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使徒戦記  作者: タンバ
第一章 アルシオン編
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第三十四話 決着の時・中

 やはりエルトの神威は強力だ。

 絶対防御というのは、突撃との相性が最高にいい。


 なにせ相手は止められない。


「止めろ!」

「殺せ!」


 突き出される槍や剣は、光る粒子が作り出す壁によって防がれる。


 さすがにエルトが正面にいるわけではないので、光壁で敵兵を押しのけるというようなことはできないが、普通に攻撃が通じない奴の突撃を受ければ、兵士たちは横に割れていく。


 防御があるのは俺だけだが、先頭の俺の道が切り開ければ、後ろも自然とそこを通る。


 俺自身の力はそうでもないが、確実に敵の使徒に近づいていた。


 もう敵の使徒の顔も見える距離だ。


 神経質そうな顔をしている。

 あれは絶対、何かあれば人のせいにするタイプだ。


 そんなことを思っていると、敵の使徒が口を開く。


「不遜だぞ……! 僕は使徒、レクトル・スペンサー! 至高にして、至尊の位にいる神の子だ! そんな僕に剣を向けるなんて!!」

「ならエルトリーシャ・ロードハイムにも剣を向けるなよ。同じ使徒だろ?」


 初めての会話にしてはずいぶんなことだ。

 こいつとは絶対に友人にはなれないな。


 エルトが変わっているのか、それともこいつが変わっているのか。

 使徒がみんなこんな奴だったら、正直、他の国の使徒とも関わり合いにはなりたくない。


「あんな野蛮な女と一緒にするな! 僕とあの女じゃ位が違うんだ!」

「誰が決めた位だ? お前が勝手にそう思っているだけだろうが!」

「貴様! 無礼だぞ!」


 馬上で使徒に罵声を浴びせると、兵たちが一斉に俺に槍を突き出してきた。

 けれど、それはエルトの光壁によって受け止められる。


 顔が見えるといっても、間には兵たちがいる。

 まだ使徒には届かない。


 切り伏せながら進むしかないか。


 一人の兵士を切り捨て、俺は馬を進ませる。


「早くそいつを止めろ!」

「アルシオンの銀十字! 覚悟ぉ!!」


 一人の兵士が俺に向かって突っ込んでくるが、突き出した槍は光壁に阻まれる。


 動きが止まった瞬間に、俺はその兵士を切り伏せて、馬を進ませる。

 光壁がなきゃ、ここの兵士たちに押しつぶされて終わっていただろうな。


 四方からくる槍を避けずに、反撃だけを考えていればいいというのは気が楽だし、体力を消耗せずに済む。


 レクトルはいまだに撤退しない。

 レクトルの周りには黒騎士団がまだいる。

 そろそろ投入してくる頃か。


 ラインハルトたちを突破したら、必ず首を取ってやる。


 胸の奥から湧いてくるのは怒り。

 ヘムズ平原からここまで、多くの血が流れ、多くの命が失われた。

 すべてあいつが仕組んだことだ。


 侵略は戦国の世の常とはいえ、こいつのは性質が悪い。

 人を人とも思っていないようだし、当たり前か。


 そう思ったときに、レクトルが右手を振った。

 それを合図に、俺たちに向かって黒騎士団が突撃してくる。


 マグドリアの兵士たちが一斉に引き、騎馬が動けるスペースが出来上がった。


「突撃!!」

「突撃せよ!」


 ラインハルトと俺の号令が重なり、黒騎士団と俺たちは激突する。


 馬と馬がぶつかりあい、ひしゃげ、乗っていた兵士が宙に舞う。


 槍に貫かれ、剣に斬られ、地面に叩きつけられていく。


 そんな中でも俺が無事なのは、エルトの光壁があるからだ。

 向かってくる兵士の攻撃は俺には通らない。


 数人の兵士を斬ると、ラインハルトが俺の前に立ちふさがる。


「あの日を思い出すな……君はあの日もこうして我らを追いつめた」

「一緒にするな。あの日、俺は逃げる味方を、侵略される国を守るために戦った。お前たちは侵略してしっぺ返しを食らってるだけだ」

「返す言葉もないな。だが、こちらにも譲れぬモノがある!」


 ラインハルトが剣を振るってくる。

 グレンと共に戦っていたときのようなキレはもうない。


 だが。


「ちっ!」


 迫力があった。

 エルトの光壁があったにもかかわらず、思わず剣を出して受け止めてしまう。


 あのまま光壁に任せていたら、斬られていたかもしれない。

 そう思わせるモノが今のラインハルトにはある。


「君にはわかるまい。侵略せねば国を保てぬのだ。領土を増やさねば養えぬ民がいる。それがマグドリアなのだ……!」

「そうかい! それはそっちの事情だろうが!」


 言い返し、剣を弾く。

 体勢を崩したラインハルトの隙を見逃さず、胸を切り裂く。


 浅く胸を斬られたラインハルトが呻きながら、距離を取る。


「ふっ……それもそうだ……。戦争というのは都合の押し付け合いだ……。言葉を持つ人間が力によって相手を屈服させようとする最低の行為だ」

「侵略者の言葉とは思えないな。そう思うならそこを退け!」


 馬を走らせ、上段から剣を振り下ろす。

 ラインハルトは避ける素振りを見せず、真っ向から受け止める。


「ぐっ……」


 受け止めた衝撃で傷が開いたのか、ラインハルトが顔をしかめる。

 当たり前だ。

 こいつはすでに満身創痍。


 疲労があるだけでほぼ無傷の俺とは違い、無数の傷を負っている。


「退け! 死ぬぞ!」

「今更……私が死を恐れるとでも? 舐めないでもらおう! 陛下から剣を受け取ったときにこの命はマグドリアに捧げている! アルシオンの地を不法に犯した時に、まともな死に方は諦めている!」


 ラインハルトの剣が一閃する。

 反応が遅れて、受けの剣が間に合わない。


 剣は光壁に当たり、


「くっ!?」


 それを突破して、俺の首に迫る。

 とっさに体を逸らして避けるが、首を剣の切っ先が掠った。


 馬が嘶き、ラインハルトとの距離が開く。


 傷は深くはない。

 本当にかすり傷だ。


 だが、エルトの光壁を突破したことは事実だ。


 こいつのどこにそんな力がある?

 馬上で体を保つのも苦しそうで、今にも倒れそうな男だ。


「使徒の加護も万能ではないらしいな……破れるならばやりようはある……」

「あんな大振りが二度も当たるか!」


 ラインハルトが馬を走らせ、突撃してくる。

 技巧などどこにもない、ただ力任せの突きを繰り出してきた。


 しかし、それを避けることができない。

 予想以上に速いのだ。


 今回もやはりエルトの光壁を突破してくる。

 剣で軌道を逸らすが、それも紙一重だ。

 次も逸らせる自信はない。


「このっ!」


 馬が交差する瞬間にラインハルトの横腹を切り裂く。

 今回は手ごたえがあった。


 肉を断つ嫌な感触が手に伝わる。


 けれど。


「まだだ!」


 ラインハルトは横腹を切り裂かれたのにも関わらず、振り返りながら上段からの振り下ろしを見舞ってきた。


 とっさに馬を引き、また距離を放つ。


「はぁ、はぁ……」

「ラインハルト……」


 既に瀕死。

 あと一撃食らわせれば倒れそうなのに、倒れない。


 もう子供ですら倒せそうなほどフラフラなのに、ラインハルトは倒れない。


「疑問のようだな……?」

「あの使徒を守るためにそこまでするのか?」

「するさ……。使徒というのは国の宝。使徒というだけで守る価値がある。しかし、笑えるな」


 そう言ってラインハルトは本当に笑い始めた。


 痛みで頭でもおかしくなったか?


「なにがおかしい?」

「ヘムズ平原で君はボロボロだった……。けれど、君は向かってきた。諦めず、力を振り絞って……。疑問だった。なぜ、この少年はそこまでするのか、と。どこにそんな力があるのか、と……。だが、今ならわかる……。人は追いつめられると、ここまで強くなれるのだと!」


 ラインハルトが再度突撃してくる。

 どう考えても動けるような傷じゃない。


 それでも動きは鈍らない。

 それどころか、どんどん速く、鋭くなっていく。


「マグドリア黒騎士団団長! ラインハルトの最後の敵が君だったことは幸運だ!!」


 そういいながらラインハルトは剣を振るい続ける。

 それはめちゃくちゃに振り回しているようにしか見えないが、すべて俺の急所を狙っている。


 どんどんエルトの光壁を破る速度も速くなっている。


 こいつ相手に受けに回っちゃダメだ。


 受けたら死ぬ!


 瞬間的に判断して、前に出る。

 大振りのラインハルトの一撃を躱し、懐に潜り込み、


「ぐっ……!!」


 胸を突き刺した。

 完全に貫いた。


 これでもう動けないだろう。


「見事……」

「はぁはぁ……あんたもな……」

「勝てなかったことは悔しいが……マグドリアのために命は差し出せた……私は満足だ……」


 そう言ってラインハルトは笑う。

 その笑みに俺は違和感を覚えた。


 ラインハルトはレクトルを守る最後の砦だったはず。

 そのラインハルトがやられた以上、レクトルを守る者はいなくなるはず。


「お前……まさか……!」


 俺はラインハルトから目を離し、敵本陣を見る。

 変わった様子はない。


 けれど、決定的な人物がいない。


 ラインハルトが馬から崩れ落ちた。

 その顔にはまるで勝ったかのような笑みが浮かんでいた。


「マグドリアに……栄光あれ……」

「撤退命令も出さずに逃げたのか!?」


 なんて奴だ!

 ここにいるマグドリア軍の兵士を見捨てやがった!


 逃げるなら少数のほうが確かにいい。

 なにせこの人の海だ。


 紛れられたら探しようがない。


 だが、そうとわかっていても。

 自分が率いた軍をすべて見捨てるなんて、普通の神経ならできない。

 できるはずがない。


「くそっ! どこだ!?」


 逃げるなら中央だ。

 リカルドの軍を掠めていくはず。


 それがマグドリアへの最短ルートだからだ。


 少数の護衛くらいはつけてるはず。

 自分だけでマグドリアまで帰れるとはさすがに思わないだろう。


 くそっ。

 どこだ。


 絶対に見つけてやる!


 そう思ったとき、目に力が入る。


 そして、なんとなくできる気がした。

 今まで試したこともなかったけれど。


「……視界強化ビュー・ブースト


 一瞬で遠くの景色が鮮明になる。

 一人一人の兵士の顔が識別でき、目線の動きまではっきりわかる。


 その中で、敵に向かわず逆走する少数の騎馬隊がいた。


 彼らの中央。

 フードをかぶっているが、見間違えるはずがない。


「見つけたぞ!!」


 距離はある。

 間にはマグドリアの兵士とアルシオンの兵士がいる。


 だけど、今を逃せば奴を討つチャンスはもうない。


強化(ブースト)……駆けろ。どの駿馬よりも速く!」


 最後の力を振り絞って、俺は馬に強化を掛ける。


 これで完全に最後だ。

 もう体中、どこを探しても余力はない。


 だけど、そんな俺の代わりに馬が駆けた。


 マグドリア軍を横に切り裂くようにして、馬は走り続ける。

 当然、妨害を受けるが、矢や剣はエルトの光壁が受け止め、前方に立ちふさがる敵は馬が押しつぶし、弾き飛ばしていく。


 人波を縫うようにして進むレクトルたちとは進むスピードが違う。

 こっちは最短距離を最速で走っているからだ。


 結果。


「終わりだ……!」


 マグドリアの本隊を抜けた時に、俺はレクトルたちの真後ろにつけた。


 流石に向こうも気づいたらしく、馬をさらに走らせるが、強化された馬には敵いっこない。


「ひぃ!? 誰かそいつを止めろぉ!!」

「はっ!」


 レクトルに付き従っていた兵士が反転して俺を迎え撃つ。

 けれど、もう相手する余力もなければ時間もない。


「なにっ!?」


 馬を横に飛ばして回避して、そのままレクトルを追う。

 一度止まった以上、追い付くことはもうないだろう。


「何をしてるんだ! 役立たず! 使えない奴らめ! お前たちは僕を守るためだけにいるんだ! 死んでも止めろ!!」


 レクトルは喚く。

 そのせいで注目を浴びている。


 現在の位置はリカルドの軍の真横。


 もう狂戦士たちは力尽き、動きを止めている。

 その狂戦士たちを相手にしたリカルドの軍も相当ダメージを受けている。


 だが、それでも動ける者はいる。


「敵の使徒だ! 逃げる気だぞ!!」

「追え! 若を援護しろ!!」


 何人かの騎兵が使徒と俺に気づき、馬を走らせて来る。

 それを見て、レクトルは苦々しい表情を浮かべた。


「役立たずめ! もう力尽きたのか!? 僕の狂化を受けながら、普通の兵士も倒せないなんて!」


 よく言うよ。

 お前の狂化の弱点のせいで、燃え尽き、敵の前で動けなくなっているっていうのに。


 距離が徐々に縮まる。

 護衛の兵士たちも俺を止める術を考えているようだが、止まれば置き去りにされる以上、俺が近づいてきたところを討つしかない。


 そして、


「今だ! やれ!!」


 俺が距離を詰め、レクトルまであと少しというところまで来たときに、護衛の騎士たちが一斉に攻撃してきた。


 だけど、それらに構わず、俺はレクトルに剣を向ける。

 エルトの光壁がある以上、一般の兵士の攻撃は食らわない。


 俺の上段からの斬り下ろしがレクトルに迫る。

 だが、敵の兵士の攻撃はエルトの光壁に阻まれる。


 レクトルは身の危険を感じて、右手で腰の剣を抜く。


「あっ……」


 レクトルの剣が引き抜かれている途中に、俺の剣はレクトルに届く。

 レクトルの右手を切断し、胸にも切っ先が届く。


 まだ浅い。


「あっ……ああぁぁぁぁっっっ!!!!!!」


 悲鳴が戦場に響く。

 レクトルは情けなく涙を流し、馬上でうずくまる。


 そんな姿を見れば、普通は罪悪感とか同情とかが湧くはずなんだが、こいつには一切湧いてこない。


 俺の平穏も、家族の平穏も。

 兵士の平穏も、国の平穏も。


 こいつのせいで崩れ去った。

 それが平和ボケだったとしても。

 戦国乱世の時代ではありえないことだったとしても。


 アルシオンは平和だった。

 それをこいつが崩した。


「……死ね!」


 内から湧き上がる思いに逆らわずに、剣をレクトルの首に振りぬいた。


 これで終わる。

 なにもかも。


 そう思ったとき。


 レクトルが黒い影に覆われて、その場から消え去った。




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