6-29.娘さんたちの戦い(2)
※8/13 誤字修正しました。
※6/16 加筆
◇タマ◇
ごはん~?
リゾットも美味しいけど、やっぱりご主人さまの焼いてくれる肉が一番だとおもう。
いつでも美味しい狼肉のステーキに~
鶏肉の野菜炒め、肉増量とか~
もう一度食べたい蛙肉の網焼き♪
きょっおっのゴハンはな~にかな~♪
……にゅ? 今日のゴハン?
にゅ、にゅにゅ?
あっ!
リザの心配がわかったかも。
このままだと、お昼を過ぎても、ご主人さまと離れたまま~?
うにゅ~
あの時、じゃんけんでポチがちょきを出さなければ一緒に行けたのに……。
ああ、今日のお昼が。
ご主人さまの作ってくれる肉料理が~~~!!
◇ナナ◇
推論回路が、ミッションの達成確率が100%を突破したことを伝えてきます。
命令キューには、マスターからの次の指令は存在しません。
通常ルーチンに戻りましょう。
自己診断……問題なし。MP補充は必要ありません――必要ないはずなのですがマスターの顔が浮かびます。この論理回路がループする感覚は何なのでしょう。
大丈夫です。こういう時はポチかタマを見るとループが解消される事を学習したのです。
ルルの料理を見ていたタマが転がりだしました。とても可愛らしいのです。これは猫転がり? 猫可愛がり? 残念ながら私のプリセットされた語彙には無いようです。
タマを十分に愛でて、論理回路の不調が正されたので、次のシーケンスに移ります。
随伴個体の診断……
母上は安定しています。
ルルも料理を作り出してからは問題ありません。
タマは可愛いです。
リザが……エラーです。
リザはマスターと引き離されたことでストレスを蓄積しているようです。
このストレスは貴族とやらが関連しているのでしょう。前マスターも最優先殲滅目標にしていました。見たことはありませんが、魔物の一種なのだと推論できます。
ですが、論理的に考えてマスターが後れを取るとは思えません。あの迷路で最強の鉄のゴーレムを相手に、瞬きする間も無く圧勝していたマスターです。相手が軍隊でもおそらく無傷で生還するでしょう。
リザがストレスを蓄積させる理由が理解できませんが、解決する方法は提示できます。
「リザ、マスターのもとへ行ってください」
「ですが、それではご主人様の指示に反します」
「いいえ、マスターの指示は、『村人に仕事を与える事』と『赤い小石を100個集める事』『私達が直接小石を集めない事』の3点のみです。村人達は協力的でミッション完了は時間の問題です。リザがマスターのもとに向かっても問題ありません」
「ですが、馬車の護衛を……」
「マスターが最優先で安全を確保したいのは、馬車ではなくルルです。ルルの護衛には私が残るので、ミーアとタマを連れてマスターの応援に向かってください」
リザは少し逡巡していたようですが、タマとミーアを連れて騎馬で街に向かいました。 私もルルの支援に向かいましょう。
私はナナ。第7号調整槽で作成された7代目のホムンクルスです。
料理に添い寝、子守、買い物に工房見学。
歴代の№7のライブラリにも、こんなに色々な経験をした者はいません。
ご主人さまの下で、これからどんな経験ができるのでしょう。
それは、そう、とても楽しみなのです。
◇タマ◇
「タマ、ミーア、ご主人様のもとに向かいます。30秒で仕度なさい」
「ん」
「あ~い」
やったー、今日のお昼はご主人様の焼肉だ。
ぶるるんとウマもキアイを入れている。
ウマ達もご主人様のゴハンが食べたいみたい。
踏み台に乗って鞍をつける。
もう手慣れたもの。
「タマ、鞍の腰帯が緩いですよ。これではズリ落ちます」
リザのチェックは、いつもキビシイ。
◇リザ◇
タマとミーアを率いて村を後にします。
ナナの後押しが無ければ、焦燥感に駆られながらも村を出る決心は付かなかったでしょう。今度何か礼をしなくてはいけません。
もちろん、ご主人様が強いのはわかっています。
迷宮の中で、足手まといでしかないわたしたち3人を連れて連戦し、魔物と戦えるほどの技術を与えてくれました。
ですが、貴族は別です。単純な力で戦えない敵なのです。部族で一番強かった父も、人間の貴族に騙されて、為す術無く奴隷に落とされてしまいました。
「リザ~?」
「前」
タマとミーアの声に我に返ります。村の出口の少し先に10騎ほどの騎兵がいます。騎士のような全身鎧でこそありませんが、わたしやタマのような胸当てやかぶとはつけています。傭兵にしては身なりが整っていますし、規律も取れています。軍隊でしょうか?
邪魔です。
◇ミーア◇
「押し通ります」
「ん」
リザの言葉に頷いてはみたけれど、無理じゃない? 無理だよね、あんなに沢山騎馬がいるもの。どうしよう? どうすればいいかな、リザは森と騎兵の間をこじ開けて進む気みたいだけど、馬が押し負けしないかな? 押し負けるよね、何とかして退けられないかな? そうだ! 退ける方法があったはず。
あれはアリサと魔法で遊んでいたときに――
「■■■ ■■■ 水撒き」
「■■■ ■ ■ 急膨張」
サトゥーと一緒にした滑舌の練習のお陰で、唱えるのが綺麗になった気がするの。綺麗になったよね?
水袋から打ち出した水の帯が、森と騎兵の間に伸びる。追いかけるように唱えた魔法がそれを「気化」させる。
見えない何かに押されるように騎兵の進路が少しずれる。
できた? できたわ! 濡れた髪を乾燥させるための呪文をこんな風にアレンジするなんてアリサは凄いわ。でも、濡れた髪を乾燥させる呪文の事はサトゥーにはヒミツよ? ヒミツなの。だってタオルで髪を拭いてもらうのって好きなんだもの。
「リザ、今」
「承知! 一列縦隊で突破します」
リザが騎兵の横を突破するときに一言だけお詫びしてた。
でも、どうしよう? 後ろから騎兵達が追いかけてくるよ。押しのけられて、怒ったのかな? 怒ってるよね。
もう! 怖い顔で追いかけてこないで!
◇カリナ◇
「カリナ殿、前方に腐敗兵共が湧いておるようだ」
「まあ、こんな市壁に近い森の中になんて、驚きですわ」
「うむ、恐らく魔族が何か企んでおるのだろう」
『心配無用、小さきものよ。我らにとって、蘇り共は落ち葉と同じだ。踏み潰せば良い』
ワタクシとラカさんの言葉に答えてくれたのは森巨人の首長――石鎚さんです。名前もお伺いしたのですが、とてもとても長い上に省略するのは失礼にあたるそうなので、彼の綽名の「石鎚さん」と呼んでいます。この方の声は重低音でお腹に響きます。聞いた事の無い言葉なのですが、ラカさんのお陰ですべてシガ国語に聞こえます。ラカさんはやっぱり凄いのですわ。
ワタクシとラカさんは石鎚さんの肩の上に乗せてもらっています。まるで小人になったようで楽しいんですの。ゾトル卿は、別の巨人さんの肩に乗せてもらっています。2人を両肩に乗せないのは、バランスを崩したときに補助できないからだと仰っていました。
腐敗兵というのは初めて見ましたが、気持ちの悪いものです。石鎚さんや他の巨人さん達が、アリでも踏み潰すように退治してくれています。
あら? よく見たら、あれは男爵軍の兵士たちの鎧ではないかしら?
なぜでしょう、急に頼もしいはずの石鎚さんの横顔が憎らしくなってきましたわ。
ああ、どうしてワタクシは腕を振り上げているのでしょう。
そして味方のはずの石鎚さんの横顔に、その拳を――
◇ミーア◇
「前くる~」
タマが前を指して何か言っている? 言っているわ。ええっ、嘘ウソ、前から道を塞ぐように沢山の人族が走ってくる? 違うわ、違うのよ、あれは逃げてるんだわ。
どうしよう、どうすればいい? 膨張はダメよ、ダメなの。あの魔法を使ったら怪我人が出ちゃうわよね? ぜったい出るわ。
何か無い? あるはずよ。そうだ森に頼もう、小さな森だけど、森は繋がってるってリーアが言ってた、そうよ、ラーヤも言ってたわ。
じゃあ、さっそく頼もうかしら? ダメよ、リーアが他にも言ってた。
『大人になって森魔法を教えてもらうまでは森に頼みごとをしてはダメよ? 食い意地の張ったドライアドに干からびるまで魔力を吸われちゃうわよ?』
そうだわ、確かにそう言ってた。ああ、でも、このままじゃぶつかっちゃう、リザはきっと突き進むわ。あの子はサトゥーに会うためなら何でもしちゃいそうだもの。
時間がないわ、時間がないのよ。
「森よ、お願い!」
わたしは力いっぱいお願いした。魔力を吸われて干からびるのは嫌だけど、ナナみたいにサトゥーに魔力を補充してもらうの。アリサが言っていたみたいに口移しで魔法薬を飲ませてもらうのも捨てがたいわ。
『承りぃ~、お代は後で持っておいでよ、ボルエナンの幼子ちゃん』
木々の間から聞こえた幼い声を掻き消すように、群衆の手前の森に道が開いていく。
「リザ、森」
それだけで、リザはそちらに進路を向けてくれた。向けてくれたの。ちゃんとわたしの言葉を信じてくれたわ。
さあ、サトゥーを迎えにいきましょう。