8-5.工房見学と博物館
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。期待しすぎると、実像が伴わなかった時に裏切られた感がスゴイです。全米が泣いた映画でよく経験した記憶がありますが、世界が変わってもやはり期待はずれはあるようです。
◇
「吹き矢~?」
「膨らんでるのです」
リザの小脇に抱えられながらポチとタマが、工房の職人さんたちを指差してワタワタしている。
ポチ達の指差す先では、吹き竿を咥えた職人さんたちがガラスの器を作っているところだ。見学用の通路には呪い士の方が冷却魔法を掛けてくれたので暑くはないが、職人さん達の顔には玉の汗が浮いている。
ガラスの器が膨らむのを見て、ナナがフラフラと見学用の通路から誘い出されそうになっていたので、ルルと二人で左右から腕を掴んで止める。
「マスター、詳細な観察が必要と進言します」
「観察はここからね」
「ナナさん、職人さんのジャマになりますから。我慢してください」
興味津々のナナと対照的に、アリサは興味が無いのか欠伸をしている。
まあ、わかる気はする。オークグラスの工房と聞いていたので、どんなファンタジーな工房かと期待していたら、ごく普通のガラス工房だったのだから。
「ご興味がおありなら、一通りの視察が終わったら体験されますか?」
「はい、よろしければ、ぜひ」
案内してくれているしょぼくれたおじさんみたいな、この人がオークグラスの工房長さんだ。50代後半で異様に痩せている簾髪の男性だ。
次に案内された場所が、ガラスの素になる素材の加工場所だ。作業している人はみな口や鼻を覆うように布を巻いている。おそらく粉塵対策だろう。
「ここでは花崗岩や珪岩というガラスの素になる石を砕いて粉にしています。ここにオーク石を砕いて作るこの青灰色の粉を混ぜて熱するとガラスの素になる硝子片ができるのです」
オーク石?
まさかのファンタジー物質なのだろうか?
「これは北方の葡萄山の辺りで採れる鉱石で、粉末にして水に溶くと気泡を出す石なのです。この気泡は――」
工房長さんの話を聞いていてわかったのだが、炭酸というか天然ソーダみたいなもののようだ。名前は忘れたが、元の世界でもそんな鉱石があった気がする。オレは色々と知識が増えるので嬉しいが、視察に来た貴族にそんな専門的な説明をしても迷惑がられるんじゃないだろうか?
見学コースの最後の部屋がメインだったようだ。
「これが、この工房の板ガラス製造用の魔法道具です」
なんでも、この魔法道具は、シガ王国の前にあったオークの帝国の遺産らしい。
「なんかプレス機みたいね」
アリサの言うのも分かる。短辺1メートル半、長辺2メートルの台座の上に赤熱したガラスを流し込み、上からプレスのようなもので押して板ガラスを作っている。
前に見た動画だと、溶けた金属の上にガラスを流し込んで作っていたような記憶があるのだが、魔力の力場を皮膜代わりにして平らな板ガラスをつくっているのだろう。
立方体とかを使えば意外に簡単にできそうな気がする。
さらに、その板ガラスを使った鏡の作成過程を見せてもらった。硝酸銀とやらを使うらしい。完成した鏡は、元の世界で使っていた鏡に近いものだった。硝酸銀の作り方は錬金術の資料にあったので、オーク石とやらがあれば鏡を手作りできそうだ。
「ポチが2人~?」
「あそこにタマがいるのです!」
リザの腕の中でポチとタマが鏡を指差して驚いている。普段使っていたのが、銅鏡だったからな。そんな事を思っていたのだが、2人の驚くポイントが少し違ったみたいだ。
「まるでソルナの手鏡みたいなのです」
「大きい~」
そうか、ムーノ城で長女のソルナさんの所で見ていたのか。単純に全身が映るので驚いていたらしい。
アリサやミーアだけでなく、ナナやリザまで姿見の前でポーズをつけたりしている。帰りに1枚買ってやるかな。
だが、ルルだけは顔を伏せて見ないようにしている。不憫だ。
ルルに自分の容姿を嫌わないようにする方法が何か無いものだろうか。今度、アリサに相談してみよう。
吹きガラス体験で作ったガラスの器は有料だったが譲ってもらえた。ついでに吹き棒も1本記念に貰い受けた。ガラスに息を吹き込んだだけで「硝子細工」スキルが取得できたので、使う機会がいつになるかは判らないが、いつもの様に有効化にしておいた。
帰りに、姿見の値段を聞いてみたのだが、予約が詰まっているので2年後と言われてしまった。王都や公都の上級貴族の間で、窓に硝子板を嵌めるのが流行しているために生産が追いつかないのだそうだ。
◇
オークグラス工房に続いて、醤油や味噌の工房や酒蔵を見学して回る。
どうも、皆が飽きてきたようなので、今日一緒に回るはずだった結界柱の工房や絹織物工場は後日に延期するように、シェルナさんに予定の調整を頼んだ。
ちなみに今日のお昼は、味噌工房で出された味噌漬けの肉を焼いたものだった。ちょっと焦げていたが、なかなか美味しかった。オレは知らなかったのだが、アリサによると元の世界でも同じような料理があるのだそうだ。
「午後はどうするの? 武術大会の予選でも見る?」
「ご主人様も出るのです?」
「出ないよ」
アリサの言葉にポチとタマが反応するが、すぐに否定しておく。
「ご主人様なら、優勝できると思うのですが、本当に出場なさらないのですか?」
「むてきにすてき~?」
「ん、優勝」
すぐに否定したので、ポチがションボリしているが、武術大会は出場するより観戦の方が楽しいと思う。なによりも、優勝できてもメリットよりデメリットの方が多そうだ。
「ご主人さま、この近くに博物館や歌劇場があるようなので行ってみませんか?」
「そうだな、博物館にいってみようか」
そこにルルが違う話を振ってくれたので、それに乗らせてもらう。マップで確認したが、博物館は直ぐ近くだ。
歌劇場にはミーアと同郷のエルフがいるのだが、ミーアに聞いても名前を知らないようだった。ミーアが生まれる前に森を出た古参エルフなのだろう。
◇
博物館の客層は、富裕層っぽい女性やその使用人達がメインのようだ。
「やまと~?」「おう、なのです」
「ふ~ん、王祖ヤマト展っていうのを開催しているみたいね」
「あっちは、ずいぶん混んでるみたいだね」
「ん」
博物館はメインホールに接続した3つのエリアで構成されているようだ。そのうち一番大きな場所に期間限定の「王祖ヤマト展」というのが開催されているらしい。
順回路みたいなのが設定されているみたいだから、その順番に回ってみよう。
まずは、剥製とか骨格標本のエリアだ。
基本的に日本にあったような博物館と変わらない雰囲気なのだが、飾られている剥製に魔物が含まれるので、なかなか迫力が違う。
「危ないのです、ここはポチに任せて先に行くのです!」
「あとはまたせた~」
「ポチ、先に魔王を倒して待ってるわよ!」
君達、普通に見学しなよ。なぜ小芝居をする。それに「待たせて」どうする「任せ」ないとね。
「マスター、これは動かないのですか?」
「うん、剥製だからね」
アンデッドにしたら動きそうな気もする。
ナナの指差す剥製は、小さな川蝉とリスの中間みたいな動物だ。
「カワイイです」
「ん」
ルルとミーアの見ているのはペンギンの剥製だ。異世界にもいるんだな。ペンギン人族とかの剥製とかじゃない事を祈ろう。
そうだ。
「ポチ、ちょっとおいで」
「はい、なのです」
トテトテとやってきたポチを抱えて、巨大な城虎という魔物の口に手を近づける。
「ワガハイ、オマエ、マルカジリ」
ついでに変な声を作ってポチを脅かして、手を口の中にいれてやる。
>「腹話術スキルを得た」
そんなつもりはなかったのだが。
「だ、だめなのです。ポチは美味しくないのです」
腕の中でポチがワタワタと慌てだす。
「ニク、ウマイ」
「肉は美味しいけど、ポ、ポチは肉じゃないのです。だから食べちゃ、メッなのです」
ポチが本気で怖がり始めたので中断する。
「ごめんよ、ポチ」
「ご主人さま、酷いのです。ポチは怖かったのです。しゃざいとばいしょーをよーきゅーするのです」
「じゃあ、賠償は晩御飯に美味しい魚料理でどうだい?」
「さかな……さかなは攻撃してくるから嫌いなのです」
はて? 魚型の魔物なんて出てきたかな?
横で苦笑いしていたアリサに視線で問う。
「前に、グルリアン市で食い倒れツアーしたときに、ポチが骨を喉に刺しちゃって大変だったのよ」
「ア、アリサ。それは秘密って約束したのです。喋っちゃダメなのです」
ポチが珍しく目に涙を浮かべてアリサをポカポカと駄々っ子殴りしている。おお、アリサのHPが減っていく。アリサが「あい、あいたたた、ポ、ポチ本気パンチはらめ~」とか余裕のありそうな言い方だが、実は本気で痛がっているだろう?
ポチを後ろから抱き上げてパンチが当たらないようにしてやる。「う~アザになりそう」と言っているので、ポチを抱えている手と逆側の手で魔力治癒を施してやる。
「お~、こりは気持ちいいわね」
「マスター、魔力補充は私に」
「次」
これは魔力補充と違うと説明してもナナが納得しなかったので、興味のありそうな皆に魔力治癒を掛けてあげた。
なぜか、博物館にいた老人達の腰痛も治す流れになったが、ポチ達が老人達からオヤツを貰っていたので途中で打ち切る事もできず、最後の人までやりとげた。リザとルルは最後までオレの傍らにいたが、他のメンバーは飽きてしまったのかアリサに先導されて博物館見学に戻っていた。ズルイぞ。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。