とある日記
「ごめんねぇ」
誠意の全く籠っていないその言葉に、あたしの堪忍袋が切れる音がした。
「でね、まーくんたらひどいのよ」
まーくんがとてもかっこよくて、彼に自分はどうやら好かれているらしいのだけど付き合ってはなくて、だけど付き合う寸前で、だからほかの女の子とは仲良くして欲しくないっていうのは普通よね、とよくわからん理屈をこねる女が一人。
おそらく、ここは、「そうね、ひどいね」と同意してあげるのが女子社会での鉄則であろう。心の奥底でどんなにばっかじゃないのー、と考えていても、同意はとても大事です。
特に、女子社会で穏便に過ごしたければ。
でも、それにも限度があると思うんですよ。
そりゃさー、高校生なんて一日のほとんどを学校で過ごすじゃない?だからそれなりに平穏に過ごすためには、くだらんおしゃべりに相槌をいれつつ、適度な同意を示してみせるのがベターなわけですよ。
別に、平穏だけを手に入れたいなら誰ともかかわらない、っていうのもアリなんだけど、それだと担任が熱血な新人だったりした場合に、「いじめられてるのでは?!」と逆におせっかいを焼かれる可能性もあって、それはそれで面倒。
だったら、適度な相槌と同意くらいしてやるわ、って感じで日々過ごすことに。
あ、紹介が遅れて申し訳ない。
あたしの名前は、まあ鈴木とでもしておくよ。別に覚える必要はないけど。あとはおそらくご想像通り、花の女子高校生というやつです。
で、さっきからまーくんがー、と甘ったるい声でどことなく間延びした語尾を使いながら話しているのは、クラスのボス格である能勢麻綾。能勢財閥のおじょーさまなんだとかなんだとか。無駄にきらっきらしてる人種って感じ。甘ったれた性格で上目使いがお得意な子だけど、外見が小さくてかわいらしく写るんで、男子諸君には大人気。ロリっぽい割に巨乳だしね。そういう下世話な意味でも男子諸君には大人気らしい。本人は「わたし可愛いからぁ」と思ってるらしいけど。
つか、さっきから延々一時間くらい?、麻綾はまーくんとやらの話を繰り返している。お前はステレオかっつーの。そろそろ同意の言葉も底をついたよ。でもって、もっと重要なことあるくない?まーくんとかぶっちゃけもう会えないと思うよ?
そう。
なぜかわからんが、今日いつものように朝、学校に行って、学校から帰ろうとしたとき、そこに麻綾がいたのは最悪だった。なんかよくわからんが、相談があるんで、一緒に帰ってもいい?と有無を言わせぬまま、一緒に下校する羽目に。
お前なんぞと学校以外で付き合いたくないわ、と言えればよかったんだろうけど、それはそれで無用な火種を生むことになるし、一日くらいは我慢しなきゃなー、と一緒に歩き出したのが運のつき。
どうして学校から一歩足を踏み出したところにあるマンホールから落ちねばならんのだ。
気が付いたら、マンホールに落ちたはずなのに、目の間に広がるのは森。
ここでピクニックなんぞをしたら大変気持ちよかろうというような森だ。そこの木々の奥から鹿が出てきてもあたしは驚かんぞ。なんか絵画っぽい雰囲気でむしろ鹿がいたら素晴らしいと思うし。
これは、異世界トリップとかいうやつなんかなぁ、とかひとりぼんやりしていたら、あたしの後ろに麻綾がいたのに気付いた。これは悪夢だろうか。
で、明らか知らない場所にいるというのに、麻綾は懲りずにぺらぺらとまーくんとやらの話をしている。この子、空気読めないおじょーさまだなぁとは割かし思ってたけど、アホの子だったみたい。
まーくんより何より、まず現状把握の方が先じゃね?とか冷静に考えていたら、騎士っぽい人がぞろぞろ来てあれよあれよという間にお城に連れてかれてました。わぁお、ふぁんたじー。
「で、お前は誰だ」
いや、むしろお前が誰だ、ですよ、と脳内で突っ込む。
騎士らにお城らしきところに連行されたと思ったら、そこにはきらびやかな美形が。ここはセオリー的に王子とかなんだろう。うむ。目の保養にはなるかもだけど、きらきらしてて逆に疲れるかも。
なんてことを考えつつ、現実逃避をしていたら、麻綾は王子っぽい相手に一目ぼれしたらしい。まーくんはどうした、と言いたいがどうせ聞こえやしないだろう。そもそも麻綾はあたしを馬鹿にしてるしな。
で、どうやら王子っぽい人も麻綾のことが気に入ったらしい。わぁお!ロリ巨乳は異世界でも通用するんだね!
「あのね、あのね、りんちゃんはね、わたしのおともだちなのよぅ。だからね、あのね」
「一緒にいたい、というのか?」
「そうじゃなくてぇ、りんちゃんはわたしのせいでこっちに来ちゃったんだったら、わたしだってわるいでしょ?だからね、責任はとるべきだと思うの」
なんだか会話が怪しい雰囲気になってきた。
どうも、異世界トリップのテンプレを踏んでいるらしい。神子とかそういうのか。麻綾が本来、召喚されるべきであたしはおまけだった、と。だからあたしはいらないんだけど、そこは麻綾が悪いからあたしの面倒も見てくれる、と。
ははぁ。頭が下がるよ、いろいろと。
呆れて言葉も出ないあたしの前で、なぜか感極まってきたらしい麻綾が目に涙をたっぷり浮かべてこちらをむいた。
「巻き込んじゃって、ごめんねぇ」
…。
…。
…。
麻綾って女優だよね、ほんと。
誠意がこんなにこもってない謝罪も初めてだよ。そして、王子っぽい人たちが、いかにも麻綾が優しいと感動してるのにもむかつく。
よっし、と思ったときにはすでに麻綾を殴り飛ばしていた。こういうとき、考えちゃうと逆に手を出せなくなるからね!感情のままに出すがいいよ、ふふ。
「ごめんねですむくらいなら最初っからすんなー」
にっこり笑って言ってやる。ひどい、とかぷるぷる震える麻綾。王子っぽい人たちが、神子になんてことを、とこちらに向かって凄むけど、怖くなんてないやい。
「貴様、神子に何をしたのかわかっているんだろうな」
「っはぁ?神子?誰それ。おいしいの?あたしが殴ったのは、どっかのアホの子であって神子なんて大層なものじゃありませーん」
「貴様っ、一度ならず二度も神子を愚弄したな」
これが時代劇なら、皆の者やってしまえ、という一言が入る場面なんだろうけど、そうはならなかった。なぜなら、魔王が現れたから。
「よっ、なんか面白そうなことしてんなぁ。つーか、お前、向こう見ずだろ。無鉄砲とかよく言われない?」
「言われるけど、我慢の限界ってあるじゃない。あたし、長生きしようと思ってんのね?長生きするのには我慢はよくないんだって。平穏な生活のために我慢してたりもしたけどー、ここまできたら我慢いらなくね?って思って。それより、アナタ誰?」
「俺?あー、魔王っていったほうがいいかも。とりあえず人間たちには意味わからんけど嫌われてるっぽい」
「ふぅん。美形さんたち、固まってるけどなんかした?」
「お前に危害を加えそうだったからな。時間を止めた」
「ということは、この会話とかも聞こえてないってこと?」
「そうなるな」
「ふぅん。じゃあ、魔王の国とかにあたしを連れて行くことも可能?」
「なにがじゃあでつながったのかいまいちわからんが、可能だな。それよりもいいのか?あのおじょうちゃんじゃなくて神子はお前だぞ?」
「うん。そうっぽいね。さっきから世界がそう言ってるみたい。でも、この国で神子なんてやっててもいいことなさそうじゃない?」
「ははははっ、面白い。お前、俺の嫁になれよ」
「それは魔王次第じゃない?がんばー」
「やる気のねぇ応援だなぁ。しかし、そうと決まれば行くか」
「うん」
こうしてあたしは魔王と一緒に暮らすことになった。
魔王はなんていうかブラジル人系な感じの美形だった。浅黒い肌に黒目、黒髪。引き締まった身体がなんともセクシーだ。
外見がラテンだからなのか、なんなのか。
魔王は性格もラテンな感じで、のちにえらく情熱的に迫られることになる。
最初は面白いペットぐらいにしか思ってなかったみたいだけど、あれこれやってたら惚れた、とか急に言われ、それからはこっちが赤面してこんがり焼けるくらい恥ずかしい言葉を連発してくださいましたよ、ええ。
魔王の側近には泣きすがられ、メイドさんたちには生ぬるい目で見つめられて、あたしが魔王のプロポーズに諾と答えるのはまた別の話。
追記:
例の美形さんたちの国はどこかの国に侵略されてしまったと聞いた。まあ、それにもあたしが関わっていないとはいえないんだけど、頭足りてなさそうな人がいっぱいいたから、結末としては妥当なのかも。
麻綾はどうなったかなんて知らない。
あたしは日々、のんびり楽しく過ごしている。