6-30.娘さんたちの戦い(3)
前回に引き続き、多人数一人称視点です。◇で区切っています。
※2018/6/11 誤字修正しました。
※6/16 加筆
◇騎士◇
「おいおい、森が割れるとか、あいつら何モンだよ」
「隊長」
「わかってるよ。おい、お前ら森が閉じる前に嬢ちゃん達についていくぞ」
「「「応」」」
俺様の言葉に部下達は気合の入ったいい声で応える。
前に噂でエルフは森の中に自在に道を作ると聞いたことがある。てっきり愚にも付かない酒飲み話かと思ったが本当だったみたいだ。丁度いい、あの群衆をやり過ごすのに便乗させてもらおう。
それにしてもムーノ男爵領で何が起こってるんだ? あの群衆は格好から見てもまちがいなくムーノ市の人間だろう。
森から魔物の大群でも攻めてきたのか?
それなら市内に立てこもるだろうし、何があったって言うんだ。
公爵様の命令で甥夫婦を迎えに行くだけの簡単なお仕事のはずが、とんでもなくきな臭い感じになってきやがったぜ。
◇タマ◇
にゅ!
森に道が湧いた~?
妖精のヒミツの技みたい、こんどミーアに教えてもらおう。
エモノがいっぱい取り放題~♪
ウマの上に立って踊ってたら「危ないから座りなさい」ってリザにおこらりた。
リザは後ろも見えるの~?
あれ?
前の方、森の向こうの道を逃げてる人の向こうに黒い人が見える?
あ、お婆さんがこけた。
黒いサルみたいなのが、キバを剥いてお婆さんを苛めてる。
お婆さん苛めちゃ、ダメっ。
ウマの上で石を投げつける。
ありゃ、黒い人の頭が無くなっちゃった。
こりは、ご主人さまに怒られる?
黒い人から緑色の血が出てる、魔物だったみたい。
せーふ。
◇リザ◇
「ミーア、街道へ」
「わかった」
ミーアが街道へと道を繋げてくれます。
ご主人様の所に急ぎたいところですが、ご主人様の同族を見捨てては、ご主人様に合わす顔がありません。
盗賊達にすら慈悲を与えるご主人様です。無辜の民を捨てておくのを良しとしないでしょう。
魔槍に魔力を込めます。ご主人様が鍛え直してくれてからは、まるで腕の延長です。穂先にまで神経が通っているように自由自在に振るえます。
「この槍に懸けて、この先には進ませません」
既に通過した足の速い雑魚は、タマが投石で始末してくれています。あちらは任せましょう。
敵は腐敗兵の群れです。
「ミーア、こいつらに弓矢は効きません。魔法で支援をお願いします」
「ん」
雲霞の如くまとわり付いてくる腐敗兵達を魔槍で薙ぎ払うようにして切り伏せます。本来の槍の戦い方としては定石から外れますが、ご主人様に教えていただいた魔刃の効果と魔槍のお陰で、枯れ木を切り倒すように始末できます。
普通の槍なら、こんなに無造作に扱ったらとっくに折れてしまっているでしょう。
「助太刀するぜ、鱗族の姐さん」
後ろを付いてきていた騎兵達が戦列に参加してくれるようです。
邪魔をしなければいいのですが……。
◇カリナ◇
ワタクシの拳は石鎚さんに叩きつけられる前に止まりました。
「ラカさん、どうして邪魔をなさいますの?」
「カリナ殿、魔族の魔法攻撃だ。正気に戻るのだ」
ラカさんの魔法具が青く光ったと思うと、ワタクシの中の憎悪が洗い流されるように消えていきます。
ワタクシの他は、年若い巨人さんとゾトル卿が魔法にかかってしまっていたようです。
魔法に掛かった巨人さんは、他の巨人さんに組み伏せられています。
ゾトル卿は足を掴まれて逆さ吊りになったまま暴れています。
ちょっと、不甲斐ないのですわ。
「石鎚殿、左正面を殴るのだ」
『承知』
石鎚さんが、近くの木々に向かって殴りつけます。
驚きました。
誰もいなかった場所からコウモリの羽を生やした黒い人が何人も現れたのです。後でラカさんに聞いたら魔族は透明になっていたのではなくて、木に化けていたと言っていました。擬態と言うそうです。虫みたいですの。
「くははは、令嬢よ、思わぬ援軍を――」
魔族は口上の途中で、バキョっという音と共に森の外へ殴り飛ばされてしまいました。
巨人さんは短気なようです。石鎚さんの横にいた女巨人さんが巨大な棍棒で全部の黒い魔族を打ち飛ばしたのです。まるで昔話に出てくるベースキュウとかいう樵さんみたいですわ。
殆どの黒い魔族は、その攻撃で黒い塵になりましたが一体だけは持ち直して空中に静止しました。
「あれが本体だ、石鎚殿、行くぞ!」
『応とも』
ですが、石鎚さんが森を出るより早く事態は進みました。
どこからか飛んできた沢山の小さな光が魔族を囲む様に飛び回っています。場違いな感想かもしれませんが、とても綺麗です。
「バカな、ありえん」
「ラカさん、どうなさったの?」
「あれは術理魔法の上級に属する戦術魔法だ。カリナ殿、男爵の配下には卓抜した魔術士がおられるのか?」
「いいえ、中級の魔法を使える方が一人いるだけで、上級魔法を使える方はいらっしゃいませんわ」
キラキラの向こうに、一瞬だけ青い光が輝きました。それは、直後に青い軌跡を描いて彼方へと消え去ります。
そして、キラキラの中にいたはずの魔族が見当たりません。
「逃げられてしまいましたの?」
「違う」
ラカさんが搾り出すような声で答えてくれました。
「違いますの?」
「魔族は滅んだ。いや、先ほどの聖剣の攻撃で滅ぼされた。バカな、信じられぬ」
聖剣ですって?
あの偽者の持っていた剣は、やはり聖剣だったのかしら?
いいえ、そんなはずはありませんわ。もしかしたら、本物の勇者様が駆けつけてくださったのかしら?
「本物の勇者さまなのかしら?」
「それは判らぬが、問題はそこではないのだ、カリナ殿。今の聖剣の攻撃は尋常ではないのだ。あれは魔力の過剰供給によって魔法道具を暴走させて威力を増強させる禁忌の技だ。まさか聖剣を使い捨てにするなどありえん。いったい何者なのだ」
ラカさんは聖剣の事が気になっているようですが、そんな事より勇者様です。聖剣はこの国にも2本ありますが、勇者は世界に一人だけなのですから。聖剣を使ったのが勇者様かどうかが重要だと思うのです。どんな方だったのかしら?
「ラカさんでも見えませんでしたの?」
「遠すぎて看破の力は届かぬが、銀色の兜らしきものを被っていたようだ。それに黄金色の剣を持っていた、あれが聖剣だろう」
あの偽者は銀色の兜なんて被っていませんでしたわ。それに見せてもらった剣も青い光こそ出していたものの神秘的な感じはしませんでした。あの時は有耶無耶のうちに誤魔化されましたけど、捻れていないジュルラホーンなんてありえませんわ。聖剣について語らせたら3日3晩は余裕ですのよ?
「ラカさん、正体を突き止めましょう!」
「まて、カリナ殿。まずは市の外周に溢れる腐敗兵共の始末が先だ」
『構わぬ、魔族の始末が終わった以上、我らの役目も無い。市外の腐敗兵共の始末は、我らと汝の騎士に任せて行くがいい』
ワタクシは、石鎚さんの厚意に甘えて市の外壁に下ろしてもらいます。
でも、黄金色の聖剣なんてあったかしら?
◇騎士◇
「おい、あの鱗族の槍やべぇぞ、何だありゃ?」
「凄いですね、槍なのに斧槍みたいな使い方してますよ。しかもあの光は魔刃が使えるみたいですね」
「うっひゃ~、公爵様の近衛隊並みかよ」
「それよりも、あの小っこいのとウマですよ。ありゃ何なんですか? 動いてる馬の鞍の上に立ったまま石投げては百発百中だし、馬は馬で勝手に近くにいる腐敗兵を蹴散らしてるし」
「軍馬ならソレくらいするだろ?」
「あのデブっちょが軍馬のわけないだろ? 荷馬とかに使うゴンツ種だぜ?」
「おい、油断している場合じゃないぞ、奥からヤバそうなのが出てきた」
無駄口を吐きながらも腐敗兵を潰す手を止めない部下達だが、そろそろ気を引き締めないとまずい敵が出てきたようだ。
俺様の記憶が確かなら多頭蛇とかいう魔物だ。見た感じ腐敗獣みたいだから、ブレスを吐かないでくれるといいんだが。
「ドノバン、ブレスが来るかもしれん、風盾を頼む」
「了解、言っておきますがブレス相手じゃ気休めですよ」
「構わん、無いよりマシだ」
◇ミーア◇
もう! いったい何匹いるの? リザと騎兵達で100匹近く倒しているのに、まだまだ来るの。来ちゃうのよ。
「■■■ ■ ■■ ■■■ 水幕」
あっぶなーい。危なかったわ。
腐敗兵の後ろにいた首のいっぱい生えた蛇みたいなのが火を吐いてきたの。びっくりしたの、とっても驚いたわ。
でもでも、水幕の魔法で見事防いだわ。防いだの。真っ直ぐ受け止めたら突き破られちゃうから、少し傾けて受け流すの。ポチやタマがリザの槍を受け流すのを見ていて思いついたの。応用したのよ?
◇騎士◇
多頭蛇の吐く火弾は、ドノバンの風盾を紙切れのように貫いたが、その内側に張られた水幕に弾かれてどこかへ飛び去った。
「おいおい、あっちの子供に負けてるぞ」
「ありゃエルフですよ? あの見た目でも俺達の何倍も生きてるんですから、小さくても立派な淑女です」
「負けてるのは構わないのか?」
無駄口を叩きながらも足元から襲ってくるゴブリンモドキの腐敗兵を蹴散らす。
あの娘の魔法とて、そう何度も使えまい。受けに回ったらジリ貧だ。ここはドノバンに気槌でも撃たせて多頭蛇までの空間を確保させるしかないか。
次回で、リザ達から見たお話は終わりです。