8-16.決勝当日(2)
サトゥー視点ではありません。
※本日は『なぜか』2話連続投稿してます。8-15もご覧下さいな……orz
※9/1 誤字修正しました。
まったく、茶番だわ。
陛下が臨席するからと言って、どうして私と殿下が模擬戦をしなくてはならないの?
しかも、殿下の持つのは聖剣クラウソラス。シガ王国を体現するとも言われている「不敗」の剣だもの。
絶対に勝つわけにはいかないのよ。
正しくは聖剣クラウソラスを持つ者は、決して負けてはいけない。なぜなら、それは不敗のシガ王国の敗北を連想させるから。
たとえ幻想とわかっていても、敗北は許されない。
もっとも、わざと負けようとしなくても、魔法抜きだと殿下の方が、やや強いはず。
奥の手を使わない限り勝ちようがない。使ったら、間違いなく殿下を殺してしまうもの。さすがにそれはまずいものね。
ああ、憂鬱だわ。
◇
観客席から私の名を呼ぶ声援が聞こえる。殿下への声援もあるけれど、「王子」という称号に惹かれているだけじゃないのかしら。
勇者の従者になったときに頂いた魔法の鎧チャフタルを身にまとい、迷宮探索中に手に入れた雷の大剣を担ぐ。この鎧は着る者に、身体強化の魔法と同じ効果を与える。魔法回路に魔力を通せば、魔力の盾や狙撃を防ぐための幻術を発動する事もできる。
試合開始の円陣の中に入る。
試合開始の合図に合わせて、魔力の盾を発動。続いて、雷の大剣に魔力を通して雷刃を発動する。
強化魔法を重ねがけする前に嫌な予感がして、横に跳びずさる。
私がいた場所を、火弾が突き抜ける。
火弾の杖?
軍用の兵器じゃない。
魔法を詠唱しなければいいってものじゃないのよ?
「懐かしいだろう? 貴様が学院で作ったモノだからな」
殿下の聖剣が青い軌跡を描きながら襲ってくる。
なんて、速い。
聖剣の使い手は空を飛ぶという伝説は本当だったのかも。
大剣で聖剣の軌道を逸らす。
重い。手首を痛めそうだわ。
大剣の刃に纏わせた雷も、聖剣を伝わる事無く宙に散っていく。
相手が普通の剣だったら、今ので気絶か麻痺状態にさせられたのに。
お返しとばかりに、大剣を殿下の足に叩きつける。
聖騎士の鎧が発動している防御膜に大剣を受け止められた。
さすがに、大国最強の聖騎士の装備だけはある。
今度は殿下の剣を防ぐのを鎧に任せ、私は攻撃に注力する。
強打スキル発動。命中や攻撃精度が落ちるけど、今は威力だ。
魔刃スキル発動。いつもは魔力が勿体無いから使わないけど、今は魔力を温存する意味が無いから。
大剣が赤い光を帯びる。
鋭刃スキル発動。殿下を殺す気は無いけれど、殺すつもりでやらないと、あの鎧の防御は抜けない。
「旋風烈刃」
必要もないのに技名を叫んでしまう。
私もハヤトのバカに染まってしまったみたいだわ。
てっきり防がれると思ったのだけれど、あっさり命中して防御膜を破壊する。
まずい、このまま刃を止めなければ、勝ってしまう。
何とか殿下に致命打を与える前に刃を止められた。
でも、そんな不安定な体勢を殿下が見逃すはずも無く。
私は鞠のように闘技場の地面を跳ね飛ばされていった。
◇
歓声と悲鳴と罵声。
一瞬だけど気を失っていたみたいだ。
王子が追撃の火弾を連射してきている。殺す気なの?
どうやら、先ほど剣を止めたせいで彼の肥大化したプライドを傷つけてしまったようだ。殿下の目が怖いくらいに血走っている。
詠唱の早い破裂で火弾を爆破して止める。
でも、私達の戦いは、ここまでだ。
空に生まれる召喚陣。
アレハキケンダ。
頭が割れそうなくらい、直感が危険信号を送ってくる。
私は、魔法爆破の詠唱を始める。だめだ、殿下は、上空の召喚陣に気が付いていない。私しかみていないんだ。
殿下の攻撃を回避するために、呪文の詠唱を中断する。
こんな事なら、さっき刃を止めるんじゃなかった。
召喚を止める事ができなかった。
そこに現れたのは、黄色い肌の魔族だ。あの存在感に威圧感、間違いなく上級魔族だ。身長5メートルを超える巨躯が地面に着地する振動で倒れそうになる。
前にハヤトが言っていた。
たった一度だけ、魔族から逃げた事があると。
その時に、仲間の半数がハヤトを逃がすために犠牲になったと悔しそうに言っていた。あの非常識なまでに強いハヤトが後れをとったなんて信じられなかったけど、今ならわかる。
アレは桁が違う。
魔王は、アレより更に強いの?
無理だ。
絶対に無理。
理屈じゃない、魂が叫んでる。今すぐここから逃げたい。
心が折れそうな私が踏みとどまれたのは、意外な人の言葉のお陰だった。
◇
「魔族よ、いや魔王よ、貴様の命運もこれまでだ」
殿下、相手の強さも測れないなんて。彼は虚勢を張っているわけじゃない。もし、こんな時に、絶対強者に対して虚勢を張れるくらいの男気があったなら婚約を解消する事もなかったかもしれない。
魔族は首を傾げた後に殿下の剣を見て興味を抱いたようだ。
「その剣はクラウソラス、デェスね? ヤマトの子孫デシタか」
なんだろう黄肌魔族が会話をしながら、何かが咆哮する声が聞こえる。もう一つの首の方か、詠唱しているんだ。
召喚を妨害するために、詠唱の早い破裂を、黄肌魔族に叩き込む。
だめだ。
威力の弱い下級魔法じゃ普通に手でふせがれてしまう。
威力よりも速さを!
詠唱短縮を発動しつつ、爆裂を唱える。たぶん、間に合わない。でも只で詠唱させたりしない。
黄肌魔族の詠唱が完了し、地面に出現した召喚陣から魔物が出現する。ムカデにサソリ、カマキリ、双角甲虫までいる。
アレを相手にしながら闘えるほど黄肌魔族は、簡単な相手じゃない。さっきの爆裂も大してダメージを与えられなかった。
そうだ、会場には本戦の出場者やその仲間達がいる。魔物は彼らに任そう。
拡声の魔法を使って会場の戦士達に呼びかける。
「勇気ある戦士達よ、協力しあって魔物達を討伐するのだ。魔法使い達よ、攻撃魔法より、戦士達への強化魔法を優先しろ」
バラバラに魔物と闘っていた人々が、連携を取り始めた。
彼らはベテランだ。きっかけさえあれば、魔物なんかに後れは取らないだろう。
ムカデ型の魔物が襲ってきた。殿下の方にも甲虫型の魔物が襲い掛かっている。
「ふむ、やはり勇者はいないデ~ス。これは折角の土産が意味ないデスね」
黄肌魔族がボヤキながら召喚した魔物に強化魔法をかけている。
せめて殿下が前衛を引き受けてくれたら、強力な魔法が使えるのに。
「おかしいデ~ス。これだけ騒ぎを起こしたら青いのや赤いのがしゃしゃり出てくるはずなのデェスが」
このムカデ強い。剣じゃなかなか倒しきれない。こんな時、ハヤトやあの子達がいてくれたら。
「あはは~ お姉さん、苦戦してるじゃな~い」
「余所見をするな、殿下の加勢に行くぞ」
シガ八剣のレイラス殿と、聖騎士の少年が殿下の加勢に向かった。少年が行きがけの駄賃としてムカデの足一本を斬り飛ばしていった。
注意がそれたところを、爆裂を3連打して倒す。詠唱は長いけれど、爆裂には気絶や後退効果があるからなんとかなった。
大盾を構えたレイラス殿が、黄肌魔族の火炎地獄を受け止めている。凄いわね。魔法を併用しているのだろうけど、あれだけの攻撃を受けれるのがハヤト以外にいるとは思わなかったわ。
「ほう? 懐かしい盾デスネ。これはどうデスか?」
黄肌魔族の放った白い炎の飛礫が、高速でレイラス殿の大盾を容易く貫く。
彼を殺させるわけにはいかない。彼が死ねば戦線が崩れる。
私は利己的な思いから、一つの選択をする。
「偉大なるパリオンよ、我が魂を糧に勇者召喚を叶えよ! われは従者、勇者ハヤトの従者リーングランデ!」
それは詠唱ではない。
パリオン神への祈願だ。この願いでどれだけ私の寿命が減るのかは知らないけれど、私の故郷を蹂躙させずに済むなら、寿命くらい10年でも20年でも捧げるわ。
私の祈りに応えて、胸元で神授のお守りが輝く。
さあ、来なさい、ジュールベルヌ。
勇者を乗せて、いざ戦場へ!
リーングランデ嬢視点です。
時間は、前回の上級魔族登場より少し前です。