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デスマーチからはじまる異世界狂想曲 作者:愛七ひろ
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14-幕間2:ペンドラゴン太守の移民達

※2016/5/13 誤字修正しました。

※今回はサトゥー視点ではありません。
◇王都・下町◇


「お疲れさん、この後呑みにいかねぇか?」
「すまん、家族が待ってる」
「付き合い悪いオッサンだぜ」

 悪態をつく労働者仲間に軽く手を振って現場を離れた。
 今日の工事現場はしんどい分金払いが良かったんだが、明日からは少し早めに口利き屋の所に行かないといけない。

 レッセウ伯爵領から命からがら辿り着いたこの王都も決して楽園じゃなかった。
 朝から晩まで働いても、エールの一つも気楽に飲めない生活だ。

「ボルトさんお久しぶりです」
「アキンドーさん! 久しぶりじゃないか!」

 重い足取りで歩く俺の前に現れたのは、レッセウ伯爵領で魔物に襲われているところを助けてくれた行商人の男だ。

「今日は犬人と猫人の子供は一緒じゃないのか?」
「ええ、そうなんですよ」

 貴族様の専属商人という話なのに、この男はやけに腰が低い。
 ただの村人だった俺にも、いつも丁寧な口調だ。

「王都での暮らしはどうですか?」
「アキンドーさんが住む所を世話してくれたおかげで、かつかつだが何とかなってるよ」

 まったく、この人には頭が上がらない。

「そうですか――もし、暮らしぶりが大変なら、ペンドラゴン子爵様が移民を募集するそうなので、応募してみたらどうでしょう?」
「移民って事は、開拓村か?」
「ええ、そうです」

 商人のアキンドーさんには開拓村がどのくらい大変か分かっていないらしい。

 雑草と木の皮で飢えを誤魔化し、開拓民の何割かが三年以内に過労と飢えで死んじまう。
 そしてやっとの事で作物を収穫ができても、役人がみんな持って行っちまうんだ。
 俺だけならともかく、子供達や妻をそんな境遇にはできない。

「これは他言無用でお願いしたいんですが、その開拓地なんですが――」
「本当か?」
「ええ、本当です」

 信じられない事に、いつでも作物を植えられる畑に最低限必要な家具の揃った家、おまけに村で使える井戸まで完備されているらしい。
 話半分に聞いても好条件すぎる。普通なら詐欺を疑うような話だ。

 だが、王都に着いた時に、あるとき払いの催促無しで金貨数枚をかしてくれたようなアキンドーさんが俺を騙すとも思えない。
 むしろ、騙して奴隷にするつもりなら、最初の貸し付けに法外な利息を付けるだけでできたはずだ。

 実際に、先にレッセウ伯爵領から逃げた徴税官や村長は、そんな手口で奴隷にされていた。

「そ、それはあんたに言えば良いのか?」
「窓口はエチゴヤ商会がやるそうです。私はあまり王都にいませんから」

 エチゴヤ商会か……たしか、勇者ナナシ様の従者が経営する商会だったはず。
 うちのヤツもエチゴヤ商会の工場で臨時雇いに行っていたが、仕事が厳しいかわりに賃金が良かったって言っていた。
 珍しく最初の約束通りの金額を払ってくれる商会だったと言って驚いていたっけ。

「ありがとう、アキンドーさん。うちのヤツに話してから応募してみるよ」
「ええ、それがいいですよ」

 アキンドーさんは人の良い笑みを浮かべて、去って行った。





「え~、開拓村ぁ~。絶対にイヤ!」
「あんた、曾祖父さん達の開拓話を忘れたのかい?」

 家に帰った俺は、さっそく妻と娘に開拓村への応募の話をしてみたのだが、予想以上に強い拒絶をされてしまった。
 うちの村がまともに暮らせるようになったのは20年前、俺や妻の幼い頃は飢えに怯える日々が続いていたんだから、この反応も当然だろう。

 俺は慌ててアキンドーさんから聞いた話を伝える。

「父ちゃん騙されてるよ」
「そうだよ、あんた。作物を植えられる畑に最低限必要な家具の揃った家なんて上手い話がある訳ないじゃ無いか」
「いや、だけどアキンドーさんがだな――」
「それはアキンドーさんも騙されているんじゃない?」
「あの人、私達が心配になるくらいお人好しだったしねぇ」

 なおも抗弁するが、女二人に口で勝てるわけもない。

 だが、いつまでも王都にしがみついても――。

「このままじゃジリ貧だ。食い物の値段が安定してるから飢えずに済んでるが、この前の魔物騒動で増えた工事もそろそろ無くなる。日雇いの仕事が減ったら、あぶれた人足にんそくの買いたたきが始まるさ。毎日あった仕事が減って給金まで下がったら、ここの家賃だって払えなくなる」
「でもでも、あたしが酒場の手伝いで貰ったお金やお母さんがエチゴヤさんの工場こうばで働いた給金だってあるからさ」

 成人前の娘には、下町酒場の女給なんて安娼婦と変わらないって事が分かっていないようだ。
 下町の互助会が怖い兄さん達を巡回させてくれているお陰で、最近は犯罪やもめ事が減ったらしいけど、街娼がいなくなったわけでも助平な酔っ払いが減ったわけでもない。
 親からすれば、そんな場所にいつまでも嫁入り前の娘を働かせたくないんだ。

「エチゴヤ商会の小月単位の期間工員じゃなくて、正規工員になれたらもう少し生活も楽になるんだけど……」

 妻が頬に手を当てて吐息をつく。

 エチゴヤ商会の正規工員は王都に家を買えるくらいの高給取りだって話だが、手に職を持つような連中や学のある連中にしかなれない。

「そのエチゴヤだぞ」
「何がだい?」

 言ってなかったっけ?

「開拓話の仲介をするのは、そのエチゴヤだって話だ」
「そ、そうなのかい?」
「あ、ああ」

 急に勢い込んだ妻に頷き返す。

「ねぇ、父ちゃん。開拓先ってどこなの? やっぱりレッセウ伯爵領?」
「いや、ムーノ伯爵領のペンドラゴン子爵様の管理下の村らしい」
「ペンドラゴン! ペンドラゴンってあのペンドラゴンよね! 『傷なしのペンドラゴン』――ミスリルの探索者でシガ八剣に勝った女蜥蜴人の槍士を家臣にしている方よね!」

 机の上に足を載せた娘が天井に向かって拳を突き上げた。
 娘の話は俺も知っている。娘は酒場の酔っ払いから、俺は現場の噂好きのヤツから聞いた。眉唾話にしか聞こえなかったが、どうも事実らしいってのがうちの家族の認識だ。

「父ちゃん! さっきの話って本当かもしれないよ!」

 娘の話によると、ペンドラゴン子爵が「階層の主」討伐で得た宝物のオークションでの売値は金貨3万枚を超えるらしい。
 酒場に来た商人の小間使いが、オークション会場で耳にしたと話してくれたそうだ。

「エチゴヤさんが仲介しているなら大丈夫じゃないかねぇ。エチゴヤさんは嘘やごまかしに厳しいから」

 妻がしみじみと呟く。
 職場で何かあったのだろう。

「なら、応募でいいんだな?」

 頷く二人に確認し、翌日俺はエチゴヤ商会の下町支社へと応募に行った。
 今日の昼からの公募開始だったらしく、受付の人が驚いていた。

 公募は瞬く間に埋まり、抽選になったらしいが、俺達はアキンドーさんの紹介という事になっていたらしく、抽選なしに移民できる事になった。
 あれからアキンドーさんに会っていないが、一度ちゃんとお礼をしたいと思う。





「ひ、飛空艇?」
「父ちゃん、本当に移民なんだよね?」
「連れられた先で奴隷なんて事はないよね?」

 妻と娘が横で俺の袖を引く。
 俺も目の前の状況が理解できない。

 俺達が移民するムーノ伯爵領がフジサン山脈を越えた反対側だって話は聞いていたが、てっきり徒歩と荷馬車で山脈を迂回すると思っていた。
 まさか、飛空艇で移動する事になるとは……。

「まるでお貴族様みたいだね、父ちゃん」

 虚勢を張る娘に手を引かれて飛空艇に乗り込んだ。
 天井は低く狭い。ゴザの敷かれた床に座ると、隣のやつらと背中が当たる。

「持ち込み荷物の制限はこれだったんだね」
「ああ、そうみたいだ」

 移民なのに家財道具の持ち込み量に制限があるのが不思議だったが、これなら納得だ。
 俺は預けた荷物の割り符を握りしめ、出港を待った。

 ――ん、いつの間にか眠っていたようだ。

「皆さん、お疲れ様でした。ムーノ伯爵領ブライトン市に到着です」

 エチゴヤ商会の制服を着た娘が扉を開けて、移民希望者達に降船を促して回っている。
 ムーノ伯爵領ってのは一眠りする間に着くほど、王都から近いのか?

「信じられない……陸路なら三ヶ月から半年、海路でも二ヶ月以上はかかるはずなのに……」

 商家の三男坊だという青年が呆然と独り言をブツブツと呟いていた。
 娘が俺の陰から気味悪そうに青年を見ている。

「王都と公都の定期空路でも三日はかかると聞いたのに、どうやって……」
「あら、よくご存知ですね。王都からここまでも五日の行程ですよ。乗船定員の五倍近く詰め込みましたから、普通の運行だと色々と支障が出るので魔法で眠っていただいていたんです」

 三男坊の疑問に、案内役のエチゴヤ商会の娘が朗らかに事情を話す。
 事前に説明が無かったのは、知っていたら魔法にかかりにくくなるからだそうだ。

 確かにあのぎゅうぎゅう詰めの場所に五日を閉じ込められていたら気が触れそうだから、文句を言うのは止めておこう。
 そういえば、五日も経っているわりに腹が減っていない。
 魔法で眠らされると腹も空かないのか……王都の豪商が抱える魔法使いってのは凄いもんだ。

「綺麗な街だね」
「ほんとうだねぇ、あんな場所に一度でいいから泊まってみたいねぇ」
「この辺は貴族様のお屋敷があるあたりなんだろう」

 白いお屋敷が並ぶ町並みを、妻と娘が憧れの眼差しで見つめる。
 願いを叶えてやりたいが、俺達は一介の移民だ。天地がひっくり返ったってそんな夢は叶わねぇ。

「みなさん、注目して下さい!」

 エチゴヤ商会の娘が高い壇の上に立って大声を上げた。
 後ろには貴族然とした衣装の若い娘と頬傷に白髪の若い男が立っている。

「あのお姫様は誰かしら?」
「領主様の奥様じゃない?」
「まさか、奥様が移民にわざわざ挨拶か?」

 移民達の間にざわめきが広がった。

「お静かに! これより太守代行様よりのご挨拶があります」
「皆様、はじめまして、太守代行のリナ・エムリンと申します。不慣れ故、ご迷惑をお掛けすることもあるかと存じますが、困った事や相談したい事ができたら市役所までお気軽にいらしてください」

 成人前にも見える幼い太守代行が必死に言葉を紡ぐ姿には、応援したい気持ちと経験の浅い太守代行への不安がない混ぜになる。

「太守代行様ありがとうございます。市役所には経験豊富な官吏が沢山いるのでどしどしおこしください」

 移民達の不安を感じ取ったのか、エチゴヤ商会の娘が補足を口にした。

「皆さんの移民先の村々はいつでも受け入れ可能な状態ですが、今からだと到着前に日が落ちるので、出発は明日の朝となります」

 なら、今日はこの都市で野宿か。
 飛空艇広場の端の方は草も生えているし、少しはマシな寝床にできそうだ。

「これから本日宿泊する宿に向かって頂きます。宿代や本日の夕飯と明日の朝食は太守様持ちなのでご安心下さい。割り符の色別にご案内しますね。それと、荷物は先に宿に搬送してあります」

 ……こうまで待遇がいいと逆に不安になる。

 いくらなんでも気前が良すぎないか?
 広場の隅に野宿できて、ゴザや温かいスープでも差し入れてくれるだけで、「太守様万歳」って叫ぶくらいなのに、宿屋食事まで付くなんて……。

 領主は俺達に何をやらせたいんだ?





「凄い宿だったね、父ちゃん」
「ご飯も美味しかったわ~」
「そうだな……」

 宿代が一部屋金貨二枚、食事が朝夕で金貨三枚って知らなきゃもっと楽しめたけどな……。
 従業員達の会話でそんな話を聞いちまった。
 金貨五枚も稼ごうと思ったら何年かかる事やら。

 宿の中庭に用意されていた荷車に、自分たちの荷物を積んでいく。
 荷車を引くのはヤクという見慣れない動物だった。山羊を茶色に塗って大きくしたような姿だ。
 兵士を護衛に付けた羊飼い達と同道して一緒に護衛して貰うらしい。

 俺達と同じ村に移民する人間は50人ほど。
 独り者の若者も多く、それに合わせたように娘を連れた家族がいるようだ。

 途中で羊飼いと別れ、山道を登ると開けた場所に出た。村の入り口には左右に狼の像が並んでいた。村長の趣味なのだろう。
 広く整備の行き届いた農地、前に住んでいた村の村長の屋敷と同じくらい立派な家々が立ち並んでいる。

「おい、この土凄いぞ」
「本当だ、ふかふかで森の中の土みたいだ」

 堪らずに畑に飛び出した男達が言葉を交わしている。

 もしかして、俺達の入植する村も、こんなに立派な感じなんだろうか?
 そんな甘い考えが脳裏を過ぎった。

「皆さん、集まって下さい」

 案内娘の呼びかけに、荷車をその場に残して集まる。
 村の方からも何人かの人達が集まってきた。皆、立派な衣服を着ている。恐らく、ここは太守様の荘園に違いない。

「お疲れ様でした。ここが皆さんの入植する村になります」

 ――なんだと?!

 信じられなくて周りの人達と目で問い合う。
 驚きすぎて言葉が出てこない。

「こちらの方達は、皆さんが村に馴染めるようにお手伝いくださる職人の方達です。村の設備に関してはこの方達にお尋ねください」

 まさかの、まさか、だった。
 レッセウ伯爵領の村にいた頃の倍近い面積の農地に、10人くらいは一緒に住める納屋付きの大きな屋敷。中身はいないが家畜小屋まで付いている。
 一月ほど先になるが、太守様が山羊や橙鶏なんかの家畜を委託してくださるって話だ。

 その時、村の北の方が騒がしくなった。

「大変だ! 空を見ろ!」

 げっ、甲虫じゃねぇか。
 見た目は弱そうだが、レッセウ伯爵領では騎士様や兵士達が束にならないと勝てない強敵だ。

「あらら、まだ狩り残しがいたんですね~」

 案内娘が短杖片手にのんびりと呟く。

「そんなに慌てなくて大丈夫ですよ。ほら――」

 彼女の指差す先では、翼の生えた石像が甲虫を地上に叩き落とす姿があった。
 さらに村の入り口の方から走ってきた二頭の狼が甲虫に殺到する。

「とうちゃん、あれって、村の入り口にあった石像だよね?」
「あ、ああ……」

 一方的な戦闘はすぐに終わり、甲虫の死骸を残して石像達は自分達のいた場所へと戻っていった。

「後で説明する予定だったんですが、手間が省けましたね。あの石像は太守様のご依頼で設置したエチゴヤ商会の最新鋭防衛ゴーレム達です。夜盗や魔物は防いでくれますが、猪や猿なんかの害獣とか小悪党には対処してくれませんので、ご注意下さいね」

 ゴーレムに守られた村なんて聞いた事もない。
 だが、あの強さなら大抵の魔物は退治してくれそうだ。
 領主が重い腰を上げるまで、村で何人も犠牲を出しながら決死の覚悟で撃退していた頃を思い出して目頭が熱くなった。

 これだけ良くして貰ったんだ、来年からでも税が払えるくらい野菜や麦を育ててみせる。

「父ちゃん、すごいね」
「あんた、頑張ろうね」
「ああ、今日からでも作付けを始めるぞ!」

 俺は真新しいクワを片手に畑へと足を踏み出した。

※次回更新は 5/15(日) の予定です。
 一つ前のSSと被る内容なので、ボツにしようかとも思ったのですが、せっかく書いたのでアップしてみました。

※アキンドーはサトゥーの変装の一つです。
※「金貨3万枚」は尾鰭のついた酒場のお話です。
※一般には知られていませんが、「下町の互助会」はエチゴヤ商会の下部組織です。
+注意+
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