9-24.公都での探索
※9/1 誤字修正しました。
※9/28 一部修正しました。
サトゥーです。物語などでは、朝起きたら隣に見知らぬ異性が寝ていたという素敵な都市伝説を見かけますが、現実で出会ったことがありません。ですが異世界ではありふれている光景のようで……。
◇
顔を包み込む柔らかな感触に、目を覚ますのが勿体無い気分になる。
ああ、至福。でも、この感触はナナじゃないし、ルルはこんなに大きくない。まさかアイアリーゼさんが乱入か?
最後の場合、先に起きないとヒドイ目に遭いそうなので、まどろみから脱出する。
あれ? 知らない部屋だ。
視界の半分は、生成りの木綿に包まれた柔らかな肢体だが、もう半分には、見覚えの無い雑多な調度品が積み上げられた狭い部屋が映っている。かすかな汗のにおいに混じって、安そうなアルコールの臭いがする。
そうだ、思い出した。
「お姉ちゃん! 朝だよ」
「早く起きてよ。お腹減った~」
「ハラペコなの~」
部屋に乱入してきたお子様に小さく手を振る。
しまった選択肢を間違えた。ここは扉が開くと同時に天井に張り付いて潜伏スキルを発動するシーンだった。
「わ~ フツナ姉が、若い男を連れ込んでる~」
「母ちゃん、お姉がフシダラだよ!」
「お兄ちゃん、フツナのお嫁さんになるの?」
子供達が蜂の巣を突いたように騒ぎ出した。
少し気になる発言があるが、念の為、服装や体をチェックする。うん、大丈夫。睡眠をとっていただけだ。アリサと一緒に旅をするようになってから、どうもチェック基準がおかしくなった気がする。
昨晩、夜陰に紛れて公都に潜り込んだのはいいが、時間が遅すぎて普通の宿が開いていなかった。公都に知り合いは沢山居るが、深夜にいきなり尋ねていくのは礼儀に反するので、仕方なく、そう不本意ながら、夜の街に寝床を求めて足を踏み入れたわけなのだが――
楽しい夜遊びになるはずが、図らずも小さな騒動に巻き込まれてしまった。
夜の街にはありきたりの騒動だ。少し胸の大きな20代の女性呪い士が、「灰色のコウモリ」という犯罪集団にショバ代を恐喝されていた。ただ、それだけだ。ショバ代が払えないという事で、性的な暴行を受けそうになっていたので、見捨てるわけにもいかずに介入してしまった。その女性呪い士がフツナさんだ。
犯罪集団は、警邏中の衛兵の前に誘導し、近くを通り過ぎる時に「理力の手」で、ちょこっと介入した。衛兵に暴力を振るった犯罪集団のメンバーは、そのまま牢に直行する事になったようだ。逃げようとした者もいたが、「理力の手」で足を掴んでおいたので、全員漏れなく逮捕されたようだ。
犯罪集団を誘導する時に、緊迫した距離を保っていたので、衛兵に助けられた形になった直後に、フツナさんはダウンしてしまった。仕方なく、彼女を背負って自宅がある集合住宅まで送っていたのだが、彼女の知り合いらしき娼婦のお姉さんたちと遭遇してしまった。丁度、一仕事終えて帰ってきていたところだったらしい。
そして、フツナさんとの関係を面白おかしく囃された後に、「灰色のコウモリ」に脅迫されていたところをオレに助けられた事と、ヤツらが衛兵に一網打尽にされていた事をフツナさんが告げると、娼婦のお姉さんたちの間から歓声が上がった。街娼達に寄生するロクデナシ集団だったらしい。
元々はもっとマシな男達が守ってくれていたらしいのだが、オレが公都に来る前に魔族が下町で暴れる事件があり、その時にリーダーが重傷を負ったため勢力が減少してしまい、「灰色のコウモリ」がのさばる結果になったそうだ。
それはともかく、「灰色のコウモリ」壊滅を祝う宴会が始まり、夜通し酒盛りをするはめになってしまった。オレが酔わないのにムキになった娼婦のお姉さんたちが、体を密着させながら酒盃を差し出してくるので、安酒を大量に飲んでしまった。黒竜と呑んだ酒とは比べるのもおこがましいが、なぜか美味しく感じた。じつに楽しい酒宴だった。
結構な量の酒だったので、彼女達の懐具合が心配だ。酒代を現金で渡すのも無粋なので、後でシガ酒の良さそうな樽を配達するように手配しておくか。
オレの頭を抱え込むフツナさんの柔らかな体から、身を滑らせてベッドから起き上がる。
足が何か柔らかなものを踏んでしまった。「あんっ」と甘ったるい声が漏れ聞こえたので、視線を落とす。そこには一緒に酒盛りをしていた娼婦のお姉さんたちが、空の酒瓶に埋もれて轟沈していた。
オレは、フツナさんの母親に昨夜の深夜の酒宴を詫びる。こっそりと「密談空間」の魔法を使っていたので静かだったはずだが、ここは礼儀として一言詫びておくべきだろう。彼女は、いつもの事だと笑って許してくれ、「行き遅れの年増で良かったら仲良くしてやっておくれ」とまで言われてしまった。う~ん、美女とは言えないが、化粧ッ気はないものの赤毛セミロングで普通に可愛らしい顔をしていたので、内心惚れている男はそれなりにいそうだ。
フツナ母の振舞ってくれたワカメと雑穀のスープを朝食に戴き、一夜を明かした集合住宅を後にした。
◇
さて、まずはシーメン子爵の巻物工房からだ。
裏路地で早着替えして、大壁近くの辻馬車溜りで1台拾って、巻物工房に向かってもらった。
「士爵様! 思ったよりお早いお戻りでしたね」
「ええ、ちょっとナタリナさんに、無理なお願いがあって」
巻物工房の応接室でナタリナさんに用件を切り出す。
ここには、クラゲ退治やエルフの里での物作りに使う新魔法の巻物を依頼に来た。中級魔法が8本に初級魔法が4本だ。ついでに、術理魔法の「魔物避け」などのドッジ系魔法各種を倉庫から出してもらえるように頼み込んだ。中でも「海獣避け」があったので、クラゲに効く事を期待したい。
「う~ん、12本のうち、この空間魔法の2本は無理です。ここまで高度な空間魔法を使える者がいないんですよ。昔は居たんですけど王都の学院に教師として招かれちゃって」
ほう、存在しない訳じゃないのか。しかし、巻物技術の漏洩は大丈夫なんだろうか?
「その方に頼むのは無理なのでしょうか?」
「あの子は、自分の興味がある事にしか協力的じゃないのよね。今は王都で授業ほったらかしで、ジュルラホーンを超える聖剣を作るとか、寝言を言っていたはずだわ」
ナタリナさんは、呆れたような口調で大げさに嘆息する。
ふむ、聖剣の作り手か。なら竜鱗粉は交換材料にならないだろうか?
「これを交換材料に、その研究者の協力を得られないでしょうか?」
そう切り出して、小瓶をテーブルの上に置く。
「これは?」
「竜鱗粉です」
「意味は分かってる?」
そういえば、竜鱗粉が聖剣の材料になるっていうのは、シガ王国の機密だっけ。頑張れ「無表情」スキル。
「残念ながら詳細は存じません。昔、知り合いに『竜鱗粉を手に入れたら王都に持っていけ』と言われた事がありまして。その時に、理由を聞いたら『聖剣』に関係するとだけ教えていただいたのです」
久々の詐術スキルのアシストが光る。ありがちなストーリーが次々に脳裏に閃くよ。
「いいこと、士爵様。その事は軽々しく人に話さないでね。ヘタしたら王国のヤバい人達に目を付けられかねないわ」
ナタリナさんは、そう忠告してくれながら竜鱗粉の小瓶の蓋を開けて中を確かめている。今回の竜鱗粉は、黒竜ヘイロンの割れた鱗の破片から作ったものだ。鱗が大きいせいもあるが、粉にするとやたら体積が増えてしまって、たった1枚分にも満たない破片から小瓶120本分も作れてしまった。たしか1本の相場が金貨10枚くらいだったはずだから、結構な資産だ。
この竜鱗粉だが、鱗の外周、表面、裏面でそれぞれ性質が少しずつ違うようだ。今回取り出したのは、一番量の多い内部繊維のあたりを削ったモノを詰めた小瓶だ。もちろん、竜鱗粉を作るときに、名前をナナシに替えるのを忘れていない。
「そこのメイド! ジャングの爺を呼んできな。『特級の竜鱗粉を鑑定するチャンスをくれてやる』と伝えておいで!」
自棄に興奮したナタリナさんが、オレのカップにお茶を足してくれていたメイドさんに用事を言いつけて部屋を追い出した。
「士爵様! どこで手に入れた! いや、そうじゃない。そうじゃないよ。これ1本だけかい? 粉にする前の繊維質の部分を持ってないかい?」
興奮しすぎて言葉遣いが崩壊している。
割れた鱗は沢山あったので、傷物の鱗を性質別に使い易く仕分けしたのが3枚分ある。だが、何に使いたいんだろう?
「繊維質の部分ですか?」
「ああ、昔王立図書館で読んだ古文書に、上級魔法を巻物にした男の話が載っていたんだが、その男が使っていたのが、竜のヒゲで作った筆だったらしいんだよ」
ヒゲね~? 黒竜ヘイロンにもヒゲはあったけど、あんなに太いヒゲじゃ筆にはならないと思う。
ナタリナさんも、その事は知っていた。
何でも、150年ほど昔に迷宮都市にいた知り合いと竜のヒゲを狩りに行った事があったそうだ。なんて無茶をする人だ。その時狙ったのは、ハグレの下級竜だったらしいが、下級竜のヒゲでさえ筆にするには太すぎたそうだ。下級竜を倒したのか聞いてみたが、追い払うのが精一杯だったと苦笑いで答えられた。それでも鱗が沢山手に入って、その時のパーティーメンバーと「蔦の館」という魔法工房を兼ねた拠点を迷宮都市に構えたりできるほど儲かったそうだ。
話は戻るが、その経験から、筆の素材が鱗から取り出した繊維ではないかと思ったらしい。当時は、巻物作成とかをしていたわけではなかったそうなのでスルーしてしまったと、天井に向かってシャウトしていた。落ち着け。
実際に、その時のパーティリーダーだったエルフが、鱗から取り出した繊維を使って高性能な魔法人形を作ったりしていたらしい。そのエルフに会ってみたい、気が合いそうだ。
オレが、ストレージから竜のヒゲというか竜鱗繊維を取り出す機会は失われてしまった。
「ど、どこだナタリナ! 特級の竜鱗粉はコレくぁあぁぁぁ!」
メタボ体型をモノともしない速度でドタバタと駆けてきた工房長のジャング氏が、テーブルの上の竜鱗粉を取り上げて中身を凝視している。彼の持つ「物品鑑定」のスキルで確認しているのだろう。
「おお! おおおう! 間違いない、特級品だ。下級竜なんかじゃない、本物の竜、それも成竜の鱗を使った竜鱗粉だ。40年前に1度だけセーリュー市で出回った幻の品じゃないか! うぬぬぬ、作成者がわからん。これはよほど腕の立つ錬金術士が作った物にちがいないぞ! ナタリナ!」
もっとのんびりした人かと思っていたが、けっこう面白い人だったようだ。ナタリナさんの上司が務まるだけはあるよ。
「士爵様、こ、これは譲ってくださるのか?! 譲ってくださるのだな!?」
ジャング氏の目が血走っていて怖いです。ああ、ツバを飛ばさないでっ。
この様子なら多少の無理は聞いてくれそうだ。
「さきほどの無理なお願いをナタリナさんが聞いてくださるなら、進呈しますよ」
「何?! 本当か? いや、本当ですね? こんな婆なら好きにしてください。ええ、このツルペタと引き換えで――ぐぉわっ」
セクハラ発言に腹を据えかねたナタリナさんのボディブローが、ジャング氏に決まる。悶絶寸前だが、ちゃんと彼女が手加減したのだろう、彼女が本気で殴っていたらジャング氏のお腹に風穴が空いているところだ。
「つまり、先ほどの巻物を、最短時間で完成させればいいわけですね」
「はい」
獲物を前にした肉食獣のような微笑でナタリナさんが嗤う。
オレは、「無表情」の助力の甲斐あって彼女の微笑みに飲まれる事無く交渉を成功させた。もっとも、王都の研究員の為にもう一瓶の竜鱗粉をせしめる程度には、ナタリナさんは強かだった。
しかし、本当に上級魔法の巻物が作れるなら、竜の筆を作るのも吝かでは無い。エルフの里の人にでも作り方を知らないか聞いてみよう。
◇
巻物工房での用件をすませ、ハユナさん一家に挨拶だけして本来の用件に戻る事にした。昨晩のマップの検索で、短角を探した時のように福神漬けを探したが、見つからなかった。きっと名前が違うのだろう。
オレは、一縷の望みを託して公爵城の料理長さんを訪ねた。
※空間魔法の拒否シーンで「結界」魔法しか記述していなかったので修正しました。





