ココロなき機械縦書き表示RDF


この小説は企画小説『羽篠紫』に参加した作品です。
ココロなき機械
作:μκι


『彼』はいつも私の側にいた。

イヤ、側にいさせた、というのが本当かもしれない。

『彼』は機械。それも私の父親が開発した、高性能の最新型の機械だった。

私は、『彼』が側にいてくれて幸せだった。それだけで良かったはずだった。

なのに。

いつからか私は不満を持つようになっていた。

彼の従順すぎる態度に。行動に。言葉に。

例えば、私がこう言う。

「ちょっと、お茶とって」

すると、瞬時に反応し、お茶をいれてくれる。嬉しいことだ。

だが、時には反抗してくれないと面白くない。

「お使い行ってこい」

「宿題しろ」

何を言ってもしてくれる。それが、逆にきにいらなかった。

だから、私は彼氏をつくった。

別に妬いてほしいなんて気持ちはなかった。所詮、相手は機械なんだから。

それからは、毎日楽しかった。彼はなんでも言うことを聞いてくれる。そう、なんでも――

私はまたそれが嫌になった。そしてもう友達などつくらなくなった。

それが何ヶ月も続いた。私はずっと部屋に籠っていた。

そんなある日。

毎日のように心配そうに私の部屋のドアをノックしていた父が今日はノックをしなかった。

いつも、いつも、

(ゆかり)……ゴハン、できてるぞ」

それだけを伝えにきていた父。それだけだったが、私にとっては心の支えになっていたらしい。

急に、寂しくなった。

そして、外に出たくなった。


私は決心して、部屋のドアをあける。

「キャッ!」

思わず、腰が抜けてしまった。そこには、『彼』がいたから。しかも、ボロボロに錆びていた。そして彼は、こう言った。

「ゆか……り、ゴ……ハンできて……るぞ」

それは、紛れもなく父の声だった。

私には、わけがわからなかった。

なぜ『彼』の声が――?

何か恐怖を感じて部屋を飛び出す。

居間に入る。しかし、誰もいない。

そのかわりに机の上に紙が置いてあった。

『あの場所にいる』

それだけで十分だった。

私は靴を履いて外へ飛び出す。家の『羽篠』という表札もやけに砂をかぶっていた。

それを見てからすぐに左へ曲がり、走り出した。ただただまっすぐ。

途中からは坂道だった。しかし速さは落とさない。ぐんぐん進んでいった。そして――

岡の上、桜の木が咲いている場所。父がそこで寝そべっていた。それを見て、私の恐怖がだんだんと確信になっていくのを感じた。

父の背中から見える銀色の光沢。あれは、確実に人間のモノではなかった。

「ユカリ」

感情がまったく込もっていないその言葉。イヤ、感情など元からなかったのかもしれない。

「お父……さん」

父は、何も言わず私を見つめるだけだった。

ふと、左肩の力が抜けた。見てみると肩が外れて、胴体と肩の間から回線のようなモノが見えている。

ああ、私もか。

それを受け入れてしまえば、恐怖など存在しなかった。機械に感情など存在しない。

ふと、風が吹いた。桜の花びらが散る。その一枚が私の手のひらにのった。

何かおかしいと思って、人差し指で感触を確かめてみた。

案の定、この桜も本物ではなく、ビニールで作られた偽物だった。

その時私は、この世界に、この星に、生物というモノなど存在しないことを悟った。

すると、なぜか悲しくなった。

感情などなかったはずなのに。

涙が浮かんだ。

涙で前が見えない。

世界がボヤける。

お父さん、どうして笑ってるの?

私は――――



「紫! 紫!」

息が苦しい。

体が痛い。

なんだろう。

「紫!」

誰? あ、お父さんだ。

ここはどこ? 病院?

「紫!」

「お父……さん?」

「ゆ、紫!」

「先生! 意識が戻りました!」

「本当か!」

どうしてみんな笑ってるの? 感情なんてモノ、存在しないんじゃなかったの?

「紫……これからはもう寂しい思いはさせないからな。だから――自殺なんてもう、絶対考えるな」

お父さんが涙を流しながら言う。

そうか、私、死のうとしたんだ。お母さんは死んじゃって、お父さん働いてばかりで……寂しくて、寂しくて、耐えられなくなったんだ。

そんな事を考えると、自然と涙がこぼれた。

「お父さん。ありがとう」

それだけを言うと、また私は眠ってしまった。



次に起きたときはもう身体中にいっぱいついていたモノがほとんど外されていた。

「紫。目を覚ましたか! 喉渇いただろう? 飲み物買ってくるな」

そう言って走って出ていくお父さん。

だが、思い出したように『あっ』と言ってまた帰ってきた。

「忘れるとこだったよ。こんなモンいらないかもしれないけど……ホラ、持っときな」

そう言って渡されたのは、人形だった。

しかも、なんと顔は『彼』にそっくりだったのだ。

私は、何も言わず人形を握りしめた。

父は、嬉しそうにして部屋を出ていった。

外を見ると、綺麗な桜の花が咲いている。

ふと、風が吹いた。
桜の花びらが散った。綺麗に、優雅に、儚く散る花びら。

開いていた窓から、そのうちの一枚が私のベッドにのった。綺麗な色をした花びら。私は引き寄せられるように手を伸ばす。

そして、その花びらを手のひらにのせて握りしめていた。ずっと、ずっと、生きていることを確かめるように、人形といっしょに握りしめていた。














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