7-6.ドワーフの里にて(5)
※9/22 誤字修正しました。
サトゥーです。デフレ時代にはワケあり商品というモノがよく出回っていましたが、異世界にもワケあり商品はあるようです。
◇
「だから旦那、さっきから言ってるだろ? ミスリルなんて上等な素材を使えるのは、ドワーフの鍛冶師でも、老師の直弟子くらいだぜ。あっしらのような末端のドワーフは普通の鉄の剣を鍛えるのがせいぜいさ。ミスリルなんて扱った事もないぜ」
詰め寄られていたドワーフの男は、肩を竦めて吐き捨てるように言い切った。
「そんな……では、どこに行けば買えるのだ。私はわざわざグルリアン市からやってきたのだぞ」
「そんな事、あっしらに言われても」
大袈裟に嘆く貴族男にドワーフ達もどう対処するか困っているようだ。
「今の時期はああいう方が多いのですよ。あと8日ほどして月が替わったら公都で3年に1度の武術大会が開かれるので、この街でミスリル製の武器を買おうとする人が来るのです」
ジョジョリさんが、そう説明してくれ、「ちょっと行ってきます」と言って騒動を収めに行ってしまった。隠れて護衛している人達がいるから大丈夫だろう。
大会が来週からなら間に合わなさそうなんだが、一次予選は公爵領の各都市で行われるので大丈夫なのだそうだ。残念ながら、ボルエハルト市では一次予選は無い。
相手は子爵の四男で、レベル6、剣スキルを持っている。ミスリル製の剣があっても武術大会で活躍できるとも思えない。
「ゴベリールさん、どうかなさいましたか?」
「ああ、ジョジョリの姐さん。この人がミスリルの剣を売れってしつこくて」
「なんだ? アンタが売ってくれるのか?」
「もうしわけありませんが、ミスリル製の武具は予約制なのです。それに公爵様や太守様のような一部の方からの紹介状が必要なのです」
「なん……だと、では、私はミスリルの剣を手に入れられないのか……」
貴族男は、そう呟いてガックリと地面に崩れ落ち――そのまま気を失ってしまった。
服やマントのくたびれ具合から長旅の疲れだろう。
ジョジョリさんは男の人を担いで戻ってきた。大の男を軽々と運ぶなんて、さすがドワーフだ。
食堂の奥さんが出てきて、貴族男を食堂の隅のベンチに寝かせてやっている。親切だな、そこらへんの木陰に転がしておけばいいのに。
「過労みたいです。貴族の次男以降の人達や没落貴族の方が、良くあんな風に強行軍でやってきては倒れるんです」
風物詩なのか?
でも、ミスリルの剣って使いこなすのは結構大変だと思うんだが?
その疑問に答えてくれたのはジョジョリさんではなく、さっきの貴族男の連れらしき戦士っぽい鎧姿の女性だった。16歳のやや幼い顔立ちの濃い金髪の女性だ。眉が太い。プロポーションは金属鎧で判らないが、割りと良さそうだ。レベル7で、片手剣と盾のスキルを持っている。子爵家に仕えているようだ。
「若が迷惑を掛けてすまない。どうしてもミスリルの剣を手に入れたいのだが、何か方法はないだろうか?」
「そう言われましても。材料になるミスリルのインゴットを持ち込んでくるなら鍛えてくれる職人もいるとは思いますが、それ以外ですと、公爵様や太守様方から依頼されている予約があるので無理です」
さっきの貴族男よりは、建設的な女戦士だがジョジョリさんの答えは芳しくない。ちなみに太守というのは公爵領の領都以外の都市の代官を任されている貴族の事らしい。5年ほどの任期が終わると別の者に替わるらしい。
それにしても、そんなに予約制なのに、あんな名剣を貰ってしまってよかったんだろうか?
2人の会話を、我関せずと肉汁で汚れるポチの口元を拭いてやったりしていたら、矛先が向いてしまった。
「そこの御仁。貴殿の剣はミスリル製とお見受けする。あつかましい願いだが譲っていただけないだろうか?」
「お断りします」
鑑定スキルも無しに、よく判るな。
間髪容れずに断ったが、女戦士は諦めずに食いついてくる。でも、売れと言われても、彼女達に対価が払えるとは思えない。
「どうしてもダメか?」
「そもそも対価が払えないでしょう?」
「幾らでも払う、足りなければ望むものを差し出そう」
女戦士のその一言で皆の視線がオレの横顔に刺さる。いや、エロい事は考えてないから。
「幾らでもと仰いますが、短剣サイズでも金貨40枚ほどはしますよ? このサイズの直剣なら少なくとも金貨120枚はします」
「なっ、鉄剣で金貨1枚しかしないのに、ひゃ、120枚だと?!」
鉄剣でも、もっと高いはずと彼女の剣を確認したが、案の定、数打ちの粗悪品だった。それにしても、相場も知らずに買い付けとかダメすぎるな。
諦めさせるためにも一応忠告しておく。
「ミスリルの剣を持ったからと言って、いきなり強くなるわけではありませんよ。わざわざ買いに来るくらいなら、その時間と手間を魔物狩りにでも費やした方がマシですよ」
「そうではないのだ。若が公爵軍の近衛隊に入るために、ミスリルか魔法の剣が必要なのだ」
関連性がよく分からなかったので詳しく聞いてみた。彼女の話では、ミスリル製の剣や魔剣を所持している者は、武術大会の一次予選をパスできるそうなのだ。そして、公爵軍の近衛隊に入るための「二次予選に参加できた者」という難関をクリアする裏技として、貴族の子弟の間で伝わっているらしい。
嫡子以外で身を立てるには、公爵の近衛になるのが一番人気のコースらしく、さきほどの貴族男も成人した15から毎回のように武術大会に参加しているが一次予選を突破できないでいるらしい。今年で3回目の挑戦との事だ。
正直なところ他人事なので、聞き流した。
リザの槍は布を巻いてあるので大丈夫だが、魔槍だと気がつかれたら厄介だ。
それでもなお食い下がってくる彼女を、食事を終えたアリサが撃退した。
「旦那さまが、腰が低いからと言って無礼ですよ? この方は、れっきとした爵位持ちの貴族、ペンドラゴン士爵様です」
それを聞いた彼女が「ご無礼の段、ひらにご容赦を」と真っ青になりながら頭を下げてきた。なんだ、初めから爵位をちらつかせればよかったのか。さすがはアリサだ。
「最近は、魔物の部位で作った武器を、魔法の武器だと言って売りつける詐欺が横行しているので注意してくださいね」
ジョジョリさんが女戦士さんに忠告してあげている。
いつまでも彼女達に付き合っている義理もないので、リザたちが食事を終えたのを合図に立ち去る事にした。
オレ達が去った後で、彼女の所に鼬人族の商人らしき者達が接近していたが、気にしない事にした。ジョジョリさんの忠告を無視して騙されたとしても自己責任だろう。
◇
地上にある魔法屋はジョジョリさんの幼馴染が経営しているそうだ。地下の店より品揃えは悪いそうなのだが、観光名所の大水車がある場所へ行く途中にあるという事なので寄ることになった。
「やあ、ジョジョリ。珍しいね君がこの店にくるなんて! ようやくザジウルの筋肉バカに愛想が尽きたのかい? いい事だよ! それはとってもいい事だ」
「こんにちはガロハル。ザジウルさんをそんな風に言ってはダメよ」
ジョジョリさんの顔を見るなりマシンガンのように言葉を投げかけてくるガロハル氏。それをジョジョリさんは軽く流して窘める。彼は、ドワーフにしては腹も出てないし、ヒゲもワックスで丁寧にセットしてある。ひょっとしてイケメンドワーフなんだろうか?
ジョジョリさんの紹介で、魔法書や巻物を見せてもらう、魔法書は地下で売っていたものと殆ど同じだったが、生活魔法の本が著者違いで2冊あったので購入した。巻物は地下とラインナップが違い、こちらは貴族や商人向けのモノになっていた。
「どうだい、わざわざダレガンの街まで行って仕入れてきたんだ。珍しいだろう?」
彼が出してきたのは生活魔法の巻物だった。
害虫避けや痒み止めに消臭など、富裕層相手の品らしい。さらには生水でお腹を壊さないように浄水の巻物まであった。なかなか、面白い巻物だが、コストに見合わない気がする。
案の定、そのラインナップを見てジョジョリさんの顔が曇っていく。
「ねえ、ガロハル。この巻物って1本幾ら?」
「ふふん、本当なら1本金貨1枚と言いたいところだが、君の紹介だからね、1本銀貨3枚でいいよ」
「この巻物、1本も売れていないんじゃないかしら?」
小鼻を膨らませて自慢気だったガロハル氏だが、ジョジョリさんの言葉を聞いて顔を凍らせる。さらにアリサが止めを刺した。
「そうよね、そんなに高い巻物を持ち歩くくらいなら生活魔法を使える従者を雇った方が便利だし融通も利くもんね」
という事らしく、仕入れてから半年の間、まったく売れない不良在庫だったらしい。女性陣の援護射撃もあって、仕入れ原価より安い価格で売ってもらえる事になった。他の売れ筋の術理魔法の巻物3本と合わせて金貨3枚で買えた。
手に入れた巻物は次の通りだ。
>巻物、生活魔法:害虫避け
>巻物、生活魔法:痒み止め
>巻物、生活魔法:消臭
>巻物、生活魔法:浄水
>巻物、術理魔法:短気絶
>巻物、術理魔法:探知
>巻物、術理魔法:防護柵
短気絶以外は、微妙な魔法ばかりだが、コレクター魂が騒いで買ってしまった。
オレが相手なら売れると判断したのか、ガロハル氏が奥から、さらに不良在庫を抱えて出てきた。ダレガン市という最寄の都市で鼬族の商人から買ったものなのだそうだ。
「どうだい? めったに無い品だぞ」
たしかにめったにないかも知れない。
1つ目は「術理魔法:信号」で、ナナも使える魔法だが、受信できる人間がいないと意味が無い。狼煙の方が使えるだろう。
2つ目は「術理魔法:立方体」だ。これは「盾」や「自走する板」の中間のような魔法で、術者によって任意のサイズの透明な立方体を空中に作り出す魔法だ。
主に突進してくる敵を足止めしたり、机やイスの様にして使うものらしい。効果時間が短い上に術者から離れると消えてしまう。完全に空中に固定するわけではなく、一定以上の過重が加わると動かせるらしい。空中に見えない階段とか作れそうだ。
意外に使える魔法じゃないだろうか?
「最低レベルの立方体ってこれくらいよ?」
アリサが空中に描いてくれたのは一辺10センチくらいの立方体だった。しかも500グラムくらいしか支えられないらしい。巻物で使う場合、最低レベルでしか発動できないので、不良在庫になるのも頷ける。
3つ目は「火魔法:火炎炉」だ。火魔法で鉱石を溶かしてインゴットを作るための魔法らしい。実にドワーフ向けの魔法っぽいのだが、巻物だと鉄鉱石でも10回くらい使わないと溶けない上に、火に強い器の上に置いて使わないと溶けた鉄が地面にながれだして大変な事になるそうだ。
しかも発動距離が近いので巻物を使った人間まで火傷してしまう欠陥品らしい。
早い話が、普通の炉を使う方がマシなのだ。出先で鍛冶をやる意味も無いので、需要は全然無かったそうだ。買う前に気付け。
「よくもまあ、変な巻物ばかり……」
アリサとミーアは呆れ顔だ。ポチとタマはリザの足元で眠っている。やはり飽きてしまったか。
「こ、攻撃魔法としても使えますよ」
「これで攻撃したら自分も怪我するじゃない。まだ火弾とかの方が魔力効率がいいわ」
という事らしい。
最後に出てきたのは「光魔法:集光」だ。曇りの日でも洗濯物がよく乾くし、暗い部屋でも本が読めると、ガロハル氏が少し自棄気味に売り込んできた。なんでも「発光」と間違えて仕入れたらしい。
散々、アリサ達にダメ出しされていたので売れないと思っていたのか、オレが値段交渉を始めると呆気に取られた様な顔をしてきた。
たしかに普通ならゴミとしか言いようが無い品だが、オレにとっては地下で買った魔法よりよっぽど魅力的だ。アリサの値切りとジョジョリさんの援護もあって、仕入れ値の半額どころか1本銀貨1枚という捨て値で売ってもらえた。
いい買い物をした。
いつかオレが巻物を自作できるようになったら、彼に格安で卸してあげようと心に誓う。
◇
ジョジョリさんに案内されて行った大水車は、思ったよりも小さかったが、いかにも観光名所っぽくてよかった。
さきほど食堂であれだけ食べたのに、皆、水車ではなく焼き菓子の出店に行ってしまった。出店で売っているのは、ここの名物菓子だというエビセン風の焼き菓子だ。焼きたてを提供しているらしい。
「ご主人様、あーんなのです」
ポチが差し出してくれた焼き菓子を一枚貰う。屋台の方で順番待ちをしていたアリサ達が騒いでいたが、気にせず焼き菓子を味わう。味も匂いもエビセンそのものだった。
その懐かしい味を感じながら、職人街のドワーフを始めとする雑多な種族の鍛冶師たちの仕事ぶりを見物して、来賓用の館に戻った。
その日の晩は、ポチやタマのお願い視線に負けて、オレが厨房に立つ事になった。許可をくれた食堂のオバちゃんは、なんとドハル老の奥さんだった。食材の肉類は20人前ほど馬車から持ち込んだのだが、結果的に全然足りなかった。幾つかの大皿に用意したのだが、匂いに釣られてやってきたドワーフの鍛冶師達も参入して、食堂は戦場になった。ポチやタマと真剣に肉を取り合うドワーフ達が、大皿を補充するたびに向ける視線が怖かった。
見かねたジョジョリさんが、子供達と大人達を分けてくれたが、子供ドワーフ達も食べに来たので肉の争奪戦は終わらなかった。肉の争奪戦の末に友情が芽生えたみたいなので良しとしよう。
食事を補充していたオレやルル、ナナの3人が食事にありついたのは、かなり夜も更けてからの事だった。
ドワーフ編は今回で終わりです