7-幕間2:ゼナ隊の災難
サトゥー視点ではありません。
※8/12 誤字修正しました。
「ゼナ、魔物の群れが来るよ。飛行型が50~60。地べたを来るのが大型3、中型10、小型は沢山――400くらい。殆どが虫型よ」
斥候から戻ってきたリリオの報告は、なかなかに絶望的な数字だ。しかも、それは敵のごく一部なのだ。
私達が所属する左翼部隊は、セーリュー市の迷宮選抜隊のうち戦闘部隊24名を中核に、近隣の農民や農奴達から徴兵した300人の即席兵で構成されている。彼らは一様に怯えている。無理も無い、普段は魔物なんて見る機会さえ無いのに、碌な装備も無しに戦いを強要されているのだから。
「いいか、みんな生き残れ! 敵を倒して英雄になろうなんて考えるな! お前達は運がいい、ここには翼竜どころか本物の成竜や上級魔族と戦って生き残った精鋭がいるんだ。雑魚の魔物や中級魔族なんかに怯える必要は無い」
副隊長のリーロ卿が味方を鼓舞してくれる。少し強引な話の持って行き方だけど、農民兵たちの顔から悲壮感が減っているみたいだ。良かった。
こんな戦いに巻き込まれるとは、セーリュー市を出発した頃の私には想像だにできなかった。
◇
「順調だね~、ゼナっち」
「そうだね、リリオ」
「リリオさん、私的な時はともかく、行軍中はゼナ分隊長と呼びなさい」
「ほ~い、イオナは固いね」
イオナさんがリリオを叱っている。
でも、ゼナ分隊長とか改めて呼ばれると恥ずかしい。
私達が、苦労の末、迷宮選抜隊――迷宮都市セリビーラ研修選抜部隊の略称だ――に選ばれたのは半月ほど前のことだ。
春先に出発のはずが、伯爵様の意向で予定を前倒しして出発になった。隊長と副隊長が季節がどうとか言っていたから、今年は雪が来るのが遅いから強行する事にしたのかもしれない。
迷宮選抜隊は、合計4人の騎士と従士で構成される騎士分隊が2つ、そして魔法兵1名、護衛兵2名、斥候1名で構成される魔法分隊が3つ、工兵分隊が1つ。他にも文官さんが2人と、その使用人が4人ほど同行している。
総勢30人、騎馬8騎、馬車5台もの団体のせいか、時折り山間などに見える盗賊達も襲ってくる事はなく、たまに、中型の魔物が襲ってきたが、セーリュー市の地下迷宮で鍛えられた私達の敵じゃなかった。
「時にゼナっち」
「何?」
返事をする声に警戒が滲んだ。だって、リリオがこんな問い方をするときは碌でもない事に決まっているもの。
イオナが渡してくれた行糧を受け取る。焼きしめた石みたいに硬い黒パンと豆のスープだ。味はともかく、温かいスープが嬉しい。薪代わりに使われた火魔法使いのロドリルは不満気だったけど、こういう時は火が使える人がうらやましい。
「これだけ順調だと、そろそろ追いつくんじゃないだろうか?」
平静を心がけていたけれど、ぴくっと反応するのは止められなかった。
どうしよう? 「追いつくって誰に?」って聞いたら、もっと突っ込まれる。「まだまだ追いつかないわよ」って答えるのは何かイヤだ。
「追いつくって誰にだ」
私が回答に困っている隙にルウが聞いてしまった。イオナさんは黙ってくれていたのに、もうルウったら。
ほら、リリオが凄く悪い笑顔でニシャニシャと笑いを堪えてる。
「決まってるじゃない、少年の事よ」
リリオはサトゥーさんの事を少年と呼ぶ。確かに年下で、年齢以上に若く見えるけど、童顔のリリオに少年と呼ばれるほどじゃないと思う。何か特別な呼び方っぽくて、嫌な気持ちになる。嫉妬なのかな?
「少年って?」
「ゼナさんの恋人の事ですよ」
ルウの質問にイオナさんが答える。
違います、まだ恋人じゃありません。
イオナさんも恋バナは大好物だから堪えられなかったみたい。
でも、私をネタにして話を盛り上げるのは止めてください。恥ずかしくて、切なくて、どうにかなりそうです。
こんな感じの平和で順調な旅路は、もうしばらく続いた後、唐突に終わったのです。
◇
「敵の地上部隊が、罠で足止めを食っている間に空中部隊を叩くぞ。今回は弓が無い。ゼナとノリナの風魔法で地上に叩き落とせ。騎士隊で一気に蹂躙して抜ける。他のものは副隊長のリーロに任せる。全力で接敵して1匹でも多く仕留めろ。
ゼナとノリナの2人は、魔法使用後、その場で魔力回復に努めろ。2人の分隊は護衛に専念するんだ。間違っても他の連中に釣られて前に出るなよ」
デリオ隊長が皆に作戦を再通達してくれる。
中央軍の前衛部隊の何とか男爵様の部隊が会敵したみたいだ。土煙が上がっているのが草木の間から見える。
「詠唱開始」
デリオ隊長の騎士隊が出陣したので、リーロ副隊長が指示している。男性らしい力強い声だ。
私とノリナが魔法の詠唱を始める。私が落気槌で、ノリナが乱気流だ。乱気流で飛べなくして落気槌で地面に叩き落とす、対翼竜用の必勝戦術だ。
問題は、敵の数が多い事だ。乱気流はともかく、落気槌の効果範囲は狭い。精々10匹落とせたらいいところだ。なるべく群れの中心になるように杖の角度を調整する。
「……■ 乱気流」
「……■■■ ■■■ 落気槌」
ノリナに少し遅れて私の魔法が発動する。よし、狙い通りだ。
飛んできた40匹の牙虻の殆どを地面に落とす事に成功した。そこに隊長達が、楔形の密集陣形で側面から牙虻を蹂躙していく。空中にあるならともかく、地上では動きが鈍く、槍と蹄になすがままになっている。
「全軍突撃!」
リーロ副隊長の号令で、私とノリナの分隊以外が突撃していく。私達は魔力を回復するべく、その場で瞑想を始める。軍で教えてもらった特殊な呼吸法をする事で、いつもより早く魔力が回復する。その代わり、瞑想中は完全に無防備になるので護衛は必須だ。
何匹かの牙虻や遅れてやってきた暴食蜻蛉を、リリオのクロスボウやイオナの大剣が迎撃していたらしい。私はルウの大盾の影で回復に専念していたので、そのあたりの活躍は目にしていない。
比較的有利に戦いを進めていたのは、私達だけだったらしい。初めに右翼が崩れ、それを後追いするように中央の崩壊が始まった。
この時の私達は、目の前の敵を撃退するのが精一杯で、友軍の状況まで把握できていなかった。そのせいで退却を始めるのが、遅れてしまった。なし崩しに殿を務める羽目になってしまっている。
無意識のうちに、革鎧の胸元に手を当てていた。
そこには、折りたたんだストールが入っている。私の大切なお守りだ。
◇
「何かあったの?」
休憩時間まで、まだのはずなのに馬車が止まってしまった。すぐに先頭馬車の方に確認にいったリリオが戻ってきたので、事情を聞いた。
「レッセウ伯爵の軍と遭遇したんだってさ」
「レッセウ伯爵の領地に、その領軍がいても不思議じゃないだろ?」
「それがさ、伯爵を名乗っているのが少年なのよ」
「伯爵様は壮年だったはずですわよ?」
「おまけに、敗残兵っぽい感じでさ~」
そんな感じに雑談している所に隊長からの呼び出しがあった。
隊長から告げられたのは、レッセウ市の壊滅だった。それも魔物を引き連れた魔族が襲撃したというのだ。
「魔族は、レベル40以上の中級魔族らしい。率いている魔物は、飛行型が200体、地上型が1200体もいるという話だ」
「どのくらいの強さなんですか?」
「魔物は数体強力なのが混ざっているそうだが、基本的に兵士より多少強いくらいだ。魔族の詳細は不明だが、火炎系の魔法を得意とする馬頭の魔族らしい。レッセウ市にいた常設軍は、主に魔族一人の奇襲で壊滅させられたそうだ」
下級魔族なら勝てないまでも戦える自信はあるけれど、流石に中級ともなると今の戦力じゃ勝負になりそうに無い。デリオ隊長やリーロ副隊長が20レベル台なのを除けば、みんなレベル10台だ。セーリュー市のときみたいに、魔法砲撃戦の得意な本職の魔法使いはここには居ない。ここにいるのは、私を含めた3人の魔法兵だけだ。私達は、魔力容量が少ないから派手な撃ち合いはできない。
「新しいレッセウ伯は、『蒼の誓約』を盾に我々にも魔族討伐戦に参加する事を求めてきた。これを反故にはできない。非戦闘員は、近くの村に馬車ごと避難していてもらう。下手な都市部より安全だろう」
隊長の言う『蒼の誓約』はシガ王国の建国のときに貴族達の間で交わされた一番古い誓約だ。魔族が相手の場合に、主に軍事的に相互協力する誓約だ。めったに発動される事は無く、私が生まれるより前、たしか20年ほど前にムーノ侯爵領で発動されたのが最後だと教えられた。
こうして私達は、否応無く、レッセウ伯爵領の第二都市で編成された急造軍に組み込まれた。戦力は、正規兵800と民兵2000だけ。魔物の2倍とはいえ民兵で水増しした兵数では苦戦は確実だろう。
魔族が直接攻めてきたら終わりだけど、市壁を使った篭城戦なら勝ち目はあるはず。幸い、この都市にも緊急時の報知専用の魔法道具があったので、近隣の都市に連絡が届いたはずだ。
後は援軍を待つだけ。
皆がそう思っていた。
若いレッセウ伯が魔物達との野戦を決めたのはその翌日の事だ。隊長達が翻意を促したがダメだったようだ。
サトゥーさん。手紙を出す約束は守れないかもしれません。
◇
「ゼナっち、生きてる?」
「はい、ルウが守ってくれました」
「ちょっと、リリオ。心配するのはゼナだけかよ」
「ルウは一番重装備じゃない。それにイオナが死ぬとかアリエナイよ」
少し記憶がはっきりしません。たしか退却軍の最後尾で魔物を捌いていたはずです。
「信頼していただいているようでなによりですわ。やはり、さっきの閃光は魔族の放った戦術級の上級魔法のようです。ゼナさんの防御魔法がなかったら私達も死者の仲間入りする羽目になっていましたわよ」
みんな土ぼこりで真っ黒です。
なんとか一命は取り留めましたが、魔物達の足音が近づいています。上空にいる魔族も私達が動き出せば容赦なく高空から魔法で狙撃してくるでしょう。
そんな時です。
空を割ってそれは出現しました。
魚が水面に顔を出すときのような波紋を浮かべて空中に現れたのです。銀色の美しい船です。船ですよね?
「俺様、見参!」
船の舳に何の支えも無く立っていた青い鎧の剣士さんが叫んでいます。口数の多いリリオでさえ、この展開に付いていけなくて開いた口が塞がっていません。
それが、サガ帝国の勇者ハヤト卿との出会いでした。
彼は、あれだけ圧倒的な力を振るっていた中級魔族を、聖剣アロンダイトの一振りで滅ぼしてしまったのです。沢山いた魔物達も、彼の御座船――次元潜行艦ジュールベルヌ――が放つ光線で焼かれていきました。
私達は助かったのです。
もし、この奇跡のような幸運がなかったら、私達も、他の者のように戦場に屍を晒していたでしょう。
強くなりたい。
せめて、魔族と対等に戦えるくらい。死んでいった仲間達の分まで、私達は強くなります。
今度は、私達が奇跡を起こす側に立つのです!
中級魔族はレベル50です。人物鑑定スキルを持っていた人のレベルが低かったので、大体の範囲しかわかっていなかったので、レベル40以上という曖昧な報告でした。