6-幕間3:ムーノ城の使用人
※9/15 誤字修正しました。
「それでは反対は無い様なので、春からメイドの制服を、アリサ殿が提案してきたこの服に変更いたします」
メイド長がそう宣言すると部屋にいた20人ほどのメイド達が一斉に歓声を上げた。
でも、それは仕方ないと思う。今まで着ていたネズミ色の地味なこの作業服とは比べ物にならないほど華やかで可愛い服なのだから。
「あの、メイド長」
発言した人間を見て、あたしだけじゃなく、みんなの顔が引きつる。
それは、いつも要らない事を言ったら拙い時に言っちゃうメーダだった。
「そんな高そうな服をみんなの分を揃える様な予算があるのですか? 余分な予算があるなら一時金が貰えた方が嬉しいなって」
そりゃ、お金は欲しいけど、一時金なんて出るわけないじゃん。
メイド長は、氷のような目でメーダを睥睨した後に重々しく答えてくれた。
「予算はありません」
何ですとー?!
「メイド服の製作費用は予備の1着と揃いのエプロンも含めて、サトゥー士爵様が負担してくださるそうです」
うひゃー、20人分も作ろうと思ったら金貨何枚いるんだろう?
ポチちゃん達の毛並みや装備を見てたら想像は付くけど、本当にお金持ちよね。何が良くて、こんな貧乏貴族の処に仕える気になったんだろう?
やっぱり、カリナ様のあのオッパイ目当てなのかな?
巨乳好きなんて滅びればいいんだわ。
◇
「今日の昼御飯は何かな~」
「はあ、お腹減った~」
あたしは同僚のタルナと一緒に食堂に入る。午前の仕事が長引いたので、お昼時を大きくずれ込んでしまった。
以前は茹でた芋と塩スープだけとかの食事しかなかったけど、ここ一週間は食事が楽しみでしかたない。
ポチちゃん達が「エモノなのです~」と言って鳥や獣を狩ってきてくれるのだ。本職の狩人顔負けだけど、亜人はみんな凄いのかな?
「お、タルナにエリーナ。いいタイミングで来たね」
厨房の主のゲルトおばさんが声をかけてきた。
おお?! 彼女がここにいるっていう事は、もしかして!
「まさか、士爵様が厨房つかってるの?」
「そうなんだよ、なんでもカラアゲとかいう料理を試行錯誤しておられるんだよ」
やったー!
あたしはタルナと目を合わせて喜びを噛み締める。
ここで騒いで食堂を追い出されたらたまらない。
「ねぇねぇゲルトさん」
「わかってるよ、もうちょっと待ちな」
やっぱりゲルトおばさんも楽しみにしてるようだ。
扉を開けて士爵様の奴隷の子が、焦げ茶色の小さな塊が乗った大皿を運んできた。この子の名前はなんだっけな? リリだっけ。顔が不自由だけど、へんにヒネたところの無い良い子だ。
「ゲルトさんの助言のお陰で上手くできたそうです。あの、これ試作中のも混ざってるんですけど、良かったら」
「ああ、そこの欠食メイド達が始末してくれるから大丈夫だ」
「うん、うん、士爵様の料理なら幾らでも食べちゃうよ~」
「そうそう、いつも食べられるアンタ達が本気で羨ましいわ」
カラアゲを、フォークで刺して口に運ぶ。初めて見る料理だから勇気がいるけど、士爵さまの料理なら確実に美味しいはずだ。
口に入れて噛み締める。あちっ。でも美味しい。焼肉とも蒸し肉とも違う。なんだろう中はトリ肉だと思うんだけど、外のカリカリした処がわかんないや。でも、美味しい。
もう1個と思ってフォークを皿に持っていくが、もう残ってなかった。
「エリーナ、あんたモクモクとよくまあ食べるね」
「もう、エリーナったら、私だってもう少し食べたかったのに」
しまった、1個だと思っていたのに一人で半分以上食べてしまったらしい。
リリがクスクス笑っている。あの笑い方はきっと同じ様な食べ方をした人が他にもいたからに違いない。そう決めた。
◇
「だから、収益を上げる早道は人口の集約なのよ!」
「そうは言ってもね、食料の供給はどうするんだね」
「そこでさっきの話にもどるのよ。この無駄に広い市内の区画整理をして、セーリュー市みたいにガボ畑を作るの。ご主人様の測量だと市内の7割は無理なく畑にできるはずなのよ」
激論を交わしているニナ執政官とアリサ嬢の邪魔にならない場所に、お茶とお茶請けの焼き菓子を置く。
それにしても、この子、本当に10歳くらいには見えないわよね。
ニナ様と対等に政策の話をするなんて、きっと天才なんだわ。士爵様の奴隷なのにニナ様や男爵様まで呼び捨てじゃなく「殿」を付けてるもんね。その上、新しいメイド服の試作品も彼女が作ったらしいし、凄い人は何やっても凄いのね。神様は不公平だわ。
「あの男はいったいいつ寝てるんだい? アリサ殿、君は主人を働かせすぎじゃないのかね」
「やーね、今日だって一緒に寝てたわよ」
危ない、カップを置くときに音を立てそうになったわ。
何? あの人、こんな子供と褥を共にしてるの? 胸の大きい金髪の美人の奥さんだけじゃなく、こんな小さい子も守備範囲だなんて。意外だわ。
◇
「エリーナ、腰が引けてるぞ。タルナ、相手に遠慮するな」
今日は、市内で募集して集めたばかりの新兵達と一緒に訓練中だ。元々、あたしとタルナも兵士だったんだけど、男爵軍の質が盗賊並みに下がっていたので、メイド兼お嬢様達の護衛に転職した。
そのせいか、この前の騒動で男爵軍の人がほぼ全滅したと聞いても、あまり哀しくなかった。転職してなかったら、あたしもゾンビになって巨人の足の裏でペッタンコになるところだったわ。
「とー! なのです」
「にゅ~ あまい~?」
少し離れたところで、ポチちゃんとタマちゃんが木剣で試合をしている。
ポチちゃんの突撃の速さも凄いけど、それを避けてるタマちゃんも凄すぎだ。さすがに1対1ならゾトル卿の方が強いけど、2対1なら互角みたい。あんなに可愛いのに、さすが獣人だわ。
まあ、この2人はまだいいのよ。
「では、参ります」
「よし、いつでも来い」
裂帛の気合と共に赤い光を曳きながら槍を突き入れる鱗族の女の人。ゾトル卿は、それを盾で受け流して懐に潜り込む。
鱗族の人は、それを読んでいたのか槍の石突でゾトル卿の腕を狙うけど、剣で弾かれちゃったみたい。
この2人の戦いはレベルが違いすぎて参考にならない。というか訓練で魔法の武器を使うのはどうなの?
「見つけましたわ! 今日こそ勝負してもらいますわよ!」
ああ、又だ。
本当にカリナお嬢様は愛情表現が子供と言うか。
ポチちゃん達を応援していた士爵様に、勝負を挑みかかってます。
まあ、あの縦横無尽に揺れるオッパイが男性兵士には大人気なのが……もう、モゲちゃえばいいのに。
カリナ様の動きはレベルが違う以前に人間業じゃなかったりする。なんでもアーティファクトとかいう凄い魔法の道具のお陰らしい。
でも、それなら、その攻撃をいつまでもかわし続ける士爵様って、実は凄かったりするんじゃないのかしら?
◇
どこからか聞こえてくる草笛の音に癒されながら、洗濯物を取り入れる。誰が吹いているか知らないがいい音色だ。
音色と一緒に甘い良い香りが届く。
くぅ、空腹時にこの匂いは止めてっ。
キッと振り向くとそこには草笛を片手に持ったエルフの少女がいた。たしか士爵様の愛人の一人だ。あの人は人畜無害そうな顔をして奥さんと愛人で7人も囲ってる。
いい匂いは、この子が草笛の反対側に持っているパンの様な物から漂ってきているみたいだ。
「よだれ」
エルフ娘の指摘に慌ててよだれを拭う。
ごめんよ~ だって、美味しそうな匂いなんだもの。
「ん」と言ってエルフ娘が薄いパンの様な物を差し出してくる。言葉が少なくてわかんないよ。エルフは皆、こんなに無口なの?
続けて「一口」と言ってくれなかったら、最後まで彼女が何を言いたいかわからなかったと思う。
大口にならないように注意して端っこの方を一口食べる。
うーまーいーぞーーー!
何これ。美味しすぎる。この間のカラアゲも美味しかったけど。どう表現すればいいのかすらわかんない。柔らかくて甘くて、ああ、もっと語彙が欲しい。クレープって言うらしい。
「ありがとう、凄く美味しかったわ。やっぱり士爵様が作ったの?」
「ん」
そうか、やっぱりあの人か。
これは本気で玉の輿を狙ってみるか? 8人目でもいいや。
◇
「エリーナ、あんた今ヒマ?」
「うん、この洗濯物を畳むだけ」
「じゃ、それやっておいてあげるから、馬車を出してくれない」
「うん、いいよ。文官のどなたかが出かけるの?」
「士爵様が市内に御用事らしいのよ」
おおっ、これは天が味方してくれたか!
「まかして、すぐに馬車を玄関に回すわ」
「頼んだわよ」
甘かった。
そりゃ出かけるなら奥さんも一緒だよね。サトゥー様だけでなく、奥様のナナ様も一緒だった。
残念、玉の輿計画完遂は、なかなか先になりそうだわ。
次回で幕間は終わりです。
そういえば、家名を考えてませんでした。
男爵さんの旧名の「ドナーノ」を貰うか「スズキ」とか「タチバナ」にするか、いっそ「サトゥー」を家名にして「イチロー・サトゥー」にしてしまうか、迷い中。