9-23.害虫退治(3)
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。カレーの付け合せは古今東西で変わってくるようですが、定番の福神漬けにラッキョウ、紅ショウガ。地方やお店によってはキュウリの南蛮漬けや、ザワークラウト、ピクルスなんかを付けてくれる所もあるようです。
これだけバリエーション豊かなのは、やはり日本人に愛されたメニューという事なのでしょう。
◇
「アーゼ様、くれぐれも気をつけてくださいね」
「大丈夫よ、初めてじゃないんだし」
心配そうなルーアさんを他所に、アイアリーゼさんは自信満々だ。
実は、これからクラゲを檻に閉じ込める実験をしに行く。
さすがに、形式だけとは言っても氏族のトップを連れていくのはどうかと思ったのだが、「最適」だと言われて押し切られた。
なんでも、世界樹はハイエルフを自分の一部だと認識しているらしい。誤認させているクラゲと違って、こちらは元からそういう風に作られているのだとアイアリーゼさんが言っていた。気になるワードだが、部外者が興味本位に聞いていいのか迷ったので聞こえなかった事にしておいた。
アイアリーゼさんの話では、同行者数名まで、自分と同様に世界樹の一部扱いにできるらしいのだが、魔法を使って実験する以上、お荷物は少ない方がいいので、観測係としてオレが同行する事になった。行きたかったから文句なんて無いんだが、ジーアさんが行かなくて良かったんだろうか?
オレを同行させる理由を尋ねたら、思わせぶりに頬を赤く染めたので、もしかして脈ありかと思ったのだが、黒竜とバトルするような勇者ならクラゲが暴れても平気だからだと言われてしまった。紛らわしい仕草は止めてほしい。
「サ、えーっと、アナタも準備は良いわね? 行くわよ」
オレの名前を呼ぼうとして結局呼べなかったようだ。可愛いので、こちらから手を差し伸べるような無粋なマネはやめよう。
ちょっと不貞腐れたようなアイアリーゼさんが差し出す手を握る。彼女は、なぜか慌てたように風を纏って、そのまま虚空へと飛び出していく。オレも天駆で、握った手が離れない程度の速度で付いていった。
おお、ガラスのドームかと思ったら、何かの粘液っぽい膜なんだな。世界樹の樹液なんだろうか? 厚みは2メートルほどだ。
膜を抜けた先は、真空――。
あの、アイアリーゼさん? 苦しいんですけど?
普通に息ができません。顔や髪に霜が付き始めたよ。死にそうなほどでもないのでステータスを確認したら、スタミナや体力がちょっと減っているものの、自己治癒が働くのか直ぐに回復している。
てっきり、アイアリーゼさんが風の魔法で包んでくれているものだと思い込んでいた。「風防」を発動して快適空間を創造する。空気が足りないので、ストレージ内の風船から空気を少量取り出して「風防」内に補充した。空気が濁ってきたら酸素風船から酸素を足そう。
ふう、人心地ついた。
余った風船に空気を詰めておいて良かった。ポチやタマと遊ぼうと思って作ったのに忘れてたよ。
>「宇宙遊泳スキルを得た」
>「生存スキルを得た」
変なスキルが手に入ったな。むしろエーテル操作系の魔法が欲しかった。
虚空でも天駆が使えるので、宇宙遊泳スキルは死にスキル決定だ。生存スキルは便利そうなのでポイントを最大まで割り振って有効化しておく。
『どうかした?』
『呼吸ができなかったんですよ』
『え~っと言ってなかったかしら? 虚空は息ができないから注意してね』
遅いです、アイアリーゼさん。
『あと、魔法を使いすぎたらダメよ。虚空は精霊も殆どいないし、マナが薄いから魔力が回復しにくいのよ』
どうしても魔力回復が必要になったら、最寄の世界樹の枝まで行くように言われた。世界樹の枝にはエーテルから回収したマナが流れているそうだ。あと、虚空の世界樹の枝は熱いから触るときは火傷に注意しろと言われてしまった。宇宙空間って寒いんじゃないのか?
そういえば、普通に会話していたな。たぶん「遠話」の魔法なんだろうけれど、アイアリーゼさんに空間魔法スキルは無いのに、どうやってるんだろう?
『アイアリーゼ様、空間魔法使えたんですね』
『む、昔覚えたのよ、時間と一緒にスキルは無くしちゃったけど、カンタンなのは今でも使えるわよ。難しいのも精霊が沢山いる所なら使えるしね』
彼女の言う「時間と一緒にスキルを無くした」というセリフが気になるが、クラゲの近くまできたので、無駄口は終了だ。今晩、オムライスを振舞う時にでも聞いてみよう。
◇
でかいな。
目の前にいるクラゲは30レベルの平均サイズのヤツなんだが、黒竜ヘイロンよりも大きい。触手をいれたら3倍くらいありそうだ。
『まずは、空間魔法の檻から行くわね』
アイアリーゼさんは、空間魔法と言っているが詠唱しているのは精霊魔法だ。虚空には精霊が居ないという事だったが、ちゃんと先ほどの展望エリアから連れてきていたそうだ。彼女らしくない抜け目のなさだが、恐らく過去に何度も何度も失敗して学んだのだろう。その様子が目に浮かぶ。
魔法が完成し、クラゲの周りに6枚の板が現れ、次の瞬間に6面体の檻が形成される。
檻に入りきらなかった長すぎる触手は、スッパリと切断されて虚空でウネウネとしている。空中に浮かんでいるように見えて相対距離が徐々に離れていっているので、重力に引かれて落下を始めているのだろう。
世界樹の枝にからまったままの触手から順番に「理力の手」で剥がして一箇所に集める。そのままストレージに収納できた。切断後の部位は生き物扱いじゃないらしい。
捕まったクラゲは檻の中で暴れているが、他のクラゲは無反応のままだ。もちろん、世界樹も沈黙している。
続いて、別のクラゲの所に移動して、光、術理の2種類の檻で、1匹ずつ囲ってもらう。
どちらも、空間魔法と同じく問題なく捕らえる事ができた。他にも火、影、闇、重力でも捕らえる魔法があるそうなのだが、追加ダメージがあるものばかりらしいので、今回は見送った。
念の為、地、水、風の3種類も試してもらったが、虚空では「水」や「空気」や「地面」などの必要な素材が手に入りにくいために、これらの魔法は必要魔力が増えてしまうそうだ。オマケに構成も甘くなるらしく、この3種類の檻は、早々にクラゲに吸収されて消えてしまった。
このクラゲだが、個々はかなり弱い。
現に、結界から逃れた3匹は、オレの「理力の手」に捕まって接近する事ができずにいる。吸収しようとしているみたいだが、「理力の手」の構成を壊すのに時間が掛かっているようだ。
いつまでも押さえているのが面倒なので、アイアリーゼさんの風魔法でクラゲを眠らせてもらう。起きるまでに距離を取っておけば、こちらを追撃してこない事も確認した。
そうしている間に、「術理」「光」の順で檻が破壊された。
前者が2時間、後者が3時間ほど効果が続いたようだ。最初の「空間」の檻にいたっては5時間経過した今でも健在だ。
◇
しかし、やるじゃんハイエルフ様。
内心で、ポンコツエルフと思っていてごめんなさい。まさか、こんなに多彩な魔法が使える人だとは思わなかった。
クラゲを閉じ込めた「術理」や「光」の檻が壊されるまで待つ間ヒマだったので、アイアリーゼさんに許可を貰って、色々と実験をやってみた。
まずは、「害虫避け」だ。残念ながら、何の効果も無かった。虫じゃないしね。クラゲの近くで魔法を使ってみたが、問題なく普通に使えた。アイアリーゼさんが軽く驚いた表情をしていたので、普通ではないのだろう。ほんの少しだけ魔法を使うときの消費魔力が多かった気がする。
「乾燥」でクラゲのダメージが3割を超えそうになって焦ったが、途中で魔法を解除して事なきを得た。
次に初級の攻撃系魔法を試す。最小構成の「誘導矢」や「短気絶」を撃ち込んでみる。クラゲの近くで消滅するかと思ったのだが、猪王の時みたいに消えたりしなかった。誘導矢は普通に命中してダメージを与えていたし、短気絶は気絶させるどころか笠に大穴を空けてしまった。見た目どおり脆いので注意がいりそうだ。
この間の話に出てきた「魔法で作る擬似生命」が気になったので、アイアリーゼさんに実演してもらう。
「う~ん、魔力に余裕がないから簡単なヤツね」
気乗りしなさそうな言葉とは違い、かなり得意そうな顔で魔法を唱えている。
ちょっと、アイアリーゼさん? すごい勢いでMPが減ってますよ?
「……■■ 魔獣王創造」
虚空に魔法陣が出現して、象とカバの合いの子みたいな生き物が出現する。大きさはクラゲの半分くらいしかないのだが、非常に強そうな外見だ。レベル50もあるし、駆逐艦並みの巨体だ。
ただし、このベヒモス君には羽がない。
重力に引かれて落下し、遠い彼方で赤い光跡を残して消滅したようだ。
「……■■ 魔光玉創造」
アイアリーゼさんは、オレの視線を避けるように、次の擬似生命体を作っていた。今度はちゃんと飛べるやつだ。出現したウィスプは、直径10センチくらいのサイズで、淡い白光を放ちながら浮いている。
クラゲの方にウィスプを移動してもらう。
一定距離まで近付いたあたりで、ウィスプは輪郭を失って消滅してしまった。光の残滓がクラゲの触手の付け根の方に吸い込まれていくのが見える。
続いて物理攻撃の実験をした。
妖精剣で触手を切っていたら、手ごたえ無く切れたので、やはり脆い体なのだろう。魔力を充填した蟻爪槍をクラゲの近くに投げたら、思いのほか上手くキャッチして口に運んでいた。応用したら毒殺は簡単そうだ。
最後は、魔法道具「恐怖の鐘」だ。
これは近代に作られた魔法道具ではないので、説明がわからなかったヤツだ。読める言葉と単語の流れからの推測なので、上手く使える自信は無い。発動の合言葉がなんとか判明したので試してみようと思ったわけだ。
『我を恐れよ』
おおっう。
効果範囲にいた3匹のクラゲが、狂ったように電撃や触手攻撃をしてきた。アイアリーゼさんをお姫様ダッコして、電撃の効果範囲外に逃げる。
予め打ち合わせしておいた通り、アイアリーゼさんの風魔法でクラゲを眠らせてもらう――予定だったのだが、顔を赤くしてあうあう言っているだけで魔法を使ってくれない。そういえば、スキンシップが苦手な人だったのを忘れていた。
アイアリーゼさんを安全圏に浮かべた後、直ぐにクラゲの傍に取って返す。
世界樹からの攻撃が来るかと思ったが、クラゲの体力がまだまだあるせいか大丈夫なようだ。世界樹に繋がっているクラゲの触手を妖精剣で斬り裂いて笠の部分だけにする。
続いて3つの笠クラゲをストレージから取り出した物理の檻に閉じ込める。土魔法で作った分厚い粘土から変成させた石の檻、青銅で作った檻、最後は透明な氷の檻だ。色々な大きさで作っておいたんだが、一番大きいものでもギリギリだ。
作成時に魔法は使ったが、現在は一切の魔力の痕跡がない状態だ。
青銅の檻は、他の2つに比べて小さめだったので、クラゲを押し込めるのは無理だった。4LDKの家でも入るくらいのサイズでも足りないとかデカ過ぎだろう。仕方が無いので、2個目の氷の檻に詰めなおした。
氷の檻は、すぐに破壊されるかと思ったのだが、他の2つと同様に問題ないようだ。
世界樹の枝に絡まっていたクラゲの触手を掃除してから、アイアリーゼさんと一緒に展望台に戻る。
空間魔法の檻と氷の檻や石の檻の耐久時間については、ジーアさん達に観測を任せた。物理の檻のどちらかが、1日くらい保ってくれたらエルフ達だけで害虫退治ができるだろう。
ハイエルフ様への謝罪と慰撫を篭めて、最高に美味しいオムライスを作ってみた。カリカリに焼いた鳥皮にパプリカ、グリーンピースっぽい豆、鳥皮から出た脂を絡めたチキンライスをふわふわの卵で包む。
アリサのリクエストでハートをケチャップで書いたら、全員分のオムライスに書くことになってしまった。ポチとタマは簡略化した似顔絵だ。ミーアやアイアリーゼさんが、そのイラストを見て凄く羨ましそうな顔をしていたが、勘弁してもらう。冷める前に食べよう。
カレーにしなかったのにはワケがある。
香辛料は、公都で入手した分で8割方揃っていたので、残り2割をボルエナンの森で調達するだけで集まった。
だが、福神漬けが無い。
ラッキョウはあるのに福神漬けが無いなんて!
これでは、画竜点睛を欠く。オレは最後のピースを手に入れるべく、夜陰に紛れて公都へと舞い戻っていた。
活動報告に、ルルSSをアップしてあります。良かったらご覧下さい。