10-48.狗頭の魔王
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。等価交換という言葉があります。差し出したものの価値に等しい対価を受け取る古来より存在する行為です。日本古来の神々は、祈りや供物を対価に雨を降らし豊作をもたらしたと神話に記されています。異世界の神は災害を神託で伝え、勇者召喚を手伝いますが、彼らは何を受け取っているのでしょうね。少し、気になります。
◇
魔王に問いただすべき事柄は2つ。
一番重要なのは、神の欠片の事だ。絶望や恐怖などの強い感情の発露が魔王化のトリガーになると、アイツは言っていた。アリサは躁鬱の激しいヤツだから、神の欠片を除去する事が可能なら、その方法を聞き出したい。
――魔王が呼び出した獅子の体に老人顔が生えた巨大な魔物が襲いかかってきたので、自在剣で適当に斬り刻んで始末する。
二つ目は、アイツの言う存在の正体だ。大体の目星は付くが、どんな性格なのか、どんな技や道具を使うのかを知っておきたい。できれば敵対したくないが、可能な限り対策をしておかないと、いざという時に皆を守れなくては困る。
――今度は炎でできた巨人と竜巻でできた巨人が左右から襲ってきたので、「爆縮」の魔法で圧殺した。
あとはフルボッコにしてから、聖職者に手を出さないように約束させられないか試してみるか。悪魔とかだと誓約を違えられないとかあるけど、魔王はどうなんだろう。
少年漫画の敵役みたいに、対戦後に友情が芽生えたら楽なんだけどね。危なくなったら、「お前を倒すのは俺様だ!」みたいな感じで加勢に来てくれたりとかさ。
――単体で強い魔物では意味が無いと思ったのか、百匹近い深紅色のサソリを砂漠に召喚したようだ。次々と赤い点がレーダーに増えていく。
オレを囲むように召喚していたので毒針でも飛ばしてくるのかと予想していたのだが、ハサミからマシンガンのように火弾を撃ち出し始めた。さらに一回り大きい朱色のサソリも現れて、背中の甲殻が、潜水艦のSLBMの発射口のように開いて、誘導型の火球を撃ち出してきた。まるでミサイルみたいだ。
火弾は「誘導気絶弾」で迎撃し、サソリ本体は「集光」と「光線」の合わせ技で始末する。どちらも必中なので楽で良い。
それにしても、こうもホイホイ召喚するなら、巨大牛とか巨大豚の魔物とかがいいな。クジラを召喚してみせた黄肌魔族のセンスを見習ってほしい。ああ、ミノタウロスとかを出すのは無しで。
しかし、これだけ召喚しておいてMP消費が1割っていうのは、どういうことだろう。MP10万とかシャレにならない量があったりするのかな。
「まったく、『軍団召喚』で呼び出した無敵の軍勢も、貴方の前ではゴブリンにも等しいのですな」
魔王が渋面になりながら、オレの魔法で倒された死体の山を睥睨する。
考え事をしながらだったせいで、適当な力押しだったのがお気に召さなかったようだ。
うん、真面目にやろう。
◇
「少し考え事をしていた。許せ」
ヤツの勘違いを維持するためにも少し横柄な感じにしてみた。
「許せとは、また珍しい。貴方は幼女以外にどう思われようと意に介さない方だと思っていたのだが?」
げっ、まさかのロリコンか!
そういえば、魔王がエルフの森を襲ってきた事は無いとアーゼさんも言っていた。てっきり、エルフの戦力が怖いのかと思っていたけど、黒幕的なポジションのヤツがロリコンだったからとは予想のナナメ上過ぎる。
おっと、オレが攪乱されてどうする。話をアリサの事に持っていかないと。
「さきほどの紫の髪の娘に、ずいぶん親身に助言していたのが意外だったのだ」
「転生者など珍しくもありませんが、貴方にオモチャにされる娘が不憫でね」
「不憫に思うなら欠片を取り出してやればいい」
「あの娘を殺せと? 神の座に片足を踏み入れた程度では、欠片を取り出せない事など先刻ご承知のはずだ」
ちっ、取り出すのは無理か。巫女長にギアスの相談をしたときに神への祈願魔法がどうとか言っていたから、それで除去できないか聞いてみるか。
「では、第二ラウンドと参りましょうか? 魔力を回復するまで待っていただいた甲斐があったと言わせてみせましょう」
魔王はステッキをくるりと回すと3メートルほどのグレイブのようなポールアームに変形させた。オレの知っているグレイブと少し違い、長柄の先に大剣ほどもある片刃の穂先が付いている。
オレもストレージから聖剣を取り出す。クラウソラスは壊れたら困るので、安定の前座――デュランダルを取り出す。前にアリサに預けていたけど、オリハルコンの聖剣と交換でオレの手元に帰ってきている。なんだかんだ言ってもバランスがいいので使いやすいんだよね。それに切れ味が落ちても鞘に戻すだけで復活するので、手入れが楽だったりする。
自前の聖剣は、伝説級の素材のお陰で神授の聖剣まであと一歩の所まで来たんだけど、まだまだ魔王との戦いに使うには心許ない。
「どうなされた? 先程といい勇者の武器を使うなど、遊びが過ぎるというもの。僕が相手では、ご自慢の次元刀と虚無刀を振るうには値しないと?」
すっごい危なそうな名前の武器だ。魔王が勘違いしている黒幕氏とは、絶対に会いたくない。対戦するなら千年後にしてほしい。いや、千年なんて誤差だとか言われそうだから、ビッグクランチの後がいいな。
「では、使いたくなるような技をご覧に入れましょう」
魔王は自身の周辺に七色の光る玉を生み出す。前に勇者の仲間が、禁呪を使おうとした時と感じが似ている。撃ち出す前に魔力破壊で潰すかな。
「まずは、炎の剣」
赤い玉にグレイブを突っ込むと、グレイブの刃が燃え溶け1メートルくらいの揺らめく炎の刃が形成された。
ポチの使う瞬動のような動きで急接近してきた魔王の一撃を、魔力を通し聖刃を発生させたデュランダルで受け止めようとしたが、危機感知の反応にしたがって受けずに回避を選んだ。
代わりに相手の剣を受け流すのに使った自在盾と自在剣が、燃え上がる。
魔力の集合体の剣や盾が燃えるだと?
「『燃焼』という概念を編みあげて刃に変えたモノですが、まさか貴方の神舞装甲や竜破剣を燃やせるとは!」
黒幕氏は、オレの自在剣や盾の上位互換みたいな技を使うのか。発想が似ているんだったら、イヤだな。オレが創ろうとして構想で止まっている魔法まで、もう完成しているのかもしれない。
おっと、疑心暗鬼は止めておこう。
「トロールの魔王から奪った『森羅万象』のユニークスキルが、こんなにも素晴らしいものだったとは、嬉しい誤算だ」
他の魔王からユニークスキルを奪えるのか?
さっきのアリサの話から考えて殺した魔王から奪ったんだろう。
あれ? アリサのユニークスキルを奪わなかったのはどうしてだ?
ちょっと挑発気味に問うてみる。
「ふん、他の魔王からの借り物か。さきほどの娘からも奪えば良かったのではないか?」
「僕は自分の器を熟知しているのですよ」
魔王は、オレの質問に答えながら「燃焼」の効果がきれたグレイブを白い玉に突き刺す。
白い玉の効果は「消滅」らしい。
「今持つ7つのユニークスキルが、この身に宿せる限界でしょう。これ以上手に入れようとすれば、神の欠片の力に自我を喰われて狂える魔王に堕してしまう」
なるほど、宿し放題って訳じゃないのか。しかし、7つもユニークスキルがあるのか? 猪王が3つ、アリサが2つ、ゼンは直接確認したのは1つだが話した内容からして2~3個はあるような口ぶりだった。オレの4つと比べても、こいつだけ飛び抜けて多いな。
やつのグレイブを自在剣と自在盾で防ぎ、その隙に「爆裂」の魔法で玉を全て破壊する事にした。
自在剣と自在盾を重ねて、迫る白い刃を受ける――いや、無理か。自在剣や盾が白い光に触れた瞬間に消えていく。黒竜ヘイロンのブレスや牙を受けた時でさえ、一瞬の抵抗ができていたのに、それさえない。
とっさに、爆裂の魔法の対象を魔王に変えて炸裂させる。
読まれていたのか、魔王が作り出した漆黒のカーテンで爆裂の魔法は防がれてしまった。
漆黒のカーテンは「絶対魔法防御」とAR表示されている。
おいおい、さっきの「絶対物理防御」と合わせたら無敵じゃないか。黄金の猪王でも、物理カット99%に魔法カット90%しかなかったのに、それ以上なんて、チートにも程がある。
2つの効果が同時に使えないのを期待して、ストレージから取り出したショットガンを魔王に撃ち込む。この散弾は、魔力過剰充填の聖短矢と同じ作りのモノだ。聖散弾とでも命名するかな。
聖散弾は、魔王の周囲に生まれた鱗状の小盾群を蹴散らしながら魔王の下半身に穴を穿っていく。
どうやら、絶対魔法防御と絶対物理防御は、同時には使えないようだ。
魔王は聖散弾の直撃を受けて下半身を失いながらも、白く発光するグレイブをオレに振り下ろす。ストレージからとりだしたアダマンタイト製の長槍で、グレイブの実体部分を打ち据えて難を逃れた。
アダマンタイトの長槍でさえ白光に触れた部分が、綺麗に消滅している。
この光を打ち出す技があったら、ちょっと危なかったかもね。実体部分まで効果が及んでいなくて良かったよ。
「ふふふ、まさか銃のような骨董品をそのように使うなんて! 実に酔狂な貴方らしい」
ふむ、ラスボス氏は酔狂な趣味人と。
やっかいなので、残りの玉は聖散弾で破壊しておく。
「だが、僕の本気はこんなモノではありませんよ? 『軍団召喚』と『森羅万象』、そして『滅心狂乱』を合わせると、こんな事もできるのですよ」
すごい勢いで砂漠の砂が魔族に変わっていく。砂を森羅万象で魔族の苗床にでも変化させたのか? チートすぎるな。
産み出された砂の巨人達は、それぞれ中級魔族クラスのレベルと狂乱状態による攻撃力300%アップのオマケが付いているようだ。奴らの近くにガラスの様な砂が浮遊している。おそらく、オレのレーザー対策だろう。
向こうの準備を待つと面倒な事になりそうだし、砂の巨人から素材がとれるわけでもなさそうなので一気に殲滅する事にした。
少し上空に移動する。地上から砂の巨人達が渦巻く砂で創った槍を打ち上げてくるが、問題なく自在盾で防ぐ。5発くらいで自在盾が一枚無くなるから、数が増えたら厄介そうだ。
空中で、ストレージから海水を出す。
校舎百個分以上の大量の海水を材料に「津波」を使う。上級の「津波召喚」はどこでも使える魔法なんだけど、中級の方は海とか湖のような水源のそばでしか使えないんだよね。
熱砂に触れて一部が蒸発するが、その圧倒的な質量が砂の巨人を突き崩していく。
もっとも、ダメージを与えただけで倒せてはいないようだ。
「おお、さすがは魔を司る者! 砂漠でわざわざ津波とは! 僕には無い発想をされる!」
微妙に馬鹿にされた気がする。
続けて、水に対して「氷結」と「氷柱の園」で凍結させた砂巨人を氷柱で串刺しにして粉々にする。元が砂だから効果がないかと思ったが、問題なく倒せたようだ。
次の呪文の為にも、火炎嵐で氷を蒸発させておこう。
蒸発した水が空に分厚い雲を作る。天空で渦をまく暗い雲の間から時折、稲光が漏れて天魔の最終決戦みたいな雰囲気になってきた。
そろそろ情報は十分だけど、もう一度くらい変節する気がないか確認してみようか。
「最後に、もう一度聞くけど、聖職者に手を出すのを止める気はないか?」
「ありませんな。神殿を討ち滅ぼし、神官や巫女を殺し、信者を奪うのは、神の力を削ぐ為に必要不可欠なのですよ。神と戦うには、神力の元になる信仰心や、神を形作る『神は絶対的な善』であるという誤認識を砕く必要があるのですよ」
こっちの神様も、ギリシャや北欧の神様とかみたいに浮気や理不尽な行いをしているのかな?
「どうして、そこまで神を嫌悪するんだ?」
「それこそ今更でしょう。彼らはこの星の人々を、己の力を増幅させ神の階梯を上げるためだけの畑としか考えておりません。自分たちに都合の悪い文明が発展しようとすれば、内憂や外患を煽って潰し、人々が神を求めるように過酷な災害を起こす。自作自演もここに極まれりといった無能な全能者達を排除したいと思うのは当然でしょう?」
魔王の言葉を鵜呑みにするのは危険だが、符合する事柄が多すぎる。
過去に勇者や転生者達がいたなら、もっと科学が発展してもいいはずだ。少なくとも紙があれだけ普及しているのに活版印刷が無いのは不自然すぎたからね。飛空艇の数が作れないなら、気球や飛行船くらい作れるだろうし、熱気球なんて、それこそ火魔法使いが一人いれば飛ばせそうだ。
だが、突然の乱入者によって、狗頭の魔王との会話はそこで終わってしまった。
次回は遅くとも1/5(日)までには投稿します。