5-6.鼠のお姫さま
※2018/6/11 誤字修正しました。
サトゥーです。童話にはお姫様がよく出てきますよね。でも受難なお姫様が多いと思いませんか?
せめて、最後はめでたしめでたしで終わってほしいものです。
◇
「気がついたかい?」
オレは安心させるつもりで優しく問いかける。ところが、その子は飛び跳ねるようにオレと距離を取る。いや、取ろうとして貧血を起こして足を縺れさせて転がった。
「……ミゼはどこ」
知らない名前だが、思い当たるのは一人だけだ。
「赤い兜を被った鼠人族の騎兵の事かい?」
「そう」
警戒しているせいもあるだろうけど、口数の少ない子だな。
「君をオレ達に託して魔物と勇敢に戦って……逝ってしまったよ」
「そんな……」
ショックを受けないように誤魔化すか少し迷ったが、正直に言う事にした。
やはり少女にはショックだったのだろう、血の気が引いている。
「オレはサトゥー。旅の商人だ。君の名前を聞いてもいいかな?」
AR表示で見えてるが、やっぱり会話のきっかけは自己紹介と挨拶だろう。
「……ミーア」
一拍置いてから言葉少なに答えが返ってくる。
う~ん、ルルとは違った難しさがあるな。
「お姫さま、目が覚めたの~」
「ああ、ミーアという名前らしい」
「へ~、あたしはアリサよ。よろしくねミーア」
アリサはそう挨拶しながらミーアの顔を見て絶句している。
「どういう事、かしら」
アリサがオレに詰め寄ってくる。能力鑑定を使わなかったのか。
「何を聞きたいのか、ちゃんと言え」
アリサは一つ深呼吸する。
吸って。
吐いて。
また吸って。
「どうしてエルフなのよ!」
アリサがミーアの色白の尖った耳を指差しながら言う。
それにしても、そこまでタメを入れなくていいと思うんだが?
「鼠人のお姫さまじゃなかったの?」
「ちゃんと確認しなかったお前が悪い」
確かに最初受け取った時は見間違いかと思った。もっとも、だからこそエルフ語を取っておいたわけだ。ミーアとの会話もエルフ語だったんだが、アリサには聞こえていなかったんだろうか?
「くぅ、せっかくのチーズ盛り合わせが……」
鼠がチーズ好きっていうのは俗説だったはずだ。欧米のアニメのせいじゃなかったか?
「まあ、いいわ。とりあえず御飯よ!」
アリサがミーアの手を強引に引いて立ち上がる。
「お腹が減ったままだと、どんどん不幸な気がしてくるもの、たくさん食べて、たくさん泣いてあげましょう! それが何よりの供養よ」
アリサの癖になかなかいい言葉だ。漫画か何かの引用のような気もするが、わざわざ混ぜっ返す事もないだろう。
ミーアはアリサの勢いに呑まれて、食事の支度がされたシートに連れていかれる。
オレは2人と一緒に移動しながら、ミーアにアリサの言葉を通訳してやる。
◇
しばらく話していてわかったが、ミーアはシガ国語を喋れないだけで、大体の内容は理解できるみたいだ。
お陰で幼女達の通訳で食事ができない、という事態にはならずに済んだ。
AR表示でわかったミーアのステータスは、年齢が130歳。女性。レベル7。スキルは「水魔法」「弓」「精霊視」の3つ。称号は「迷路の主」「ボルエナンの森の幼子」。本名がミサナリーア・ボルエナン。愛称はリーアだと思うんだが、エルフの習慣なのだろうか?
迷路か。迷宮とは違うんだろうか?
外見年齢はアリサとルルの中間くらい。胸はアリサより慎ましい――これ以上の詳細はミーアのためにも語らずに済ませたい。
緑というよりは青に近い淡い青緑色の長い髪をしている。瞳は綺麗なエメラルドグリーンだ。肌は白く、不健康に見える一歩手前の痩身だ。
それにしても幼女が寄ってくる呪いにでもかかっているんじゃないかと不安になる。
ミーアは、さっきから肉を避けて野菜ばかり食べている。避けた肉はタマがちゃっかり攫っていく。反対側からポチが野菜をミーアの皿に移している。
好き嫌いしてると大きくなれないぞ?
一番注意しそうなリザを見ると、猪の腿肉を齧るたびに陶酔しているようで周りを見ていなかった。そっとしておいてやろう。
ルルは給仕に忙しそうだ。アリサが気を配っているので、ルルも給仕の合間にちゃんと食べている。
「いの肉おいし~」
「骨にくっついているのがいいのです」
「ミーアも遠慮せず食べなさい」
『肉、嫌い』
「肉は嫌いだってさ」
「あらら、エルフっぽいわね」
『エルフだもの』
「ルル、野菜だけじゃ味気ないわ、果物も切ってあげてよ」
『梨が好き』
「梨がいいってさ」
ミーアの返す言葉は少なかったが、他の幼女達とそれなりに会話が成立していた。
◇
食事が一段落して、皆でルルの淹れてくれたお茶を飲んでいる。
ポチとタマはお茶に興味が無いようで、シートの上で食後の睡眠を楽しんでいる。リザとルルは食事の後片付け中だ。
旅行記で「ボルエナン」を検索してみた。ここから南方、シガ王国の公爵領に隣接する森林地帯のようだ。迷宮都市までのコースからはちょっと外れるが、寄れない事はない場所だ。
送っていってやってもいいんだが、あの蟻達に追いかけられていた理由を確認した方がいいだろう。偶然の遭遇であの数に追いかけられるとは思えない。
オレはエルフ語で質問する。なるべく詰問調にならないように注意した。
「ミーア、君に幾つか聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「何?」
「どうして大羽蟻の大群に襲われていたのか聞いてもいいか?」
「……捕まえに来た」
「ミーアをかい?」
「そう」
ミーアはポツポツとこちらの質問に答えてくれる。他の者には悪いが、会話の通訳は後で纏めてしよう。
「蟻はどうして君を捕まえに来たの?」
「必要だから」
そりゃ、そうだろうとも。
質問を工夫しないと求める答えに届かないな。
「君を必要としているのは誰」
「……魔術士」
ワガハイ君の同類じゃないのは朗報だな。
「君を必要としている理由はわかる?」
「迷路のため」
それにしても迷路か、謎ワードが多い世界だ。称号が迷路の主だし、この子がいないと迷路とやらを扱えないのかな?
「迷路はどこにあるの?」
「……山」
「この近くかい?」
「たぶん」
あの靄というか蟻が湧いた山の事だろう。
もっとも、今のところ行くつもりは無いんだが。
「魔術士は迷路で何をしているの?」
「蟻とか人形を作ってる」
蟻の製造元か、どうも迷宮の亜種っぽいな。人形って動くぬいぐるみだろうか?
それにしても兵力を育てて何をする気か知らないが、どうせ碌でも無い事だろう。位置的に見てもセーリュー市に戦争でも仕掛けるんだろうか?
「何のために作ってるか知ってる?」
「……知らない」
食事をして赤みが差していたミーアの顔が蒼白になっている。知ってる感じだが言いたくないか、思い出したくないかのどちらかみたいだ。
「魔術士は君を追いかけてくると思うかい?」
「きっと来る」
そうだろうな。
ということはセーリュー市に引き返して、なんでも屋の店長さんに押し付ける案は却下だな。できれば、この案で行きたかった。
戦争になってもセーリュー市の軍隊が負けるとは思わないけど、飛行型の魔物に無差別に市街地が襲われて知り合いの娘達が殺されたりするとか、考えただけで胃が痛くなる。
銀仮面になって、魔術士を説得あるいは恫喝して迷路を放棄させるか、捕縛してセーリュー市の門番に押し付けるかする案で行くか? 少し思考が短絡的になっている気がする。
最後に本人の希望を確認しよう。
「ミーア、ミゼさんは君を故郷か同族の下へ連れていってほしいと言っていた。君の希望もそれでいいのかい?」
「……帰りたい」
「わかった」
「みんな少し遠回りになるけど、ミーアを故郷の森に送っていってもいいかな?」
前半はミーアに、後半は寝てる2人以外に尋ねた。特に反対意見もなかったので送る方向で話がまとまった。
無口っ子って難しい。