10-42.ミスリル証
※6/20 誤字修正しました。
※6/21 加筆しました。
サトゥーです。手に入れようと努力に努力を重ねても、なお届かない事はよくあります。他の人は簡単に手に入れたように見えるのに、自分だけが届かない。そんな悔しい想いがあるからこそ、結果が輝くのでしょうか?
ネットゲームのレアドロップの話ですけどね。
◇
ボルエナンの森から戻って2週間ほど経つが、皆のレベル上げや迷宮都市での事業はそれなりに順調だ。
「思ったよりも広いわね」
「ああ、御用商人たちが確保していた土地を纏めて譲ってもらえたからね」
今日はアリサと2人で、私設孤児院と探索者育成校の建設予定地を視察中だ。平均的な小学校と同じくらいの大きさだから、都市内としてはかなりのサイズだ。侯爵夫人の口利きのお陰で、ただ同然の価格で手に入れたが、相応の価値のあるアクセサリー類を謝礼代わりに贈ってある。
春の王国会議が近いので、侯爵と夫人のペアで映える派手目の装身具を作ったのだが、普通の貴金属や宝石を使ったにもかかわらず、相場スキルで判定できないレベルになってしまった。迷宮に篭るよりも、貴族相手にアクセサリー類を売り捌いた方が儲かる気がしないでもない。侯爵夫人には、交易都市に立ち寄った時に異国の商人から買ったと告げてある。作者欄は、適当な偉人名を割り当ててある。正直、ミケランジェロにしたかダビンチにしたかは覚えていない。
「あとは、教師のまとめ役とか欲しいよね」
「そうだな、組織のリーダーや経理を任せられる人材が欲しいんだけど、なかなかね」
実際、ミテルナ女史の係累や侯爵夫人の紹介してくれた貴族達と面接してみたのだが、教師として雇うならともかく、リーダーや経理を任せられるようなタイプの人材がいなかった。リーダーができそうな人間は結構いたのだが、孤児や平民を見下すタイプや、孤児院や学校を成り上がるための踏み台にしようと考える上昇志向の強すぎる人間ばかりだったので、雇用しないでおいた。
そうは言っても、まったく雇用しないのは紹介者の顔を潰す事になるので、比較的マシな者を3人ほど雇って、研修という名目で王都の学院に派遣しておいた。厄介払いに見えなくもないが、2ヶ月の旅費や滞在費として一人当たり金貨10枚を渡してあるので、特に文句は出なかった。
「経理は横領防止に奴隷を雇うことが多いらしいよ?」
「しかたない、近隣の都市で探してくるよ」
ティファリーザ達も算術スキルは持っていないので、経理に回すのは無理だろう。しばらくは、オレとアリサで手分けするしか無さそうだ。
私設孤児院の建物はまだ建築中だが、孤児達はすでに受け入れを開始している。建物が完成してから受け入れる予定だったのだが、路地裏で死に掛けている幼児達をポチが拾ってきたので、なし崩しに運営をスタートする事になった。
建物が無いので、学校の運動場にする予定の場所に仮設の天幕を張って日差しを防ぎ、農場や牧場から購入した干草を束ねたものにシーツを掛けて、仮のベッドを増設した。干草のベッドのどこが琴線に触れたのかは判らないが、アリサがやたらとはしゃいで、初日は子供達と一緒に藁束のベッドで寝ていた。翌朝、山羊のミルクに、溶けたチーズを乗せたパンというヘンな食事をリクエストされた。アリサの事だから、きっと何かのマンガかアニメの再現に違いない。
どこから集まってきたのか、数日のうちに100人を超える子供達が孤児院で暮らす事になった。初日以外は、普通の質素な食事なのに、文句を言う子供はいない。不思議なほど、好き嫌いをする子や食事を残す子がいなかった。
孤児院に正規の職員達を雇うまでは、うちのメイド隊に任せるつもりだったが、さすがに、この人数では手が足りない。
ミテルナ女史の提案で、近隣の主婦層をパートタイムで雇って人手不足を補う事にした。雇ったのは、20代から50代まで幅広い年齢の女性達だ。彼女達には、貧困層への炊き出しにも参加してもらっている。
これだけの子供達が集まった理由を、ルルが使用人ネットワークで調べてきてくれた。情報料は、蟻蜜のクッキーだけというから格安だ。さすが、ルル。
さて、理由は簡単だ。他の孤児院からあぶれた子供達が流れてきただけだった。
元々、迷宮都市には、官営民営合わせて3つの孤児院があった。ただし、人死にの多い都市故に孤児の数もまた多く、どの孤児院も定員オーバー状態だったのだ。人数を絞っていた官営の孤児院2つはまだ良かったのだが、民営の孤児院はベッドが足りないどころか、食事も満足に与えきれていない状態だったらしい。
そんな状態だったので、後発のオレの孤児院は諸手を挙げて歓迎された。発育の悪い子や問題児を押し付けられた気もするが、別に問題は無い。やんちゃな子達は、アリサとタマが最初にガツンとやったらしく、今では世話役の大人達の手伝いをしてくれている。
これまで、孤児院からあぶれた子供達は、裏町の犯罪ギルドに拾われたり、奴隷商人に売られたりと悲惨なコースを辿っていたらしい。なお、そういった裏町の犯罪ギルドは、悪質なグループを中心にクロで排除してある。完全に殲滅すると、他の町から新しい悪人が来るだけなので、比較的マシな連中は放置しておいた。
蛇足だが、この時に一緒に色々な雑事もすませてある。
迷宮の地下牢に止め置いていた迷賊達の残りを官憲に突き出したり、コカエリアで回収した石像になった探索者達の遺体を探索者ギルド経由で遺族に届けたりだ。
愁嘆場を見物する趣味は無いので立ち会わなかったが、ギルド長経由で感謝の言葉を貰った。謝礼などの金銭は一旦受け取った後、サトゥーとして迷宮都市の教会や他所の孤児院に寄付しておいた。
◇
「号外?」
「はい、西ギルド前で売っていたので買ってまいりました」
「なになに?」
西ギルドへの用事を頼んでいたミテルナ女史が、渡してくれた号外を読む。ペラ紙にインクで書かれてあり、そこには――
「くぅ、私のフロアマスターが狩られたぁぁぁ」
――例の紅の貴公子と呼ばれる魔法剣士が率いる「獅子の咆哮」というパーティーが中層のフロアマスターを討伐したというニュースが書かれていた。
アリサ、悔しいのは分かるが、オレの肩を掴んで揺するのは止めてくれ。
「アリサ~?」
「どうしたのです?」
アリサの絶叫が聞こえたのか、外で遊んでいたポチが窓から帰ってきた。ここは2階だとか野暮な事は言わないでおこう。だから、タマ、天井から帰ってくるのは止めなさい。床を埃だらけにしてルルに怒られても知らないよ?
「うう、ミスリル最短記録がああぁぁぁ」
「残念」
「無念です」
アリサだけでなく、ミーアとリザまで残念そうだ。
そんなにミスリル証が欲しいのか?
「そりゃそうよ。だって、それが『お約束』だもの。TUEEEしたいのよ~」
「ご主人様の偉業が記録に残るのは、奴隷としても誇らしいものなのです」
アリサはともかく、リザの言い分は分かる。
う~ん、目立ちたくないんだけど。まあ、いいか。皆も強くなってきたし、牙を剥いてくる連中がいても対抗できるだろう。王都の上級貴族が敵に回ったらやっかいだが、その時は、ナナシで国のトップを味方に付ければ良いだろう。うん、なんとかなりそうだ。
ちょっと甘いかもしれないけど、ミスリル証くらいなら、サガ帝国の勇者やナナシみたいに突出した存在でもないしね。
「じゃあ、狙ってみようか」
「へ? いいの?」
「よろしいのですか、ご主人さま?」
「一度、強敵と戦ってみるのも、良い経験だしね」
オレの両腕を掴んで、下から覗き込んでくるアリサに頷いてやる。
天井に届けとばかりに飛び上がるアリサに釣られて、ポチとタマも一緒に飛び上がっている。
「やったー!」
「外周一色~」
「健康一滴なのです!」
鎧袖一触に乾坤一擲かな? タマはいいけど、ポチのは一か八かで勝負する事になっちゃうけど良いのかな?
興奮しすぎて、オレの左右からよじ登ってくるポチとタマを、肩の上に乗せて両手で支えてやる。
さて、問題は、フロアマスターがどこにいるかだな。
3日前に確認したときには、中層にフロアマスターらしき魔物はいなかった。何かフロアマスターを湧かせる手順があるのかも知れない。
まずは、知ってそうな人に聞いてみるか。
◇
「なんだい、アンタまで金と名誉に目が眩んだのかい?」
フロアマスターのポップ条件を尋ねたオレに対して、呆れるように言葉を返したのは、放火魔ことギルド長だ。
「どちらも、間に合っていますよ。うちの家臣達が強敵と戦いたがっているんです」
「まったく、アンタ達で7パーティー目だよ」
さすが探索者と言うべきか。
ギルド長が教えてくれた情報は、それほど多くない。
フロアマスターは、討伐から10年が経過するか、50レベル以上の魔物の魔核を祭壇に置いて「召喚の句」を読み上げるかのいずれかでいいらしい。
「上層は『天覇の魔女』リーングランデ姫が8年ほど前に倒しているからね。次に湧くのは2年後だろう。50レベル以上の魔物の魔核なんて、それだけで一財産だからね。勝てるかどうか判らない『階層の主』と戦うための餌に使えるやつはそうそういないさ」
リーングランデ嬢が上層のフロアマスターを討伐したのは8年前、わずか14歳だったというからすごい。チートなしで、それだけの偉業を成したのか。シスコンの暴力女とか思っていたが、認識を改めよう。
50レベル以上の魔物の魔核は、20個ほどあるから1つや2つ使うのは問題ない。いっそ、連戦してやるかと思ったが、一度召喚したら討伐しても1年は次のフロアマスターは召喚できないそうだ。倒したフロアマスターの魔核を使って連続召喚で経験値を大量ゲットとか考えていたのだが、ちょっと甘かったようだ。
倒せなかったフロアマスターは、1年ほど君臨したあと勝手に送還されるらしい。フロアマスターが君臨している間は、魔物達が強化&活性化されて探索者の死亡率があがるので、失敗した場合は王都の聖騎士団が討伐に遠征してくるそうだ。
「迷宮方面軍ではなく、聖騎士団なんですか?」
「ああ、迷宮方面軍は、あくまで魔物が地上に溢れないようにするための戦力だ。ヘタに『階層の主』と戦わせて消耗させる訳にはいかないんだよ」
聖騎士団は、消耗していいのか?
◇
「諸君、今日は、私達の凱旋の祝いに参加してくれてありがとう!」
西ギルド前に作られたお立ち台の上に、イケメンと7人ほどの高レベル探索者達が誇らしげに立っている。ギルドに来た時は誰も壇上に居なかったのでスルーしていたが、フロアマスターを討伐した探索者達の中核メンバーらしき男達が何やら演説しているようだ。
「では、俺達の戦いの勇姿は、後で吟遊詩人たちに語ってもらうとして、お待ちかねの『階層の主』から勝ち取った戦利品の紹介だ」
広場に集まった探索者を中心とした迷宮都市の人々は、無料で振舞われた酒や食べ物を片手に、歓声を上げている。
イケメンが取り出したのは一振りの剣。
「これが、炎の魔剣『炎蛇の牙』だ」
イケメンが魔力を篭めると、赤い刃の片手剣から炎が吹き上がり、人々から歓声とも怒声とも聞き取れる狂乱じみた叫び声があがる。長く使っていると手を火傷しそうだ。耐火の手袋とセットで使うといいかな。
さらに、高熱を発するハルバードを含む装備品や大小さまざまな魔法の品々が紹介された。貴賓席の女性たちからは、鶏卵サイズのルビーやプラチナのティアラなどの時に黄色い悲鳴が上がり、職人のヒゲオヤジ達からは、オリハルコンの鉱石やダマスカス鋼のインゴットが披露された時に怒声が響き渡った。半月ほど前なら、オレも一緒に歓声を上げていた自信がある。
だが、それじゃない。
オレの魂を惹きつけた品は、それじゃない。
オレ以外の誰も、その品を注目した者はいなかった。いや、アリサだけは、その瞬間に振り向いてオレを見上げてニヤリと笑みを浮かべていた。
その品の名前は「祝福の宝珠」だ。
祝福の宝珠は、3つあった。
1つは、祝福の宝珠「光魔法」。
貴族達をはじめとした多くの人から、羨望の声が上がった。
1つは、祝福の宝珠「毒耐性」。
高位の貴族達が、貴賓席から立ち上がるほどの注目度だ。
最後の1つは、ほとんどの人々が首を傾げていた。
『1.そう? かんけいないね
2.ゆずってくれ、頼む!
>3.殺してでも奪い取る』
アリサが、掌に光魔法で、変な選択肢を表示して見せてくる。
まあ、殺人は無いとして、金とコネとスキルの限りを尽くして手に入れよう。
それは、祝福の宝珠「詠唱」。
オレがもっとも手に入れたいスキルをプレゼントしてくれる素敵なアーティファクトだ。
『な、なにをする、きさまらー!』
※次回更新は、11/24(日)の予定です。
※6/21 コカエリアで回収した石像を遺族へ