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ソラニワ 作者:緒浜
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037 Checkmate

「ひ……っ!」
 すぐ近くで銃を構えていた男が体をこわばらせる。何かに抗うように仰け反った体が、自らの意思と反して銃弾の飛び交う通路の方へと数歩よろめいた。
 引き止めようと伸ばしたソラの手が届く前に、男は身を隠していた通路の角から不自然な足どりでつんのめるように通路へと躍り出た。
「た、助け……ッ!!」
 無数の銃弾に貫かれ、男が床に転がる。異様なその死に様に戦慄を覚えながら、ソラはぐっと息を止めると、壁から半身を乗り出して立て続けに引き金を引いた。
 狙いは合っているはずなのに、弾はその弾道をわずかにずらして敵を避けていく。
 ――これが、魔法士団。
 正式名称、陸軍竜獣駆逐隊。元々は竜の駆除を目的として組織されていた魔法士兵部隊を、装甲火器兵隊と連携させて対人用にも強化した特殊部隊だ。
 本来、竜と魔法使い以外の生物を魔法で直接傷つけることは難しいという。生物から発せられる熱や気が、ピアナクロセイドの干渉を邪魔するためだ。確かジインも昔、紙くずやビニールは簡単に燃やせるのに、生き物は燃えないし動かすことも難しいと、不思議そうに言っていた。
 高度な技術をもつ魔法士であれば、自分自身に“力”をまとわせて身体能力を高めたり、空気を動かして他者に間接的に力を加えることはできるけれど、それでも魔法士一人の力でできることは限られている。
 そんな魔法士の欠点を、空気中のピアナクロセイド濃度の制御と多人数による編成で克服し、さらに装甲火機兵と連携させることで攻撃力を高めたのが、いまソラたちの前に立ちはだかっている魔法士団だ。
 ピアナクロセイドを吸着しやすい防護服に身を包んだ彼らは後方からの援護――目に見えない力で常に守られており、こちらの銃弾はことごとく彼らを避けて通り、手榴弾にいたっては投げればこちらへ跳ね返ってくる有様だ。
 魔法士団に打ち勝つためには、周囲のピアナクロセイド濃度を低下させて後衛の魔法士を攻撃するしかない。魔法自体の持久力は低いので、長期戦に持ち込んで魔法士のスタミナ切れを待つ手もあるが、それを見越して組まれた編成を崩すのは容易いことではない。
「まあ、さすがというところか」
 誰にともなくレインネインが言う。その横顔には劣勢に焦る色など微塵もなく、かといって余裕に満ちてもいなかった。冷静に状況を見据えながら指示を出し、合間を見て自らも狙撃に加わっている。
 またひとり倒れた仲間を横目に、レインネインは短機関銃に弾を補填しながら言った。
「ピアナの制御システムにはまだアクセスできないのか」
「すみません、第三セクターから先へのハックが、まだ……」
 悔しげなメンバーの台詞を背で聞きながら、ソラはちらりと天井を見上げた。そこに開いた通気口のような小さな穴からは、魔法のベースとなるピアナクロセイドが絶え間なく供給されている。
 ピアナクロセイドを止めない限り、『神の左手』に勝ち目は無い。
 ここは完全なるアウェイなのだ。
「う……ッ」
 何かに腕を掴まれる。目には見えない力が、ずぶずぶと腕を呑み込んでいった。
「放せ……ッ!!」
 銃弾飛び交う通路へと引きずり出そうとする“それ”に、渾身の力で抗う。足を踏みしめ、ほとんど後ろへ倒れるようにして思い切り腕を引くと、それはぶちぶちと体から離れた。
 解放された反動で後ろへ転がる。筋が少しおかしな具合になった腕をさすりながら、ソラは歯噛みした。
 このままじゃ、らちがあかない。
 被弾しないぎりぎりのラインから、ソラはそっと通路の先をうかがった。
 場違いなほどに煌煌と明るい通路の先をふさぐ、黒い壁。新合金でできた分厚いシールドの列だ。あの装甲の列が、この第三棟から脱出して竜の収容庫を目指すはずだった『神の左手』の行く手を阻み、この階へと押しとどめている。
 階下へ通じる階段はあの列の向こうにしかない。
 棟内のすべてのエレベーターには、今は非常用のロックがかかっている。
 階下へ下りるには、あの装甲の列を倒すしかなかった。
 ピアナクロセイドの供給は、いつ止められるかわからない。
 すでに半数近くのメンバーが倒れている。
 これ以上戦力をそがれる前に、手を打たなければ。
 “見えない力”に捕まらないように素早く動けば、どうにかなるだろうか。
 現状を打開する策を探して必死で思考を巡らせているソラの隣に、短機関銃を抱えた残が駆け込んできた。
「無事だったか」
 壁にひたりと背を付け、通路の先をうかがいながら残が言う。作戦が始まってから残と顔を合わせるのはこれが初めてだ。
「うん、なんとかね。結構撃たれたけど」
「そうか。まあ、生きてて何よりだ」
 言うなり角から身を乗り出すと、残は黒い装甲めがけて銃弾を撃ち込んだ。
 ダダダ、と空気の爆ぜる音と振動が、残の肩を揺らす。
「しかし、せっかく生き残ったってのに、このままじゃ二人とも生きて帰れそうにないな」
 再び壁へひたりと張り付いた残が、唇の端を歪めて嗤う。レインネイン同様、その横顔に焦った様子は見られない。
 けれどその双眸の奥に、あきらめにも似た暗く冷たい何かが立ちこめているのにソラは気がついていた。その“何か”は『神の左手』のアジトで残と再会した時からずっと感じていたものだ。
 それが何なのか、ソラにはわからない。
 けれど――。
「朱世が、心配してたよ」
 銃弾を補填していた残の手が止まる。
「二葉、すごく可愛いよね。明るくてよく笑うところが朱世にそっくりだ」
 銃声がにわかに激しさを増す。通路の先でまたひとり、悲鳴を上げながら誰かが倒れた。
「必ず、生きて帰ろう」
 残の目を見据えながら、強く言う。
 それは、ソラ自身の決意でもあった。
「……そうだな」
 数秒沈黙した後、残が微笑む。目を細めて眉根を寄せ、口角をほんの数ミリ動かすだけの、残独特の笑い方だ。『貧困街』で暮らしていた頃でも数えるほどしか見たことのないその笑顔に応えて、ソラも微笑んだ。
 そうだ。必ず生きて帰る。
 生きて、ジインの元へ、帰ってみせる。
 誰のものかもわからない断末魔の悲鳴が、緊迫した現実へと引き戻す。
 微笑みをかき消して、残は引き金に指をかけて言った。
「一つ先の部屋からなら銃弾が届くかもしれない。ソラ、俺が一気に突っ込むからおまえは援護を――」
 こん、と何かが視界の端で跳ねる。こぶし大の黒い物体が、こちらを狙いすましたような実に不自然な軌道を描いて残の足下に転がった。
 ころころと無邪気に揺れるその物体に、時が凍りつく。
「――残!!」
 とっさに飛び出して物体を蹴りとばす。次の瞬間、衝撃が体を叩いた。
 爆音とともに、背中が壁にぶち当たる。
 すべての音が遠ざかり、視界が暗転した。
 ……――ラ――ソラ――。
「おい、ソラ!!」
 手荒に揺り起こされ、ソラは目を開けた。
 目の前の残の顔が苦しげにくしゃりと歪んでいる。
 どこかケガをしたのだろうか。
「う……ッ、」
 残にしがみつきながら体を起こして、ソラはぎくりと身をこわばらせた。
 黒々と濡れた右脚のズボン。その膝下に広がる、虚しい血だまり。
 足が……ない?
 後を追うようにして、燃えるような熱さが脚を這い上がってくる。
 倒れたビンの口から中身が漏れるように、赤黒い血がどくどくと床へ広がっていった。
「バカ野郎!! 俺なんか庇ってる場合じゃないだろうが!!」
「はは……これ……ちゃんと生えるのかな……」
 思わず笑う。歪んだ笑みは、そのまま苦渋の相へと変わった。
 バカ野郎。本当にそのとおりだ。
 この状況で、足をやられるなんて。
 バカだ。本当にバカだ。
「――く、そ……ッ!!」
 唇を噛み締める。拳を握り、ソラは無理矢理立ち上がろうとした。
 こんなケガ、何でもない。傷はすぐに塞がる。脚だって、きっとすぐに元通りに――。
 がくりとバランスを崩して、ソラはそのまま床に突っ伏した。
「――ッ、」
 ぎりり、と床に爪を立てる。
 どれほど血を流しても“ヒトガタ”が死ぬことはない。
 どんなに深く傷ついても、“核”と呼ばれる部分を魔法で傷つけられない限り、何度でも再生できる。
 けれど、この脚が元通りになるには、いったいどれくらいの時間がかかるのだろう。
 数秒や数分では無理だろう。早くても数時間。もしかしたら半日以上はかかるかもしれない。
「……ソラ?!」
 近くに倒れていた男の手から銃をもぎ取る。
「何をする気だ……おい、待て!!」
 残の制止を振り切って、ソラは銃弾飛び交う通路へと這い出した。
 今この状況で自由に動けなくなるなんて、それはもう死んだのと同じことだ。
 ――このまま、死ねない。
 データを盗み出すこともできず、脱出すらできないなんて。
 そんなままで、死ぬわけにはいかないんだ。
 脱出できなくてもいい。せめてデータだけでも探し出して、残に託すことができれば――。
 頭のすぐ上を弾丸がかすめる。倒れた男の体の影に隠れて、ソラは通路の先にドアを探した。
 この階のどこか、部屋のどこかに、端末があるはず。
 そこからどうにかデータを引き出せれば。
 ジインを救うためのデータを、せめて――。
 銃弾が肩をえぐる。ほぼ同時に、手にしていた銃がはじけ飛んだ。
「ソラ!!」
 身を隠していた角から飛び出しかけた残の足元を、銃弾の雨が削る。
 どこかの角から引きずり出されたメンバーが、血を吹きながらソラのすぐ隣に倒れた。
 誰のものとも知れない血の上に突っ伏しながら、ソラは浅い呼吸を繰り返した。
 鼓動の音が、やけに近く聞こえる。
 銃声と怒号、血と汗のにおい、鼓動と息づかいとが、ぐちゃぐちゃに混ざって感覚を埋めた。
 全滅。
 死。
 最悪の結末が脳裏をよぎる。
 ジインを救うデータも得られず、魔法院に一矢報いることすら叶わずに、ここで終わるのか。
 体に何かがのしかかる。見えない力に体が捕われるのを感じた。
 引きずり上げられそうになるのを必死で抗って、床にしがみつく。
 無様に這いつくばりながら、ソラは悔しさに低く呻いた。
 ――ジイン。
 心の中で呼ぶと、あの透明な笑顔がまぶたの裏に広がった。
 ジイン。ジイン。
 会いたいよ、ジイン――。
 手のひらに床の振動を感じる。銃弾飛び交う通路を、背後から誰かが駆けてくる。
 堅いブーツの靴音がすぐ後ろで途絶え、頭上を何かが飛び越えた。
 思わず見上げた視界の端で、見覚えのある暗色のコートがひるがえった。
「……ッ?!」
 驚愕に目を見開いたソラの前に降り立った人影が、そのまま通路を駆けながら手にしていた『支柱晶』を大きくなぎ払う。
 りん、と空気が鳴り、見えない糸が途切れて体が自由になった。
 魔法の呪縛から解放されても、ソラはその場から動けなかった。
 だって。
 そんな。
 まさか。
 どうして――。
「――ジイン!!」
 獣のような雄叫びを上げながら壁を蹴ってジインが跳ぶ。コートをひるがえし、『支柱晶』で大きく空を切った。一瞬遅れて辺り一面が炎に包まれる。
 熱風が頬にぶつかり、前髪を吹き上げた。
 ――あの時と同じだ。
 『ハコ』から自分を救い出してくれたあの時と同じ、ジインの炎。
 そうか。ここは『ハコ』……魔法士の、ジインのテリトリーなのだ。
 体をひねった勢いのまま、通路の奥めがけてジインが『支柱晶』を投げつける。敵の背後に突き抜けたそれは、淡い緑の光を散らしながら粉々に砕けた。
 間髪入れずに、ジインはまるで踊るように両側の壁に交互に拳を打ちつけた。辺り一帯の空気が一瞬光ってから、ぴたりと止まる。数秒の間を置いて、強烈な衝撃が通路を駆け抜けた。
 装甲が前へと倒れ、悲鳴が上がる。双方の銃声が止み、代わりにりんと空気が鳴った。
 空気の中に、ジインの息づかいを感じる。
 辺り一帯のピアナクロセイドを一瞬で掌握し、戦場を制したジインの背中が、陽炎の向こうで揺れた。
「上へ!!」
 淡く光る『支柱晶』を再び出現させながら、ジインが背後へ叫ぶ。
 『神の左手』の後方奥にある階段は、すぐ上の最上階と屋上へしか通じていない。
 最上階には会議室や上役室、テラス状の休憩所があり、さらに先の屋上にはヘリポートがあるが、どの扉にも今は非常事態用の強固なロックがかかっており、それを解除する術を『神の左手』は持っていなかった。
 ジインが背後からやってきたということは、どこか外へ通じる扉のロックが解除されているということだろうか。
 突然のジインの乱入に戸惑うメンバーたちが顔を見合わせる。
「いいから早く!!」
 ジインが再び叫ぶ。その様子をじっと注視していたレインネインが動いた。それを合図に、メンバーたちが次々と後方へ退いていく。
 残に引き起こされながら、ソラはジインを目で追った。
「ジイン……!」
 ソラの声が届くより先に、ジインの背が炎の向こうへ消える。
「俺たちも退くぞ!」
「でも……!」
「いいから来い!!」
 残の太い腕に促され、ソラはやむなく背を向けた。残に支えられながら、半ば引きずられるようにして、ソラは上階へ続く階段へと向かった。

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