8-11.公爵城へ(2)
※9/1 誤字修正しました。
※8/2 カリナの弟の名前を修正しました。
サトゥーです。小食な女性は多いですが、甘いものは別腹という女性はもっと多いといいます。そして、それは異世界でも変わらないみたいです。
◇
「王子、彼は私の父のお気に入りだ。私も父も彼の料理のファンでね」
絡んできた王子への対処を考えているところに助け舟をだしてくれたのは、次期公爵さんだった。
王子はリーングランデ嬢とオレしか目に入っていなかったらしく、声を掛けてきた次期公爵さんを驚いた目で見ている。
流石に相手が悪いらしく王子が困っている。テーブルの陰から見ているアリサのニヤニヤ顔と目があった。小さな手でピースサインをしてくる。なんて懐かしい。
「まあ、シャロリック殿下、こんな所にいらしたのですね。こちらで是非、王都のお話をきかせてくださいな」
人ごみを掻き分けて現れたちょっと化粧の濃い女性陣が王子を誘いに来る。
これ幸いと王子は、次期公爵に適当な暇乞いをして、その女性達と行ってしまった。
「ふむ、あの方も、もう少し丸くなってくれればいいのだが」
「無理でしょう。10年前から変わりませんもの」
「剣の腕なら王国でも屈指の腕前なのだが……」
「お父様、強さと人格は比例しないわ。もし比例するならマサキだって、もっと」
リーングランデ嬢は、勇者の愚痴になりかけたところで自分の口に手を当てて失言を悔やんでいた。
「シガ八剣というのは、有名なのですか?」
「あなた本当にシガ王国の貴族ですの?」
「すみません、田舎者なので」
なんでも、シガ八剣というのは王国最強の聖騎士達の筆頭となる8人の剣士に贈られる称号らしい。王子は次席らしいのだが、王国の秘宝である聖剣クラウソラスを帯刀する事を国王から許可されているらしい。
ちなみに王祖ヤマトが愛用していた杖は、歴代の筆頭宮廷魔術士が使う事になっている。聖剣や杖を国王が使わないのは、ヤマトさんが適材適所たれと制度化したかららしい。
◇
次期公爵とリーングランデ嬢が去ると、遠巻きにこちらを見ていた貴族の若者達が興味深そうに集まってきて、料理に舌鼓を打っていた。
リーングランデ嬢との関係を聞かれたが、剣を指南してもらっただけだと正直に言っておいた。
かなりの分量があったはずなのだが、30分も経たずに全部はけてしまった。物珍しさと揚げたての魅力の勝利みたいだ。
「ペンドラゴン卿、少しいいかしら?」
そこに男連れのカリナ嬢がやってきた。
男連れと言っても色っぽい話ではない、カリナ嬢の弟でムーノ男爵家の長男のオリオン君だ。14歳と若く、公都に留学中の学生だ。公都に着いてすぐに挨拶をしておこうと、何度か面会を希望する手紙を出していたのだが、何かと理由を付けて断られていたので、今回が初対面だ。
「これは、カリナ様。そちらが次期男爵様ですね。サトゥー・ペンドラゴンと申します。以後、お見知りおきを」
「うむ、オリオン・ムーノだ。サトゥー士爵、よしなに頼む」
オリオン君は、鷹揚に頷いて名乗った。精一杯、大物ぶりたい年頃なのかもしれない。自分の名前を言う時だけ小声だったのは、勇者好きの男爵が付けた名前のせいなのだろう。不憫だ。
彼らは少し雑談した後に舞踏会の会場の方に行ってしまった。一応、王子に絡まれないように忠告はしておいた。
その頃になって、ようやく会場の中央でダンスパーティーが始まったようだ。社交界で浮名を流すと大火傷をしそうなので、女性を口説く気はない。何といっても、未婚の女性が13~18歳くらいまでしか居ないので、やや若すぎなのも食指が動かない理由だったりする。
若い女性客が増えてきたので3品目を披露する事にした。
ミーアが好きなミルククレープだ。アリサが食材庫の中でイチゴを見つけてきたので、生クリームだけでなくスライスしたイチゴも挟んでみた。
「まあ、良い香りですわ」
「もうすぐ焼けますから、しばしお待ちください」
焼きあがった生地に生クリームとイチゴを挟む。できたクレープをルルが持つ皿に載せる。料理長さんによると手掴みはNGらしいので、小さなナイフとフォークをつけて、貴族の令嬢に手渡す。
クレープを一口食べた少女の顔が綻ぶ。精一杯化粧をした顔が、その時ばかりは年相応のあどけなさに染まる。
それを見ていた少年貴族達が、クレープを食べ終わった少女の所に歩み寄ってダンスに誘っている。頑張れ、少年少女。
「ちょっと、年寄り臭い顔してるわよ」
足元のアリサが、小さく焼いたクレープを齧りながらそんな事を言ってくる。
いいじゃないか、応援したって。
アリサに答える暇も無いまま、少女達の求めに応えてクレープを焼き続ける。
高そうな衣装のせいか、オレを使用人だと勘違いする人間はいなかった。そのせいで、クレープの注文を受けるたびに、お互いに自己紹介しあうので、百人以上の少女の名前を覚えてしまった。もっと短い家名にすれば良かったと初めて思ったよ。
◇
用意していた材料が尽きたので、ルルとアリサに頼んで、作り置きして冷やしてある生クリームやイチゴを厨房まで取りに行ってもらう。
「いい香りね」
「すみません、材料を取りに行ってもらっているので、もう半時間ほどお待ちください」
「まあ、人気なのね」
顔を上げた先に居たのは、ユ・テニオン巫女長さんだった。
なぜ?
「お久しぶりです、サトゥー様」
彼女と一緒にいたのはセーラ嬢だった。巫女長さんの後ろには、パリオンとガルレオンの偉そうな神官の人が2人いる。どちらも白髪の痩せた男性だ。セーラ嬢の横には、セーラと一緒に誘拐されていた巫女さん達がいる。
ルル達が戻ってくるまで雑談していたのだが、セーラだけでなく他の2人の巫女さんも公爵の血縁らしい。セーラのような直系ではなく、傍系だそうだ。血縁だけあってよく似ているが2人は黒髪と茶髪だったので簡単に見分けられる。
彼女達は、セーラの兄であるティスラード氏に結婚のお祝いの言葉を贈る為に来たらしい。結婚式当日はまず会えないらしいので、今日がいい機会なのだそうだ。
そこにルル達が戻ってきたので、クレープ作りを再開する。クレープは口に合ったようで、さっきの貴族娘と同じように、巫女のお澄まし顔から普通の少女のような顔になって喜んでくれていた。
巫女さん達に遠慮してクレープを頼めない貴族娘さん達に気が付いたセーラが、少し離れた所へ移動するのを提案してくれた。
途中でクレープ生地が無くなったので、アリサが持ってきていた細長いメロンを氷結で凍らせてシャーベットを作ってみた。魔法の威力調整精度を上げる為に柑橘系の果物で試していたので、果実を変更しても上手く作れた。前に失敗作をミーアとアリサが全て平らげてお腹を壊していたので、少量だけ作って終了にした。
◇
「士爵さま、宜しかったら踊っていただけませんか?」
よほど誘いやすい顔をしているのだろうか。社交界デビューっぽいローティーンくらいの少女にさっきから、やたらと誘われている。社交スキルのお陰でダンスは問題ない。ついでに「舞踏」スキルを得てしまった。
踊ったからと言ってどうという事は無いのだが、何人かの少女から家に遊びに来ないかと誘われている。どうやらモテている訳ではなく、仲良くなって遊びに来たら手土産のお菓子が期待できるからだ、とアリサに釘を刺された。
勘違いなんて、してないよ?
「おモテになるんですね、サトゥー様」
「そんな事はありませんよ、美味しいお菓子のお礼代わりに、踊りの相手をしていただいてたんですよ」
「そんな事ありませんよ」
歩み寄ってきたのはセーラだった。
声を掛けてきたときは少し棘があったのに、後半はクスクス笑いながらだった。
「私とも踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで」
リーングランデ嬢にまた何か言われそうだが、少女の誘いを断れなかった。
「お上手なんですね、サトゥー様」
「セーラ様もお上手ですよ」
「『様』は不要です。私はもう貴族ではありませんから『セーラ』とお呼びください」
さすがに呼び捨てはマズい気がする。位置的に見えないが、ルルとアリサの視線が刺さっているような気がする。
「セーラ様、巫女も十分、『様』付けに値しますよ」
「サトゥー様は優しそうなのに案外意地悪です」
この間、ポチにも言われたな。注意しなくては。
セーラ嬢の不思議なほどの親しげな態度に困惑しながらも無難に踊り終わる。セーラ嬢は意外に交渉上手で、滞在中にテニオン神殿の炊き出しを手伝う事になってしまった。
「今日は美味しいお菓子をありがとう。セーラと仲良くしてあげてね」
巫女長さんが去り際に、小さな声で爆弾発言をしていった。
「あの夜の事はヒミツにしておくから安心してね。仮面の下はかわいい顔なのね」
なぜ、バレた。
◇
「それは、声でしょ」
アリサに呆れたように言われた。
しまった、変声スキルを取得しておくんだった。今晩練習してみよう。
まあ、レベルも名前もスキルも全く違うし、あの後もトボけておいたから大丈夫だろう。巫女長さんもカマをかけただけみたいだったしね。
「おまたせしました、ご主人様、アリサ」
厨房の料理長に呼び止められていたルルが戻ってきた。
働きたかったらいつでも訪ねてこいと誘われていたらしい。引き抜きとは油断ならないオジサンだ。
公爵一家が退出したのに合わせて、オレ達も退出させてもらったのだが、舞踏会はまだ続いているので、音楽がここまで聞こえている。
「お嬢さん、一曲いかがですか?」
「は、はい、よろこんで」
屋敷から漏れる光の中をルルと2人で踊る。ルルが来るまでの間にアリサとも踊っていたのだが、思ったより好評だったので、ルルも誘ってみた。
「ああ、夢みたいです」
「それは良かった」
ルルと2人、いつまでもクルクルと踊り続けた。
「ちょ、ちょっと、いつまでも2人だけで踊ってないで代わってよ~」
「うふふ、アリサったら、可愛い」
ルルが飽きたら止めようと思っていたのだが、いつまでも飽きないので嫉妬したアリサが乱入するまで踊り続けてしまった。
たまに傍の回廊を通るメイドさんの微笑ましいものを見るような視線に見守られながら、3人で交代しながら踊り続けた。
偶には、こんな日もいいものだ。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。