9-28.カレー祭り
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。カレーは好きですか? 本格的な専門店のカレーもレトルトカレーも、どちらも違った美味しさがあると思うのです。でも、昼休みに食べるとカレー臭が服に染み付いて女性社員から白い目で見られるのが辛いところです。
◇
さて、今晩のカレー祭りの準備に入ろう。
朝の内にルーアさんに頼んで、広場を一つ貸切りにしてもらっておいた。
大鍋を地面に並べる。
大鍋は人間が丸ごと入れるような巨大なモノで、底に8本の足が付いている。もちろん、歩行のためではなく地面においたときに、10センチほどの隙間ができるようになっている。
公都滞在中に、地下迷宮で大量に作ったもので、「延焼」の魔法で加熱できるように開発したものだ。
「2人には野菜の皮むきをお願い」
「はい」
「了解しました」
「リザ、ナナに面取りの仕方を教えてあげて」
「はい、お任せください」
リザとナナに野菜の皮むきを頼む。公都に向かう前から漬け込んでおいた鶏肉を「宝物庫」から取り出して、ルルに渡す。
トッピング用にチキンカツも作りたいんだけど、ちょっと鳥肉が足りないか?
「ミーア、鳥肉を調達したいんだけど、誰かから譲ってもらえないかな?」
「ん、ヒーヤ」
言葉が少ないが、恐らくヒーヤ氏が狩人なのだろう。ミーアが薄い胸をポンと叩いて、「任せておけ」のジェスチャーをした後、ポチとタマを両翼に従えて走っていった。
ロック鳥とか獲ってくるなよ?
不足していた野菜の皮剥き要員は、すぐに補充された。
勇者料理の研究家であるネーアさんが、料理好きの婦人達を連れて手伝いに来てくれたのだ。ネーアさんお墨付きの数人とルルに、時間のかかる下ごしらえを頼む。
オレはネーアさんと、タマネギを炒める。
じっくり炒める。
じっくり。
じっくり。
ネーアさんが、こちらをチラチラ振り返るほど炒める。
飴色になったところで完了だ。
ルルに代わってもらって、ネーアさんと一緒に量産してもらう。このタマネギはカレーに仄かな甘みとコクを与えてくれるので重要だと、例のメモに書いてあった。見えるサイズのタマネギは、ニンジンと一緒に星型や三日月型に飾り切りして、後から入れる予定だ。
木陰から寂しそうに覗き込んでくる視線を感じる。アリサとアイアリーゼさんだ。
困ったな。
アリサに料理をさせるとか、ガチの失敗フラグだ。アイアリーゼさんの場合、鍋をひっくり返してカレー塗れになる未来しか見えない。
クイクイと手招きをする。
アリサとアイアリーゼさんが、「私?」って顔をして自分を指差す。
それに頷くと、パアッと咲き誇るような満面の笑みでトタトタと駆け寄ってくる。
この後を考えると、心が痛い。
「えへへ~」
「な、何か用かしら?」
2人に「はい」と公都土産の飴が入った篭を渡す。キョトンとして受け取る2人の口に、細い棒の付いた飴細工を差し出す。
アリサは、オレの意図に気が付いたのか、不本意そうな顔でハグッとアメを咥える。アイアリーゼさんは、よく分からないようで、少し赤い顔で、戸惑いながら飴を咥えた。ちょっとエロイ表情だ。
「羽妖精たちが邪魔しないように、アメを配ってやってくれ」
ああ、そんなに「裏切られた!」みたいな顔をしないで下さい。篭を腕に下げたアリサが、涙目のアイアリーゼさんの手を引いて、広場の入り口で羽妖精を集めてくれている。すまん、アリサ。羽妖精とアイアリーゼさんのお守りは任せた。
◇
豪快に炎を上げて鍋を加熱する。沸騰したところで、火を緩めて灰汁取りに移る。
実に面倒な作業だ。灰汁取り用のオタマを興味深そうに見ていたナナとリザに渡す。2人は几帳面に灰汁を掬っている。あんな面倒な作業を黙々とやるのは、真面目なリザと趣味人のナナくらいにしかできない。後で、2人を労おう。
途中、リザの真剣な表情に興味を惹かれたのか、武人っぽい感じのエルフの男性が灰汁取りに飛び入りしていた。君たち、どうしてそんなに真剣勝負みたいな雰囲気になってるんだ……。何か突っ込みを入れたら負けな気がしたので、そっとしておく。
さて、灰汁取りが済んで野菜が煮えたら、後はカレー粉を投入するだけだ。
野菜の煮え具合は、ネーアさんに任せておこう。
オレは、今の内に付け合わせを準備する事にした。
ルルと一緒に、トッピング用の揚げ物を色々と用意する。クジラの唐揚げやカツ、エビフライ、猪肉のカツ、白身魚のフライを用意する。途中からルルを先生に任命して、エルフの婦人軍団に手伝ってもらう。
さて、ミーア用に、パプリカやカボチャの揚げ物を準備しよう。
ここでは、まだ下準備だけで揚げるのは、もう少し後だ。
先に、余ったイモを薄くスライスして、ポテトチップを揚げる。それを、小篭に入れて羽妖精達とスゴロクで遊んでいるアリサの所に持っていった。
「アリサ、オヤツの追加だよ」
「うはー! ポテチだ! いいの? 食べていいのね?!」
「みんなで分けろよ」
前にダイエットしたときに、ポテチは禁止品目に入れたから、めったに作っていない。ルルにも作らないように言っておいたので、一月ぶりかもしれない。オーク石を集める時に汲んだ炭酸水があるから、今度、折を見てソーダ水を作ってみよう。
「おっけー! ポポ、リリー、羽妖精達を一列に並ばせなさい! 勇者の国の素敵なお菓子を配るわよ」
「あいあいさー、だぜ!」
「もう、ありさ、おおげさー」
「でも、いいにおい~」
ポテチは羽妖精にも好評のようだ。後ろから割りと本気のアリサの怒声が聞こえる。がんばれ、アリサ。
その声を背後に聞きながら、辛いのが苦手な人用に甘い飲み物を用意する。冷やした牛乳にウギ砂糖を投入するだけだ。この抹茶っぽい色の砂糖を投入すると、見た目だけは抹茶ラテみたいになる。大瓶3本分の抹茶ラテもどきを魔法で冷やす。凍らさないように微妙な魔法制御が、それなりに難しい。
◇
カレー粉を少しずつ投入し、粉が溶けたところで、しばらくかき回したのだが、とろみが付かない。もとのレシピ集が間違っていたのだろうか? 手軽にとろみをつけるために小麦粉を追加投入してやる。今度はコクが足りない気がする。バターを投入すると良い感じの味になった。
あとは、火を一旦落として味が野菜に染みこむまで待つ。その間に、トッピングの揚げ物を順番に揚げて行こう。
「えもの~」
「大猟なのです!」
「褒めて」
タマ、ポチ、ミーアの3人がドロドロで走ってきたので、広場に入る前に止める。3人の後ろにはニヒルな顔のエルフの男達が5人ほど続いている。男達といっても中学生くらいにしか見えない外見なので、ナマイキな少年達にしか見えない。アリサが涎を垂らしそうだ。
「おつかれさま」
猟から帰った人々を生活魔法で綺麗にする。
ポチとミーアは、狩りの途中で植物系の魔物にでも捕まったのか、ヘンな臭いがしていたので、消臭魔法も使っておいた。なかなか大変だったみたいだ。
解体してもらった鳥肉は、タレに漬け込んだり、煮込んだりする時間が無いので、トッピング用に回す。雉とか鴨とか実に美味そうだ。鴨は、ダシを取って鴨鍋かうどんにしたいが、今回は蒸してサラダの上に並べよう。
狩りを終えた男達には、宴席予定地の仮設テーブルで酒と肴を振舞って、先に一杯始めてもらった。ポチとタマが、男達のところで上手くヤキトリを食べさせてもらっている。食べ過ぎるなよ?
「ん」
ミーアが、アリサの横にあったポテチの篭を持ってきてオレに突き出す。もちろん、中身は空だ。そういえば、ミーアとアリサがよくポテチの取り合いをしてたっけ。
「もうすぐ、ゴハンだから、ダメ。明日のオヤツに作ってあげるよ」
「約束」
ミーアの突き出してきた小指に、自分の指を絡めて指きりをする。指きりが珍しいのか、羽妖精に埋もれたアイアリーゼさんが、ガン見してくる。ここは華麗にスルーしよう。
◇
完成したカレーライスを配る。これだけ人数がいるとキャンプか、配給所みたいだ。
ライスには、グルリアンで買ったちょっと長細い米を使った。前にカレー専門店で食べた米がこんな感じだったので、マネてみた。
「あれ? 黄色くない」
「ああ、初心者にはハードルが高いから着色した。オレ達の分は、ちゃんと黄色いから安心しろ」
今回のカレーは、橙赤黄緑色の4種類だ。
まず、ホウレン草っぽい葉野菜を使ったグリーンカレー。これは、ミーアのように野菜好きな者に美味しく食べてもらおうと思って作った。辛さは普通だ。
次に、唐辛子をたっぷり投入したレッドカレー。ニヒルな男達と、辛いもの好きなルーアさん達、一部の好事家の為に作った。味見したネーアさんやルルが涙目になっていたので、辛さは相当なもののようだ。こちらは大量に余っていた狼肉をタップリ投入してある。
黄色いのはキーマカレー。もちろん、和風にアレンジされた方のやつだ。これには、例の漬け込んだ鶏肉を投入してある。レッドほどじゃないけど、充分辛い。原色に近い黄色に仕上がったので、カレーに付きモノの忌まわしき連想をする者もいないだろう。
最後に、橙色のカレー。実は普通のカレーだ。この色は着色料で染めてある。言うまでも無く無害なものだ。元々は、ポーションの種類を見分けるために開発されたモノで、それを少しアレンジして使用してみた。こちらには、エルフさんたちに解体してもらった牛の肉を使っている。辛さは、甘口と普通の2種類を用意した。
先入観が無いせいか、女性陣には橙色のビーフカレーが人気だ。トッピングの揚げ物は大量に作って自由に取れるようにして置いてある。
箸休めには、生野菜サラダ、茹でキャベツ、マッシュポテト、スティック野菜、らっきょう、その他漬物を用意した。福神漬けは量が少ないので、オレのテーブル専用だ。布教は今作っている自家製の福神漬が完成してからでいいだろう。
皆に行き渡ったところで、「いただきます」の合図で食事が始まった。
ああ、久々のカレー。
「あれ? ご主人様のカレーは、色が変なのです」
「元々はこういう色なんだよ」
「星が隠れてる~?」
カレーの中に沈んでいる星型のニンジンや丸くカットしたタマネギは、評判がいいようだ。これならポチやタマも避けずに食べるだろう。
「辛いですが美味しいです」
「こちらのカレーの方が可愛いと進言します」
リザ、トッピングは自由だけどさ。カレーが見えないほどクジラの唐揚げを積まなくてもいいと思うんだ。彼女が選んだのはキーマカレー。鶏肉が決め手だったらしい。
ナナは、激辛レッドカレーと、ウサギカットしたリンゴっぽい果物に、ご満悦だ。
「うう、美味しいけど、辛くて食べられない」
「アーゼ、がんば」
さっきから水をカパカパ飲みながら、涙目で食べているアイアリーゼさんを愛でていたのだが、そろそろ助け舟をだそう。
「アイアリーゼ様、こちらのをどうぞ」
「辛くない! これなら食べられます」
「それは良かった」
カレーを、甘口のものと交換してあげた。彼女のカレーは、後でスタッフに美味しく頂いてもらおう。他にも辛いのが苦手な人がいそうなので、甘口カレーの存在を教えてあげる。
「まだ、口がヒリヒリするなら、こちらの飲み物もどうぞ。少しは辛さが和らぎますよ」
「あ、ありがとう。……美味しっ。甘くて美味しいです」
まだ、辛そうにしていたので、さっき作った抹茶ラテもどきを、アイアリーゼさんに差し出す。両手で持ってコクコクと呑む仕草が可愛い。
その姿に見とれていたわけではないのだが、なぜかアリサとミーアから「ぎるてぃ」コールが起こった。皆に配るのを忘れていた。元から全員に配る予定だったんだが、最初にアイアリーゼさんに渡したのが悪いらしい。何故だ。
オレ達だけで独占するのも悪いので、残りの抹茶ラテもどきの瓶は、エルフ達のテーブルに配る。
「ああ、至福。ココニーのカレーと同じくらい美味しいわ」
「アリサ、ハンバーグカレーなのです!」
「からうま~」
ネーアさんが、余った肉でハンバーグを焼いてくれたそうだ。あの人は、本当にハンバーグが好きみたいだ。
箸休めに福神漬けをコリコリと食べながら、カレーの宴を眺める。
口にあってくれたようで良かった。
だが、ミーア。君は知らない。
君に配ったカレーは、ほぐした牛肉が入っているのだ。別の鍋で煮て、繊維状になるまでほぐしてあるから、まず気が付かないだろう。食感も肉の感じは無いはずだ。
などと、脳内で変なナレーションを入れつつ、一生懸命にカレーを口に運ぶミーアを愛でる。
500人分くらい用意したはずのカレーは、トッピングも含めて全て消費されていた。リザの「カレーかけクジラカツ」みたいな派生料理も色々と生まれていたようだ。
あれだけ沢山食べたのに、デザートに用意したフルーツゼリーを断る女性はいなかった。いくら別腹でも体に悪いので、後で、胃腸薬を調合して配ろう。
こうして、カレー祭りは終わった。
参加できなかったエルフ達から抗議の声がでたそうで、しばらくの間、カレー祭りが延長開催される事になったそうだ。毎日カレーは嫌なので、やる気満々のネーアさんにカレー粉のレシピを渡して押し付けた。
香辛料の香りに染まるネーアさんを手伝ってあげたかったが、その時、オレは別件で忙しくて手が離せなかったのだ。
あと数話で、たぶんエルフの森編は終了予定です。