6-5.後始末と噂話
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。難民は、ニュースや募金を求めるCMくらいでしか接点がありませんでしたが、この世界では、意外なほど身近に居るようです。
◇
午前中に辿りついたノウキーの街の中に入れたのは、午後になってからだった。盗賊達の処理に思いのほか時間がかかったからだ。
この街はクハノウ伯の領内では2番目に大きい街で、位置的にも交易向きの場所にある。にもかかわらず、人口は2万弱ほどしかいない。土地もセーリュー市の4分の1ほどしかない大きさだ。奴隷が全体の3割もいて、殆どが一般奴隷で下級奴隷や犯罪奴隷は極僅かのようだ。
盗賊達は――例のヤマト石で盗賊なのを確認した――門番に呼ばれてやってきた奴隷商人に売却した。男の盗賊が銀貨2枚。弓や武器のスキルを持っていたものやレベルの高かった一人はさらに高く売れたが、女の盗賊の方は安かった。中年女性は銀貨1枚だけだった。
盗賊を退治した報奨金として一人当たり銅貨10枚が支払われた。妥当なのか?
全部で銀貨48枚と銅貨140枚になった。これならオレじゃなくても、生かして連れてくる賞金稼ぎは多そうな気がする。
入市税は、一般人が大銅貨1枚、奴隷が銅貨2枚、馬車が1台あたり大銅貨2枚だったので、報奨金から相殺してもらった。
報奨金との差額分の銀貨5枚と銅貨10枚の入った小袋を受け取りながら、門番の青年と世間話をする。ここの門番は制服なのか、青い色に染めたシャツを着ている。
「いや、助かったよ。最近、他の領から入り込んだ難民が盗賊になる事が多くてね」
「どこかで災害でもあったんですか?」
難民といえば、戦争か災害だろう。
彼の話では、次に行く予定の領地から逃げ出す農民が多いらしく、このクハノウ伯領内の農村で農奴になったり、街で一般奴隷になったりするらしい。
奴隷になるのが嫌なものは、山に潜んで獣を狩ったり、畑を作ったりしていたらしいが、冬になるにつれて、盗賊に身をやつす者が増えてきているそうだ。
少し盗賊に同情しかけたが、賞罰に「殺人」がある以上は同情は不要だろう。
>称号「賞金稼ぎ」を得た。
◇
さて、入り口で用事をすませても良かったんだが、不足していた品を幾つか買い求める為に一泊する事にした。
町並みはセーリュー市と変わらないが、2階建ての家が少なく、平屋が多めだ。
人口密度が低いせいだけでなく、町の活気が少ない気がする。
入り口の門番に確認したが、この町でも獣人への風当たりは強いそうだが、割増料金を払えば宿に泊まれるし、金払いさえよければ普通に店で買い物もできるそうだ。残念ながら金持ちや貴族の住む一部の区画では歓迎されないので近づかないように、と忠告を受けた。
オレ達は、宿に馬車を預けた後に、まず全員で装備品を買いに行く事にした。宿からさほど離れていない場所にあり、武器屋と防具屋が並んで建っている。
まず、防具屋で5人分の防具を買う。オレとナナ、獣娘3人の分だ。防具といっても全身鎧はあつらえるのに時間がかかるので、面防の無い鉄の兜と、ベルトで調整するタイプの鉄の胸当て、同じタイプの膝下の防具、手の甲から腕を守るタイプの軽ガントレットを買う。
残りの3人は防具を不要だと言っていたので鎧は買っていないが、代わりに盾を余分に買うことにした。金属製の小盾と丸盾をそれぞれ3個買った。
ナナの防具を合わせていたときに防具屋のオヤジが、ナナの尻を撫でようとしたが、オレの鉄壁の防御で阻止した。まさか危機感知が役に立つとは思わなかったよ。最後に値切るときにネタにしたのは言うまでも無い。
全部で金貨30枚ほどを提示されたが、相場よりやや安い金額まで値切って、最終的に金貨14枚まで下げてもらった。
次に武器屋で、ミーアの弓矢を買う。ミーアが引けるような短弓は、3つしかなかったのでさほど時間が掛からずに購入できた。値切った上に矢30本を付けてもらって、金貨1枚だった。
この後は、宿に荷物を置きに戻ってから、三手に分かれて行動する事にした。
獣娘とアリサ、ルルで食材と日用品、調理器具の追加購入を頼む。
共同品の購入に銀貨を20枚ほどと、小遣いに各自に大銅貨を1枚ずつ渡しておく。銀貨が多めなのは、食料品を沢山買っておいてもらう為だ。
さっきの門番も言っていたが、難民が出るほど荒れているって事だから、最悪、街や村に寄らなくても大丈夫なように買い込む事にした。肉は大量にあるんだが、野菜や穀物、塩や調味料が不足している。
小遣いをあげたときにポチとタマが「肉~」と言っていたが、毎日あれだけ肉づくしでまだ肉が食べたいのか、好物にしても凄い。
「疲れた」
「人込みに疲れたのかもね、宿で休んでおくかい?」
「ん」
「ナナ悪いけど、一緒に居てあげてくれる?」
「イエス、マスター。母上の側にいます」
「違う」
ミーアが人ごみに疲れてしまったと言うので、宿で休ませる。一人にするのも可哀想なのでナナも置いていこうとしたんだが、自分とそっくりな顔が嫌なのか、ミーアに「いらない」と拒否された。
ナナの方は懐いているだけに、不憫だ。
ナナがミーアの事を母上というのは、血の提供者という意味合いらしい。ホムンクルスはクローンとは違うみたいなんだが、やはり遺伝的な母になるんだろうか?
ミーアが本気で嫌がっているみたいなので、ナナに拘りが無いなら「母上」ではなく「ミーア」と呼ぶように妥協してもらおう。
「ナナ、一緒に行こう。ミーア、お土産は何がいい?」
「リュートが欲しい」
「分かった、売っていたら買ってくるよ」
「テーブルにお金と果物を置いておくから、お腹が減ったら何か食べるんだよ」
「ん」
テーブルに大銅貨1枚と果物を数個置いておく。
◇
オレ達は、まず魔法道具屋に向かう。
ここは魔法書や魔法の道具だけでなく、錬金術屋と本屋が一緒になったような店だ。店主さんは、フード付きのローブを着た女性で、薄いベールで目元以外を隠しているので顔つきがよく判らない。AR表示では16歳となっているので、本来の店主さんの娘さんなのだろう。
店に入るときに彼女が怪しい緑のレンズの眼鏡をかけていたので、ナナは店の外に待たせてある。AR表示される説明文は相変わらずなので、機能を予想するしか無いのだが、ヤマト石の劣化版みたいなのでナナの種族がバレても困る。
「こんにちは、魔法薬用の秘薬を買いたいんですが、在庫はありますか?」
「3包みほどなら売れるよ。1つ銀貨1枚だ。ちょっと魔核が不足していてね、値引きには応じないよ。嫌なら止めておくんだね」
おお、婆声だ。変声の魔法道具でもあるんだろうか?
包みは医者で処方してもらった時に貰うような小さな紙の包みだ。正直暴利なんだが、相場でもその値段なのでボられているわけでもなさそうだ。
ちなみに秘薬とは魔法薬を作るときに使っていた光る粉だ。種類こそいろいろあるけど、練成に必須の素材だ。
そういえば領内の魔物がやけに少なかったな。
流石に、この値段だと買う気にならない。作り方は本に載っていたから自作するかな? 足りない材料だけ買おう。
「では安定剤はありますか?」
「ああ、安定剤なら大量にあるよ。あんた魔核を持ってるなら少し融通してくれないかね」
唐突な子だな。急に魔核を売れとか。
そこまで考えて、秘薬の主材料が魔核の粉末と安定剤なのを思い出した。
ポケットから蟻の魔核を取り出して、手のひらの中で相場を見てみる。セーリュー市の3倍近い値段だ。それでも大銅貨3枚ほどだ。テーブルに5つほど置く。
「あんた、いくら粉末にする前の魔核が安定しているからって、ポケットにそのまま入れるのは止めておきな。魔法を使うときに魔力を吸って破裂したらどうするんだい?」
なんと、破裂するのか。
そういえば蟻の足も破裂していたな。
オレは少女の忠告に感謝の言葉を返して保管方法を聴く。安定剤を塗りこんだ布で覆っておくといいらしい。
彼女は「小さい魔核だ」とか「色が薄い」とか散々貶していたが、1個大銅貨4枚で買ってくれた。せっかくなので同じ価格分の安定剤を買う事にした。
彼女は奥の部屋から10キロ近い大袋を持って出てきた。その袋は、なんとふわふわと浮きながら彼女の後を付いてやってくる。
おお、なんか魔法らしすぎて、逆に手品っぽい。
「それは魔法ですか?」
「自走する板だよ。そんなに珍しい魔法じゃないだろ?」
自分で珍しくないと言いつつ、ちょっと自慢げな感じが見え隠れしている。確かに術理魔法の初級本に、そんな名前の魔法があった。
彼女の持ってきた安定剤を確認する。AR表示では「安定剤/ウギの葉の粉末」となっている。相場だと金貨5枚分だ。大銅貨20枚つまり金貨1枚にも満たない魔核の対価としては多すぎる。
「ウギの葉の粉末ですね」
「そうだよ、よく判ったね。この辺じゃ珍しい品なんだけど、前に商人が薬の対価に大量に置いていってね。傷む前でよかったよ」
「この量だと、大銅貨20枚どころの値段じゃないと思うんですが?」
「あんた、ものの価値がよく判ってるね」
「それほど大量には要らないのですが?」
「そう言わないでおくれ、相場の半額でいいから引き取ってくれないかい?」
「差額は金貨で、ですか?」
買ってもいいが、こんなに使いきれるかな?
「いやいや、金貨よりも魔核を、もう少し譲ってほしいんだ?」
まあ、秘薬を作るための素材なんだから、まだ魔核を持っているって予想できるだろうけど、そんなに何に使うんだろう?
「来月、オーユゴック公爵様の領地で武術大会があるのは知ってるだろう? それに参加する騎士達が、錬金術士達から大量の魔法薬を買い占めちまってね。病人に使うような魔法薬が作れないんだよ」
なるほどね、そんな大会があるのか。使い道がこの子の言う通りか判らないけど、この子には何か必死さがある。別に大量にあるし、あと10個くらい譲ってもいいだろう。
「これと同程度の魔核が、あと10個は欲しいんだ」
「そんなにあったかわかりませんが、在庫を根こそぎ調べてきますよ」
「頼んだよ、その安定剤は先に持っていっていいよ」
安定剤を宿の馬車まで運んでからストレージに仕舞い、魔核を選ぶ。同じ種類ばかりあっても怪しいので適度に違うのを混ぜて10個になるようにした。1個だけ価値が高いものを混ぜておく。1個で銀貨3枚のヤツだ。
たしか骨魔兵に入ってたモノのはずだ。相場スキルで値段の違いは判るんだが、実際に本職の人が見てどんな反応をするのかが知っておきたかった。
「これでいかがですか?」
「早かったね、品質はさっきと同じくらいだね。うん? コレだけ、やけにいい石だね」
1つだけ混ぜておいた濃い目のヤツだ。
「お気に召しましたか?」
「ああ、助かるよ。これで強めの秘薬も作れるからね」
なるほど、この反応なら、20レベルまで魔物が出す魔核なら売却しても問題ないか。
中級までの本には書いてなかったが、魔核の等級で作れる秘薬のランクが変わるみたいだ。
「礼と言っちゃなんだが、この中から好きなものを1つだけあげるよ」
彼女はそう言って棚をごそごそ探して3本の巻物を持って出てきた。
AR表示では「巻物、術理魔法:盾」「巻物、術理魔法:探知」「巻物、術理魔法:短気絶」と出ている。相場スキルではそれぞれ銀貨5~6枚だ。
何というか、この子を店番にしてたら、店が潰れそうな気がする。
どれも術理魔法の魔法書の初級に載っている魔法だ。この中では盾が一番難易度が高い術だ。
「すみません、せっかくの申し出ですが、術理魔法の魔法書は持っているので……」
「あんたスクロールを使った事ないのかい? コレは使い捨ての魔法道具だよ。魔力を込めて発動語句を言えば使えるから、魔物に襲われた時に便利だよ」
ほう? 凄いな。
「それは術理魔法のスキルが無くても使えるのですか?」
「使えるよ。魔力が2~3割ほど多めにいるけど、スキルの無いヤツが呪文を唱えるのに比べたら変な副作用も無いしね」
なるほど、便利だ。
でも、悪用されそうな品だな――だから、セーリュー市では販売を制限していたのか。
そうだ、生活魔法の巻物は無いんだろうか?
「生活魔法の巻物は置いてませんか?」
「無いね、そんなモノを携帯できる財力があるなら、呪い士を雇った方が安いだろ?」
残念ながら無いようだ。なんでも製作コストが他の魔法と変わらないらしくて作る人間が居ないらしい。
でも、短気絶以外は、ナナの理術で使える魔法なんだよな。ちなみにナナは、その2つに加えて「魔法の矢」と「身体強化」「信号」が使える。
「できれば3本とも譲っていただけないでしょうか? もちろん2本分は現金で支払います」
「すまないね、1本だけならともかく、沢山売ると役人が煩いんだよ」
オレは少し迷ってから「盾」の巻物を貰う事にした。
街から出たら使ってみよう。
◆作中のお金の計算がややこしいみたいなので、オマケ情報。
※「4-2.幼女たちの買い物」でも書きましたが、貨幣レート下記の様になります。
金貨1枚=銀貨5枚=大銅貨25枚=銅貨100枚=賤貨500枚。
注意! 大銅貨1枚=銅貨4枚です。
※検算
一度、銅貨に換算してみます。
入市税:
馬車 大銅貨2枚=銅貨8枚
サトゥー、ナナ、ミーア 大銅貨1枚×3=銅貨12枚
アリサ、ルル、獣娘達 銅貨2枚×5=銅貨10枚
合計:銅貨30枚
報奨金:
1人あたり銅貨10枚で14人分。
銅貨140枚
差額:
銅貨110枚
銀貨1枚=銅貨20枚なので銀貨5枚=銅貨100枚
銅貨110枚 = 銀貨5枚と銅貨10枚になります。
※奴隷商人に売却した金額は含みません。