8-4.下町の騒動(2)
※8/12 誤字修正しました。
サトゥーです。似ていない兄弟や姉妹なんて、どこにでも居ますが、同じ環境で 育っていても違いは生まれていきます。姉を超えたい妹や、妹を守りたい姉の気持ちが成長のきっかけになるのかもしれません。
◇
アシカ人族の向かった先には、ちょっとした広場があり、有志による炊き出しが行われているようだ。
それはいいのだが。
「ちゃんと並ぶのです! 横入りは、メッなのです」
「ならべ~ぐみんども~」
「ちょ、ちょっとタマちゃん!」
そこには何故か炊き出しの人々の行列を整理するポチ達の姿があった。
「最後列はこっちよ! 自分の椀を持って3列で並びなさい」
「そこ、喧嘩をするなら最後尾に並びなおさせますよ」
最後尾はアリサとリザが担当しているようだ。
アシカ人族の子供達は、アリサの誘導するままに列に並んだ。ナナが後ろに並ぼうとするのを止める。
「あら、ご主人様、ナナの用事って何だったの?」
「その子達が虎人族の男達に絡まれていたのを助けていたんだよ」
「ふ~ん、2人でどこかにしけこもうとしてるのかと思ったわ」
本当にしけこもうとしたら、ミーアがどこからともなくオレを見つけるのだろう。方法は教えてもらえなかったが、ミーアがオレを見つける探知能力は異能と言ってもいいレベルだ。
「そっちは、どういう経緯で行列整理をするはめになったんだ?」
「ご主人様と似たような感じね。年甲斐もなく行列に割り込んで騒いでいた男達を、ポチが注意して、それに逆上した男達をリザ達3人が制圧しちゃったの」
なるほど。その光景が目に浮かぶようだ。
「それは良いとして、ルルがブース内で給仕を手伝ってるのは?」
「ポチより先に、給仕のオバサンが止めに入ってたんだけど、男達に怪我させられちゃってね」
怪我はミーアとアリサの魔法ですぐ治ったそうなのだが、暴力にショックを受けていたので家に帰らせたそうだ。そのために人手が不足したので、ルルが手伝いを買って出たらしい。
「途中で投げ出すのも悪いから、あと1時間ほどは手伝いたいんだけど、いいよね?」
「もちろんだ」
地元民との交流も観光の醍醐味だ。
オレも調理を手伝いに行くかな。ナナも連れていこうとしたのだが、アシカ人族の子供に首ったけだったので置いてきた。
「ルル、何か手伝える事はあるかい?」
「あ、ご主人様! セーラ様、こちらが私のご主人様のサトゥー・ペンドラゴン士爵様です」
そう、そこにいたのは魔王の生贄にされていたテニオン神殿の巫女セーラだった。しかし、怪しげな団体に誘拐された翌日に炊き出しに出かけるとか、心配する人はいないのか?
いや、少し離れた人ごみの中に複数の公爵の手のものらしき人影がある。『自由の翼』に対する囮扱いなのか。
それはともかく、ルルと2人並んでいると、目が幸せだ。まったく、どこのアイドルユニットだ。
「はじめましてペンドラゴン士爵様。テニオン神殿で巫女をしておりますセーラと申します――」
セーラの蘇生後の経過は良いようだ。
ルルの紹介に反射的に挨拶をして、なぜか首を傾げる。
「あの、どこかでお会いしましたよね? 申し訳ありません、少し記憶が曖昧で……」
まさか、魔王に憑依されていた記憶があるのか? セリフだけ聞いたらナンパみたいだ。自意識過剰な反応は止めて、ここは普通に誤魔化しておこう。
「いいえ、初めましてですよ。セーラ様」
「そうでしたかしら……」
首を傾げるのはいいが、なぜ見つめてくる。この人を見ていると、どうもメネア王女を思い出してしまう。顔立ちもプロポーションも違うのに、なぜだ。
「セーラ様、配給の人が待ちわびてますよ」
「あら、いけないわ」
配給待ちの人を待たすのも悪いので、セーラを給仕の仕事へ戻るように促す。
配給食の鍋の中身は、ワカメっぽい海藻のスープに小さな団子を入れて炊いたものみたいだ。見たところ、団子を作る人手が足りていないそうだ。
「手伝いますよ」
「いえ、大丈夫でございます。貴族様に手伝ってもらうのは恐れ多いでございます」
調理しているオバサンの一人に手伝いを申し出たのだが、恐縮して断られてしまった。微妙に敬語がヘンな人だ。給仕していたルルが「ご主人様は料理が得意なのです」と横にいるセーラに自慢している。美人同士、気が合うのだろうか?
「オバさま、手伝っていただいてはいかがでしょう?」
「そうですね、生煮えの団子を食べさして腹壊したら大変だ、です」
調理をしている人たちに、手短に挨拶を済ませて手伝いに参加する。
「若様、これを使ってくださいな」
服が汚れるといけないと言って若奥様みたいな人がエプロンを貸してくれた。彼女がしていたスリ身を作る作業が一番大変そうなので交代する。さっきまで手持ち無沙汰で草笛を吹いていたミーアがいつの間にか横に来て手元を覗き込んでいる。近くのオバサンが団子を作るのに誘っている。
「あんた貴族の割に筋がいいね。家を継がなくていいなら、うちの店で働かないか? うちの娘を嫁にやるよ」
オバサンの一人がオレの手際を褒めている。
どうして、こうオバサン達はお見合いを勧めたがるのか。
「ダメ」
「「だ、ダメです」ご主人様には、「えっ?」」
ミーアとルルが「嫁」という言葉に反応して否定の言葉を返すが、なぜかセーラまでルルとハモっていた。その姿にルルだけでなく本人まで驚いていた。口に両手を当ててびっくりしている姿は可愛いが、配給待ちの人々の視線が怖いので作業に戻るように促した。
一目ぼれされるなんてありえないので、明確に覚えていなくても漠然と魔王から助けられた記憶の欠片が残っているのかもしれない。
それにしても、セーラとルルの組み合わせは恋愛対象には若すぎるが、目の保養になるな。5年後にユニットを再結成してほしいものだ。
◇
たいしたトラブルが起こることも無く炊き出しが終わった。
ただ、途中から肉団子が高級なものに変わったとか言いがかりを付けてくる人がいたが、リザの一睨みですごすごと去っていった。目の前で作業しているんだから同じものだとわかりそうなものなのに。困ったものだ。
「ちょっと、手伝うのはいいけど手加減しなさいよ」
アリサに小声で叱られてしまった。
バカな、すり鉢ですり身を作ってただけなのに手加減が必要だなんて……。
ある程度馴染んだスキルは無効にしてもそれほど効果が変わらないからな。練成や調合みたいに馴染みすぎるほど繰り返したのは、意図的に品質を落として作る事ができるようになったから、調理でもそのうちできるようになるかもしれない。だが、わざと不味く作るとか、何か嫌だ。
炊き出しの間に手伝いのオバサン達と雑談していたんだが、彼女達は近所の主婦や神殿の雑役婦らしい。炊き出しは下町にある5つの神殿が交代で行なっているそうだ。炊き出し自体は隔日で、毎日炊き出しするほど資金が無いという話だった。資金は町の有志からの寄付と神殿からの施しらしい。
巫女長さんのいたテニオン神殿は貴族街にあるが、下町にも神殿があるようだ。というか、この広場の目と鼻の先にある。
片付けが一通り終わったので、機材をポチ達と一緒に神殿まで運ぶのを手伝う。
「片付け~」「なのです」
ポチとタマが2人で長机を頭上に掲げて運ぶ姿が可愛い。もちろんアリサは先導役だ。先頭でどこで拾ったのか小枝を振って指揮している。
「すみません、片付けまで手伝っていただいて」
「いえ、大した事はありませんから気にしないでください」
セーラと普通に会話しているだけなのに、なぜオレの尻を蹴る、ミーア。
ルルは洗い終わった寸胴を持って普通に付いてきている。
ん?
馬に乗った『自由の翼』のメンバーが、数人こちらに来るみたいだ。まだ、距離があるから、オレ達が神殿に到着する方が早そうだ。
ポチ達は、神殿の勝手口の方へと机や器材を運んでいく。手ぶらのオレとセーラだけが正門から神殿に入る。ナナがアシカ人族の子供2人をダッコしていたような幻覚が見えた。疲れているのかもしれない。
「セーラ!」
「ね、姉さん?!」
神殿で彼女を待っていたのは、空から登場していたオーユゴック公爵の孫にして勇者パーティーの一員たるリーングランデ嬢だった。
それにしても姉だと?
セーラの所属が「テニオン神殿の巫女」になっていたので、オーユゴック公爵の血族だとは思わなかった。「元気だった?」とか「大きくなったわね」とか普通の姉妹の会話だ。あまり似ていない姉妹だが仲は良い様でなによりだ。
さて、適当に会話が途切れた時にでも挨拶をして去るかな。彼女がいれば『自由の翼』なんて鎧袖一触で薙ぎ払ってくれるだろう。
だが、オレが話を切り出す前に、矛先が向いてしまった。
「あなた、どこの家の方かしら? この子はそういうのが嫌で家を出て神殿に入ったのよ? 家名でなくあなた自身としてセーラに釣りあう人間になれるのかしら?」
なんだろう。なぜか、オレがセーラに言い寄る貴族のボンボン扱いになっている。とりあえず、リーングランデ嬢が妹思いで早合点しやすい人なのはわかった。
「ち、違います。リーン姉さん、この方は――」
やけに慌てたセーラのフォローで、オレが彼女に言い寄っているという誤解が解けた。姉のほうならともかく、セーラの年では恋愛対象外だ。対象になっても相手にされない可能性が高いから、どちらにせよ、あまり関係ない話だ。
アリサ達が片づけを終わらせて、オレを迎えにきたので、セーラに暇乞いをした。神殿を出る前に、色っぽい女神官さんに炊き出しのための寄付をしてほしいと頼まれたので、金貨を数枚ほど寄進しておいた。
神殿を出た所で、馬に乗った貴族風の男達が捕縛されるシーンに出会ったが華麗にスルーした。セーラはなかなか囮として優秀だったようだ。
下町で春物を物色しているところに、メイドを引き連れたカリナ嬢が乱入してきたり、昼食に肉料理を売っている店が無くてポチとリザがションボリしたりと色々あったが、概ね平和で楽しいショッピングだった。下町を去る時に、ナナからアシカ人族の子供達を手放させるのが大変だった。アリサに頼んで縫いぐるみを作ってもらおう。
その夜の晩餐の席では、カリナ嬢が婚約者か何かだと誤解されてしまっていたので、カリナ嬢の面子を潰さない範囲で誤解を解くのに苦労した。晩餐には、前伯爵夫妻の他に交流のある貴族の夫妻が数家招かれていた。
明日からの工房見学が楽しみだ。
「修行はどうした主人公」という読者のツッコミが聞こえて来そうです。