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ソラニワ 作者:緒浜
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046 果ての果てまで

 手を引かれながら薄暗い路地を足早に進む。
 いつかと立ち位置が逆だなと、ジインは前方で揺れる金髪を眺めながらぼんやりと思った。
 あの時はおれがソラの手を引いていた。自分よりひとまわり小さな手をしっかりと握って、薄暗い路地を確かな足取りで歩んでいた。
 いったいおれは、いつのまに手を引かれる側になったのだろう。
 目の前を行く背中は、記憶にあるソラのものよりずっと広く、頑丈そうだ。
 これは本当にソラだろうか。それとも、おれはまた夢を見て――……?
「痛ッ、」
 何かを踏んづけて転びかける。鋭い痛みで意識が一気に覚醒した。
 振り返ったソラが足下を見てぎょっとする。
「靴はどうしたの?!」
「あ……ええと……忘れた」
「忘れたって、どこに!? さっきのやつらに脱がされたの!?」
「いや、そうじゃなくて……履いてくるのを忘れたんだ」
 気まずげにぼそぼそと言う。ソラが驚愕の表情を浮かべるのを見て、ジインはいたたまれなくなった。
 傷だらけの足は意識した途端にじくじくとうずき、次第に焼け付くような痛みへと変わった。
「急に外へ出るなんて、いったい何があったの?」
 心配そうにソラが訊ねる。
「帰ったら部屋にジインがいないからさ。誰かにさらわれたのかと思ってすごい焦った。急いで匂いをたどってきたんだけど、部屋にはジインの匂いしか残ってなかったし……さっきのやつらに連れ出されたわけじゃないんだろ? どうして急に外に出たりしたんだ?」
 問われて、ジインは答えに詰まった。
 いったい何があったのか。そう訊ねてくるということは、ソラにとっては“何もなかった”ということだ。
 なにもない、いつも通りの日常。
 部屋になかったザックは、少し膨らんでソラの右肩にのんびりとぶら下がっている。
 ――やっぱりただの買い出しだったんだ。
「まさか、あの部屋に追手が?」
 ソラの表情が険しくなったのを見て、ジインは慌てて頭を振った。
「いや、誰も来てないよ。そうじゃなくて、あの……メモが……」
 メモがなくて、と消え入りそうに呟く。むしろ聞こえなくてもよかったけれど、ソラの耳はそれをしっかりと拾った。
「メモ? メモって、いつも行き先を書いておくやつ? それなら、テーブルの上に置いたはずだけど……」
 窓を開けてたから風で飛んだのかな、と首を傾げたソラが、あっと声を上げる。
「まさか……オレがジインを置いて出て行った、なんて思ったわけじゃないよね?」
 そんなわけないだろうと笑い飛ばすこともできずに、ジインは黙り込んで視線を足元へと落とした。
 ソラが息を吸い込む気配がする。
「オレが出て行ったと思ったの? いつものメモが見当たらなかったから……それだけで?」
 羞恥で顔が熱くなる。ジインは視線を彷徨わせながらぼそぼそと言った。
「いや、でもほら……昨日、おれが、その……ひどいこと、言ったし……」
「それでも、オレがジインを置いて黙って出て行くと思う?」
 縮こまったジインを、ソラがさらに問い詰める。
「ねえ、黙って出て行くと思うの?!」
「……思わない、です」
 そう言われれば、そう。冷静に考えれば、確かにそうなのだが。
 行き先のメモが見当たらなかった、ただ“それだけ”で慌てふためいて部屋を飛び出すなんて。自分でもどうしてあんなに取り乱したのかわからない。どうかしていた。さっきまでの自分の狼狽ぶりがひどく滑稽に思えた。
「じゃあ、もしかしてジインは……“出て行った”オレを追ってきたの? そんな薄着で、ろくに顔も隠さずに……靴を履くのも忘れたままで?」
 列挙される事実の情けなさに、がっくりと頭を垂れる。
 どうしようもない醜態だ。
 情けない。恥ずかしい。穴があったら今すぐ入って内側からきっちり蓋を閉めてしまいたい。
 気まずい沈黙の後、ほう、とソラが深いため息を吐いた。
「なるほどね……やっとわかったよ」
 思わず顔を上げる。呟いたソラの顔は穏やかで、どこか安堵したようにも見えた。
「わかったって……なにが?」
 ジインの問いに、ソラがゆるく首を振る。
「話は後にして、とりあえず早く部屋に戻ろう……はい、乗って」
 当然のようにこちらに背を向けてしゃがんだソラを前に、ジインは一歩後じさった。
「いいよ、自分で歩いて帰る」
「そんな足で帰れるわけないだろ!」
 叱りつけるように言われて黙り込む。歩けないわけではないけれど、確かにこの足では進みが遅くなる上に、これ以上歩けば傷口が悪化することは確実だ。
「ほら、早く。あんまりもたもたしてると、無理やりお姫様だっこするよ?」
 しかめ面で睨まれ、ジインは仕方なくその背に体を預けた。
 ためらいがちに腕を回して、ふと違和感を覚える。
 こいつ、こんなにデカかったっけ?
 ほんの二ヶ月前までは、抱きしめると腕の中にすっぽり収まっていたはずなのに。
「しっかりフード被った? じゃあ、行くよ」
 ぐんと体が浮き上がる。まるで幼子のようにおぶわれたジインは、恥ずかしさで火照る頬をソラの肩に埋めて顔を隠した。これなら誰かとすれ違っても指名手配中の人物とはわからないだろうし、恥ずかしさもいくらか和らぐ。
 歩みに合わせて、傷ついた素足が宙に揺れる。体格のあまり変わらないジインを背負っているにもかかわらずソラの足取りは確かで早い。
 いつの間にこんなに大きくなったのか。この足なら、一人でどこへでも歩んでいけるだろう。
 ――空を渡るなら、おまえひとりで――。
 つきんと胸が痛む。
 自分はもう終わっていく身だ。
 未来のない自分の元に、これ以上ソラをとどめるべきではない。
 ソラを自由にしてやりたい。
 そう思った。
 けれど……。
「――ごめん」
 回した腕に力を込める。言葉が息と絡まって喉の奥にひっかかった。
「ひどいことを、言った……おれは……」
 ――おまえといると苦しい――。
 それは半分が嘘で、半分が真実だ。
 苦しいのは、一緒にいたいのにそれが叶わないから。
「おれは……どうしようもなく弱い人間で……」
 竜毒に冒された自分がこれから先もソラと共に生きることを望むならば、外に出て治療法を探すしか道はない。
 それはわかっていた。
 おそらく、世界中を探しても治療法は見つからないだろう。
 もしどこかにそれがあったとしても、そこへたどり着くまでこの命が保つとは思えない。
 それでも、たとえ竜毒を消せなくても、あの部屋を出て、この国を捨てて、つかの間でも二人で自由に生きることができれば、どれほどすばらしいだろうか。
 そうも思った。
 けれど――。
「――怖いんだ」
 死ぬことは、もちろん怖い。
 竜毒によってもたらされるであろう苦痛は、死ぬよりさらに恐ろしい。
 けれど、それ以上に。
「魔法院に捕まることが……死ぬより怖い」
 魔法院に捕まり、再び桐生の手に落ちることが、死ぬよりも何よりも怖かった。
 あの瞳。あの指先。あの嗤い。思い出すだけで震えるのは、体に刻み付けられた傷のせいだけではない。あの男の言葉が、行動が、すべてがジインの理解を超えていた。
 院内の桐生の自室や研究室、時に公の施設の片隅で、陰惨なやり方で痛めつけられる度に、桐生が感情を抑えているのがわかった。
 これでは足りない。満たされない。もっと深く、もっと激しく、もっと惨たらしいやり方で、相手をずたずたにしてやりたい。桐生から漏れ出るそんな感情を、ジインは傷ついた肌でひしひしと感じ取っていた。
 ソラを人質にとられていたジインに抵抗する術などない。
 それでも服で隠せる程度の傷で済んでいたのは、他の魔法士と同等に扱うようにと、ジインと同じナチュラルバースである笹原長老の口添えがあったからだろう。
 背反者となった今、その庇護も失った。
 おそらく、あの男は待っていたのだ。
 仕打ちに耐えかねた自分が魔法院を裏切り、ソラを連れて逃げ出すことを。
 人権を持たない『ノラ』として、公に、堂々と、手術台の上へ乗せて切り刻めるのを。
 もし今、再びあの男の手に落ちれば、殺されるよりも酷いやり方で自分はめちゃくちゃにされてしまうだろう。
 無理やり内部に入り込まれ、食い荒らされて、内側からバラバラに引き裂かれて――……。
「……ジイン?」
 目の前のぬくもりにしがみつく。恐怖で呼吸が乱れた。
 きっと殺されはしない。死ぬことなど許してはもらえないだろう。生きたまま心も体も踏みにじられ、暴かれて、煌煌と照らされた手術台の上に晒される。壊されるなんて生易しいものではない。それこそ自分という形がなくなるほどに、ばらばらにされるだろう。そして晒された残骸を前にあの男は嗤うのだ。
 得体の知れない、闇の生き物。相容れない。理解できない。どうしても許容できないものが、あの男の中には詰まっていた。
 きい、と扉の開く音がする。顔をあげると、そこはすでに見慣れた部屋の入り口だった。
 ソラを探していた時はずいぶんと路地を駆け回った気がしていたけれど、実際自分はそう遠くまでは行っていなかったのだと知る。
 ジインを背負ったまま、ソラはまっすぐ浴室へ向かった。
「とりあえず足を洗おう」
 スラックスの裾をまくり上げると、ソラはジインの傷ついた足をシャワーの湯で念入りに洗い流した。
「うわ、ここ何か刺さってるし……ああっ小指の爪はがれかけてるよ?! もう、ジインの足めちゃくちゃ綺麗なんだからちゃんと大事にしてよ!」
「ご、ごめん……」
 最後のほうの怒られ方がよくわからないが、失態は失態なので素直に謝っておく。
「はいこれタオル。いま靴持ってくるから……ああ、靴が血で汚れるね。面倒だからやっぱりオレが運んでいい?」
 ジインの了解を待たずにソラがひょいとジインを抱き上げる。いわゆるお姫様だっこの形だ。
「ううっ……」
 体を強ばらせて唸る。たぶん、これが自分の人生で一番かっこわるい瞬間だろう。
「……追い打ちをかけるようで悪いけど、オレすでに何度かジインをお姫様だっこしてるよ?」
「ええっ!? い、いつ!?」
「えーっと、『神の左手』のアジトで眠ったままだった時とか……意識のないジインを移動させる時はいつもこうだよ」
「う……そりゃあ意識のない時は仕方ないだろ……でも今はちゃんと起きててしかも歩けないわけじゃないのにこのポーズは本当にもうなんて言うか」
「これに懲りたら、もう靴を履くの忘れないようにね」
 ちくりとした皮肉に耳が熱くなる。行き場のない手でジインは頭を抱えた。あの時の自分は本当にどうかしていたのだ。
「ちょうどいいものがあるんだ」
 ジインをソファーに下ろすと、ソラはザックからいそいそと何かを取り出した。
「それは?」
「軟膏。ずっと上のほうの陸島からの輸入品で、傷によく効くんだって」
「輸入品の軟膏? そんなもの、よく手に入ったな」
「少し前に怪しげな薬局を見つけたんだ。正規ルートじゃないんだろうけど、輸入品がたくさん置いてあって……どれも値段が張るから手を出せずにいたんだけど、今日は思いきって役立ちそうなものを色々買い込んできた」
 おかげで少し遅くなっちゃった、と言いながら、ソラが小さな丸いケースを開ける。
「うわ……すごい匂いだな。嫌じゃないけど」
「ね、なんかすっごい効きそうだろ?」
 ソファーの前にひざまづくと、ソラはジインの足を検分して消毒した後、丁寧に軟膏を塗り込んでいった。
 視界の隅でカーテンがふわりと揺れる。地上より早めの夕暮れが訪れる直前の、うっすらと緑がかった部屋の中で、音を立てるのは二人分の息づかいと衣擦れだけだ。
 ソラの手の熱さが、冷えきった足に心地よくしみる。
「ジインさ、何かしたいことある?」
「え……?」
 軟膏の蓋を閉めながら、ソラが何気ない口調で問う。
「魔法院のことや、竜毒のこと。そういう煩わしいことが何もかもすべて消えたら、ジインはまず何がしたい?」
「……どうして急にそんなこと聞くんだ?」
「聞きたいから聞いてるだけだよ。考えるだけならタダだし。ね、何がしたい?」
 唐突な問いかけに、ジインはわずかに首を傾げた。
 魔法院に追われず。竜毒に怯えることもなく。あの男への恐怖からも、何もかもから解放され、この身が自由であったなら。
「……とりあえず、飛空船に乗りたい、かな」
 ソラとともに幼い日に思い描いた夢は、今もまだ夢のままだ。
 実際に乗ったところを想像してみる。船は豪華な客船じゃなくていい。格安旅行社で使われているような中型船だ。雲ひとつない青空よりも、雲が浮かんでいる空がいい。がたがたと揺れるオンボロ船で、よく澄んで晴れた空をゆったりと雲を切って進むのだ。
「他には?」
「……海を見てみたい、かな。映像では何度か見たけど、水平線いっぱいに広がる水ってのを実際に目の前で見てみたい。ああ、地平線も見たいな。草原や砂漠の地平線……あと森にも行ってみたい。第二区の森林公園みたいに造られた明るい森じゃない、古くて深い本物の森に。カヤイハラの遺跡群にも行ってみたいし……そうだ、博物館にも行ってみたいな」
 いつか画像で見た塩の平原。荒野を駆ける野生動物の群。月夜にだけ現れるという銀の虹。
 世界にはまだ見たことのないものがたくさんある。
「とくに目的を決めずに知らない国や街を気ままにまわる、なんてのもいいな。旅費が尽きたら、しばらくそこに留まって稼ぐんだ。安いアパートを借りて、日雇いの仕事なんかしてさ」
 見たことのないものを見て、聞いたことのない音を聞きながら、知らない街で暮らして。
「どこか気に入った場所を見つけたら、そこでしばらく暮らしてもいい。普通の人と同じように、朝起きて、食事をして、仕事へ行って働いて、夕方には家に帰って……」
 ほどよく疲れた体で家路を急いで。
 通りがかりで買ったお土産をぶらさげて。
 ただいま、なんて言いながらドアを開けて。
 暖かな食事をしながら、他愛無いことで笑い合って。
 そして、
「――生きたい」
 ぽつりと言葉がこぼれる。その瞬間、胸のつかえがとれたように、ふっと息が抜けた。
 途端に目の奥が熱くなり、大粒の涙が溢れる。
 ああ、そうか。
 おれは、やっぱり生きたいのだ。
「生きたい。生きて、やりたいこと全部やりたい。おれ、まだ何もやってないんだ。まだ何も……」
 抑えていた想いが涙となって次から次へと溢れ出る。
 叶う願いじゃないことはわかっている。
 それでも、もしも奇跡が起こるとしたら。
「生きたい……おまえと一緒に、生きていたいよ、ソラ」
 幼子のようにしゃくり上げそうになるのを堪えながら、絞り出すようにジインは言った。
「じゃあ、生きよう」
 燃えるように熱い手が、冷えきっていた手を強く掴む。
 空色の瞳が、まっすぐにこちらを見上げた。
「ジインがしたいこと、全部しよう。それをするために、竜毒を治そう」
 懇願するような声音でソラが言う。
 涙で重くなったまつげを、ジインはゆっくりと上下させた。
 一緒に未来を生きるために、ここを出て治療法を探しに。
 たとえそれが見つからなくても、明日への希望を胸に抱きながら、つかの間の自由を二人で。
 でも……。
「……そんなに魔法院が怖い?」
 ソラが静かに問う。しばしためらってから、ジインは小さくうなずいた。
「あいつらに捕まるくらいなら……このままここで死ぬ方がいいと思うくらいに?」
 深い沈黙の後、ジインは目を伏せてうつむいた。
 ここを出れば、桐生に捕まるかもしれない。ジインの手足を重く縛り付けているその恐怖は、簡単に消えるものではなかった。
 それに、このままここに留まれば、静かな最期が向かえられる。今のソラの姿を魔法院に知られずに済むし、そうなればソラは自由だ。
 魔法院に捕まるリスクを考えると、やはりこのままここで静かに終わりを迎えたほうが――。
「……ごめんね」
 長らく黙り込んでいたソラがぽつりと言う。「何のことだ?」という疑問を込めて空色の瞳を見返すと、ソラは小さく苦笑いした。
「オレ、頭悪くてさ。脳ミソの回路が焼き切れるくらい考えても、名案なんて全然思いつかなくて。要領も悪くて、何一つジインみたいにうまくできない。『ハコ』でのことだって、さんざん大口叩いておきながら結局データも見つけられずに、挙げ句ジインに助けてもらって……情けなさ過ぎて嗤えるよね」
「そんなこと……」
 否定しようとするジインを、首を振ってソラが遮る。
「“ジインには指一本触れさせない。絶対に守り抜いてみせる”……そう断言したいけど、こんなにダメなオレが本当にジインを守りきれるかどうか……本当はわからないんだ」
 ソラの声が細く震える。
「でもね、バカだからこそ、オレにできることがひとつだけあるんだ」
 熱い手に力を込めて、ソラが眼差しを上げる。晴れ渡った空の色がジインを見つめた。
「オレはジインをあきらめない。世界中を敵に回しても、神様に見放されても。たとえジイン自身がジインをあきらめたとしても、オレだけは、絶対にジインをあきらめない」
 眼差しの強さはそのままに、ソラの顔が苦々しく歪む。
「たとえそれが、ジインを苦しめることになったとしても……バカなオレにはもう、それしかできないんだ」
 迷いを断ち切るように一度強くまぶたを閉じると、ソラは腰を浮かせて目線を合わせた。
「疲れたならオレがおぶっていく。つまずいたら立ち上がるのに手を貸すよ。魔法院が追ってきたら、全力でジインを守る。足が折れても腕がもげても、最後までジインを守るために戦うよ」
 この命が続く限り、オレのすべてでジインを守るから。
「だから、進もう。ここを出て、その先へ。望む未来を勝ち取るために」
 ともに生きるために、この部屋を出て明日を目指そう。
 そう願う声は、まるで神に祈るようで。
「それでも、どうしてもやつらに捕まりたくないっていう気持ちがジインをここへ閉じ込めているのなら……こうしよう」
 ソラの声音がわずかに硬くなる。
「もしこの先、どうしても逃げられないところまで追い詰められて、やつらに捕まりそうになったら、その時は――」
 ひざ立ちになったソラの手がゆっくりと持ち上がる。
 眼差しと同じくらい熱い指がそっとジインの首にかかった。
「その時は、やつらに捕まるより先に、オレがこの手でジインを終わらせる。絶対にジインをやつらの好きなようにはさせないよ」
 柔らかく首を掴まれたまま、ジインはゆっくりとまばたきをした。
 真剣なソラの瞳を見つめながら、その言葉を胸の中で反芻する。
 あの男に捕まる前に、ソラの手で、この命を。
 確かにそれなら、捕まることを恐れずに済む――?
「ただし、」
 言葉を切ったソラが、ジインの手のひらを自分の頬に当てる。
 その顔が晴れ渡った空のように清々しく笑った。
「その時はオレも行く。ジインと一緒に、オレも連れて行ってよ」
 その言葉に、ジインは目を見張った。
 ジインが何か言う前に、あっと気づく顔になってソラが眉をひそめる。
「竜は『核』を魔法で壊さないと死なないんだっけ? それって自分じゃできないのかな」
「な……にを、言って」
「だってそれなら魔法院に捕まることを怖がる必要がなくなるだろ? それに二人一緒なら死んだ後もきっと楽しいよ。天国があるかどうかわからないけど……あっ、もしかしたら地獄かもしれないね。悪いこといっぱいしたし。でも二人ならどこだって、地獄だって楽しく暮らせるよ」
「そんなこと……!」
 言いながら、ジインは掴まれた手を引き抜こうとした。
 未来を生きられるソラを道連れにするなんて、そんなこと、許せるはずがない。
 今すぐ拒まなくては。
 けれど。
「ね、昔よく言ってただろ……“二人なら、何だってできる気がしないか”」
 明るい空色がジインを捕らえる。幼い日に夢を想い描いたあの空と同じ色だ。
 不安も恐怖も持ってはいたけれど、それを押しのけるほどの夢と希望が胸に満ちあふれていた、あの瞬間。
 あの気持ちを、もう一度取り戻せるだろうか。
 短い廊下の先、クリーム色のドアに目をやる。
 この部屋を出て、不安の渦巻く世界へ。
 もし捕まりそうになったら、この世界をも飛び出して、だれの手も届かない場所へ。
 二人そろって地獄に堕ちるというのは、いったいどんな感じだろう。
 鬼を叩きのめすソラの姿を想像して、思わず笑った。
 ああ、そうか。
 扉の向こうに、どんなことが待ち受けていたとしても。
 ソラと一緒なら。
「……ずっと」
 進む先に、たとえ闇しかなくても。
「ずっと……一緒にいてくれるか?」
 天国でも、地獄でも。行き着く先がどこであっても。
 “二人なら、何だってできる気がしないか”
 今だけは、その言葉を支えにしてもいいだろうか。
 ここから、一歩踏み出すために。
「ずっと一緒にいるよ」
 じんと温まり始めた手のひらに、ソラが頬をさらに強く押し付ける。
「どこまでも、果ての果てまで」
 そう言って、ソラは太陽のように笑った。
+注意+
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