだろうか。
 ジインが身を震わせる。どこからか外気が入り込んでいるようで、天井裏は上着を着込んでもひどく寒かった。
 辺りを見回そうとして天井に頭をぶつける。天井裏は狭くほこりだらけで、小柄なソラでも体を折るか寝そべるかしなければいけなかった。けれど横には意外なほど広く、ところどころにある柱以外に視界を遮るものはなく、何部屋も先まで見渡すことができた。
 突き出た針金やぶら下がるコードを避けながら、ソラは一番近くの配管へジインを引きずっていった。
「あちち!」
 思わず声が出てしまい慌てて口を塞ぐ。熱を放つ配管に寄りかかろうとしたが、予想以上に熱かったのだ。
 けれど、これぐらいの熱があれば凍えずにすむだろう。
 配管の側へ座って、ジインを後ろから抱きかかえる。何本ものコードが床に敷かれていて、なんとも座り心地が悪い。ジインの体が痛くならないように、ソラはコードを寄せて空き地を作った。
「なんだか、ぼくがお母さんみたいだ」
 ため息まじりに小さく笑う。
 繊細かと思いきや、こんな状況でも平気で眠れる神経の持ち主で、頼りになるかと思えば、肝心なところでハラハラさせる。
 よくしゃべり、よく笑い、けれどそれはどこか無理をしているようでもあって。
 なんだか、目が離せない。
 幼子のようにすやすやと眠るジインの重みを感じながら、世話を焼くのも悪くないなと、ソラは思った。

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