6-1.魔法が使いたい[失敗編]
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。カラオケの点数で60点以上を取った事がありません。絶対音感という言葉に憧れるサトゥーです。
◇
朝を知らせる鳥たちの声が聞こえる。
目を開けると布でできた天井から淡く光が差し込んでいる。少し眩しい。
そうか、昨日の野営地は石の多い荒地だったので、馬車の中で寝たんだった。
目が覚めた姿勢のまま視線を胸元におろすと、オレのシャツを緩く掴むたおやかな手が見える。視線を横にずらすと、そこにはオレの左手を抱きこんで眠る黒髪の美少女の姿があった。
かなり慣れたつもりだが、少しドキッとする。年齢差が無かったら理性が保たないところだ。
次に視線を反対側へ移す。
そこには巨大な双丘で頭を圧迫されて、不快そうに顔をしかめたまま眠る淡い青緑色の髪のエルフの少女と、彼女ごとオレの腕を抱え込んだ双丘の持ち主、実に美しい女性の緩みきった、あどけない寝顔がある。
皆を起こすのも可哀想なので、ささやかな柔らかさと、女の子特有のいい匂いを堪能しながら、まどろむ。
視線は、ナナの襟ぐりの広い寝巻きから覗く、柔らかそうな谷間にロックオンしているのは男の性だ。朝の生理現象は、理性の総力を結集して押さえ込んだので、このくらいの楽しみは許してほしい。
「ご主人さま、もうすぐ朝餉の準備ができるので起床してください」
明け方の夜番をしていたリザが起こしに来てくれた。声が平坦なのは気のせいのはずだ。
なんとなく後ろめたさに「ごめんなさい」と謝りそうになったが、なんとか堪えて朝の挨拶をする。
その声にルルとミーアが目を覚ましたようだ。
ルルは髪と服を整えながら、はにかむ様に挨拶を、ミーアは抱きつくナナを邪険に押しのけながら、短く「はよ」と小さく挨拶する。
ルルは挨拶を終えると、真っ白なエプロンを片手にリザの手伝いをしに馬車を出た。ナナは邪険にされても起きる気配が無い。
視線を足元に向けると、オレのズボンの裾を掴んだまま仰向けに眠るアリサと、その上に押さえ込むようにして眠るポチとタマの姿があった。
なんとなく状況が想像できる。アリサが夜這いを掛けようとして、先に隣で寝ていたポチかタマをどかし、それに反撃をしたどちらかにもう片方が加勢あるいは参加して途中で力尽きて眠ってしまったんだろう。そしてルルが漁夫の利を得たと。
衣擦れの音に振り向くと、ミーアが寝巻きを脱ぎ終わったところだった。
「拭いて」
そういってミーアが差し出すタオルで背中を拭いてやる。ナナが抱きついてたから寝汗をかいたみたいだ。
ミーアは、魔術士から助けた後、たまにこんな風に甘えてくるようになった。
どうも惚れたとかではなく、親兄弟に甘えるような感じがする。
「ミーア、無闇に異性の前で裸になっちゃダメだよ」
「ん」
短く返事をして頷くが、本当に分かっているのだろうか?
放っておいても年頃になれば自然と直るだろうし、あまり目くじらをたてないでおこう。たまに注意するくらいでいいだろう。
背中を拭き終わったので、ミーアにタオルを返す。ミーアは体の向きを変えて両手を広げて前も拭けの姿勢だ。
流石に下半身は下着を着けているが、上半身は長い髪が掛かっているだけだ。
「こっちも」
「ミーア、前は自分で拭きなさい」
「……サトゥー」
「甘えても、ダメ」
上目遣いに強請ってくるが、これ以上は危険だ。平坦な肢体とは言え、そのうち幼女趣味に捕まってしまいそうで怖い。
ミーアは渋々タオルを受け取ると、自分の体を拭き始める。
あまり見ていると背徳的な気分になるので、ナナ達を起こしつつ、馬車の外に出る。
◇
馬車の外には血臭が――
リザが調理している側の木に、血抜きの為にロープで木から吊り下げられた獣の死体が5つ。
AR表示では「茶狼の肉」となっている。そういえば夜中にポチとタマが排除していた。低レベルで10匹ほどの小さな群れだったので、レーダー越しに見守るだけで手出ししなかったけど、半分が「お肉」になっちゃったのか。
この調子だと、朝食は肉だな。肉はそれなりに好きだけど、朝から肉はちょっと止めてほしい。
「もうすぐできますから、これでも飲んでいてください」
そう言って、ルルがお茶を出してくれる。
寝巻きの上にシンプルなエプロンをつけているだけなので、目の前でクルっと回られると朝日の光に華奢な体のラインが透けて、ちょっと目のやり場に困る。
「ご主人さまとミーア用に、野菜スープとパンも用意してあるから安心してください」
「ありがとう、助かるよ」
リザに任せておくと、確実に肉オンリーになるのでルルの気遣いが嬉しい。
いつの間にか横にちょこんと腰掛けていたミーアが、オレの手からカップを奪い取ってお茶を飲んでいる。
いつもはオレの隣を取り合う小さな三人組も、朝は違う。リザの所に直行して、味見味見といって料理に手を出そうとしては、叱られている。昔懐かしい欠食児童みたいだ。
「マスターおっはー」
「おはよう、ナナ。朝の挨拶は『おはよう』だよ。アリサから教えられた変な挨拶は忘れる様に」
「イエス、マイロード」
敬礼して答えるナナを見上げる。こんなに近くに寄られると、見上げても胸に隠れて顔が見えない。実に素晴らしい景色だ。
アリサに教えられた変な言葉を矯正しながら、シートの上に座らせる。
最初に着ていた服が娼婦並みに扇情的だったので、今着ているのはリザの予備の服だ。最初は、オレのローブを貸そうとしたんだが、なぜかアリサの猛反対とルルの消極的な反対で却下された。
大皿に盛り付けられた、狼の内臓と野菜を炒めたモノと茹でたイモ、野菜のスープが今日の朝食だ。オレとミーアにはパンとカットされた果物が付く。
リザの指示の下、小さな3人組が手早く取り皿や食器を配ってくれる。もちろん肉の入った大皿の近くに陣取るのも忘れていない。
皆が食卓に着くと「いただきます」を合図に戦いが始まる。リザを筆頭にポチ、タマ、アリサが大皿から肉を狙って捕食していく。野菜炒めとはいえ7割くらいは肉なんだが、すごい速さで消えていく。3~4キロはあった肉が瞬く間に消費されていく様子は、なにかの早回し動画のようだ。
一方、ルルは行儀良く肉と野菜を一緒に口に運ぶ。ゆったりした速度だが、手が止まる事は無いので食欲は十分あるようだ。
若いっていいな~。朝から、よくあんなに肉が食べられるもんだ。見てるだけで胸焼けしそう。
ナナはそれを見ながら水を飲んでいる。
言っておくが、虐めではない。
生後半年ほどは、水と魔力しか受け付けないという話だったのだ。トラザユーヤ氏の残した錬金術の本にも書いてあったので間違いないだろう。
ナナの魔力の供給の仕方は3種類ある。
1つ目は、調整槽という専用の施設に入れて供給する方法。魔術士ゼンのもとにいたときはこの方法を使っていた。
2つ目は、青年誌でよくありそうなHな方法だ。いわゆる房中術と呼ばれる方法。ぶっちゃけ性交渉だ。オレはこの方法でも良かったんだが、「私のほうが先です!」というルルの唐突な叫びに止められてしまった。言った後で真っ赤になっていた姿が可愛いかった。もちろんアリサも反対していたんだがルルのインパクトに完全に喰われていたので印象に残っていない。もっとも本人にとっては失言だったらしく、2日ほどは目を合わしてくれなかった。
最後の3つ目は、心臓に近い位置に両手をおいて、心臓を魔法道具に見立てて魔力を供給する方法だった。あの立派な双丘に大義名分付きで触れる以上、オレには何の文句もなかった――のだが、実行寸前にミーアの一言に阻止された。
「背中」
そう、心臓に近いだけでいいなら背中側からでも問題ない。
毎回、魅惑的なうなじや、むき出しの肩とか背中のラインを堪能できるんだけどさ。1回くらいは、そう1度でいいから、この手で思うまま弄びたかった。
◇
食事を終え、服の背中をはだけたナナに魔力を供給する。
魔力の供給に強弱を付けると、くすぐるような感触があるらしく反応が面白い。
もっとも、監視するようにこちらを見つめるアリサ達の視線があるので、あまり遊べない。美女の艶やかな声は心に潤いをくれるのに、残念だ。
「今日も練習するの?」
「もちろんだ」
言っておくが、魔法の練習だ。何もやましい事は無い。
オレだけでなく、ポチとタマも短杖を持っている。魔法を練習するオレを、やたらマネしたがるので予備の杖を貸してあげたやつだ。
「じゃあ、見本行くわよ。1回しかやらないからよく見ててね」
アリサは長杖を誰も居ないほうに向けて、呪文を唱える。
「■■■ 微風」
呪文は完成し、柔らかい風が雑草を揺らす。
「うう、頭痛い。やっぱ、スキル持ってない魔法を使うと負担が大きいわ。本来の5倍くらい魔力使ってるかも」
アリサに礼を言って、魔法を唱える。
成功しやすいように、生活魔法の中で一番詠唱が短い魔法だ。
「■▼▲ 微風」
いつもの様に、失敗に終わる。
「ダメね、ぜんぜんダメ。最初の1節目だけしか合ってない。それにリズムが変よ」
リズムか自信がないな。
まずは詠唱を噛まずに言うところからだな。
「にゅるりれあと さるみならめらと おいよいおいわん」
「にゅるりあれと さるらみなめとら おいよいいおにゃん」
ポチとタマがお互いに向き合って、踊るように杖を振りながら適当な節回しで呪文を唱える。
もちろん成功しないが、2人とも凄く楽しそうなので余計な事は言わない。
「■◆▲ 微風」
「■▲◆ 微風」
「▲▲◆ 微風」
「ダメ、どんどんおかしくなってる」
何度も練習するが、アリサにダメ出しされる。
「アプローチを変えてみたら」
「たとえば?」
「そうね、焦らずに、まずはっきり発音するところから始めてみたら?」
そういえば、滑舌や発音関係の本も買っていたな。
本を読みながら、練習を始める。
早口言葉を練習し始めたところで、ポチ達の踊りを見ていたアリサが口を挟んできた。
「神アニメって5回言ってみて」
「かみあにめ、かみあみめ、かみあみい、無理」
なんだコレ。難しいな。
「次はね、母音の『あ』と『い』をハッキリ発音するようにして言ってミソ」
ふむ、職場の休憩所でBGM代わりに流れてたネットラジオで、声優さんが似た事を言っていた様な気がする。
試してみるか。
「ゆっくりね」
「かみあにめ、かみあにめ、かみあにめ、かみあにめ、かみあみめ」
「おしい、最後のだけアウト、ワンスモア! さあ、お立ちなさい、そんな事では梅天女の役なんて夢のまた夢よ!」
顔の半分を髪で隠して言うアリサ。なんだよ、梅天女って。
とりあえず、もう1回チャレンジだ。
「かみあにめ、かみあにめ、かみあにめ、かみあにめ、かみあにめ」
>「早口言葉スキルを得た」
>「滑舌スキルを得た」
よし、滑舌と早口言葉の2つを最大までポイントを割り振って、有効化する。
今なら、どんな早口言葉でも言える気がしてきた。
「■◆◆ 微風」
……失敗した。
「噛まなかったけど、リズムが違うのよ」
アリサの言う通り何度も試したが、詠唱は成功しなかった。音感には自信が無い。サウンドクリエーターからの不具合報告で、音の違いを聞き分けられなくて何度言い争いになった事か……。
出発の準備ができたとリザが呼びに来たので、魔法の練習を終了する。
馬車の中での練習は残念ながら無理だ。
舌を噛みそうになるし、馬車の振動で声が震えてとてもじゃないが、練習にならない。
明日こそ頑張ると心に誓って、御者台に上る。
左右を陣取るポチとタマの頭を撫でつつ馬車を発進させた。
日常を書くと長くなっちゃうのはナゼだ。
原典が梅の精だったので「紅」の代わりに使いました。