3-2.獣娘達のご主人さま
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※8/16 誤字修正しました。
サトゥーです。奴隷が物品あつかいなのに慣れないサトゥーです。
この世界に基本的人権を広めるのは茨の道ですね。
広める気もありませんが……。
◇
その後も幾つかの質疑応答の後に解放された。
天幕に入る前に荷物を預けた時に貰った預かり証を文官のお姉さんに渡す。
「こちらはお持ちいただいて結構です。ただし、こちらの魔核は伯爵様がお買い上げになります」
拒否権はあるか? と確認したが、『ありません』とニッコリ笑顔で答えられた。
「この魔物の肉は安全が確認できないので没収させていただきます。この槍も魔物の部位でできているので市内への持込みが許可できません」
リザが超反応で振り向く。め、珍しくリザが怒ってる?
気に入っているみたいだから交渉してみるか。
「その槍は高性能なので鑑定スキル持ちの人に危険があるか調べてもらえないでしょうか? もちろん鑑定費用はこちらで負担しますので、安全が確認されたら返却してほしいのですが?」
リザ怖い。怖いって。ほら、お姉さんも笑顔が引きつってる。
「わ、わかりました。手配しておきます。こちらの預り証を新たに発行しておくので明日の昼以降にでも、この仮駐屯所にお持ちください」
「はい、よろしくお願いします」
そうだ獣娘達の事を相談しなくては。
「あの質問があるのですが……」
獣娘達の事をだ。
「……なるほど、主人が亡くなった奴隷を迷宮で保護して、外まで連れ出したわけですか?」
「はい、そうです」
リザも頷く。ポチとタマはリザの足にもたれ掛かってクタッと脱力している。……退屈なんだね?
「それならば、この亜人奴隷達はあなたのものです」
そうなの? そりゃ買い取って奴隷から解放してやろうとは思ってたけど。
「迷宮で主人を失った奴隷は、その主人を殺して奪ったのではない限り迷宮での拾得物と同じく拾った人間のものになります。なので法的にも慣習的にも、その奴隷たちの主人はあなたになります」
お姉さんは、証書に使っていた紙にサラサラサラ~っと何かを記入してこちらに差し出す。
「その奴隷の所有権があなたにあるという公的な仮証書です。市内でしか通用しないので早めに奴隷商人か城前広場の役場で正式に奴隷の所有契約を行ってください。魔核を大量に持ち帰ってくださったお礼というわけではありませんが、手数料はいりませんから」
オレは礼を言って証書を受け取り、獣娘達と一緒に天幕を出る。
そうそう、魔核は加工して迷宮の隔離防壁の素材に使われるので強制買取との事だった。
◇
外に出るとゼナさんが例の姦しい3人娘と一緒に隊の皆さんと何か打ち合わせしている。
仕事の邪魔をするのも悪いが目礼だけで帰るのも薄情だな……。
どうしたものかと思案していると、リリオ嬢がニヤニヤと笑いながらゼナさんをツンツンと突き、こちらを指差す。
「がんばって~」と言うリリオ嬢の応援を受けながらゼナさんがこちらに駆けてくる。
「サトゥーさんっ、手続きとかは終わったんですね。これから宿にお帰りですか?」
「はい、奴隷達も宿で休ませてやりたいですしね」
「優しいんですね。納屋や馬小屋でも迷宮の床に直寝よりは快適でしょうしね」
……あれ? 何か変な単語が。
「いえ、さすがに苦楽を共にした仲間を納屋なんかに寝かせませんよ。ちゃんと宿に部屋を取ってやるつもりですが?」
「あのっ。サトゥーさん。この領内では亜人を泊めてくれるような宿は無いんですよ。主人が泊まってる宿なら納屋や馬小屋を貸してもらえますが……」
マジか? せいぜい厭味を言われるか、高めの料金が取られるレベルかと思っていたんだが。
ゼナさんの申し訳無さそうな顔を見る限り冗談とかではなさそうだ。
「ゼナさん、そんな顔しなくてもいいですよ。おかげで宿で揉めずにすみます」
まだ申し訳無さそうな顔をしていたが、気にしないように重ねて言っておいた。
ゼナさん達は、このまま夜半まで当直らしいので、教えてもらった礼を言ってここで別れる。
◇
それにしてもゼナさんの事前情報無しに獣娘達を馬小屋に寝かせろと言われたら、勢いで門前宿を出ていたかもしれない。
これは家を買うべきか? それとも伯爵領を出るか?
来た当初ならともかく、ゼナさんをはじめ知り合いが増えた今ではこの都市にも愛着がある。定住したいほどではないが……。
帰りになんでも屋でナディさんに家を買うか借りる手配を頼めないか聞いてみよう。
「ご主人様、僭越ですが、納屋や馬小屋で寝れるなら十分満足です。以前は土間や屋外の軒下などで眠っていましたので……」
「それは……、奴隷とはいえ、虐待も甚だしいな」
「もうしわけありません」
なぜリザが謝る? 理由を聞いてみた。
「いえ、ご主人さまに、そんな顔させるつもりは……。納屋でも気にしないでほしいと言いたかったのですが、言葉が足りず……」
「そうだったのか、気を使わせたね。ありがとう」
両手にぶら下がっていたポチとタマがローブの袖をひっぱる。
指差す方を見ると少し離れた場所に、ワンピースっぽい服を着た女の子が話しかけたそうに立っていた。揃えた手には短杖を持っている。呪い士か?
「何か御用でしょうか?」
「はい、辻魔法はいかがでしょ~?」
MMOの辻ヒールみたいなものか?
「怪我の治療とかでしょうか?」
「本格的な治療は無理なんだ~、止血や洗浄とかどう? さっぱりするし、傷口を清潔にしておくと悪化もしにくいよ~? あ、疲れてたら、ちょっと値段は高いけど賦活の魔法とかもあるんだけど~?」
「止血や洗浄はお幾らですか?」
「柔洗浄と乾燥のセットで銅貨12枚。止血が1箇所、銅貨3枚です」
ふむ、止血はいいか。怪我するたびに傷薬で治療してたし。
「では、柔洗浄と乾燥を4人分お願いします」
「え? 亜人奴隷も?」
呪い士の女の子は目を丸くして驚いている。
指を折り折り思案顔だ。
「えっと~銅貨40と3枚?」
「銅貨48枚ですよ」
魔法を使えるのに暗算ができないのか? 先払いっぽいので銀貨を3枚渡す。
呪い士の女の子は足元の土に計算式を書いている……マジですか?
「銀貨1枚で銅貨20枚ですよ」
「う~、わかってるの、ちゃんと計算すればわかるんだから!」
女の子はテンパって片手で頭をガシガシしながら計算する。しばらくして、ようやく計算が終わってお釣りの銅貨を12枚返してくれる。
「お待たせ~。では、ちゃちゃっと行くよ~! 小さい子が動かないように肩を押さえておいてね」
この辺はマニュアル処理なのか亜人奴隷相手でも丁寧な気遣いだ。
柔洗浄で洗われるとポチとタマが驚いて走り出そうとしたので動かないように押さえる。
乾燥で乾かされると気持ちいいのかポチが目尻を下げて乾いていく感触を楽しんでいるようだ。反対にタマは濡れたときよりもいやなのか肩を押さえているリザから逃れようとしている。
「ありがとう、お陰でさっぱりしたよ。いつも、この辺で辻魔法? をやってるの?」
「今日は泥遊びした様な人がいっぱい出てきてたから臨時収入狙い。いつもは娼館を順番に回ってるの。あそこは金払いもいいし、さっぱりしたい人も多いから」
なるほど、確かにその通りだろう。目の付けどころがシャープだ。
オレ達が泥遊び組の最後のグループだと告げると彼女はいつもの巡回コースへ去っていった。
◇
日も傾いてきたし、奴隷の所有契約は明日でいいかな?
そんな事を考えつつ、美味しそうな肉串が売っていたので4人分買う。
ヤギの肉か? ちょっと癖のある味だが唐辛子っぽい味の緑の粉がいい感じに食欲を誘ってくれる。
はぐはぐと効果音が聞こえてきそうな獣娘達の必死な食べ方が好ましい。そういえば迷宮蛙の焼肉の時も凄かったな~。
いつもは控えめなリザも肉を食べるときだけは一心不乱だ。肉を味わう時の細めた目がいいね。見られているのに気がついたときの恥じらいもなかなかだ。
日が暮れてくるのにしたがって大通り沿いのランプに短杖を持った呪い士の人が点灯していく。気のせいか人通りが多い。
リザやポチが触れそうになるたびにがなり立てる酔漢に嫌気がさしてフード付きの外套を3人に買い与えた。不思議とタマは上手く立ち回るのか誰にも絡まれない。
喧騒の中を進んでいくと、広場にはステージが設置されていた。広場にはステージのある場所以外にも檻付きの馬車が乗り入れており、そこかしこで商人達が口上を述べている。
……そうか昨日から奴隷のオークションが開催されているんだっけ。
あっさり獣娘達の所有権が主人公に移りました。正式な奴隷契約は次回になります。
亜人奴隷の差別度と、呪い士さんの需要みたいなのを書いてみました。
地の文の緩急というのをやってみたかったんですが、思ったのとちょっと違いますね。