7-12.グルリアン市の騒動
ダジャレの嫌いな人はご注意を!
※2015/10/31 誤字修正しました。
サトゥーです。社会人になってからは、頭の糖分補給に最適なコンビニスイーツをよく食べていました。学生の頃は、研究室の先輩の影響で和菓子ばかりを食べていた気がします。
◇
「グルリアン市に着いたら、銘菓グルリアンを食べなきゃダメだよ! 1個で大銅貨1枚するから、そう簡単に食べられないけどね。お兄さんみたいに、商人さんだったら1度は食べないと商売相手に笑われちゃうよ?」
「どんなお菓子なんですか?」
「えっとね~ 白い粒々で作った本体に黒くて甘い粒々で作った皮がついてるのよ」
グルリアン市の手前の野営地で一緒になった姉妹が、街の銘菓の話をしてくれる。なんとなく想像が付くようなミスリードされているような不思議な説明だ。
「アンタも食べた事無いでしょ。村に来た商人さんが大げさに自慢していたので、この子も食べた気になっているんですよ」
「ふーんだ。奉公先で、お給金が貰える様になったら。真っ先に食べるんだ~」
「お給金って、そんなの何年も先じゃない」
何でも、この姉妹は近隣の村の出身で、グルリアン市の商家に奉公するらしい。一人前になるまでは衣食住が保障される代わりに給料などは出ないのだそうだ。江戸時代とかみたいだな。
案外、こういう奉公人の方が、奴隷よりも安上がりな労働力なのかも知れない。
「ご主人さま、商人達が出発するそうです」
「じゃあ、オレ達も出発するか」
油を売っていたオレをリザが呼びに来た。
一緒に野営していた商人達が出発するようだ。3組ほどの行商人で、昨晩は酒と肴を提供する事で色々な話が聞けた。
一番困った話は、「人里離れた山奥で赤い光が見えたり、鎚を叩くような音が夜通し聞こえる」とかいう怪談だ。身に覚えがありすぎる。
怪談元になった夜中の作業のお陰で、錫や亜鉛の精製や、鋳造など手広くできた。土壁で騒音が漏れないようにしたつもりだったが不十分だったようだ。
馬車でなら昼前にグルリアン市に着くので、彼女達も一緒に乗っていかないか誘う。
「やったー!」
「ありがとうございます。いいんですか?」
「構いませんよ、目的地も一緒ですからね」
この姉妹は、無謀な事に徒歩でグルリアン市に向かって旅をしていたらしい。彼女達の故郷の村から徒歩でも2日ほどの距離らしいが、よく野獣に襲われなかったものだ。昨晩は、オレ達の天幕に入れて寝ていたが、オレ達が居なかったら貞操が危うかったかもしれない。
行商人達の隊列に混ざって馬車を進める。
グルリアン市の外側の広場に、貴族の子弟らしき怪しい集団があったので先行せずに、他の商人と行動を共にする事にした。
◇
「グルリアン市を訪れた商人達よ! 我等は魔剣を欲している。我らに魔剣提供した者には将来、御用商人として引き立てる事を約束しよう!」
騎士っぽい格好をした20歳過ぎの男が、入市待ちの商人の列にそう呼びかけている。当たり前だが、誰もそれに応えない。ドワーフの里にも同じような貴族が居たが、その同類だろう。
絡まれそうなリザの魔槍は魔法の鞄に収納済だ。ムーノ市の前に寄った伯爵領の都市でも、入市の時に揉めたので先に収納しておいた。今は普通の剣を腰に下げている。
「ねぇねぇ、あの貴族様に魔剣を提供したら御用商人にしてくれるんだって! すごいね、お姉ちゃん」
「本当ね。でも、魔剣なんて高価なモノなんて縁がないから関係ないわよ」
「アンタ達、そんなんで町でダマされるんじゃないわよ?」
暢気な姉妹の言葉にアリサが心配そうに御節介を焼いている。
「あれはね、『オレ達は金が無い。だが魔剣が欲しい。タダでくれ。その代わり、もし将来出世したら贔屓にしてやる。出世できなくても文句言うな』っていう自分達に都合のいい与太話よ?」
「うわー、そうなんだ。判らなかったよ」
「アリサちゃん、小さいのに頭いいのね」
姉妹が、ナナに手伝ってもらいながら馬車を降りている。人の列と馬車の列が別なので、人の列に並ぶためだ。
「サトゥーさん、ありがとね~」
「ありがとうございます。寝床に混ぜてもらった上に、朝夕の食事まで頂いちゃって」
「気にしなくていいですよ」
「そうはいかないよ、緑屋っていう金物問屋で奉公だからさ、何か入用になったら来てよ、値引きとかはできないけど、精一杯良い品を用意するからさ」
奉公人は雑用しかさせてもらえないと思うが、彼女達なりの厚意を受け取って礼を言っておく。
さっきの貴族や従者の男達が、列に並んでいる商人達に順番に交渉して回っているようだ。オレの所に来る前に市内に入ってしまおう。
オレ達は、列に並ばずに門の方に行く。ナナとリザが門番に確認してきてくれたが、ここも貴族は優先的に入場できるようだ。ドワーフ自治領の様にノーチェックとはいかなかったが、形式的なチェックだけで通してもらえた。
後ろから、姉妹の声で「えー」とか「貴族様だったの」とか聞こえてきた。そういえば家名は言ってなかった気がする。
◇
ここ数日の間に、ポチ達の為の佩剣――リザの魔槍に匹敵するようなモノだ――を作っていたのだが、なかなか満足のいくものが作れなくて難航している。
ストレージ内にある魔剣を持たせてもいいのだが、ナナ以外には大きすぎて使いにくそうなので自作に踏み切った。
魔剣には5つのタイプがある。
1つ目は、トラザユーヤや聖剣の研究者が目指したような刀身の中に魔法回路を組み込むタイプだ。優秀な魔剣は、このタイプが多い。その分、作成難易度が異常に高いようだ。
金の木聖剣や銀の木魔剣も一応、このタイプだ。
2つ目は、ドハル老と作った妖精剣のようなタイプ。魔力を通せるだけで特別な魔法回路の無いタイプだ。ミスリルやアダマンタイトなどの魔法金属の特性を活かすモノだ。素材の入手が大変だが、安定した品質が魅力的だ。
3つ目は、リザの魔槍のような魔物の部位を主材料としたモノだ。性能的には2つ目のものと同じようなモノなのだが、個体差が大きく、同じ魔物の素材を使ってもできが大きく違うため、粗悪品が多い。
4つ目は、呪われた武器だ。永続的な魔法付与とも言えるが、基本的に持ち主に害があるので好んで使うものは稀だ。今のところ、ドハル老の戦斧以外は現物を見たことが無い。
5つ目は、刀身と魔法回路を別々に作成して、後からくっ付けて魔剣にするタイプだ。これはストレージ内にあった、虎徹を分解していて気が付いた。刀身は普通の刃なのだが、柄や鍔の部分に魔法回路が付いていた。魔力を通すと「怪力付与」や「俊敏付与」の効果が発生する。鞘に抜刀速度アップまで付いていた。
刀身と魔法回路を別々に作る事ができるので、刀身内に回路を組み込むよりは作成難易度が低くなるようだ。
オレが試作したのは、1つ目と3つ目のやつだ。
トラザユーヤの資料を基にして、回路を別に作ってから鋳造時に混ぜようとしたが、回路液の方が熱に弱いので、途中で溶けてしまった。一応、剣に魔力を通せるが、歪に魔力が通ってしまい実用性は皆無だ。
次に、甲虫兵の甲殻や鎧井守の骨を削って刀身を作り、魔力の伝達を良くする為に、回路液を染み込ませる溝を彫ったりしてみた。一応、それっぽい魔剣はできたのだが、リザの魔槍に比べると、どうしても強度などの点で劣る為に保留してある。
使い道は少なそうだが、骨を削っていた時に「骨細工」スキルが手に入った。
◇
市内に入ると甘い匂いが漂ってきた。和菓子というか餡の匂いだ。
「くぅ、いい匂い!」
「和菓子かな?」
他の皆が不思議そうに見る中、オレとアリサのテンションは上がっていた。
「そこの若旦那さん、銘菓グルリアンはいかがですか?」
高校生くらいの女の子が、首から番重を提げながら売り込んでくる。昭和時代の駅弁とかの売り子スタイルだ。残念ながら服装は和服ではなく普通の村娘っぽい衣装だ。腰から下の短めのエプロンを付けている。
オレは人数分のグルリアンを購入して皆に配る。ミーアがちょっと嫌そうな顔をしていたが、「穀物や豆で作った甘いお菓子だよ」と言うと恐る恐る口にしていた。
「もうちょっと砂糖が多くてもいいかな」
アリサは少し注文をつけていたが、瞬く間に食べきった。
「ふう、これはアレね」
「うむ、アレだ」
そう、「おはぎ」だ。中はついたモチではなくもち米の粒状のままの団子だ。餡も粒餡、昔ながらの「おはぎ」という感じだ。
「やっぱりさ、この都市の名前って」
「駄洒落なんだろうな」
日本語が分からなければ駄洒落とも分からないので誰にも言わないが「ぐるり餡」なんだろう。命名したヤツが駄洒落好きの日本人なのは確定だ。
◇
買い食いで時間を潰してしまった。まずは太守の所に行って、ニナさんの書簡を渡さないといけない。
今、港に入港した船に、カリナ嬢とメイド隊がいるが、恐らくそのまま船に乗って公都に行くに違いない。ラカの探知精度で、オレ達がここにいるのが判るはずもないので心配は不要だろう。
グルリアン市では、市内のあちこちの公園で、今まさに一次予選の参加資格を賭けた試合が行われているらしい。「一次」の名前が泣くな。
何でも役場や出張所で、銅貨を3枚払うと参加証が貰え、10個集めると一次予選に出場できるらしい。
2人集まる度に一次予選の1回戦が行われ、1回戦突破者が32人集まると予備試合が終わって2回戦が始まるらしい。一次予選で4回勝つと二次予選に参加できるのだそうだ。なるほど各都市でベスト4に入らないとダメなのか。既に先週から開催されて、1回戦突破者が20人になっているそうだ。
主街路の側の公園で行われる予備戦を、馬車を止めて観戦する。公園から歓声が上がるたびにポチとタマがそわそわするので、少しだけ観戦する事にした。
鼬人族の娘が目ざとく賭けの札を売りに来たが断った。ポチがやけに鼻をスンスンするので聞いたらヤキトリの匂いがするらしい。ナナに頼んで買ってきてもらう。全身鎧の上に面頬を下ろした状態ならナナをナンパしてくるバカもいない様だ。
ナナが買ってきたヤキトリと魚のすり身を棒に付けて焼いた練り物を、皆で分けて食べる。ミーアまでいつの間にか果実水を買ってきている。
予備戦に参加しているのは玉石混淆みたいで、レベル3~7くらいが殆どだが、稀に10レベル超えの者が混ざっている。今戦っている2人も両方レベル10台後半だ。
両者共に硬皮鎧に、片手剣と盾を装備した歴戦の傭兵達だ。レベル的にはリザ達と変わらないはずだが、動きが遅いし剣技の応酬に無駄が多い。身贔屓じゃないが、獣娘たちなら誰が戦っても勝てそうだ。
なんでも、この戦いの勝者が、一次予選への参加資格が得られるそうで、応援する客も必死だ。しかし、平日の昼間から観戦とか、このギャラリーは仕事とか大丈夫なんだろうか?
そんな余計な心配をしていたせいでも無いだろうが、この近くにある別の公園から喧騒が起こる。
「大変だ! 町の中に魔物が出たぞ!」
そりゃ大変だ。
マップで確認したが、街中の魔物は意外に沢山いた。どうやら走竜と呼ばれる騎獣用の魔物がいるみたいだ。殆どは太守の私兵部隊に配属されているらしい。
先ほどの声の方向には、魔物は居なかった。
そこに居たのは、魔族――
しかも、やっかいな人間が傍にいた。
※一応補足
おはぎ⇒餅米の周りを、ぐるりと餡が巻かれている⇒ぐるり餡⇒グルリアン