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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第三十五話 決着の時・下


「な……に……?」


 愕然としながら呟く。


 あともう少し。

 数センチまで迫った敵が消えた。


 そもそも人が影に飲まれて消えるなんてありえない。


 魔法はそこまで万能じゃない。

 そうなると魔法以外の力ということになる。


 そしてとても厄介なことに。


 俺は魔法以上の力を知っている。


「使徒か!?」


 叫び、辺りを見渡す。

 いくらなんでも長距離でこんな芸当ができるはずがない。


 驚いているのはマグドリアの兵士やアルシオンの兵士も一緒で、俺の声を聞き、ようやく我に返ったようだ。


 それぐらい衝撃的な光景だった。


「探せ! この近くにまだいるはずだ!」


 言いながら俺も探すが、どこにも見当たらない。

 少なくとも目につく場所にはいない。


 だが、必ずどこかにいるはずだ。


 そう思っていると、後ろからエルトがやってきた。


「ユウヤ!」

「エルト! もう一人の使徒だ!」

「もう一人の使徒? マグドリアのか?」

「ああ! レクトルが影に飲まれて消えた!」

「影? なるほど。確かにマグドリアのもう一人の使徒だ。だが、奴はレグルス方面に展開していたはず」


 そうエルトが呟いたとき。

 エルトの後ろで影が蠢く。


 とっさに声を出そうとするが、それよりも早くエルトの光壁が俺とエルトを包み込む。


「流石は薔薇姫。隙がないな」

「お前の小細工には慣れているからな。マグドリアの使徒、テオドール・エーゼンバッハ」


 エルトの影から三十代くらいの見た目の男が現れた。


 背は高くはないが、不思議と大きく見える男だった。

 ぼさぼさの黒髪に、漆黒の瞳。


 整っているわけでも、崩れているわけでもない、ごくごく平均的な顔立ちだが、その顔には戦場を駆け抜けてきた者だけの精悍さがあった。


 その脇には気絶しているレクトルがいた。

 手を含めた傷には包帯がまかれている。


「やれやれ。ここでお前をやれれば損失はトントンだったんだが、これじゃマグドリアのほうが被害はでかいな」

「それはいい。なんならお前の首を刎ねて、マグドリアから使徒を根絶するのもいいな」


 好戦的な笑みを浮かべて、エルトはテオドールを挑発する。

 そんなエルトに、テオドールは負けず劣らず好戦的な笑みを浮かべる。


「できないことは言わないほうがいいぞ? お前じゃ俺の首を取れねぇよ」

「よく言った。そこでおとなしくしてろ。一振りで刎ねてやる」

「相変わらずガキだな。挑発にすぐ乗りやがる。まぁ、落ち着け。俺がわざわざ姿を現したのは交渉のためだ」


 そう言ってテオドールは笑う。


 惨たらしく、痛ましい笑みだ。

 どんな経験を積めば、こんなに寒気を与える笑みを浮かべるようになるのか。


「交渉? そんな余地があると思うのか?」

「あるさ。俺の近衛が二千ほど、この近くに待機してる。もう一戦やりあうのは辛いだろ?」

「二千程度で調子に乗るな。私一人で十分だ」

「強がるな。ここまでの強行軍でお前もお前の騎士たちも疲れているはずだ。それに俺の力を忘れてないか? 影を操るんだぞ?」

「百も承知だが?」


 そう言った瞬間、テオドールは影に飲み込まれて消えていく。


 それからしばらくの時が流れる。

 いつ、どこから出てくるのか。


 周囲にいたロードハイムの騎士やアルシオンの兵士たちにも緊張が走る。


 相手は使徒だ。

 少しの油断が命取りだ。


「おうおう、流石はアルシオンの銀十字。中々の警戒っぷりだ」


 そう言いながらテオドールが俺の後ろから姿を現す。

 確認する前に腕が反応して、後ろに振り返りながら剣を振るう。


 だが、視界に映った金色の髪を見て、咄嗟に剣を止める。


「どうした? 斬らないのか?」

「お前っ……!」


 テオドールの腕にはセラが抱えられていた。

 気絶してるのか、反応がない。


「安心しろ。ちょっと眠ってもらっただけだ。別に外傷もねぇよ」

「マグドリアには下衆しかいないのか?」

「このクソガキと一緒にするな。俺は相手が嫌がることをやってるだけだ。使徒が偉いとか、素晴らしいとかそんな妄想はしてねぇよ」


 そう言いながらテオドールは先ほどのように寒気のする笑みを浮かべる。


 凄惨な笑みだ。

 今にもセラを殺しても不思議じゃないと思わせるほど。


「なぁ、エルトリーシャ。俺は別に降伏を求めにきたわけじゃない。ただ、マグドリア軍の撤退を認めろ。そうすればこの娘の命は助ける」

「ユウヤ。その娘は?」

「……妹だ」

「……テオドール。たかが子爵家の娘のために使徒や大勢の敵兵を見逃すと思ってるのか?」


 ブラフだ。

 強気に出て相手を追いつめる気なのだ。


 というか、そう思いたい。


「おやまぁ。冷酷だな。まぁ、別にこの娘が人質の価値がないっていうなら人々を変えるだけだ。誰がいい? 砦の中で疲労困憊で寝込んでるジジイどもか? それとも本陣で虚勢を張ってる王子様か? ああ、来る途中に美人の姫様も見かけたな。今から行って人質にすれば撤退を容認するか?」


 その言葉に俺の手が震える。

 こいつは広範囲で影から影に移動できるのだろう。


 だから、この場にいる全員が人質だ。

 やろうと思えば、フィリスも人質にできるという。


 だが、瀕死の使徒と敵兵を見逃すなどできるはずがない。

 ここまでようやく追いつめたのだ。


「……テオドール・エーゼンバッハ」

「なんだ? アルシオンの銀十字」

「セラを今すぐ解放しろ。そしたらお前たちは追わない」

「人質の意味がわかってんのか? まぁ、別にいいが、その代わり条件がある」

「なんだ?」


 俺はその時、約束を破ることを考えていた。

 人質さえいなければ撤退中に奇襲を仕掛けることなど造作もない。


 まとめてマグドリアの使徒を片付けられるなら、アルシオンの脅威を一気に排除できる。


「約束を交わすのはエルトリーシャ・ロードハイムだ。使徒と公爵の名誉にかけて、撤退中は攻撃するな。もちろん、アルシオンが単独で動く場合は、責任をもって止めろ」


 それは人質以上に価値のある保険だ。

 エルトは約束を重んじる。


 俺がした約束ならばいくらでも破れるが、エルトは約束を破らない。


 それも使徒と公爵の名誉を持ち出されれば、絶対だ。


「……」

「どうした? できないなら人質は渡さない。あれなら王子も王女も、お前の副官もまとめて人質にしてもいいんだぞ?」

「……お前が素直に撤退する保証は?」

「はっ! 馬鹿にすんな。この状況で町や村を荒らすとでも? お前に攻撃してくださいと言うようなもんだ。お前に付け入る隙なんか与えるかよ」

「ちっ……」


 小さくエルトが舌打ちをする。

 相手に言い分が正しいことがわかったんだろう。


 確かにボロボロの軍を連れて、町や村を攻撃したりはしないだろう。


 わざわざ二千の近衛を連れている以上、兵糧も確保しているはず。

 無駄な略奪は相手に攻撃の口実を与えるだけだ。


「ただ撤退を容認するだけだ。無茶を言ってねぇと思うが? それとも力づくで撤退したほうがいいか? 今から二千を率いて突撃して、アルシオン軍に立ち直れない打撃を与えろと? お前の立場的に拙いだろ?」


 アルシオンへの援軍として来ているエルトが、アルシオン軍の損害を無視するのは拙い。


 だが、損害以上にメリットもある。

 レクトルはもう瀕死だ。

 あともう少しで死ぬ。


 狂戦士となっていた兵士も力尽きており、レクトルがいない敵の本隊も統制を失っている。


 このままいけば壊滅的打撃を与えられる。


 だが、それをするなとテオドールは言う。


「勝利はくれてやる。だが、敗残兵は駄目だ。兵は貴重だからな」

「……わかった。約束しよう。撤退中に手出しはしないし、アルシオンにもさせない」

「お利巧だな。このクソガキにも見習わせたいぜ。というわけだ。アルシオンの銀十字。募る恨みがあるだろうが、剣を引け。これは事実上の休戦協定だからな」


 俺は大きく息を吐き、馬から降りてテオドールと向かい合う。


「……セラを解放しろ」


 剣を鞘に収めると、テオドールがセラを放り投げてきた。

 慌ててキャッチしたときには、テオドールは影の中だった。


 そして次の瞬間には、いまだ乱戦中のマグドリア本陣に現れ、撤退と休戦をアルシオンとマグドリアの双方に告げる。


 困惑したマグドリアとアルシオンの兵士たちは、戦いを止めて自分より上位の者に判断を仰ぎ始めた。


「くそっ……」

「私は王子に事情を説明してくる。お前はどうする?」

「……手はないのか?」

「私が約束を破り、攻撃したところでもう使徒は討てない。テオドールは十年以上レグルスとやりあっている強者だ。敗残兵を狩るためだけに約束を破り、名誉を汚す気は私にはない。諦めろ。悔しいが……ここが潮時だ」


 無念そうに唇を噛みしめてエルトが言う。

 エルトが手はないという以上、本当に手はないんだろう。


 それだけテオドールは手ごわいのだ。


 手の中でセラが微かに身じろぎする。

 まだ起きる気配はないが、無事なことは確かなようだ。


「なんにせよ、勝利は勝利だ。完全とは程遠いが、多くを求めても仕方ない。お前が守りたかったモノは守れたはずだ」

「それでも……奴が生きていれば悲劇は増える」

「それならお前が責任をもって奴を討てばいい」

「勘弁してくれ……もう戦はこりごりだ……」


 言いながら、体から力が抜けていく。

 視界が歪み、セラを支えているのもつらくなる。


 足から力が抜けて膝をつく。

 なんとかセラを地面に落とさずに済んだけど、これはヤバいな。


「お、おい!?」


 エルトが慌てて馬から降りてくる。

 なんとか支えて貰えたから、セラと一緒に地面に寝転がることは避けられた。


「悪い……限界だ……」

「まったく、世話が焼けるな……」

「あとは……頼む……」


 そういって俺は体から一切の力を抜く。

 意識は闇に飲まれ、感覚がなくなる。


 こうして俺はエルトの胸の中で深い眠りについた。




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